第12話 成功?:プラスα:報酬
二人が宿に戻ると、バルトが宿の前で箒を手に砂埃を払っていた。
「お父さん、ただいま〜!」
「おお、おかえり!……あ! この匂いは、私の好きなパンを買ってきてくれたんだね?」
バルトの笑顔から、本当に大好きなのが窺える。
「そう! 私たちは食べ歩きしちゃった。これはお父さんの分だから食べて」
「ありがとう、エレナ」
幼い頃から施設で育った携太には、二人のやり取りが羨ましく、心温まるものだった。
「ん? 携太さん、その手に持っているものは?」
バルトが携太の抱えている服に気づき声をかけた。携太はぼんやりと「家族」について考え込んでおり、反応が少し遅れた。
「あ、これは……」
携太が説明しようとすると、エレナが先に勢いよく口を開いた。
「携太さんが初仕事をゲットしたの!」
「初仕事?」
バルトが首をかしげる。
携太は市場での出来事を話した。ジャムで汚れた服を元に戻す仕事を引き受けたこと。報酬は1000イエンであることを。
「なるほど……」
バルトは少し考え込んだ。
「携太さん、色を変えるだけでなく、その汚れも含めて元に戻せるんですか?」
「やってみないと分かりませんが……イメージとしては出来る気がするんです。なので今から部屋で試してみます」
ここで三人は解散となった。バルトは朝食を取り、エレナは客室の掃除を行う。
そして携太は自分の部屋に上がり、服を広げて初仕事に取り掛かった。
黄色い生地に、赤いジャムの染みがべっとりと広がっている。お腹の部分が特にひどく、袖にも点々と赤い斑点がついている。
「オラクル、これ……元に戻せるかな?きれいな部分をコピーして、汚れたところに貼り付けられないか?」
『もちろん可能です。まず、この服を撮影してください。その後、編集画面で汚れていない黄色い部分を選択し、コピーします。次に、染みの部分を選択してペーストすれば、元の状態に上書きできます。同一の素材同士でのみ有効です。今後のレベルアップで、できることが増える可能性もあります』
「了解。じゃあ、その手順でやってみるか」
携太はスマホを出現させ、服の写真を撮った。
編集画面を開き、きれいな黄色の部分をタップする。
部分選択を選ぶと、黒枠のフレームが表示された。
携太は慎重にフレームのサイズを調整し、汚れていないきれいな部分に合わせる。
「コピー」
次に赤い染みの部分をタップする。
「ここにペースト」
タップすると、赤い染みが消え、きれいな黄色に置き換わった。
「うん、想像通りだな」
携太は次々と染みの部分を修復していく。
お腹の大きな染み、袖の小さな斑点。一つ一つ丁寧にコピー&ペーストで消していく。
約5分後。
「よし……完成」
携太が編集を完了させると、目の前の服から赤い染みが完全に消えていた。
元の黄色い服に戻っている。
携太は服を手に取り、匂いを嗅いでみた。
ジャムの甘ったるい匂いも完全に消えている。
「完璧だな。本当に元通りだ」
携太はスマホを消した。この世界では、スマホを人目に晒さないよう、こまめに消す癖をつけ始めている。
コンコン。
扉がノックされる。
「携太さん、お茶を持ってきましたよ」
エレナの声だった。
「ありがとう、入って」
エレナが部屋に入ってきて、服を見た瞬間、目を見開いた。
「え!? 本当にきれいになってる!!」
エレナが駆け寄って服を手に取る。
「早い……もうジャムの跡がない……匂いも!」
エレナが服の匂いを嗅いで驚いている。
「板のおかげだよ。ああ、そうだ。これ、スマホっていうんだよ」
携太が言った。
「スマホ……」
エレナが聞いたことのない言葉を不思議そうに繰り返す。
「これなら、ちゃんと報酬がもらえますね!」
エレナが嬉しそうに笑った。
「それと、おじさんに何も言わずにってのは悪いけど、この服を10着コピーさせてもらおうと思う」
携太は申し訳なさそうに頭をかきながら言う。
「どうしてですか?」
「2着はおじさんに持っていくつもりだよ。気に入ってるなら同じのが2着ぐらいあってもいいかなと思って。買ってくれるかもしれないだろ? 残りは、俺が着てもいいし、服屋に売ってもいい。どう? 少しでもこっちで稼ぐためだからね」
「そういうことですね! おじさんも買ってくれると思います!」
エレナが納得したように頷いた。
携太はスマホを再び出現させた。
きれいになった服を撮影し、複製機能を開く。
複製数を選択する画面が表示された。
「10着」
携太が数字を入力し、決定ボタンを押す。
すると一瞬で、ベッドの上に10着の黄色い服が積み重なって出現した。
「すごい……一瞬で……」
エレナが呆然と呟く。
「よし。これで準備完了だ」
携太が満足そうに言った。
おじさんに服を返しに行く昼まではまだ時間がある。携太はエレナと一緒に、空いている客室の掃除を手伝った。ベッドを整え、窓を拭き、床を掃く。単純な作業だが、二人で働くと不思議と楽しい。
そうこうしているうちに、昼食の時間が近づいてきた。
「携太さん、そろそろ降りましょうか」
エレナが声をかける。
二人が階段を降りていくと、途中から何やら美味しそうな匂いが漂ってきた。スパイスの香り、それにほんのり甘い香ばしさ。
「いい匂い……」
携太が思わず呟く。
匂いに誘われるように食堂に入ると、テーブルには温かい料理が置かれていた。
「お、バルトさん。これは……」
「朝のパン、ありがとうございました。お礼にと思って」
バルトが少し照れくさそうに言った。
「料理は不得意なもので……出来合いを買ってきました」
「ありがとうございます!」
携太は心から感謝した。
三人で昼食を囲む。
温かい料理、温かい会話。
携太の心も、少しずつ温かくなっていく気がした。
昼食後、携太とエレナは再び市場へ向かった。
携太は直した服を持ち、エレナは袋に入れた2着の服を持っている。
魚屋のおじさんは、店先で魚を並べている。
「おじさん、服直りましたよ」
携太が声をかけると、おじさんが振り返った。
「おお! 本当か!?」
携太が服を差し出すと、おじさんは目を見開いた。
「こ、これは……」
おじさんが服を手に取り、じっくりと確認する。
お腹の部分、袖の部分。どこにも赤い染みがない。
「すげぇ……本当に元通りじゃないか!」
おじさんが感動したように言った。
「匂いも……ジャムの匂いが全くしない!」
「良かったです」
携太が笑顔で答えた。
「いやぁ、助かったよ。はい、約束の1000イエン」
おじさんが財布から銀貨を取り出して渡した。
「ありがとうございます」
携太が受け取った。
おじさんが嬉しそうに服を抱きしめようとしたとき、携太が言った。
「あの……おじさん」
「ん?」
「実は、この服をもう少し用意できたんです」
携太がエレナに目配せすると、エレナが袋から黄色い服を2着取り出して差し出した。
「これ……」
おじさんが驚いて服を確認する。
「全く同じだ。縫い目も、生地の厚みも……どうやって?」
「気に入ってるなら、洗い替えがあった方がいいかなと思って。もし良かったら、1着1500イエンで買っていただけませんか?」
携太が提案すると、おじさんは少し考えた。
「んー……」
おじさんが服を見比べる。
「この服、本当に気に入ってるんだよな。洗い替えがあると助かる」
おじさんが笑顔になった。
「よし! 2着とも買うよ!」
「本当ですか!?」
「ああ。気に入ってる服だからな。むしろ安いくらいだ」
おじさんが財布から銀貨を取り出した。
「はい、3000イエン」
「ありがとうございます!」
携太は合計4000イエンを手にした。
市場を後にする二人。
「携太さん、すごいです! 一気に4000イエンも稼いじゃいましたね!」
エレナが興奮気味に言った。
「ああ……でも宿代が一泊3000イエンだからな」
携太は苦笑いを浮かべた。
「このペースで何件もこなさないと、あっという間に底をつく。もっと仕事を増やすか、単価の高い案件を探さないと」
口に出してみて、ようやく実感が湧いてくる。
異世界でも、結局は地道に稼いでいくしかないのだ。
携太がそう考えていると、エレナがぱっと顔を明るくした。
「でしたら、きっと他にも困ってる人はいますよ! 市場でも宿でも、何かあれば私、声をかけてみます!」
宿に戻ると、バルトが驚いた顔で二人を迎えた。
「本当に成功したんですね」
「はい。おかげさまで」
携太が笑顔で答えた。
夕食後、携太は自分の部屋に戻った。
ベッドに横になり、天井を見上げる。
異世界での初仕事。
無事に成功し、お金も稼げた。
(今後もこうやって仕事を増やしていけば、なんとかなるかもしれない)
そう思いながら、携太はふと元の世界のことを考えた。
あの息苦しい日々。
締め切りに追われ、クライアントの無理な要求に応え続ける毎日。
(あっちに戻りたいか……と言われたら、正直微妙だな)
携太は複雑な表情を浮かべた。
家族もいない。
親しい友人もいない。
恋人も……。
(あ、みちる)
携太はハッと思い出した。
幼馴染のみちる。
何も言わずにこちらに来てしまった。
施設で一緒に育ったメンバーたち。
院長先生。
(みんな、心配してるだろうな……)
胸が少し痛む。
その瞬間、冷たいものが背筋を走った。
(……そうだ。みちるにもらったブレスレット)
彼女からもらった、大事なブレスレット。
あの日の慌ただしさの中で、いつの間にか手首から消えていた。
(スマホや服は持って来れたのに。身に付けていたブレスレットは、どうして持って来れなかったんだろう……)
怒ったみちるの顔を想像するとゾッとする。
みちるの気持ちがこもったものを、置き去りにしてきてしまったのだから。
(最低だな、俺)
ベッドの上で、携太はきゅっと片手首を握りしめた。
そこには、もう何もない。
(……それでも、今はどうしようもない)
目を閉じる。
(せめて、みんなが元気でいてくれますように)
そう思いながら、携太は眠りについた。




