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召喚余剰人員の為、魔王は任せて異世界満喫?!  作者: -冬馬-


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第14話 ギルド:クレア:自分の足で

 ギルドへ向かうため、携太が1階に降りると、カウンターの奥でバルトが帳簿を睨んでいた。いつもの柔らかな雰囲気は変わらないが、額にうっすらと皺が寄っている。


「おはようございます」


「ああ、おはよう、携太さん。……悪いね、今日は宿のことでいろいろ考えなきゃならなくてね。食事の用意もできなくて」


 バルトは申し訳なさそうに笑う。隣にいるはずのエレナの姿はない。


「気にしないでください。もともと素泊まりですから。ところで、エレナは?」


「今日はバイトだよ。恥ずかしながら、娘にバイトをしてもらわないとウチも首が回らなくてね。知り合いの店を手伝わせてもらって、稼いでいるってわけさ。夕方には戻るよ」


「なるほど」


 今朝の安眠亭の静けさに妙に納得がいく。


「ギルドに行くのかい?」


「はい。昨夜教えていただいたように、ギルドで登録して仕事を見つけるつもりです」


「あそこには、携太さんにぴったりの仕事も多いと思うよ。いい仕事が見つかるといいね」


 バルトは帳簿を閉じず、視線だけをこちらに向けて小さく微笑んだ。


「くれぐれも無茶はしないでくれよ。危ない仕事は選ばないように」


「わかってます。……戦闘は不向きなので、無茶をするつもりもありませんよ」


 そう答えると、バルトは少しだけ肩の力を抜いたように見えた。



 ギルドは、城から少し離れた中層エリアの一角にあった。


 表通りに面した二階建ての建物で、正面には大きな扉がある。その横には、城で見たような西洋の甲冑を着た兵士が立っていた。何か問題があれば対処するために待機しているのだろう。建物に掲げられた木製の看板には、シンプルに「ギルド」とだけ書かれている。


 朝から人の出入りが絶えない。鎧姿の人間もいれば、品の良い服装の商人風も、腕に道具を抱えた職人もいる。今朝の安眠亭の静けさとは対照的に、建物の前には人の声と足音のざわめきが渦巻いていた。


(ギルドというより「何でも仕事センター」って感じだな)


 そんなことを思いながら扉を押した。


 中は思っていたより明るい。


 中央には長い受付カウンターがあり、その後ろに数人の職員が並んでいる。右奥には大きな掲示板があり、紙がびっしり貼られている。何人もの人がその前で腕を組んでいた。左側には腰掛け用の椅子と机がいくつか並び、簡単な打ち合わせや待ち時間に使われているようだ。


「はーい、そこのあなた! いらっしゃいませ〜。登録ですか? それとも今日はお仕事探し?」


 真っ先に声をかけてきたのは、栗色の髪を後ろでまとめたポニーテールの女性だった。青いベストに白いシャツという制服らしき格好。よく通る声と人懐っこい笑顔で、距離を詰めてくるのも早い。言葉をかけるついでに肩や腕を軽く叩いてくる。


「登録をお願いしたいんですが」


「了解です! 初めてさんですね。じゃあ、こっちのカウンターへどうぞ〜」


 ぐいっと腕を軽くつかまれ、半ば流されるようにカウンターの端へ誘導される。


(敬語なのに、やけに距離が近いな……。このノリ、男によっては勘違いしそうだ)


 妙に馴れ馴れしいのに、口調だけはきちんとした敬語——その組み合わせが、どこかちぐはぐに感じられた。


 受付嬢はカウンターの下からバインダーを取り出し、紙を挟んで手元に置いた。紙の上部には、いくつかの記入欄と紋章用の枠が印刷されている。


「登録の前に、何ができる方か教えてください。冒険寄りか、職人寄りか、商売寄りか」


「そうですね……」


 少し考えてから、言葉を選ぶ。


「建物の塗装や、服の汚れ落とし。条件次第で、同じ物を増やすこともできます。欲しい物の調達も、ある程度は」


「塗装、洗濯、複製、調達……」


 受付嬢は指で紙の端をとんとん叩きながら復唱する。


「外にも出られて、手も動かせて、人と物のやり取りもできる——なるほど、"便利屋さん"って感じですね」


「便利屋、ですか」


「はい。細かく分ければ"冒険""職人""商人"の三つの窓口があるんですけど、今の話を聞く限り、どれもそれなりにやれそうですし」


 楽しそうに笑うその様子に、携太もつられて口元が緩む。


「じゃあ、その三つで登録しておきますね。あとから増やすより、一気に取っておいたほうが楽なんですよ」


「わ、わかりました……」


 受付嬢はバインダーに挟んだ紙に何か記入しながら、カウンターの脇を顎で示した。


「登録用の石がありますので、ついて来てください。あとは全部その子がやってくれます」



 カウンターの脇を抜けると、小さな台座の上に拳大の透明な石が置かれていた。内部で淡い光がゆらめいている。


「この石に左手をかざしてください。痛くないので安心してくださいね」


「はい」


 言われるまま、携太は左手を石の上にかざす。


 ひんやりとした空気が肌に触れたかと思うと、石がぼうっと白く発光した。それだけだった。音も、痺れも、何かが身体に入り込む感覚もない。


「はい、終わりですよ、携太さん」


「……終わり? っていうか、なんで名前を」


 思わず聞き返すと、受付嬢はにやっと笑って、先ほどの紙を持ち上げた。


「もう登録できたので、ここに情報が印字されました。ほら、"五次 携太 冒険・職人・商人"って」


 さっきの紙に、いつの間にか文字と三つの紋章が刷り込まれている。そして手書きで塗装、洗濯、複製、調達、便利屋と書かれていた。


「それと、携太さんの左手の甲にも印が出てるはずですよ」


「左手……?」


 言われて、慌てて自分の手の甲を見る。


「ホントだ……」


 さっきまで何もなかった場所に、三つの紋章が刺青のように浮かび上がっていた。


 ひとつは、翼のついた羅針盤と剣を組み合わせたような赤い紋章。


 ひとつは、歯車の上に交差したスパナとボルトの緑の紋章。


 もうひとつは、天秤と金貨をあしらった金色の紋章で、光を反射している。


 どれも細かい線で描かれているのに、はっきりと読み取れた。


「それがギルド登録の紋章です。ギルドの建物内にいる間だけ表示されます。外に出るとスッと消えますから、普段は見えません。不思議な仕組みでしょう?」


「本当に……」


 携太は手の甲を軽くなぞりながら、その不自然なほど自然な仕組みに、改めてこの世界の"魔法じみた技術"を感じていた。


 今まで気にしていなかったが、それを知ってからは行き交う人々の左手の甲に目が行く。確かにギルド内の人々には、それぞれ登録ギルドごとの紋章が刻まれている。


「全員が三つとも登録しているわけではないんですね……」


 苦笑いを浮かべながら話す携太に、受付嬢はハッと両手を打った。


「それぞれのギルドの仕事を半年間受注しなかった場合、その登録が解除されます。そして2年間は再登録できません」


「ギルドの仕事、っていうのは……?」


「冒険者なら魔物討伐や護衛といった戦闘系。商人なら仕入れや採取系。職人は専門的な腕を使う感じですね」


「え……。だったら、冒険者の登録はまだいらなかったかも。半年のあいだに、モンスター討伐みたいな依頼を一回は受けなきゃいけないんですね」


「まあまあ。雑魚モンスターの討伐依頼を受けちゃえばイイんですよ」


 受付嬢は片目をつぶって、軽くウインクしてみせた。


 携太がめまいを覚えるような状況にもかかわらず、受付嬢は特に気にした様子もなく次の話を始めた。



「それじゃあ、お待ちかねの仕事の説明に移りましょうか」


 受付嬢がカウンターから出て、掲示板の方へ歩き出す。


「あの大きな掲示板に貼ってある紙が、今出ている依頼です。討伐、護衛、商品仕入れ、荷物運び、簡単な修理まで、いろいろありますよ」


 促されるまま掲示板へ向かうと、紙の量に少し圧倒された。色で冒険者・商人・職人のいずれの案件かがわかるようになっている。赤が冒険者、黄色が商人、緑が職人のようだ。


 魔物の名前、依頼内容、報酬額、納期、依頼主の名前——読むだけでも情報量が多い。


「携太さんなら、生活系の仕事と採取系から始めるのがおすすめですね」


「これとかどうです?」


 受付嬢が一枚を指さす。街からさほど離れていない丘のふもとで、特定の草を集めてくる採取依頼だ。危険度はF。報酬は控えめだが、初回にはちょうど良さそうだ。


「最近、癒月草ゆげつそうがちょっと足りてなくてですね。薬師さんからの依頼です。数が揃えば揃うほど助かる系」


「……なるほど」


 紙を見つめながら、ふとスマホアプリが頭をよぎる。


 通販アプリ。薬草の名前を入れて検索すれば、おそらくヒットするのだろう。お金さえあれば、ギルドを一歩も出ずに箱だけ受け取って納品することもできる。


(……でも、それやり始めたら)


 ギルド内だけで任務完了となること間違いなしである。


(せっかく異世界まで来て、それはちょっと味気ない……でも、いざというときの保険にはしておこう)


 胸のあたりが、わずかにざわついた。


 元の世界でも、ほとんどの時間をPC画面の前で過ごしてきた。


 あの頃と同じ生活を、この異世界でも繰り返したくはない。


「……この依頼、受けます」


 紙を取って、受付嬢に差し出す。


「はい、採取クエスト一件。報酬は控えめで、一つ50イエンですけど、そのぶんお気楽ですよ。街の外に出るには、ちょうどいいデビュー戦です」


 カウンターに戻ると、受付嬢は今度はカウンターの下から別の紙を取り出した。簡易な地図と、横に並んだ記号。SからFまでランクが並んでいる。


「うちのギルドでは、仕事の危険度をざっくりこのランクで分けてます。ここからここまでがFとE——ほとんど魔物も出ないし、怪我しても大怪我にはなりにくいお仕事」


 地図の街の周囲を指でぐるりとなぞる。説明のたびに、肘がこちらの腕にかすかに触れる。


「この辺が、街の外の畑や、ちょっとした丘です。採取や荷物運びですね。さっきの採取依頼も、このあたりになります」


「じゃあ、初心者はこの辺りから?」


「そうですね。F〜E帯で慣れてもらって、それからD以上に挑戦していく感じです。D以上になると、"魔物がいる前提"の場所も増えますから」


 指先が、街から少し離れた山と森のあたりを叩く。


「で、こっちの川沿い。この辺り」


 今度は、街から少し外れたところをなぞる。


「ここは、魔物もまず出ないし、水もきれい。旅人がよく野宿する場所です。荷馬車ごと泊まる人もいますよ。夜は冷えますけど」


 その場所を、頭の中の地図に焼き付ける。


(あそこが、今日のキャンプ地候補か)


 受付嬢は慣れた手つきで、受注明細の原本を携太に渡し、控えの紙を棚に置かれた紙束の上に置いた。


「じゃあ、初仕事はこれで」


 受付嬢は、笑いながら携太の肩をぽん、と叩いた。今さらではあるが、ここでようやく名札に目をやる。クレア。


「進むべきか悩んだ時は戻ってきてください。そういうときに進んでいいのはベテランだけです。命あるうちに帰って来るように!!……あ、なんか最後だけ偉そうでしたかね?」


 いたずらっぽく舌を出して笑うクレア。その表情はやはり敬語よりも、くだけた口調の方が似合っている。


「ありがとう、クレア。敬語が似合わないと思ったから、俺からため口で話すことにしたよ」


「……ん。バレてた? ため口、ちょー助かるよ! いけない。他の人も対応しなくちゃ。じゃあ携太、頑張ってね」


「ああ、報告の時にまた」


 軽く会釈をして、ギルドの扉へ向かう。


 外は、思ったよりも眩しかった。太陽が高く昇り、もう昼食の時間となっていた。


 表通りの喧騒を背に、少し路地を折れると、安眠亭のある通りの静けさがまた戻ってくる。遠くのざわめきだけが薄く聞こえ、石畳を踏む自分の足音がはっきり感じられた。


(便利屋、か。同じ仕事の繰り返しじゃないから、なんか……すでに楽しい)


 携太は市場に寄り、先日のパン屋でパンを20個買い、袋に入れてもらうと、一つを片手にかじりながら、ひとまず宿へ向かった。今日は帰らないことを、バルトに告げるために。

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