第1話 学園長登場
始業時間より1時間前。
「失礼します」
「入れ」
俺は、指定された場所に指定された時間に来た。
眠い……。
「おはよう。朝早くに済まないね。1年2組の橘知己君」
「おはようございます。さすがは、真名瀬学園長。入学したての一生徒の名前を憶えているだなんて教育者の鑑ですね」
朝の挨拶を交わし、勧められた応接セットのソファに腰掛ける。
流石は天下のハニ学の学園長室。
調度品や家具も一級品だ。
「いや、君の場合は目立ち過ぎだから、否が応でも憶えるタイプの生徒だ」
「恐縮です」
「本当だよ。色々と起こしてくれちゃって、まぁ……」
そう、目の前の真名瀬志津学園長が苦笑して、手ずからコーヒーを淹れてくださる。
「そういえば、この間はありがとうございました。おかげで、侵入したネズミを無事に捕らえる事ができました」
「ああ、それはいいんだよ。学園の平和を護るのが学園長である私の当然の責務だからね」
ここでいうネズミとは、先日、1年2組の勝利で幕を閉じたクラス入替え戦の前日に起きた、俺の拉致未遂についての関係者だ。
あの時、私設武装組織を迎え撃つための場所や、当日の人払いについて手を貸してくれたのが、今、目の前にいる真名瀬学園長なのだ。
なお、国内屈指の名門共学校であるハニ学の学園長という事で、それなりにお歳を召しているはずだが、そこはギャルゲー世界。
新名瀬学園長はまさに美魔女という容姿で、正直たまりません。
「しかし、あの真紀奈の息子がこうなるとはねぇ~」
「……? ああ、真紀奈って母の事ですか」
しみじみ語る真名瀬学園長の様子を見て一瞬、真紀奈って誰だ?と思ったら、かわいいカワイイ息子の橘知己君に対し、一人で私設武装組織を分からせろと無茶振りして来た母親の名前だった。
下の名前で呼ぶって、うちの母親と真名瀬学園長は随分と親しいんだな。
「真紀奈とは学生時代からの腐れ縁だからな。今度、真紀奈の学生時代の失敗談でも話してあげよう」
「それは是非聞きたいですね」
お互いにニヤリと笑い合う。
しかし、真名瀬学園長はババ……もとい! 年上の妙齢女性大好き侍プレイヤーの需要を一手に引き受けるキャラだった訳だが、まさか橘知己君の母親の旧友だったとはな。
ハニ学の裏設定は本当に面白いな。
「さて。わざわざ早朝に、君に学園長室まで来てもらった要件だが……」
そう言いつつも、真名瀬学園長がコーヒーカップに口をつけるのは気楽な話題であるというアピールなのか。
とりあえず俺も、相手と同じ行動を取って信頼度を上げるミラー効果を狙って、同じようにコーヒーに口をつける。
「もうすぐ遅れて入学してくる女子生徒がいてね。その子を気にかけてやって欲しいんだ」
「はぁ」
と知らないふりをしてみたが、俺はハニ学のストーリーを知っているので、何の事かすぐに合点がいった。
──ここで、新たなゲームヒロインの投入か。
本来のゲームプレイヤーが所属する1年1組が、最初のクラス入替え戦を終えたタイミングで加入する新ヒロインなのだ。
でも、俺、あの子はちょっと苦手なんだよな……。
「どうやら、既に情報は把握していたようだね。流石は真紀奈の息子だ」
って、渋い顔していたのを読まれてる……。
真名瀬学園長は、やはり侮れない相手だな。
「まぁ、それが俺の役回りなので」
「彼女はどうやら上からのテコ入れもあるようでね」
「それも把握済みです」
ただ、それがあって色々と面倒なんだよな……あのヒロインは。
「期待しているよ。これから大変だと思うけど」
そう意味深に言うと、真名瀬学園長はコーヒーを飲み干す。
どうやら話は以上のようだった。
何か、最後の言葉が気になったけど。
◇◇◇◆◇◇◇
「さ~て。今後はどうするかな」
真名瀬学園長からの話では、次のゲームヒロインがやってくるという事で、これは原作ゲームのシナリオに沿った流れだ。
今年度最初のクラス入替え戦が、ゲームの正史とは異なり、1組と2組ではなく2組と3組で勃発したという多少の捩れは起きたが、今のところはメインストーリーの進行には影響は無い様子。
うん、取り敢えず問題無しっと。
「おはようございます橘君」
「お! おはよう多々良浜さん。相変わらず朝早いね。さすがは学級委員長」
1年2組の教室前の廊下で、登校してきた多々良浜さんに会う。
相変わらず、おっぱいデッカイな。朝から眼福です。
「今日はクラスの皆が早い登校なんですよ」
「え、そうなの? って、あ、本当だ。2組だけ声が聞こえる。みんな、おはよう~」
「「「「おはよう橘君」」」」
教室のドアを開けると、始業まで随分早い時間なのに、クラスメイトが集まっていて一斉に挨拶してくれる。
「おはよう橘っち。昨日のクラス入替え戦後のカラオケ打上げ楽しかったね」
「おはよう、三戸さん。うん楽しかったね。歌い過ぎてちょっと喉が痛いけど」
ギャル参謀の三戸さんのかけてきた言葉に頷く俺。
そうそう、昨日、打上げで行ったクラスカラオケ楽しかったんだよな~。
クラスに男子は俺1人の、まさにハーレム勝ち組男子な構図だった。
でも、皆、やたら俺が歌う姿が見たいとアンコールの嵐で、俺ばっかりマイクを握っちゃってたけど。
「あ……あの橘君。喉痛めちゃってるかなと思って、お昼ご飯用に生姜入りの鶏出汁雑炊を持ってきたんだけど」
「気遣ってくれてありがとう久留和さん。久留和さんはきっと良いお嫁さんになるよ」
「キュ~~ッ」
「久留和の姉御ぉ~!」
久留和さんが、俺のために作ってくれた雑炊の入った保温マグを抱えながら横にぶっ倒れる。
高身長の久留和さんだから、助け起こすのが数人がかりなんだよな。
うん。みんな、朝から元気いっぱいだな。
「では、当初予定とは違いますが橘君もいらっしゃるので、臨時クラスミーティングを始めましょう」
そんな騒々しい朝の喧騒は、学級委員長の多々良浜さんの一声により、一気に静まり返り、クラスメイトの一人一人が戦士としての炎を瞳に宿す。
なんだろう……。
この間戦った、私設武装組織の人たちよりもソルジャーな目をするんだよな、2組の女の子たちは。
オンオフの切り替えが凄くて、社会人になったらバリバリ働きそうと、前世でアラサーダメリーマンだった俺としては感嘆する他ない。
「本当は橘君には後ほどお伝えする予定でしたが、もうこの場でお伝えします。1年5組が私たち1年2組にクラス入替え戦を申し込んできました」
「「「「「え⁉」」」」」
これには俺も皆と一緒に驚いてしまった。
なんで5組が2組にクラス入替え戦を⁉
だって。
「お、おかしいよ、みな実っち! だって、ルールでは、クラス入替え戦は隣接クラス間でしか行えないのに!」
クラス入替え戦で参謀役の三戸さんが、食って掛からんばかりの勢いで多々良浜さんに詰め寄る。
そう。
クラス入替え戦は、無暗に乱戦とならないように配慮がなされていた。
ゲームではまだ、この時点では。
「先日夜に、生徒会学級委員会議メーリングリストを通じて、ハニ学側から通達がありました。クラス入替え戦の要領と細則が改定され、『各クラスは年度中に一度だけ、任意のクラスにクラス入替え戦を挑める権利を有する』との文言を追加すると」
「えぇ⁉」
「うわ……本当だ。しれっと改定されてるし」
信じられないという様子で、皆が学校支給のタブレットで、クラス入替え戦の要領を確認し、呻いている。
「そして、その通達の直後に、私の元に1年5組の学級委員長から、クラス入替え戦の果たし状のメッセージが届きました」
「判断が早い!」
「まぁ、最下位クラスの5組の男子は……お察しらしいしね……」
「だからって、急すぎるでしょ」
どうやら戦いを避ける事は出来ないという現実に、2組の子たちを侵食する中。
「私のせいだ……。私が、3組の知力部門で負けたから、下位クラスにもワンチャンあると思われて侮られたんだ……」
前回のクラス入替え戦で、まさかの黒星となった知力部門長の三戸さんがうな垂れる。
「今回の件は、前回の試合とは無関係ですよ絵里奈ちゃん。これから私たち2組はたて続けにクラス入替え戦を挑まれるでしょう。そうして経験値が貯まった2組では、格下の自分たちが勝てる見込みが無いというのが5組の拙速な判断となったのでしょう」
「そうだぞ三戸。前回の失敗を今更引きずらず、次こそ勝つ方に力を傾けよう」
すかさず皆が、自分の事を責める三戸さんのフォローに回る。
うむ。
素晴らしい団結力だ。
「そうそう、気にしないで三戸さん。失敗は誰にでもあるから」
「橘君は今度こそ、男子専用観覧席で観音崎君とイチャイチャしないでくださいね」
「はい……」
そして、定番の俺の雑な扱いである。
本当に、良いクラスになったな~。
2組は俺が育てた!(ドヤッ)
──しかし、真名瀬学園長の去り際の意味深発言はこの事だったのか……。
一人、得心顔の俺はその後のクラスの皆の、バリバリ戦闘モードの様子を眺めながら、また始まった日常を思うのであった。
書籍化作業が一区切りつけられましたので2章の更新を始めてまいります。
今、2章のストックが20話くらいなので、更新は隔日になるかな。
よろしくお願いします。




