第47話 あ~、耳が幸せだった
『さぁ! 1年2組と3組のクラス入れ替え戦。体力部門の種目はこれだ!』
実況の一色会長がマイク片手に少々オーバーな仕草で、ステージから少し離れたエリアを指さす。
指し示す先には、工事用の目隠し塀で囲われたエリアで、本来はイベントごとで注目を集める場所ではない。
しかし、一色会長の一声により、工事用の目隠し塀が立方体の展開図のように一斉に倒れ、その全貌を現す。
『まさに現代に蘇るくノ一たち! 全ての関門を疾風のように走破せよ! 大人気種目 AYAME!』
───あ~。前世でも大人気で、元はスポーツ番組のコーナーの一つだったのに、ご長寿特番化するは、海外展開はするは、更にはオリンピック種目にまでなった、あのレジェンド番組の奴ね。この世界にもあるんだよな~。
これはゲームでも定番の種目なので、俺も存じております。
現実では、ステージの設営中に種目が悟られないように、工事用仮囲いがされてたわけね。
それにしても、セットが本格的過ぎだし金かけすぎでしょ。
そりゃ、外部企業の協力を得なきゃ設営なんて不可能だわ。
そのせいで、ネズミに入り込まれてちゃ世話ないけど……。
『ルールはシンプル! ローリング一物や、そそり勃つ壁といった数々のエリアを超えて、制限時間内にステージゴールを目指せ! なお、並走する相手への妨害は一切禁止だ! ステージクリア者の数でクラスの勝敗が決まる!』
ここが本家とは違う点で、1人ずつじゃなくて2人同時スタートで競争形式で争うんだよな。
まぁ、対決だから、その方が分かりやすいよね。
だからこそ、参謀の三戸さんの考えた作戦が活きてくるわけだけど。
『それでは、各クラスの走者たちは1人ずつ前に! よ~い……スタート!』
一色会長の号砲を受け、第一走者2人が駆け出し……はせずに、じっくりと最初のステージを観察してから走り出す。
サス……AYAMEに必要なのは何よりも情報だ。
そういう意味では序盤の走者たちは、お手本も無い何も事前情報も無い中、未知のエリアを進んでいくしかない。
どこがミスりやすいポイントなのか。
慎重に行き過ぎると、どこで時間を取られてタイムアップになるのか。
本家と違って、このクラス入れ替え戦はあくまで団体戦だ。
情報を持ち帰るために、序盤の選手たちは最初から己を捨て石として制限時間ギリギリまで粘って、じっくりエリアを進めていく。
そして、自分の番が終わったら、競技の時よりも速く疾走して、クラスの参謀の元へ自身が把握した分の各エリアの情報をフィードバックする。
それが、後に続く走者に活きる。
『さぁ! 勝負も中盤戦に入った! ここからが本番! 果たして、どちらのクラスが先にステージクリア者を出すのか!』
───っと、走者も5番手。そろそろ、集まった情報を元にクリアを本気で狙ってくる頃か。となると、俺の出番だ。
「中盤で残り60秒! これならクリア圏内タイム!」
3組の女子が、2組の女子より先行して進んでいる。
よし、ここだ!
「3組の岩永さんも頑張って! そこ、濡れてて滑るから気をつけて!」
「はうっ!? 男の子に初めて話しかけられて! しかも私の名前……好き……」
(バシャーンッ!)
俺がステージ端から声援を送ると、3組の岩永さんは身もだえしながら、ステージ場外の水面に吸い込まれていく。
「おー! ダッシュ速い! さすがは陸上部の宇田川さん! しなやかな足!」
「はきゅんっ!? 陸上一筋で生きてきた私の太い足をほめてくれた……。我が生涯に一片の悔いなし」
(バシャーンッ!)
次々と3組のエース格の女の子たちが墜ちていく。
これこそが、参謀の三戸さんがあみだした、褒め殺し作戦である。
なお、3組の女の子の顔と名前はさっき控室で覚えた。
こういう時に、前世で営業の仕事をしていた時に、人の顔と名前を瞬時におぼえる特技が役に立ったのだから社畜生活も捨てたもんじゃないな。
「くそっ! もっと集中しろ!」
「で、でも……男子からの声援なんて、男に免疫のない私たちには耐えられないよ!」
3組の参謀チームから怒号が飛び、選手たちから狂乱の悲鳴が飛ぶ。
「な、なんで橘君は、敵チームの3組を応援してくれるの?」
「それが向こうの作戦なんだよ! こうやって私たちの集中をかき乱してきてるんだ」
「くそ! 2組の女子どもめ……卑劣な真似を……」
「待っててね橘君。私たちが救いだしてあげるからね」
だが、3組女子たちは明後日の方向にボルテージを燃やし、士気をより一層高める。
別にやらさてる訳じゃないし、声かけした内容は俺が思ったままなんだけど。
「でも、おかしいよ。なんで2組の女たちは、自分のクラスの男子が他クラスの女子たちを褒めているのに唇を噛み千切ったり、血涙を流していないの?」
「「「「フフフッ。それはね~」」」」
セット袖で疑問を呈していた3組女子たちに対し、すでに脱落した2組女子たちがしたり顔で近寄っていく。
「私たち2組の女子はさっき控室で、競技開始前にたっぷり橘君に耳元で愛をささやいてもらってたからだよ」
「「「「は?」」」」
「あ~、耳が幸せだった」
「録音OKだったから寝る前のベッドでASMRしよっと」
「耳に精子がかかった……(恍惚)」
「ささやきで妊娠しただろうから、クラス入れ替え戦の後に産婦人科を受診しないと」
「「「「うぎぃぃぃぃいいいいいい!!! うらやましすぎる!」」」」
種明かしをする2組女子たちと、それに対し、唇を噛み切る3組女子たち。
他クラスの女の子って、よく唇から出血するよなと、俺は最近は多めに持ち歩くことにしているポケットティッシュを3組の女の子たちに渡す。
「でも、俺がやり過ぎたせいか、競技開始直前まで皆、顔がふにゃけてたけどね」
「そ……そこは作戦通りだから橘っち。競技開始前の緊張を取るための」
ドヤ顔で3組女子たちにマウントを取る2組の女子たちに、少し釘をさす意味もあって内情を暴露すると、参謀の三戸さんが苦笑いしながらこちらに来た。
「三戸さんが来たって事は、作戦は第2フェーズって事だね」
「うん。橘っちはゴールの方へ移動して」
「了解。ちゃんと辿り着けるのを祈ってるよ」
「やってくれるよ。久留和っちなら」
そう言って、三戸さんが翻ってスタートの方を見やる。
その視線の先には、ひときわ大きな体躯を存分に伸ばして、バリバリ戦闘態勢の久留和さんが、集中した顔でコースを見据えていた。
第1章完結まであと2話。
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