第10話 押しかけ女房ならぬ、押しかけ傭兵
「美味しい……美味しいです!」
「そう……。クレープはまだあるから、ゆっくり食べな」
3個目のクレープを勢いよく頬張る、私設武装組織のお姉さんを眺めながら、俺はコーヒーをすする。
──本当は、晴飛と一緒に食べる予定だったんだけどな~。
「ふぅ……ようやく落ち着きました。ここ数日間、何も食べていなかったもので。そろそろ、路地裏のネズミにでも手を出そうかと思っていました」
「そ、そう……」
やっぱり見た目通りに、家なし子ではあったんだ。
「知っていますか? ネズミは丸焼きにすると内臓が臭いのでちゃんとナイフで」
「そういえばお姉さん、お仕事はどうしたの?」
クレープ屋にはおよそ似つかわしくない話題をしようとする軍人お姉さんを遮り、強引に方向転換する俺。
「寝室家は、先のミッション失敗の責任を取らされて解雇になりました」
「え⁉ クビになったの?」
傭兵稼業って厳しいな。
ワンミスでダメなの?
って、解雇されたのは俺のせいな訳だけど、不思議と傭兵のお姉さんからは殺気らしきものが感じられない。
「本来なら拷問の上、そのまま命を取られていてもおかしくはありませんでした。こうして、生きているだけで十分に幸運です」
「そ、そうなんだ。そういえば、お姉さんって名前は?」
「小職は、渚橋凪と申します。橘知己さま」
「ああ、俺の名前は知ってるんだね」
まぁ、俺を拉致しようとしてたんだもんね。
そりゃ、ターゲットの名前くらいは憶えてるか。
「はい! 小職の内臓と情緒をグチャグチャにした相手なので、忘れるはずもありません!」
「もうちょっと声のトーン落とそうか……」
声も無駄にデカいんだよな、この人。
小職って言ってるし、元は規律正しい軍人さんなんだろうな。
空気が絶望的に読めてないけど。
やっぱり、血と硝煙の薫りの世界で生きてきた人だからかな?
「内臓はともかく、俺は渚橋さんの謂わば敵だった訳だけど、それはいいの?」
「傭兵は雇い主が変われば撃つべき敵は、1日毎ですら変わるもの。自身のイデオロギーは影響しません」
「あ、そう」
「しかし、今の私は雇い主のいないフリーの身。故に、橘様にグチャグチャにしてもらいたいという自身の欲求が表出しています」
「なるほど」
いや、なるほどって言ったけど、1ミリたりとも分んねぇよ!
なんで、失職する原因になった奴の事を、そんな恍惚としたウットリ顔で見つめてくるんだ?
「小職はこんな傭兵稼業をしていました故、男性の警護任務に就く機会が多くありました。ですが、当の男性からはまるで存在を無視されるのが常。敵勢力から襲撃を受けて肉壁となり小職が負傷した際にも、『血がかかっただろ!』と罵倒されるなんて事も珍しくありません」
「それは酷いね……」
「それが普通だと小職は思っていました。でも、橘様が私の男性観を壊してくれました。女性よりも強く荒々しく、橘様から放たれた弾は小職の女の部分をあっさりと貫通し、下腹部の大事な所を揺らしました」
「ちょっと、誤解を招く表現かな~。ほら、周りの女の人たちが鼻血出して倒れてるから」
周囲の席で聞き耳を立てていた女子高生が、クレープに顔を突っ込んで鼻血噴いてビクンビクン痙攣してるから。
店員さんが慌てて助け起こしてるから、窒息死はしてない模様。
「とにかく、小職は橘様に心酔しております。是非、橘様の御傍に置いてください!」
「ええ……押しかけ女房ならぬ、押しかけ傭兵……」
そんな同居ラブコメ聞いたことねぇよ。
「給料はもちろん要りませんし、家の軒下で寝起きします。食料は、路上でネズミを調達し」
「それはやめて」
そんな鬼畜な扱いしてたら、俺の評判が下がるじゃん!
いや、渚橋さんは美人さんだし、傭兵をやってたバリバリ軍人なお姉さんが自分にはデレデレってのは、割と俺の性癖には刺さる部分もあるんだが……。
如何せん、俺の家は色々と銃器やら何やらがあるし……。
あ! でも、渚橋さんには、この間の戦闘で銃器を扱うエージェント的な力がある事はバレてるんだった!
なら、秘密の部屋の事はいいのか。
そういう意味では、俺の秘密を知っている渚橋さんを、このまま放っておくというのは良ろしくないな。
どこで、俺の秘密を漏らすか分かったもんじゃないし……。
でもな~。
事情を伏せて渚橋さんを我が家に同居させたら、間違いなく周りが大騒ぎするしな。
晴飛も多々良浜さんもエッちゃん先生も怒るだろうな……。
他にも……。
あ! そうだ!
「渚橋さん! ちょうどいい雇い主に心当たりがあるんだけど」
「ちょうどいい……?」
小首を傾げる女傭兵を尻目に、俺は、この前、同じく性癖を捻じ曲げてしまった女の子の連絡先をスマホで開くのであった。
女傭兵の渚橋さんは書いてて楽しいな~。
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