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召喚余剰人員の為、魔王は任せて異世界満喫?!  作者: -冬馬-


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第15話 安眠亭:問題:小さな一歩

安眠亭への帰路の中。紙袋いっぱいに詰められた小ぶりのパンは、どれも香ばしくて、ほんのり甘い匂いが鼻をくすぐる。まずひとつ取り出し、歩きながら齧る。外はパリッと、中はふんわり。あっという間に食べ終わり、ついついもうひとつと手が伸びる。


(ふたつまで。ふたつ食べたら終わり)


そう決めて、ふたつ目をゆっくり味わう。


残り18個。


このまま持ち歩いていたら、匂いにつられて全部食べてしまいかねないと思った携太は、人気の少ない路地に逸れてすぐに念じる。


(アイテムボックスにパンを保管)


瞬間的に紙袋から重みが消え去った。


スマホを出して確認すると、アイテムボックスの一枠に「パン×18」という表示が写真付きで増えている。


(よし。これで匂いの誘惑からは免れた)


空になった紙袋を丸めて、近くのゴミ箱へと葬り、携太は安眠亭へと歩を進めた。



「ただいま戻りました」


安眠亭の扉を開けると、カウンターの奥で、バルトが頭を抱えたままこちらを向く。


「あぁ……おかえり、携太さん」


「ギルドで登録してきました。ついでに、簡単な採取の仕事も引き受けてきました」


「そうか。順調そうでなによりだ……」


バルトはそう言いながらまた下を向く。


まるで自分は順調じゃないのにと、皮肉った言い方だなと感じた携太だが、バルトの口からは悪気なく溢れた言葉だとわかっていた。


「あの……」


携太は、少し言葉を飲み込んでから続けた。


「かなり大変そうですけど、大丈夫ですか?」


「正直…かなりマズイね…」


「そ、そうですよね……」


少しだけ間を置いて、もう一歩踏み込む。


「そんなに、売上が良くないんですか?」


バルトの手が、ぱたりと止まった。


しばらく沈黙が落ちる。


やがて、彼は眼鏡を外して机の上に置き、大きく息を吐いた。


「……もう貯金も尽きてきてね……あと二ヶ月この調子なら、お店を閉める必要も出てきてるぐらいだよ」


苦笑が浮かぶ。


「宿の利用者は、この国の人じゃないことが多いだろ? だから、常連より新しいお客さんばかりのはずなのに、その新規がなかなか来てくれない」


「新しいお客さん、ですか……」


「そう。この国のメインストリートに出来た宿が、かなりの客を吸ってしまってね……。城門から真っすぐ歩いてきたとき、右手に見える大きい宿があるだろう? あそこだよ。あっちは場所もよければ、綺麗だしサービスも良いみたいなんだ」


携太は、通りを歩いてきたときに見かけた立派な建物を思い出した。


バルトは窓の外を目を細めながら見ている。その宿はここからは見えないと言うのに。


「うちはほら、昔ながらの宿って感じだからさ。中を知ってる人は“落ち着いてていい”って言ってくれるんだけど、知らない人には、どうしても入りづらい見た目なんだろうさ。それなら少し高くても、あの宿に行こうってなるのさ」


バルトは帳簿をそっと閉じて、現実逃避をする様にカウンターの下に仕舞い込んだ。


「できれば携太さんには心配かけずに過ごしてもらいたかったんだけどね……ごめんね」


「いえ、とんでもないです」


胸のあたりがきゅっと締めつけられる。


(そんな状況で、俺に長期割引してくれてたのか)


あの時は、言ってしまえば“ありがたい”としか思わなかった。今は、大変なのにも関わらず親切心で対応してくれたのだと、優しさをより深く感じている。


「むしろ、ありがとうございます。……あの……俺で良ければ少しは役に立てると思うんです。売上にどれほど貢献できるかは分かりませんが」


「ほ、本当かい?」



「バルトさん。一緒に外観を見てもらえませんか」


「外観を……?」


バルトは不思議そうに瞬きをしたが、やがて頷いた。


「いいよ。帳簿とにらめっこしてても、数字は増えないからね」


二人で表へ出る。


日差しの下で見る安眠亭は、やっぱり年季が入っていた。


色あせた木の壁。塗装の剥げた窓枠。煤けて読みにくくなった「安眠亭」の看板。


「常連さんから、“中はいいのに、外で損してる”って言われるんですよね?」


「……そうだね」


バルトは苦笑して頭をかいた。


「本当は壁も塗り直して、看板も作り替えて、窓も磨き直してやりたいんだけど……職人を頼むにも、費用がね……。改善して本当に客足が戻る保証もないしね」


改めて外観を見上げながら、携太は一度、深く息を吸った。


(窓枠を削って磨き直したり、看板を彫り直したり──本来は誰かの仕事だ)


スマホで“ゼロから新しく作る”のは、まだ自分には出来そうにない。


でも、“元に近づける”くらいなら。


「バルトさん」


「うん?」


「先日エレナの服の色を変えたでしょ?」


「ああ。青から赤になったやつだろう?……それが?」


「それと、服を綺麗にした方法を使ってやれば、建物の見た目もよくなるはずです」


バルトの目が、ぱちりと見開かれた。


「た、建物も出来るのかい?」


「新品になる訳じゃないですよ?あくまで補修です」


「それでもお願いしたい。……しかし費用が」


バルトは不安そうに携太を見つめる。


「長期割引してくださった分でチャラです!早速試したいのですが……ただ、人通りが少ないときに」


ちょうど、通りを歩く人影が途切れたところだった。



携太は下ろした右手の中にスマホが現れることをイメージしながら念じる。


するとスマホが、手の中に収まった状態で現れた。


誰にも見られていないことを確認してから、カメラを起動し、安眠亭全体が入るように、少し後ろに下がってシャッターを切る。


画面の中に、小さく映った安眠亭。


「今からするのは、“色の塗り直し”と、“傷んでいるところの補修”です。新しい飾りは足しません」


「わかった。任せるよ」


携太はうなずき、編集画面を開いた。


集中して素早く黒い板を触り続ける携太を、バルトは黙って見ていた。


「よし。これで、外壁・窓枠・看板。全部一度に反映させますね」


編集を確定するボタンに触れた瞬間、画面上部の回数表示が変わった。


──編集残り回数:5 → 4


壁も看板も窓枠も、ひとつの写真の中でまとめていじったおかげか、“一回分”として処理されたらしい。広告の通知は出てこない。


同時に、目の前の光景が、一瞬にして変わった。


くすんでいた木の壁が、少しだけ明るく、柔らかい色合いになる。


深く刻まれていたひび割れが目立たなくなり、窓枠が落ち着いた濃い茶色に揃う。


看板の文字は、煤けた縁取りが薄れ、「安眠亭」の四文字が読みやすくなっていた。


「……おお」


横で感嘆する携太を見ていたバルトが、携太の視線に釣られて自分の宿へと視線を移す。先ほどまでの自分の宿とは変わり、とても良い雰囲気の綺麗な宿に見える。味を残した宿だ。


「見違えたじゃないか……私の……私たちの宿が」


「どうです?」


「いや、本当にすごいよ。嬉しいよ。泣けてきちゃうよ」


宿の壁を触りながら続けた。


「昔、父さんと一緒に塗り直したときの色に、似ている。まだ終わらせたくないな」


そう呟いたバルトの声は、少し遠い記憶を見ているようだった。



ちょうどそのとき、通りの向こうから二人連れが歩いてきた。


以前なら素通りしていたかもしれない二人が、安眠亭の前でふと足を止める。


「ここ、前よりきれいになってない?」


「だな。前に通ったとき、もっと暗かった気がする。今日はココでもいいよな?」


「入ってみよう」


そんな会話が聞こえたかどうかはわからないが、バルトはすでに扉の方へ駆けていた。


扉を開け、新しい客を中へと案内しながら、一緒に姿を消す。


残された携太は、ふうっと息を吐いた。


「そうだ。あれもしとこう」


小さく呟くと、何やら手早くスマホを操作する。やがて満足したようにうなずき、黒い板は、携太の手からふっと消えた。



しばらくして、バルトが表に戻ってきた。


さっきよりも、はっきりとした笑顔を浮かべている。


「今の人たち、『外から見て雰囲気が良さそうだったから』って言ってたよ」


「それは何よりです」


「本当に、ありがとう。これでいきなり満室、なんて都合のいいことはないだろうけど……それでも、一歩前に進めた気がする」


胸に手を当てながら、バルトは深く一礼した。


「いえ。僕も、長くお世話になるつもりですから。あと、バルトさんに渡したいものが……」


そう言って携太は、アイテムボックスからパンを取り出し始めた。


ひとつ、ふたつ──気づけば、バルトさんの腕の中には、10個以上のパンが山のように積まれている。


「ストップ!ストップ!!も、もう持てないよ〜。宿も綺麗にしてもらって、更には食費まで気にしてもらって……本当にありがとう、携太さん!」


実はさきほど、編集回数をひとつ使って、パンを増やしておいたのだ。


バルトが何かを思い出したように、携太を見る。


「そう言えば、さっきギルドで仕事を受けてきたんだろう? 今日はどうするんだい」


「はい。街の外での採取の依頼です。……それで、一つお知らせがあって」


「お知らせ?」


「今日は、そのまま外でキャンプをしながら、一晩過ごしてみようと思ってます。ギルドで“野宿に向いた川沿いの場所”も教えてもらいました。なので──今夜は外泊になります」


「外で一晩か」


一瞬だけ心配そうな顔になったが、すぐに穏やかな目に戻る。


「危なくない場所なんだろう?」


「はい。危険だなと感じたら、泊まらずに帰ってきますよ」


「なら……信じよう。うちはここで待ってるから、気をつけて行っておいで」


「ありがとうございます」


それ以上、バルトは何も言わずに宿へと入っていった。


改めてギルドから受け取った依頼の紙を見て、それをポケットへとしまった。初のギルド依頼、頑張らなくちゃと気を引き締めて歩き出す。


きれいになった安眠亭の外観を一度だけ振り返り、穏やかな表情を浮かべて街の外へと足を向けた。

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