第48話 男なら誰しも心の中に飼っている
「久留和の姉御、頑張れぇ~!」
「私らの想いを乗せてゴールまで行ってくれぇ~!」
AYAMEのセット袖から、既に競技を終了した体力部門参加の2組女子たちが、声を枯らして声援を送る。
走者は各クラスとも、残り2名。
ここまで、何やかんやステージクリア者はゼロ。
だが、同じ走破者ゼロでも2組と3組には大きな違いがある。
『さぁ、レースも終盤!そろそろクリア者が見たいぞ! スタート』
一色会長の号砲により、レースがスタートした。
ここで3組女子の走者が先行して進んだ。
どうやら、事前情報を集められている序盤のコースで差をつけて、2組の久留和さんにプレッシャーを与える作戦のようだ。
だが、久留和さんはその様子を見ても、落ち着いて自分のペースで落ち着いてコースを進めていく。
───がんばれ久留和さん。
俺はゴール地点となる、コースから全景を眺めながらエールを心の中で送る。
『流石は次席走者!最終エリアまで辿り着いた! だが、最後の関門 そそり勃つ壁が挑戦者の前に立ちはだかる!』
そそり勃つ壁は、前世の本家でも難関エリアとして知られていて、数多の挑戦者がここで文字通り壁に跳ね返されて、脱落していた。
それは、こちらの男女比1:99の貞操逆転世界でも同様のようで。
「うおぉぉぉぉおおおお! 橘くぅぅううううん!」
先に、そそり勃つ壁に辿り着いた3組の女子が全力ダッシュで、反りあがった壁を走り、ジャンプして懸命に腕を伸ばす。
が、手は頂に届かずに、3組の走者は下まで転がり落ちる。
2組にあって、3組には無いもの。
それは、能力の高低ではない。
2組には、重要な中終盤のエリアの活きた情報が集約されているのに対して、3組は俺の応援という名の妨害によってステージ終盤へ向けた情報がゼロだ。
無論、2組の参加選手が走っている様子は3組側も見ているだろうが、実際に当該エリアを走った選手の感想までは得られない。
そう。
前半に飛ばし過ぎると足に疲労が来て、そそり勃つ壁を走り切れないといった、前の走者が得た教訓までは。
ずっと後方についていた久瑠和さんが3組の走者に追いつき、最後のエリアに着いたそのままの足で一気にゴールのこちらに真っすぐに駆け出す。
「男の子に怖がられる、デカい身体はこの時のために……」
ゴールであるステージの頂きにいる俺からも、久留和さんの手がこちらのゴールのステージに力強くかかるのが見えた。
「おかえり久留和さん! ステージクリアおめでとう!」
「はふっ⁉ 抱き着……って、おかえりってまるで新婚夫婦……」
競技中はカッコよかった久留和さんだが、ゴールして俺に抱きしめられた途端に全身の力が抜けたようにフニャって腰くだけになったので、俺が支える。
きっと、体力の限界と、クラスの皆の期待を一身に背負ったプレッシャーからだろうなと思いながら、俺は役得で久留和さんの大きな身体に包まれた。
◇◇◇◆◇◇◇
『さぁ、次が最終走者だ。現在、2組が1名ステージクリア。後が無い3組は最終走者の荒崎選手がステージクリア地点まで辿り着くのが絶対条件だ!』
本日の最終レースという事で、一色会長の実況も熱を帯びる。
観客のボルテージも最高潮だ。
「婚約者がいるのに、橘君に現を抜かすなんて、どうなんですか? 荒崎家もおしまいですね」
「多々良浜さんは、AYAMEには正直向いていない。主に、その胸の前についている脂肪の塊のせい」
「無意味じゃありません! この胸を橘君は褒めてくれたんですよ!」
「その無駄な爆乳を……。橘様はつくづく罪な男だ……」
「橘様って……。今、確信しました。やはり貴女はここで潰すしかないようですね」
そして、最終走者同士もボルテージが上がって、盤外戦術が飛び交う。
───君たち、本当は参謀とかと一緒に作戦会議とかしてた方がいいんじゃないの?
とも思ったが、ここまで来たら、もう理屈じゃないんだろうな。
最後の最後には気持ちの強い方が勝つ。
それがAYAMEだ。(後方腕組有識者面)
『位置について。よ~い……スタート!』
多々良浜さんと荒崎さんが駆け出す。
その動きには、2人とも無駄がなく、最適解のペース、タイミングだ。
最適解が被るが故に、2人の動きはシンクロする。
だが、俺の方は俺の方で、このクラス入れ替え戦には負けられない事情がある。
現在、2組のクラスメイトたちは、俺の事を気に入ってくれている。
そんな皆を、俺は自分の都合や自由な振る舞いにより、まさかの知力部門で負けを喫させてしまった。
仕事で犯した失敗は、仕事の中で取り返すしかない。
だから、ここは3組の子たちには悪いけど、2組の子たちの涙をまた見るわけにはいかないのだ。
相手を負かせる覚悟を決めた俺は、ゴールの頂から声援という名の滅びの歌を荒崎さんに贈る。
「荒崎さんは、名家のお嬢さまで頑張っててエライ!」
「男を立てられる女の人って、やっぱり凄いよね」
「俺、お嫁さんにはシゴデキな女の子がいいな~」
次々と繰り出される甘言。
だが……。
───あ、あれ? 荒崎さんが撃沈しない……だと⁉
完全にゾーンに入っているのか、荒崎さんはまるで俺の褒め殺しセリフが耳に届いていないようだ。
周りの既に競技を終えた女子たちは、悶えたり、スマホをかざして録音しようとしたり、メモに何やら書き記していたりしているのに。
そんな集中しきった荒崎さんが相手だが、多々良浜さんも同じく集中しきっているようで、2人は同じ動きやコースをトレースする。
───マズいな。最後のそそり勃つ壁までこのまま同着だと、ゴールするのはおそらく荒崎さんが先だ。
多々良浜さんと荒崎さんの力は互角。
ならば、勝敗を分ける差は、ほんのわずかな物だ。
ズバリ、多々良浜さんの豊かな胸が、最後にゴールのステージに這い上がる際に邪魔になってしまう。
達人同士の勝負は、ほんの小さな隙が結果として生死を分ける差となる。
───ええと、ええと~。荒崎さんを何とか墜とさないと。
迷っている間に、2人は最後のエリアのそそり勃つ壁に到着し、こちら目掛けて駆け上がってくる。
どうすればいい?
今の集中しきった荒崎さんを墜とせるような、癖にドストライクな誉め言葉を……。
ん? 癖?
そういえば、昨日……。
「私が先にゴールする!」
「くっ……!」
やはり俺の危惧した通り、豊かな胸がそそり勃つ壁を這い上がる際に邪魔になった多々良浜さんよりわずかに先行して、荒崎さんがステージゴールの頂に顔を出した。
瞬間、俺は言葉をくれてやる。
「卑しい豚め。食うぞ」
男なら誰しも心の中に飼っているドS王子を、濃縮還元して載せた言葉を贈る。
「「はきゅんっ!」」
俺の言霊に、2人が撃沈し……。
って、ん?
2人⁉
どうやら、リードされた距離を縮めようと懸命に多々良浜さんが這い上がって来ていた模様。
無論、多々良浜さんにもAYAMEの競技開始前に、耳元で甘い褒めちぎりASMRを喰らわせていたのだが、それらは全て甘い言葉だった。
故に、ドS言霊には多々良浜さんも免疫が無かった様子である。
((ザブーーンッ!))
こうして、体力部門最終走者は、両者とも最終エリアのそそり勃つ壁のクリア目前で両脇の水場へ落水し、失格という結果となった。
締まらないラストであった。
次回、第1章完結。
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