第3話 女兵士:ブレスレットの行方:見知らぬ街へ
玉座の間を出ると、長い廊下が続いていた。
石造りの壁、天井から吊り下げられた燭台、窓から差し込む柔らかな光。廊下の両側には、等間隔で鎧や剣が飾られている。歴代の騎士たちの武具だろうか。
携太は兵士の後をついて歩きながら、周囲をきょろきょろと見回した。
(すげぇ……本当に城の中だ)
異世界転移の漫画では何度も見た光景だが、実際に体験すると感動がまるで違う。
廊下を歩く自分の足音が静かに反響する。兵士の甲冑が軽い金属音を立てながら、規則正しく床を踏む音も聞こえる。
窓の外を覗くと、城下町が一望できた。
石畳の道、木造の家々、煙突から立ち上る煙。人々が行き交い、馬車が走っている。中世ヨーロッパのような、でもどこか幻想的な景色だった。
(本当に、異世界なんだな……)
携太は立ち止まり、しばらくその景色を眺めた。
兵士も気づいたのか、足を止めて振り返る。
「……どうですか? あなたの国とは違いますか?」
声が——女性だった。
携太は驚いて兵士の方を向いた。
「あ、はい……。女性なんですね」
「ええ。驚かれましたか?」
「いえ、その……女性の兵士って珍しいのかなって」
「この国では、最近増えてきているんですよ。まだ少数ですが」
兵士の声は落ち着いていて、優しい響きがあった。顔は兜で完全に隠れており、表情は見えない。
「そうなんですね」
携太は再び窓の外に目を向けた。
「あの……」
兵士が少し躊躇するように口を開いた。
「我が国の都合で召喚に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
丁寧に、深々と頭を下げる。
「あ、いえ……顔を上げてください。確かに召喚されて元に戻れないのは困りますが……」
携太は苦笑した。
「元の世界に、戻りたい理由もないんですよね」
「そう……なんですね」
兵士が顔を上げる。その声には、ほっとしたような響きがあった。
「ええ。仕事はあったけど、それだけって感じで。家族もいないし、友達も……まあ、ほとんどいなくて」
携太は自嘲気味に笑った。
「あ、でも——」
ふと思い出して、携太は喋りながら左手首に触れた。
「別れを言えない人がいるのが、心残りですね」
そこには何もなかった。
「……あれ?」
携太は慌てて両手首を確認した。ブレスレットがない。
「ブレスレット……どこいった?」
「スマホも……ない」
寝落ちする前、確かに握りしめていたはずのスマートフォンも消えていた。
(服以外は、異世界に持ってこれなかったのか?)
携太はがっくりと肩を落とした。
他の四人は刀や杖を持ってきていたのに。イレギュラーな転移だったからかもしれない。
「大切なものでしたか?」
兵士が心配そうに尋ねる。
「ええ、まあ……。幼馴染からもらったお守りだったんです」
「そうですか……」
兵士が少し俯いた。何か言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。
「でも、まあ仕方ないですよね。気持ちは受け取ったってことで」
携太は気持ちを切り替えた。
「それより、これからどうなるんでしょうか?」
「ああ、はい」
兵士が姿勢を正した。
「これから、王命にて金貨30枚をお渡しします。この国の通貨では30万イエンという言い方になります。金貨30枚と言われることもあれば、30万イエンと言われることもあると思っておいてください。暮らしていく中で慣れるでしょう」
「なるほど……」
「それを元手に、この国で生活していただけたらと思います」
兵士が続ける。
「物価については……お店でご自身で体感なさってください。元の世界の物価がわからないので。もし仕事を見つけられそうにない場合は、城の兵士に声をかけてください。何かしら、職探しを支援します」
「ありがとうございます。でも……」
携太は窓の外の景色をもう一度見た。
「まずは、前の世界で仕事が大変だったので、のんびり過ごしてみたいと思います」
「そうですか」
兵士の声に、安堵したような響きがあった。
「前の世界より、こちらでの生活があなたにとって良いものであることを願っています」
「ありがとうございます」
携太は素直に礼を言った。
二人はまた歩き始めた。
廊下を進み、階段を降り、さらに広い通路を抜ける。
やがて大きな扉が見えてきた。城門だ。
門の前には、二人の門番が立っている。こちらも兜で顔は見えない。
兵士が彼らに向かって手を挙げ、合図を送った。
門番が頷き、重厚な扉に手をかける。
ゆっくりと城門が開いていく。
外の光が差し込み、携太は思わず目を細めた。
扉の向こうには——異世界の街並みが広がっていた。
そして、門の外に出た瞬間。
道行く人々の視線が、一斉に携太に向けられた。
和柄の甚平姿。この世界では見たこともない服装だろう。
(やっぱり……めちゃくちゃ目立つ)
携太は居心地悪そうに、少し身を縮めて歩き出した。




