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召喚余剰人員の為、魔王は任せて異世界満喫?!  作者: -冬馬-


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第13話 善行ポイント:新アプリ:ギルドへ

目が覚めると、部屋の中がうっすら明るくなっていた。


窓の外から差し込む朝の光が、カーテン代わりの布を透かして床を淡く照らしている。


携太は布団の中で伸びをしてから、手のひらをぼんやりと見つめた。


(……スマホ)


そう念じた瞬間、掌の少し先の空中に見慣れた黒い板が現れ、落ちる前にキャッチした。


ロック画面に表示された数字を見て、小さく苦笑する。


時刻は7時を少し過ぎたところだった。


元の世界なら、とっくに会社に向かっている時間だ。今はもう、朝のアラームすらセットしていない。


「……アラーム要らない生活って、やばいな。幸せ過ぎて不安になる」


独りごとを漏らしながら、携太はロックを解除してアラーム設定アプリを開く。


設定画面は、きれいさっぱり空になっていた。昨夜、なんとなく全部消したのだ。「もう出勤しなくていい」という事実を、自分に叩き込むように。


ホーム画面に戻ろうとしたその時、画面上部に見慣れない通知が滑り込んできた。


【善行ポイント 12,300pt 獲得】

【レベルアップ! Lv.1 → Lv.2】

【新アプリ解放】


「……おお?」


さっきまでぼんやりしていた頭が、一気に覚める。


携太は慌てて通知をタップした。アラーム画面を押しのけるように、説明のポップアップが手前に表示される。


(オラクル、これの説明頼む)


心の中で問いかけると、すぐに機械的な声が返ってきた。


『おはようございます、携太さん。昨日の行動に対する複数の方からの感謝が、このスマホに届きました。その結果「善行ポイント」が付与され、一定値に達したため、スマホのレベルが上昇しました』


「善行ポイント……って、昨日の、エレナの服の色替えとか、魚屋のおじさんの服を綺麗に直したやつとか?」


携太が確認すると、オラクルは淡々と続ける。


『はい。バルトさん、エレナさん、市場の魚屋の店主さんなど、携太さんの行いによって助けられた方々の感謝が数値として記録されています。お部屋掃除の手伝いもそうです。ポイントの量は、行動の大きさや相手の感謝の深さによって変わります』


「人の"ありがとう"がポイントになるって、ポイント欲しさに良いことしているみたいで、人には知られたくないな……。ありがたいんだけどね」


良いことのはずなのに、少し複雑な思いを抱いてしまう。


その思いをごまかすように、ホーム画面へと戻った。


画面上には、アイコンが二つ増えていた。一つは買い物カートのマーク。もう一つは、フタの少し開いた箱のマークだ。


「……新アプリって、これか。まずはカートの方からだな」


携太がカートのアイコンをタップすると、画面が切り替わる。


そこには、見覚えのあり過ぎるレイアウトが鎮座していた。カテゴリ一覧、検索バー、ランキング。元の世界の大手通販サイトを、ほぼそのまま異世界に持ってきたような画面だ。


「うわ、完全にあの通販サイトじゃん……」


『こちらは通販アプリです。この異世界の商品をイエンで購入できるほか、元の世界の商品を善行ポイントで購入できます』


オラクルの説明に、携太は思わず眩暈を覚えた。


「元の世界のも、買えちゃうのか……」


スクロールするたびに、日本語の商品名が次々と流れていく。食品、日用品、電化製品。今いる部屋の景色がなければ、元の世界で買い物をしているようにしか思えない。


(でも、日本の食べ物を買いまくるのはなんか違うよな。異世界に来たわけだし。とはいえ、昨日の稼ぎとポイントを合わせたら、1日の収入としてはかなりいい線いってるのかも)


画面の向こうから、様々な誘惑が手招きしてくる。


その中で、携太が一番最初に買いたいものは、もう決まっていた。


「……風呂、だな」


異世界に来て三日目。もちろん、顔や体は拭いているが、湯船には一度も浸かっていない。日本にいた頃、風呂は携太にとって唯一の"リセットボタン"だった。


(まずは湯だろ。文明レベル上げるなら、風呂からだ)


携太は検索バーに「お風呂」と打ち込み、検索をかける。


表示された商品一覧には、据え置き型の風呂釜や屋外設置用の浴槽もあったが、どれもポイントがとんでもなく高かった。


「10万ポイントか……いやいや、そもそも持ってはないけど、ひと月の稼ぎがわかる前にこんな博打は打てない」


スクロールを続けていると、折りたたみ式の簡易湯舟が目に留まる。


厚手のビニール製の円筒形。人一人が体育座りで入るには十分なサイズ。価格は5000ポイント。


「これくらいなら、まあ……。最初の買い物が"風呂"って、悪くないよな」


確認画面には、ポイント残高と差し引き後の数字が表示されている。


現在:12,300pt → 購入後:7,300pt


一瞬だけ指が止まるが、やがて携太は「購入を確定」のボタンをタップした。


ポン、と軽い効果音。


ホームに戻ると、箱のアイコンの右上に「①」の赤いバッジがついていた。


「受け取り口はそっちってことか」


箱アイコンをタップすると、十個の四角い枠が並んだ画面が現れた。


右上には「1/10」の表記。そのうちの一枠に、先ほどの簡易湯舟のサムネイルが表示されている。


『こちらがアイテムボックスです。現在は十枠まで保存可能です。レベルアップにより、枠数は増加します。同じアイテムであれば、数に関わらず一枠で管理されます』


「すごいな、おい。収納兼、倉庫兼、空間魔法じゃん」


『アイテムボックス内では時間が経過しません。また、サイズや重量に制限もありません。水や砂などの計量可能な物質は、量が数値で表示されます。一方で、生きている生物などは保管できません』


「そこは逆に安心したわ……。生き物まで自由に出し入れできたら、本当によくない気がする」


携太は画面の湯舟のサムネをタップした。


その瞬間、部屋の中央あたりの空間が、ほんの一瞬だけ歪んだように見えた。


ぽん、と軽い音を立てて、折りたたまれた青いビニールの塊が床の上に現れた。


「……物理法則さん、ご苦労さまです」


恐る恐る近づき、持ち上げてみる。重さはそこそこあるが、一人で運べる範囲だ。


部屋の片隅にスペースを作り、床の上に広げていくと、想像以上にちゃんとした「湯船」の形になった。


「おお、思ったよりデカい。これにちゃんと湯が張れたら、この世界での俺の文明レベル爆上がりだぞ」


問題は、その「湯」である。


(お湯は……まあ、今じゃなくていいか。まずは水だけでも入ってみよう)


携太はスマホを消し、ひとまず「風呂の準備モード」に頭を切り替えた。


安眠亭の裏手には、小さな中庭と、その片隅に石組みの井戸がある。昨日、エレナに案内してもらった時に見て、携太は「これぞファンタジーだ」とひそかにテンションが上がっていた。


宿の廊下を抜け、裏口から外に出る。朝の空気はひんやりとしていて、まだ街全体が完全には目を覚ましていない静けさがあった。


外階段を降りて井戸へ歩を進める。


桶を井戸の中に下ろし、水音が響いたところで引き上げる。透明な水がたっぷりと入っていた。


「冷た……。でも、綺麗だな」


携太は桶の中を一度のぞき込んでから、井戸の縁に置いた。


(アイテムボックスって、水もしまえるんだよな。だったら、ここで何回か汲んでボックスに溜めておいて、部屋で一気に湯舟に流し込んだ方が早い)


『水の収納を実際に運用してみる、ということですね。イメージしてみましょう』


オラクルが応答したことに疑問を感じつつも、言われるがままに。


「う……うん。この桶の水を、丸ごとアイテムボックスにしまいたい!」


携太が言葉に出して念じた瞬間、桶から水の重みだけが抜け落ち、腕が一気に軽くなった。


見た目は何も変わっていないのに、中身だけがどこかへ抜けていったような不思議な感覚だ。


「……おお。ちゃんと消えたな」


『はい。「井戸水」として保存されました。収納時は、携太さんが手にしているものの中で、念じたものだけをボックス側に送る形になります』


(しまう時に、ざっくり"これ全部"って念じると、桶も収納されてしまうってことか)


それから携太は、同じ動作を何度か繰り返した。


桶で井戸水を汲み上げては、「この桶の水をしまう」と念じてボックスへ送る。


腕に軽い疲労がたまってきたころには、ボックスの中の水も湯舟を満たせるくらいには溜まっているはずだ。


「そろそろいいか……。じゃあ今度は、出す方のテストだな」


部屋に戻り、簡易湯舟の前に立つ。


スマホを出してアイテムボックスから取り出すこともできるが、収納時と同じように念じて出現させることもできるとオラクルに教えてもらった。


湯舟の内側を狙うように、片方の手のひらをそっとかざす。


(出す場所は、この湯舟の中だけ。勢いは弱め。手のひらの側に小さい"蛇口"ができる感じで……ここに、さっき溜めた井戸水を)


そう念じた瞬間、携太の手のひらの側に、きゅっと小さな空間が生まれたような感覚が走る。


すぐ後、その空間から細い水の流れが現れ、静かに湯舟の底を満たし始めた。


(弱くイメージすればこのくらいか……)


今度は「もう少し勢いよく」と念じると、水の流れが一段階太くなった。


蛇口いっぱいの太さで、水が勢いよく注がれていく。


(ちゃんと変わるな。でも室内だし、水が漏れても困る。このくらいで十分か)


「止まれ」


携太がそう念じると、水の流れはぴたりと途切れた。


湯舟の縁に手をかけ、中をのぞき込む。


「よし、腰くらいまであるな」


湯舟の中には、透明な井戸水が静かに揺れていた。


携太はさっそく服を脱ぎ、慎重にビニールの縁をまたいで中に入る。


「っ——冷たっ!」


思わず声が漏れる。


井戸水そのままの冷たさが、足首から脚全体へと一気にまとわりついてきた。しかし数秒もすれば、その冷たさが逆に心地よく感じ始める。


「……でも、悪くないな、これ」


湯気こそ立っていないが、全身が水に包まれる感覚は、シャワーとも洗面台とも全く違っていた。


肌についた汗と埃が、ゆっくりと剥がれ落ちていくような解放感がある。


(会社に行かなくていい朝に、異世界の宿で、井戸水風呂……。こんな生活してていいのか、俺)


胸のどこかが、チクリと痛んだ。


それでも今この瞬間の「楽さ」と「自由さ」が、その痛みを上回っていることも携太は分かっていた。


「……最高の朝だな、これ」


ぽつりと呟き、目を閉じる。


冷たい水が、頭の中まできりっと冴えさせてくれるようだった。


しっかりと体を洗い終えると、携太は湯舟の水面をすくうように片手を沈めてみた。


(この水、どうしようかな……)


そのまま流すのはもったいない気がして、思わず考え込む。


(一回使った水をアイテムボックスにしまったら、中に残ってる綺麗な水と混ざって、全部"使用済みの水"になるよな? さすがにそれは嫌だな……)


『入れていただいて大丈夫ですよ』


「え?」


思わず声が漏れる。


さっきも「オラクル」と呼んでいないのに応答があることに、今さら気づいた。


『アイテムボックス内に入れた水は、不純物が自動的に除去され、すぐに澄んだ状態に戻ります。ですから使い終わった水も収納して構いません』


「……ってことは、しまった瞬間にまた綺麗になるってこと?」


『はい。その通りです』


携太は一瞬、言葉を失った。


(待てよ。じゃあ昨日の汚れた服も、アイテムボックスに放り込んでおけばよかったって話じゃないか……)


『衣類なども水と同様に、収納と同時に汚れやニオイが完全に除去されます。どれほどひどい汚れでも、取り出した時点では常に清潔な状態です。ただし破れやほつれなどの損傷そのものは修復されません』


「……先に言っておいてほしかったわ、それ」


口ではそう言いながらも、携太はすぐに首を横に振った。


(いや、昨日の時点じゃそもそもアイテムボックス自体が解放されてなかったんだよな……。どっちみち、どうしようもなかったか)


「昨日からアイテムボックス使えていたら、どれだけ楽だったかって話なんだけどさ」


思わずぼやきが漏れる。


それでも次の瞬間には、別の考えが頭をもたげた。


(でもこれ、次からはどんなに凝った服でも汚れだけなら丸ごとリセットできるってことだよな……。複雑な刺繍入りでも、綺麗にできるってことじゃん)


そう思うと、さっきまでのもったいなさも少しだけ前向きな「得した気分」に変わっていく。


携太は天井を仰いで、今度は苦笑まじりに小さく息を吐いた。


携太はふと、別の違和感を思い出した。


「ていうかさ、今のもだけど……俺、オラクルって呼んでないのに、普通に話しかけてきたよな?」


『レベルアップ前は、携太さんからの明確な呼びかけがあった場合にのみ応答していました。現在は、最初のレベルアップの効果として、一定以上強い思考を自動的に拾って会話に参加する設定に変わっています』


「……マジか。じゃあ、さっきの"水どうしようかな"って考えたのも、勝手に拾ってきたわけ?」


『はい。放置するより、正しいことを教えた方が良いと判断しましたので』


(便利なんだけど……脳内が常に盗み聞きされてるみたいで、ちょっと怖いな)


携太は湯舟から出て身体をタオルで拭き上げ、服を着た。


「じゃあ、この水もしまっちゃうか。また綺麗になるなら、毎回水汲みしなくていいから助かる~」


湯舟に手をかけ、しまうよう念じると、一瞬で水も湯舟も消えた。


スマホを出現させてアイテムボックスを確認すると、井戸水も簡易湯舟もしっかり別々に収納されていた。本当に便利だなと携太は思う。


窓の外に目をやった。街のざわめきが、さっきより少し大きくなっているのを聞きながらスマホを消した。


「よし。風呂も入ったし……今日はギルドだな」


昨夜、バルトとエレナから聞いた話が蘇る。


ギルドに登録しておけば、生活系の仕事から魔物討伐、アイテムの売買まで、色々な仕事の依頼が回ってくるらしい。


掲示板には、生活の困りごとから魔物討伐、アイテムを欲しがっている人や売りたい人の張り紙まで、びっしり並ぶ。


そこから自分にできそうな仕事を探す——そんな光景が携太の頭の中に浮かんでいた。


「まずは登録して掲示板の確認だな。"スマホでできること"を仕事にできそうで楽しみだ」


甚兵衛の服や昨日コピーした服をアイテムボックスに入れ込んだ。


異世界三日目の朝。


最高にスッキリした身体と、まだ少し落ち着かない心を連れて、携太はギルドへ向かうことにした。

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