第41話 ワカラセた男の顔
※皆さんが読んでいるのは、ちゃんとラブコメ作品です。
【寝室家私設武装組織──渚橋凪小隊長視点】
「面倒くさいミッションっすね渚橋隊長~」
横に居る部下がそう漏らした時、私たち一団は蜜月学園のセキュリティゲートをくぐった所だった。
「今、私たちは敵地侵入中だぞ。気を引き締めろ」
「へいへい。って言っても、今回の相手はただのガキですよ隊長~。うちら渚組がやるようなミッションじゃないでしょ」
「だが、共学校の蜜月学園のセキュリティはそれなりに厳しいからな。結局、銃器は直接持ち込めなかったしな」
「だから、こうして工具に模して銃のパーツをバラして持ち込むしかなかったんすもんね」
そう言いながら、部下は変装用の架空の設備工事業者のキャップ帽子をつまんでおどけて見せる。
気を抜き過ぎだが、それも無理はない所も正直言ってある。
普段は、敵対する名家や犯罪シンジゲートとの抗争といった、命のやり取りをする血なまぐさい現場に投入される精鋭小隊の我々だ。
いくら、次期当主殿の願いだからと言って、我々をこんな現場に投入するとは……。
当主は、『これは名家である寝室家としてのプライドもかかわる事だからだ』と仰っていたが、何だかんだ、当主も男児である次期殿には甘い。
「それにしても、今日は随分と学園内が賑やかっすね渚隊長」
「お前は、ちゃんとブリーフィングでの話を聞いていなかったのか……。 明日は蜜月学園のクラス入れ替え戦があるからだと言ったろ」
「へぇ、そうなんすね。随分大きなイベントなんすね」
「私も男のいる学校に通いたかったな~」
「アンタの頭じゃ無理でしょ」
「うるせ!」
軽口を叩き合う部下たちに緊張感が無いのも、学園でのお祭りのような雰囲気にあてられているのだろう。
クラス入れ替え戦は大規模な設備を使用するため、どうしても会場設営には、多くの外部企業に作業を依頼するしかない。
故に、こうやって招かれざる、我々のような存在が学内に潜り込めるわけだが。
「で、ターゲットの男はどこにいるんです?」
「協力者の話によると、ターゲットは一人で送迎の車で下校する事が多いらしい。クラス対抗戦の前日である今日は、クラスの護衛の生徒も最低限の数しか就いていないから、そこを強襲し拉致する」
校門のすぐ近くという事で、強襲後に即離脱できる点でも、色々と都合が良い。
「へ~い、了解っす。あ、因みになんすけど渚隊長~」
「なんだ?」
下卑た笑みを浮かべる部下に対し、私はあからさまに不機嫌な顔を向ける。
「今回のターゲットは男なんすから、拠点に戻る前にちょっくら私らで味見を楽しんでも」
「いい加減にしろ……。仕事中だという事を忘れるな……」
「じょ……冗談っすよ隊長~」
流石に浮かれすぎている部下たちを律するために、私は意図的に殺気を飛ばした。
その様子を見て、さすがにこれ以上はマズいと経験則で知っている部下たちは、慌てて背筋を伸ばす。
「協力者の示したポイントに現着した。ここで銃器を組み立てるぞ」
「うっす」
ようやく大人しくなった部下たちを連れて、建物と建物の間の狭い通路に入る。
今回は、この建物の間にある通信線管路に関する工事として学園内には届出を出しているとのことだ。
後は、ここに工事中の立て看板を立てて人目を遮れば……。
(バスッ!)
聞きなれた乾いた音が響いた瞬間に、一気に全身の血管が沸騰したように熱くなる。
戦場で染み付いた習性により、私たちは飛び跳ねるように全員がその場に伏せた。
「状況報告!」
「敵襲! 周辺に敵影無し! スナイパーだ! 最後尾が撃たれ、がっ⁉」
部下の隊員の悲鳴のような報告を聞く前に、訓練された隊員たちは反射的に地面に伏したが、すぐにそれが悪手であることは、報告者が被弾して倒れ伏すのを見た所で思い知った。
今は、建物と建物の間の市街地戦の状況。
そして、狙撃されたという事は、相手はおそらく高所からこちらが見えているという事。
この場に留まれば隊は、ただの的であっという間に全滅だ。
早急に相手の射角から逃れなくては!
「全体、疾走前進! 走れ!」
ハンドサインを出す余裕すらなく、縦列の先頭の私はそう叫び駆け出した。
この通路は大した距離はない。
走り抜けるだけならば、ものの十秒もかからない程度だろう。
そのわずかな時間が永遠のように感じられる。
全力で走っているのに、まるで夢の中の手ごたえの無い空間を走っているようで、ちっとも前に進んでいないような錯覚に陥る。
(バスッ)
「がっ⁉」
(バスッ)
「ぐっ!」
(バスッ)
「隊長! 何が起こっ、ガハッ!」
背後からは、次々と撃たれて落伍していく部下の断末魔が聞こえる。
───バカな……。既にスナイパーの視界からは外れているはず。
と思いつつ疾走している中、ふとサイドの建物の上部壁面に等間隔にセンサーが貼りつけられているのが、流れる視界に入った。
───測点ブイ……。距離と射角を事前に測量しておき、我々ネズミがセンサーを通過するタイミングで自動狙撃をしているのか⁉
周到な相手の準備に思わず呻き、後悔の念が押し寄せる。
なぜ、こんな罠に気づかなかった……。
なぜ、こんないざという時に逃げにくい場所を、協力者の言われるがままに準備拠点としてしまったのか。
部下に慢心するなと言っておいて、隊長の自分がこのざまか……。
後悔はつきないが、立ち止まるわけにはいかない。
通路は、人一人が2列で並んで走るほどの幅員は無い。
縦列の先頭の私が止まれば、それだけ隊員の犠牲が増える。
───だから、心を殺すしかない。
乙女が羨む共学校の蜜月学園に突如として現出した自分たちの刑場で、部下たちを見捨てながら進むしか選択肢が無い地獄。
しかし、終わらない地獄は無い。
「もうすぐ出口……」
無酸素運動で全力疾走してブレる視界に、ひらけた空間が見える。
通路を抜けたら、残存隊員をまとめて、即座に撤退を……。
と一瞬の未来への希望の思考が頭をよぎった所で、私は急ブレーキをかけた。
「ハァハァ……」
「渚隊長、なんで止まっ⁉ ぐぎっ!」
通路を抜ける目前で突如立ち止まり、壁となった私に絶望した部下の身体が折れ、私の背中に当たり地面に倒れ伏した。
───次は私の番だ。
いつ死の衝撃が来るのか身構えた私は、その場に立ち尽くす。
全身の筋肉は強張り、全力疾走の直後なのに冷や汗が止まらない。
まるで首筋に死神の鎌をかけられたような気分だ。
…………。
だが、その瞬間はなかなか訪れない。
「おっ、ちゃんとワイヤーネットに突っ込まずに済みましたか、良かった。綺麗な顔が台無しになる所でしたね。優秀な隊長さんだ」
「部下を全滅させた隊長の私に随分な皮肉だな……。私がトラップに突っ込まなかったのは、ワイヤーを空間に溶け込む迷彩処理がされていなかったからだ。素人め……」
狙撃に意識が向いていたとはいえ、いつの間にか背後を取られていた心の動揺を悟られぬよう、通路の終点出口を塞ぐワイヤートラップの擬装処理の甘さを皮肉として投げる。
陽光を受けてあからさまに光るワイヤーは、まるで殺傷能力を誇示するようであった。
ああ……我々は、ここにおびき出された時点で既に詰んでいたということだ。
「それはわざとですよ。乙女の柔肌が切り刻まれるシーンは見たくなかったので」
「何をおかしな事を……こういう稼業をしている女だ。とうに身体は従軍時代や傭兵稼業時代から無数の傷でいっぱいだ」
銃器の組み立て前に襲われたため、今は何の兵装もない。
あるのは徒手空拳のみ。
後ろから人の気配は他に無い。
ならば、この背後を取って勝利を確信している者を人質に取って通路を引き返せば、まだ逃走の目はある。
狙撃手も、人質と一緒ならば無暗には発砲しないはず。
「元女性軍人で、今は傭兵稼業ってわけですか。カッコいいっすね、お姉さん」
よし、行くぞ……。
振り向きざまに、相手のアゴに一発入れて意識を刈り取る。
そして、そいつを担いで楯にして通路を走り抜ける!
呼吸を一息吸った瞬間に、私は振り返り相手の首に掌底を……。
───っ⁉
マーシャルアーツの訓練で何度も染みこませた動きだった。
どんな事態でも、相手でも、身体が動くはずだった。
だが、振り返って相手を目の当たりにした瞬間に、身体が固まった。
それは、マーシャルアーツでの格闘術以上に沁み込んでいる、任務において絶対に守らねばならないルール。
沁み込んだ動きと、沁み込んだ禁忌のルールが相克を起こしフリーズし、致命的な隙を与えてしまう。
「あ、作業着の下に防護アーマーつけてるんですね。じゃあ、このまま撃っちゃってもいいか」
彼我の位置は1.5メートルという敵前で固まるという愚行を犯した私を襲ったのは、ズドッ! というくぐもった銃声と、腹部への強烈な衝撃だった。
「かはっ! オエッ……」
アーマー越しとはいえ、至近距離からの発砲をまともに受けた。
内臓への痛打による苦悶と呼吸が出来ない苦しさに、私はたまらず地面に両膝をついた。
「大丈夫ですか? スラッグ弾なんで死にはしないと思うんですけど、俺自身は銃器についてそこまで詳しくなくて……。部下の方たちと一緒に大人しく捕まっておいてくださいね。うちの後詰めの部隊が来るはずなんで。ちゃんと寝室家には条件つけて身柄を返還しますから」
頭上からかけられる勝者からの言葉は随分と甘かった。
いや……。
非殺傷兵器で無力化し、命も取らないという、おおよそ非合法部隊の我々相手としては酷く甘い処遇だという意味ではない。
「男の子に初めて優しくされちゃった……♡」
振り返りざまに見た、私を負かしてワカラセた男の顔を記憶にしっかりと刻みながら、私の意識は闇へと沈んだ。
撃たれたのは腹部のはずだが、胸がキュンとしてそっちの方が痛かった。
ほら、最後はちゃんとラブコメだったでしょ?
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