第36話 女の子の泣き顔ってカワイイじゃん
「ああ……憂鬱だ」
いつものように朝の送りのハイヤーから降りたった俺は、校舎を見ながらため息をついた。
このハニ学の世界に来た時には、あんなに輝いて見えた世界や校舎が、こんなにも灰色に映るとは……。
いくら貞操逆転で男女比1:99の男の夢の世界においても、やはり生命の危機というのは多大なストレス要因となるということだろう。
───名家の私兵が来るけど、援護は出せないから単騎で何とかしろって、母親の言う事かよ……。
思わず俺は、あの鉄面皮の母親に悪態をついてしまう。
いや、音声通話だけだったから顔は見てないんだけどさ……。
それにしたって、ほんと、橘知己の親子関係は終わっている。
っていうか、この世界だとそういう名家が私兵を持つとかありなんだ。
つくづくゲームの世界だなここは。
さて、この危機を俺はどう乗り越えるべきなのか。
「おはようございます」
「おひょ⁉ って、江奈さんか。おはよう」
考え事をしている中で急に話しかけられて変な声が出てしまった。
「どうしたんですか橘さん? 普段と違って元気がありませんが」
「ちょっと昨日は寝つきが悪くてね……。っていうか、江奈さんの方が顔色悪いよ! 大丈夫?」
1組の学級委員長である江奈さんが朝早くに登校してここで待っているのは、晴飛が登校してくるのを待つためだろう。
だが、彼女が明らかに疲れ切っていることは、目の下のクマが物語っていた
それにしても、なんでこんなに江奈さんは疲弊しているのだろう?
本来のゲームシナリオでは、クラス対抗戦対策で彼女も忙しくしているだろうが、1組は今回は対戦なしなので、イベント的には余裕があるはずだ。
あと、朝の登校時のお迎えみたいな役回りは通常、護衛役の子が担うべきなんだが……。
「私の事はどうでもいいんです。女の私が倒れようが、別にスペアはいくらでもいます。クラスの皆は、私がそうなるのを手ぐすね引いて待っているでしょうし……」
そう言って、江奈さんは自嘲気味に話すが、覇気もない。
うーん……。どうやら江奈さんは、1組のクラスメイトがみんな敵に見えてしまっていて、仕事を振る事が出来ないようだ。
これはいけない。
前世の職場でも見てきたが、典型的な仕事を抱え込み過ぎてメンタルブレイクを起こす人の状態だ。
「まだ時間あるし、ちょっとそこのベンチで座ってよう」
「いえ、そんな……大丈夫です」
いや、それ典型的な、大丈夫じゃない人の口癖だから。こういう人がいきなり倒れるんだよな。
「いいから。ちょっとここで座って待ってて」
「あ、そんな肩を……」
やや強引に江奈さんをベンチに座らせたが、その際に彼女の両肩に触れたが、ビックリするほど手の中の彼女は華奢だ。
っていうか、入学当初より痩せたよな江奈さん……。
これも、俺がゲームのシナリオを歪ませた結果だよなと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「はい、これ飲んで」
「これは……」
「ホットの甘酒。甘酒は飲む点滴って言われてるんだから」
4月でまだ時より寒い日もあるから、まだ自動販売機にホットの飲み物があってよかった。
エナジードリンクは元気の前借りだし、この年齢の子が常飲すべきでない。それに、既に頑張りすぎている子に与えるのはNGだ。
「温かい……」
受け取った甘酒の缶を持ち、江奈さんがポツリとつぶやく。
「ん、飲みな」
「で、でも……」
「男の言うことは聞いとくもんだ」
「は、はい……」
前世でなら、即切り抜かれて大炎上しそうなセリフだが、江奈さんに栄養を摂ってもらうためなので、ここは強権を振るわせてもらう。
男の言うことには基本的に逆らえないという理念が叩き込まれている江奈さんは、大人しく甘酒の缶を開けてチビチビと飲みだす。
「う……く……ぐすっ……」
甘酒の缶から口を離すと、江奈さんは声を殺しながら泣き出した。
そうだよな……しんどかったよな……。
そんな時に、温かいものを飲んだら決壊しちゃうよな……。
「すいませ……。女が人前で泣くなんて……。ましてや、私みたいな無愛想な女が……」
うーむ。
男が人前で泣くなの男女逆転版か?
そんな卑下しなくてもいいのに。
だって……。
「いや、女の子の泣き顔ってカワイイじゃん」
「へ?」
率直な感想を述べると、江奈さんが呆けた顔をして俺を見つめる。
なので、更にぶっちゃける。
「俺が泣かせたと思ったら、愛おしさしかない」
前世で女の子を泣かせた事はなく、どちらかと言うと、フラれてやけ酒して泣いた経験しかない俺だ。
女の子を泣かせるなんて、俺も罪な男になったもんだぜ。
「ちょ……ちょっと意味が解らないのですが」
「別に解らなくていいよ。俺はしたいことをしてるだけだから。ほれ、これ被せてやるから」
「え……」
ここで、憧れのイイ男ムーブ。
『泣いてる女の子に制服の上着を頭から被せてあげる』を実行する俺。
「これなら泣いてるの誰にも見られないだろ」
うむ、セリフも決まってる。
「どうして……。どうして橘さんは、他クラスの私にまで優しいんですか……?」
「君は大事な人だからね。こうして愚痴くらいなら聞いてやるから。今は、思い切り泣きな」
なにせ江奈さんは晴飛のヒロインになってくれる筆頭だからな。
クラス入れ替え戦では、ちょっぴりゲームのあらすじから離れてしまったが、要はこのゲームはヒロインと主人公が仲良くなっておけばいいのだ。
歩く登山道が多少変わっても、頂上という同じゴールに辿り着けば良い。
そのためにも、江奈さんに潰れられてしまうのはマズいのだ。
「ウ……ウワーーーンッ!」
我慢と緊張の糸が切れたのか、その後、江奈さんは子供みたいに声を上げて泣いた。
───よし。こうやってメンタルケアしとけば大丈夫か。しかし、主人公様のためにヒロインのメンタルケアまでしないといけないとは、主人公の男友達キャラも楽じゃないな。
そう思いながら、俺の制服の上着の下で泣く女の子を放ってなんておけないしなと思いつつ、悩みの多さに辟易するのであった。
ドつぼにはまる橘君である。
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