第5話 正ヒロイン登場
「へぇ、多々良浜さんと三戸さんは同じ中学だったんだね」
「そだよ~」
「中三の時は絵里奈ちゃんと同じクラスでした」
廊下を、多々良浜さんと三戸さんと喋りながら歩く。
結局、三戸さんの事は絵里奈ちゃんじゃなくて、苗字で呼ぶことになった。
おらおらホストムーブをしていた俺が恐れおののくくらい、多々良浜さんの放つプレッシャーがヤバかったからな。
君子危うきに近寄らずだ。
「でも、みな実っちはうちの中学でトップの成績だったから、ハニ学でも1組入りできると思ったんだけどな~」
「入試本番では風邪気味だったんですよね」
ハニ学の新入生のクラス分けは、1組がトップクラスだ。
学力、スポーツ、芸術、学術活動に秀でた生徒が選ばれ、2組、3組と序列がかっちり決まっている。
そして、各クラスには男子が1名配置されるのだが、器量のいい男子は上のクラスに配置される。
晴飛みたいな、この世界のドストライクタイプの、ショタ系で性格もいい男子といった塩梅にだ。
「あら、そりゃ残念だったね。2番手の俺がいる2組で」
「そ、そんな事ないです! むしろ、私はこのクラスになって橘君と仲良くなれて感謝してるんです!」
冗談で俺が卑下して見せると、途端に多々良浜さんが強めに否定する。
なんか、周りのクラスメイトの女子たちも、うんうんと大きく頷いている。
さすが、入学初日から連日で説教をくらっているクラスだ。
団結力が違う。
「おら、お前ら。くっちゃべってないで、移動するぞ。次は、視聴覚室だ」
俺たちが騒いでいると、すぐにエッちゃん先生から注意が飛んでくる。
入学して2日目。
今は、担任のエッちゃん先生の引率のもと、校内の見学ツアー中なのだ。
流石は、人気校のハニ学。学校施設も立派だ。
そのため、ハニ学の学費はかなりの高額だが、希少な男子生徒の俺は入学金、授業料ともに無料である。
かくも、この世界は男に優しいのである。
「ん、あれ? 列が止まって」
なんて事を考えていたら、視聴覚室へ向けて進んでいた列が止まった。
はて? 視聴覚室は、南側の校舎にあるはずだから、まだ目的地じゃないはずだが。
「ちょっと、2組さんたちは別のルートを使ってくださる?」
「はぁ? なんで、こっちが譲らなきゃいけないのよ!」
何やら、前方で小競り合いの声が聞こえる。
喧噪の方に向かうと。
「1組だからって、何を偉そうに!」
「あら、怖―い。1組にギリギリ入れなかった2組さんのひがみが一番厄介だわ~」
おおう……。
一触即発の状態だ。
女の子が怒ってるのが怖いのは、前世でもこちらの世界でも変わらんな。
しかし、こんな主人公サイドの1組から2組にケンカを売るエピソードなんてあったかな?
どっちかと言うと、2組が1組に敵意むき出しだったシーンの方が印象深いのだが。
ともかく、廊下でこの小競り合いはいただけない。
そんな事したら、またエッちゃん先生から雷が。
「ちょっと武山先生。2組は決められた見学コースで回ってるんですよ。1組はこの時間は、すでに南校舎じゃないの? 1組の担任なのに、そんな簡単な仕事もできないの?」
「より、生徒の理解を促すために順番を変えただけですよ大楠先生。1組の精鋭の教育は優先事項の上位です。2組が譲るのは当然では?」
「報連相もできないガキが……。アンタは大学時代からいつもそうね」
「後輩に出世で先を越された先輩の説教とか時間の無駄なんで、さっさと道を譲ってくれます?」
って、担任教師同士が一番殴り合いになりそうなくらい険悪⁉
あんたら、生徒たちの諍いを止めるどころか、最前線で胸倉掴みあうとかそれでも担任教師か?
でも、考えてみれば制度的にはこうなって当然かも。
ハニ学では、1組に最も器量の良い男子生徒があてがわれる。
だから上のクラスの生徒は下のクラスを見下すし、下のクラスの者たちは臥薪嘗胆で、次こそは上位クラスになってやると頑張る。
他にも色々と男子生徒を巡る制度があるのだが、こういった対立姿勢を煽って、校内でも競わせるのがハニ学の抜群の大学合格実績にスポーツや学術実績に繋がっている。教師同士も、その点は例外じゃないのかも。
そして、小競り合いは更なる方面へも飛び火する。
「どうせアンタら、1組の男子生徒の観音崎くんのことを一目見たいって思ってるんでしょ?」
「はぁ⁉ いま、それ関係ないでしょ」
「まぁ、2組のアンタらは次点の男の子で我慢しなきゃいけないんだもんね。かわいそ」
「「「「「ああん⁉」」」」」
ここで、明らかに2組の皆のボルテージが上がった。
「今、まさかだけど、うちらの橘君の事、侮辱した?」
先ほどまではキャットファイト的なボルテージだったのに、完全に戦場で歴戦の兵士が帯びるレベルの殺気をまとう2組の面々。
「だったら何よ……」
そのマグマのような殺気に、1組の皆さんもたじろぐ。
極め付きは、最前線に現れた女子生徒だ。
「たしかに1組に入れなかった私らは、アンタらから見たら負け犬だろうよ。バカにしたきゃバカにすればいい。でもな……。うちのクラスの宝物を傷つけるような真似したら、1組だろうが誰だろうが許さねぇぞ」
最前線に立つタッパの高いクラスの女子が1組に対して、本気で凄む。
女番長然とした、褐色肌に銀髪の女の子だ。
これも、ネームドキャラの久留和清華だ。
主人公サイドの1組と2組がバトルをする時に、戦闘力が最も高くてしんどい相手だ。
え? ギャルゲーなのにバトルって何だって? その辺はまたおいおい。
さて、それにしても久留和さんは見た目は怖いけどカッケェ啖呵の切り方だ。
そして、俺を守るために最前線に立ってくれている以上、ここは一肌脱がないと男がすたる。
「って、橘君⁉ どこへ行く気ですか?」
「危ないから下がってなよ橘っち!」
「おーい、晴飛。いる?」
心配する多々良浜さんと三戸さんの静止を振り切り、キャットファイトする教師たちを無視して通り過ぎ、睨みあう2組と1組の最前線も越え、1組御一行の後方に向かいながらずんずんと進む。
いくら1組が2組を見下しているといっても、それは女子同士での話だ。
男子生徒個々人の地位はここハニ学においては別格上位。
例え1組所属であろうとも、おいそれと、女の子が表立って逆らったりは出来ない。
先ほどの1組女子の俺を蔑むような発言は、その場の勢い任せだろうが、実はかなりマズい。
なので、2組男子の俺が直接乗り込んできた形になり、青い顔をした1組女子がこうしてモーセのごとく人垣が割れていく。
ただし、晴飛の周囲だけは除いて。
「失礼ですが、観音崎君に何用で?」
俺の前に正面から立つ女の子が一人。
───そりゃ、こういう場面なら君が出てくるよな。
俺と対峙する女の子の事をよく知っていた。
このゲームの正ヒロインが一人。
江奈あやみ
通称、くそチョロ学級委員長。
その人だった。
ゲームヒロイン。まず1人目
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