第12話 無い無い……無いよね?
【多々良浜みな実—視点】
「それではこれより、1年2組臨時女子学級委員会を始めます」
私が教卓から教室にいる皆を見渡すと、皆が真剣にこちらを見ているのが分かった。
よし、みな気合は十分なようだ。
「先ほどの学級委員決めではお見苦しい所をお見せしました。ですが、折角仰せつかったこのクラスの学級委員という大役。私の命やワークライフバランスに代えても、やり遂げてみせます。どうぞ皆さんよろしくお願いします」
私が頭を下げると、クラスから拍手が沸き起こった。
どうやら、現時点では私を女子の学級委員として皆が認めてくれていることに、安堵する。
「さて、本日の議題。わざわざ橘君を抜きにして執り行った理由ですが、まずはざっくばらんに、橘君への印象を皆さんにお話しいただきたいと思います。何か仰りたい方は挙手を」
「「「「「「「はいはいはいはい!」」」」」」」
ほとんど全てのクラスの女子が挙手をした。
これでは挙手制をとる意味がないです……。
「すいません。皆さん意見が色々とあるようなので、出席番号順に意見を述べるようにしましょう。あ、1人につき1分以内でお願いしますね」
「じゃあ、私からだね! 橘君は、他の男の子と違って、無視したり殴ってきたりしないどころか、優しくしてくれて~」
「「「「うんうん」」」」
その後はひたすら、橘君の良い所をあげて、それに共感する時間となった。
話が長くなりそうだと、咄嗟に発言を1人1分にしたのは我ながらファインプレーでした。
皆、1分では話しきれずに悔しそうな顔をしていた。
「では、最後は久留和さん、どうぞ」
入学してまだ数日で、席順も出席番号順なのだが、身長が群を抜いて大きい久留和さんだけは例外で、一番後ろの席の廊下側に席が配置されている。
「…………」
「久留和さん? 特に発言が無いならいいですよ」
席を立ったが無言のままの久留和さんに声をかける。
ラストの発言ですから、さすがに橘君の良い所も出尽くしたという所でしょうか。
「あの……」
その大きな身体に似合わぬか細い声で、久留和さんが話しはじめる。
「こんなオッキイ私の事を、ちゃんと可愛いって女の子扱いしてくれた所が好き……」
指をツンツンしながら、恥ずかしそうに、でも真っすぐに自分の気持ちを喋る女番長キャラのギャップに、同じ女の子ながらキュンとしてしまうクラス一同。
これは、久留和さんは結構、強敵かもしれません。
「さて、橘君への愛はこれくらいにして、今後のこのクラスの方針についてです」
取り敢えず、話の素地はできたので、私は次の議題へ移った。
「はいはい!」
「はい、絵里奈ちゃ……じゃない、三戸さん発言どうぞ」
いち早く手を上げた旧知の友人だが、学級委員の立場として、きちんと皆と公平に扱うために苗字呼びで指名する。
「はい。こんな素敵な橘君を迎えている私たち2組ですが、目下最大の懸念事項は、クラス入れ替え戦です」
流石は絵里奈ちゃん。
私が真っ先に言いたかった所を、ズバッと言ってくれました。
「そこだよね……。っていうか、なんで橘君みたいな素敵な男子が1組担当じゃなくて2組なんだろう?」
「1組の男の子の観音崎くんだっけ? たしかに可愛い顔してるし、愛想も良さそうだったけどね」
「正直、あのショタっ子の可愛さは性癖にぶっ刺さる……」
「じゃあ、見た目で選んだってこと?」
「いやいや。私的には橘君の方が圧倒的にカッコいいですが? 橘君が負けたみたいな物言いは橘君に失礼なんじゃないかな? かな?」
私もショタっ子のエッチなマンガでは、一ジャンルとしては嗜みますが、もはや私の最推しジャンルは橘くん一強なのだが?
「委員長……。怒りで早口になってるよ」
「口下手キャラどこいった」
おっと、いけない。
冷静に議事進行をしなくてはならない学級委員の私が、感情的になるなんてダメ。
「うおっほん。え~話を戻しますが、知っての通り、もし3組がクラス入れ替え戦を申し込んできた場合、私たち上位クラスは対決を拒否できません」
このクラス入れ替え戦は、下位クラスへの救済策だ。
下位のクラスになってしまい、まともに登校してこない男子があてがわれた場合、当然不満が下位クラスにはたまります。
折角、大変な倍率の入試を乗り越えて共学校のハニ学に入学したのに、男子と触れ合えないとなると下位クラスの人たちは腐ってしまいます。
そんな彼女たちに垂らされた天上からのクモの糸。
それこそが、クラス入れ替え戦です。
これは月に一度、隣接クラスにクラス入れ替え戦を申し込めるという制度です。
下位クラスが勝つと、所属クラスがトレードされ上位クラスになる。ただし、男子生徒だけは例外で元のクラスに据え置き。要は、男子生徒だけが交換されグレードアップするようなイメージです。
しかし、あくまで隣接クラスが対象という事で、例えば最下位の5組がいきなり1組に挑むという事は出来ない。ランクアップは一つずつしか出来ないという事ですね。
これにより、下位クラスの人たちを自分たちにも素敵な男子とお近づきになるチャンスが残っていると奮起させ、上位クラスにも、素敵な男子におぼれて自己研鑽を怠ると宝物が奪われるという緊張感を与えています。
結構、いやらしい制度ですよねこれ。
「3組の男の子はどんな子なの?」
「まだ一回しか登校してないけど、ちょっと色々事情があるみたいで、3組の女の子たちは不満があるみたい」
「私が3組の子にクラスの男子の話振ったら、苦い顔された……」
「ああ、それは……」
よそ様の男の子を評すのは恐れ多いですが、多分、橘君と比べたら数段落ちるパターンなんでしょうね。
「じゃあ、いずれ3組が入れ替え戦を2組に挑んでくるのは確定か……」
「橘君を隠しきるのは無理だよね……。絶対、3組の子らに知られちゃう」
共学校の華は、何と言っても男の子の話題だ。
学校に滅多に来ない男の子のことですら、どんな小さなネタでも拾って噛みしめるように味わうのだと、この学校の先輩たちがしみじみ語っていた。
そんな男の子の話題に飢えているこの学校の人たちが、橘君みたいな素敵な男の子のことを見逃すわけはない。
「私、中学時代の先輩に早速、橘君のこと聞かれたよ。廊下でたまたますれ違った時に、ニコッと笑いかけてくれたんだって。その先輩、もう橘君と結婚する気でいたから慌てて、彼は誰にでもそうだって伝えといた」
「入学数日で、もう上級生にも噂になってるんだ……」
「私たちにとっては頭が痛い問題だけど、そこうやって分け隔てなく女の子に優しいのが、橘君のいい所だよね」
「「「「うんうん」」」」
今日一の頷きが2組一同から出ました。
「学級委員長としての提言なんですが、橘君には自由でいて欲しいんです。入れ替え戦がどういう結果になるかは置いておいて、2組が彼にとって居心地のいい場所だなって思って欲しい」
私たちのエゴのために、彼に窮屈な想いはさせたくない。
どうせ彼の良さは周りのクラスに遅かれ早かれバレるのだから。
まぁ、彼は言われなくても自由にしているけど。
「そこは多々良浜委員長に賛成!」
「私も~!」
口々にクラス内から賛同の声が上がる。
良かった。
「ありがとう。今日のまとめだけど、次の入れ替え戦に向けて、各々が自身の刃を研ぐこと。橘君に現を抜かしていると、彼を盗られちゃいますからね」
「「「「了解~!」」」」
良かった。
入学してすぐに、クラスの大目標を共有してクラスが一致団結出来て。
これなら、きっと男子入れ替え戦でも後れを取ることはない。
───それもこれも、橘君が素敵な男の子だからですよね
そう、私は心の中でこの場にいない彼の事を想った。
「ねぇ、これは可能性の話なんだけどさ……」
「何ですか? 三戸さん」
今日の臨時女子学級委員会も終わろうかという所で、絵里奈ちゃんがおずおずと挙手したので、議事進行の私が意見を述べるのを許可する。
「今、学校タブレットでクラス入れ替え戦の要綱を確認したんだけどさ。『隣接クラスに男子の入れ替え戦を申し込める』って文言なんだよね」
「はい、そうですね」
渋い顔をしている絵里奈ちゃんに首肯して、続きを促す。
「これってさ……1組が下のクラスの2組に男子入れ替え戦を挑むことも出来るって解釈になるよね?」
「「「「………………」」」」
これから一致団結して頑張るぞという所に冷や水をぶっかけられたように静まり返る2組一同。
「い、いや……さすがにそれは1組のプライドの高さ的に無いでしょ……」
「本来は、不人気男子を抱える下のクラスが、上のクラスの男子を奪い取る下克上のための制度なんだし……ねぇ~?」
「無い無い……無いよね?」
その後、結局結論は出ず、今は心配しても意味はないということで話し合いは終わった。
けど、1組との問題は、私たちの心にずっと抜けないトゲとして残る事を、この時の私たちは知るよしも無かった。
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