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第9話 古事記にも載っていたのでセーフ

「んじゃ、1年前期の学級委員を決めるぞ」


 昼休み明けの午後の授業。

 エッちゃん先生が冒頭に言い出すと、俺は前世の記憶を思い出した。


 立候補がいないか担任の先生が問いかけても、目を合わせない生徒たち。


 重苦しい沈黙が支配する教室の中で、担任の困った声がこだまする。


 そして、その内始まる、『◯◯君がいいと思います』、『◯◯ちゃんは中学時代に学級委員やってました』という裏切りと生け贄をささげるライアーゲーム。


 何とも嫌な思い出である。


 またあの時間を実年齢アラサーの俺が経験するのか……と気が滅入っていたのだが。


「ハイハイ!  私、学級委員やりたいです!」

「私、中学時代に学級委員やってました!是非、私目に大役を!」

「ぬかせ! 私は中学時代に生徒会長をやってたんだ! 私こそふさわしい!」

「んだ、テメェごらぁ! こちとら全国区の部活の主将してたんだぞごらぁ!」

「やんのかゴラァ!」


 あるうぇ……⁉

 何か、俺の知ってる学級委員決めと違うぞ……。


 たかがクラスの学級委員なのに、こんな争ってまで奪い合うポストじゃない気が……。


 超進学校だと、こうなの?


「あの、エッちゃん先生」

「お、何だ橘?」


 ヒートアップする女子たちの集団から避難し、同じく教室のカドにパイプ椅子を置いて座っているエッちゃん先生に声をかける。


「何故にこんなに学級委員決めが白熱してるんですか?」


 そして、担任教諭のあなたが、何故取っ組み合いのケンカをしているクラスの女子生徒たちを止めずに、ただ眺めているんですか?


「そりゃそうさ。学級委員は男女のペアだからな」

「なるほど、なるほど……。って、え!? 俺は学級委員やるの確定なんっすか!?」


「そうだぞ。かつての神話で、男女比が半々だった時代には男女の学級委員がそれぞれ選出されていたらしい」


 神話っていうか、俺の元いた世界の話っすね、それ。


 となると解せない話だ。


「その神話の儀式がなんで、この現代で甦ってるんです?」

「そりゃ、この学校の売りだからな。バカでスケベな思春期女子高生どもに全力を出させる仕組みが色々とあるのさ」


 たしかに、学級委員同士ならば、否応なく男子の学級委員と一緒に会話したり仕事をする機会に恵まれるだろう。


 要するに、男子獲得レースにおいて、その他大勢のクラスメイトの女子より抜きん出ることができるわけだ。


 しかし、色々と解せない事がある。


「でも、そんな説明、入学前には無かったんですけど?」


 一応の抵抗の言葉として添えた反論だが、質問の真意は別にあった。


 この男女で学級委員に選出されるイベントだが、俺のプレイしたゲームではまだ存在しないはずの制度だ。


 正確に言うと、江奈さんルートに入った三学期に始まる制度で、こんな、入学初期の序盤には間違いなくなかった。


「実施計画だけは以前から策定されていたんだが、中々、男子生徒側の了承が取れなさそうだから塩漬けにされてたんだよ。ただ、今年の1年生の1組と2組の男子なら行けるだろとゴーサインが出たんだ」


 ふむ。


 学校側も晴飛の1組だけなら申し訳なく思うが、2組の男子の俺も行けるなら、内外の圧力とも戦えると踏み切ったのだろう。


 つまりは、間接的にだか俺が転生した影響により、ゲームの設定が変わってしまったというわけか。

 まぁ、変化としてはサブイベントが増えたみたいなもんだから、大勢に影響はないだろう。


 そう自分を納得させたが、このまま素直に受け入れるのも何だか癪だな。


 それに、ここには一つお灸をすえねばならない人がいる。


「なるほど、なるほど。そんなことよりも、エッちゃんセ~ンセ♪」

「な、なんだ橘……ネコナデ声で……」


 俺の小悪魔的な笑顔での語り掛けに、頬を赤くしつつも警戒するエッちゃん先生。


「もし俺がこの場で、『いや、俺は学級委員なんてやらないよ』って言ったらどうなりますかね?」


「え?」


 蠱惑的な笑みと共に言うと、エッちゃん先生は絶句し固まった。


 なお、周りはまだ、誰が女子の学級委員にふさわしいかの決闘トーナメント方式について激しく議論を戦わせている真っ最中なので、俺とエッちゃん先生の声は届いていない。


「が、学級委員をするのがイヤなのか? 橘?」


 予想外の話に、エッちゃん先生の声が震える。

 まさか、物わかりのいい男子生徒の俺が拒否するとは思っていなかったのだろう。


「いや、別に学級委員をするのはいいんですよ。でも、俺に事後報告だったのが引っかかるんですよね~」


 無論、これは嘘だ。


 別にそんな事は気にしちゃいないし、こんな風に女子の学級委員決めが白熱してる中で、『俺だけ船降りるわ』なんてとても言い出す勇気はないし、女の子が悲しむ顔を見たくない。


 目的は別にある。


「う……。それはすまない……。私も、新規の教育プログラムに選ばれたことに浮かれてしまって、つい橘への説明を後回しに……。報連相の順番を飛ばしてしまい、本当に申し訳ない……」


 エッちゃん先生は、割と本気でしょんぼりして、か細い声で謝ってきた。


 うむ、いい……。

 美人女教師に本気謝罪を受けるとか、現実では中々お目にかかれんぞ。


 ちょっと興奮する。

 よし、もうちょい追い込むか。


「どうしよっかな~」

「わ、私に出来ることなら何でも……」


 何でもですって⁉

 小悪魔ムーブ全開で得られた無抵抗全面降伏な交換条件に色めき立つ俺。


 さて、何を頼むか……。

 そうだ、エッちゃん先生は成人女性だよな。


 つまり、文字通り何をしてもいい訳だ。


「じゃあ、学級委員を引き受ける代わりに、一つお願いを聞いてもらっていいですか?」

「お願い?」


 不安そうに、エッちゃん先生が尋ねる。


「知っての通り、俺は一人暮らしなんです。でも、俺は家事がそんなに得意じゃないんで、誰かに家事をしに来てもらいたいな~って」


 本当は前世で独身一人暮らしが長かったので、料理は好きだし家事くらい一通りできるのだが、誰かにやってもらえるなら、それに越したことはない。


「た、橘の家に行っていいのか⁉」


 エッちゃん先生は俺の提案に目を見開き、俺の両肩をガシッと力強く掴む。


「痛いっすよ先生」


 あと、目が血走ってて怖いっす。


「これから永久に給料の8割を寄越せとでも言われるのかと思ったら、まさかのご褒美……。男子高校生の一人暮らしの部屋に通う女……。これが、古事記に記されていた通い妻……」


 エッちゃん先生に俺の声は届いていないのか、ブツブツと独り言を言って、混乱する頭の中を必死に整理しようとしている様子だ。


 あと、この世界の古事記には通い妻の項があるんだな。


「で、どうします? エッちゃん先生」

「行く。すぐにでも行く」


 鼻息荒く、今日にでも我が家に来そうな勢いのエッちゃん先生。

 流石に、必死過ぎてちょっと引く。


「まあ、適当な時に来てくださいよ」


 言ってることが自分勝手で、割とサイテー男みたいだが。


「こ、これが古事記にも載っている都合のいい女扱い……。どこまで女のツボを押さえてるの、この子は……」


 古事記にも載っていたのでセーフだった模様。


 男に振り回されることに快感を得る人種は元の世界にもいたが、この世界ではそれが顕著な模様。

 この世界って、本当に男にとって都合が良すぎるぜ。

この世界の古事記万能すぎ。


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