第10話 女の子って本当、単純~
「学級委員の決め方はトーナメントの勝ち上がり式でいいでしょ」
「それだとトーナメントの山によっては偏りが出るでしょ!」
「バトルロワイアル方式で、最後に立ってた奴が優勝でいいじゃん!」
「それだと、強者が真っ先に袋叩きにされるだろうが!」
我が家の家事を担任女教師にさせようという密約を取り交わし、当の担任教諭であるエッちゃん先生が悦に浸って意識を半ば飛ばしている状態から回復しても、まだクラス内の女子の学級委員決めは話がまとまっていないようだ。
「しかし、まだクラス内は収拾がつきませんねエッちゃん先生」
女たちの闘いを眺めながら、俺はエッちゃん先生に話しかける。
学級委員の決め方ですら、まだ決まっていない。
みな、我田引水で己に有利な主張をし合うから、決まりようがないのだ。
こういう意味で学級委員決めの時間が長引くのは、前世の感覚的には珍しいだろう。
「任せておけ橘。そろそろ場のヒートアップも落ち着いてきたし、頃合いだな」
そう言って、エッちゃん先生は、教卓の方に移動し声を張り上げる。
「ほら、お前ら静かにしろ。ちなみに女子の学級委員は担任教諭が決めることになってるから」
「「「……………はぁぁぁぁあ!?」」」
喧々諤々やってきたクラスの女子に、ここでエッちゃん先生が特大の爆弾を投げ込んだ。
「そんなの横暴だ!」
「教師の専横政治を許すなぁぁあ!」
「こんなの戦争だろが!」
先程まで胸ぐらを掴みあっていた女子たちが、一斉にエッちゃん先生が噛みつく。
なるほど、取り敢えずは教師への横暴という意味で、場の空気はまとまった。
だがこれ、エッちゃん先生が袋叩きにあわないか?
「いや、こうやって収拾つかなくなるから担任教諭が決めるんだろが」
「「「…………」」」
そして、正論をぶつけるエッちゃん先生と、今までの醜態を顧みて黙るクラスの女子たち。
このために、敢えてエッちゃん先生は静観していたのか。
人は所詮、自分の経験からしか学べない愚かな生き物なのである。
「という訳でこのクラスの女子の学級委員を発表するぞ」
「ちょ、もう⁉」
「先生、まだ私たち心の準備が……」
クラスの女子たちが日和る中、容赦なくエッちゃん先生が大して溜めの時間も設けずに、女子の学級委員を発表する。
「多々良浜みな実。お願いできるか?」
瞬間、ほとんど全てのクラスの女子たちが教室の床に崩れ落ちる様に倒れた。
さっきまで取っ組み合いをしていので、人口密度が高く、皆折り重なるようにして文字通りの屍の山を築いている。
「わ、私がですか⁉ なんで……」
そんな屍の山から一番離れた場所に立っていた多々良浜さんが、学級委員に指名されたことが心底意外という風に、エッちゃん先生に選定理由を訊ねる。
まぁ、俺はゲームで多々良浜さんが2組の学級委員長をやるのは知ってたから驚かないんだけどね。
「多々良浜が、このクラスで一番入試成績が良かったのと、女子の学級委員を決める場で一番冷静だったからな。だから、お前が適任だ」
「「「「ちくしょおぉぉ……」」」」
屍の山から、後悔の言葉のハーモニーが流れる。
無欲の勝利とはこの事だろう。
「あの、エッちゃん先生。私、中学時代も特にリーダー的立ち位置だったわけではないのですが……」
不安そうな多々良浜さん。
たしかに、俺と初めて話す時も噛みまくってたし、案外人前に立つのは苦手なタイプなのかもしれない。
でも、おっとり清楚な優等生の今の多々良浜さんなら学級委員のイメージはピッタリだ。
しかし、ゲームが進行すると結構、芯が強い所も見せるんだよな。
これから1組と戦う際の2組のリーダーとして、彼女はふさわしい。
「俺は多々良浜さんがいいな。気心が知れてる相手だからやりやすそうだし」
「え?」
何気なく述べた俺の感想に、多々良浜さんが絶句する。
「本当に学級委員の役目が嫌なら辞退してもらっても構わないよ。だけど、俺は多々良浜さんだったら相棒として一緒にやれそうだなって思ってる」
「あ……うぁ……」
「ちゃんと俺がフォローするからさ。一緒にやろう、多々良浜さん」
「ひゃ……ひゃい……ぐずっ……不束者ですがよろしくお願いします……」
わ! また、多々良浜さんが泣いちゃった!
「良かったね、みな実っち。うん……良かった……」
慰めつつ自分も涙ぐんでいる三戸さんが、多々良浜さんの傍に寄り添っているから大丈夫そうだけど。
流石は名参謀の三戸さんだ。
「んじゃ、ここからの他の委員会決めの進行は学級委員の2人でよろしくやってくれ」
「え、この状態でこちらにパスするんですか?」
「私も、さっきの件と、多々良浜への素敵発言を聞いて、ちょっと青春甘酸っぱい指数が危険値を超えたから、気持ちを鎮めないともたないわ……うん……」
エッちゃん先生からも限界宣言が出たので、やむなく生まれたての学級委員の俺にバトンが渡る。
とは言え、クラス内はもはや死屍累々の状態だ。
学級委員を本気で目指していた者たちは、甲子園県予選決勝でサヨナラヒットを打たれた野手のごとく、床にうつぶせに倒れているし、学級委員の相棒の多々良浜さんも泣いちゃってて戦力外である。
何より、床に寝転んでいるモチベーションが地底の彼方のクラスの女子たちを早急に立ち直らせる必要がある。
でないと、とても時間内に委員会決めは終わらない。
ここは、学級委員で唯一の男の俺がまたしても一肌脱ぐしかないか。
「はい、みんな聞いて。委員会の仕事も学校運営で大事な役回りだからね」
取り敢えずは優等生的美辞麗句で呼びかけるが、床に寝転んでいる面々の反応はひどく鈍い。
だが、この点は想定内。
あくまで耳さえ傾けてくれればいい。次の発言が本命だ。
「俺は学級委員だけど、もちろんクラスの子たちが困っていたら、きちんとフォローするよ。例えば、保健委員の子と一緒に保健当番をやったり、図書委員の子と一緒に書庫整理を手伝ったり」
さっきまで寝ころんでいたのに、獲物を見つけた肉食獣がごとく、女子たちがむくりと起き上がり、俺の方へ期待の眼差しを向ける。
「それに、仕事を誠実に頑張ってる女の子って素敵だから、横で見てたら思わず好きになっちゃうかもな~」
「はいはいはい! 私、保健委員やります!」
「私も保健委員! 橘君と痛い痛いの飛んでけの練習をしないと」
「あ、ずるい! 私、図書委員! 物静かな私にぴったり!」
「誰もいない図書室……本棚の死角で2人は……」
という訳で、俺の小悪魔ムーブにより他の委員会は爆速で決まりました。
学級委員が決まったら他は爆速で決まるのと、異性から持ち上げられたら仕事やる気マックスになるのは、前世の時と変わらんなと思いながら、俺は決まった委員たちの名前を急いで書き記すのであった。
女の子って本当、単純~。
さて、ここまでが起承転結でいう「起」の導入部分ですね。
ひたすら、橘知己君が貞操逆転ゲー世界を楽しく謳歌してくれました。
次話から始まるのは、そうだね「転」だね。
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