第35話 ネズミ?
「ふい~、ただいまっと」
今日は、学食事件のせいで帰宅がいつもより遅くなってしまった。
っていうか、学食に行っただけでこんな事件になるとは思ってなかったんだよな。
つくづく、この世界での男の振る舞いというのは影響が大げさである。
(ピピピッ♪)
「ん? げっ⁉ 母さんからか……」
鳴り出したスマホの画面を見ると、通話アプリに『母』の名が表示されているのを見て、思わず心拍が上がってしまう。
ボロが出そうで心配だし、この世界での橘知己としての役割を認識した後も、俺は何やかんや自由に振る舞ってしまっているからお小言かも。
「はい。もしもし」
『ん。仕事の電話は1コール以内に出なさい』
「はい。申し訳ありません」
まるで新入社員への指導みたいな言葉が電話の第一声とは……。つくづくこの親子は歪な関係なようだ。
まぁ、おかげで余所余所しい俺の態度と、リアルの橘知己の態度との差異があまり無いようで、こうして中身が別人になっている事にも気づかれていないわけだが。
『急報よ。そちらの学園にネズミが入り込むみたい』
「ネズミ? じゃあ駆除業者にでも頼めば……」
と、間抜けに思ったことをそのまま口に出しながら気づいた。
これはあれだ。
ネズミって、裏社会の隠語だ!
「そうね。普段なら駆除業者に頼む所なんだけど、今回は相手がね……」
あ、どうやら駆除業者も業界の隠語として通じるみたい。
不自然な会話にならなくて良かった。
ここは適当に話を合わせよう。
「相手が何なんです?」
「寝室家の私兵なのよ。あの家は有名財閥の家だから表立ってやり合うのは厄介ね」
「寝室って3組男子の虎嶺の?」
『そうよ。クラス入れ替え戦を貴方のクラスに申し込まれた事が、よっぽど腹に据えかねたみたいね』
電話口でため息をつく母さんの声に、ビクリッ!と身体が震える。
これは、反射的な反応だ。
橘知己に刻み込まれた本能とでも呼ぶ部分から発せられる類の。
そして思い出される、寝室虎嶺とのいざこざ。
やってもうた……。
「も、申し訳ありません……」
『ああ、別に貴方が悪い訳じゃないわ。貴方はどうやら2組の女子たちを思った以上に手懐けているようだしね。当初想定していた、1組とのクラス入れ替え戦の時に2組が負けるように工作をするよりはマシよ』
「そ、そうなんですか」
てっきり怒られるのかと思って身構えたが、母さんの答えは意外にも息子を賞賛する声だった。
この点は、ゲームの展開と違う所だからな。
という事は、もしゲームと同様に2組が1組の晴飛を獲りに行っていたら、今頃は母さんから『自分のクラスの女子をきちんとコントロールしろ』とプレッシャーをかけられていたという訳だ。
原作の橘知己は飄々としたキャラだという印象だが、陰ではこんなプレッシャーと戦っていたんだな……。
『でも、今回の奴らのターゲットは、観音崎晴飛様じゃなくて貴方だからね。貴方ごときのために寝室家と正面からやり合うのは得策じゃない』
「はぁ……」
何か嫌な予感が……。
『という訳で、寝室家の私兵は貴方が単独で対処なさい』
「えぇ⁉ 対処って何を」
『クラス対抗戦の前日に学園の中に隠密で寝室家の私兵武装組織が入り込むみたいだから、これを単独で撃破しなさい』
いやいやいや、待って欲しい。
こちとら、中身はただのアラサーリーマンだぞ。
私兵武装組織なんて前世で名刺交換もしたことないのに、それを単騎で迎撃せよって、それ負けイベントじゃん!
『心配しなくても、武器や弾薬はこちらで前日まで準備しておくからそれを使うように。終わった後処理も後詰めの部隊が入るから』
いや、心配してるのはそこじゃないから!
え、マジでドンパチやるの?
俺が⁉
『そういう訳でよろしく。あ、定期報告はつつがなく送るように』
最後に事務的な話を端的にした後に、母さんからの電話は切れた。
……これ、どうすりゃいいの?
クラス入れ替え戦の裏に走る陰謀!
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