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発砲音と共にガラスの割れる音が聞こえた。

そしてもう一発響いたとき、何かが倒れる鈍い音がした。


薄っすらと目を開ける。


すると目の前に倒れていたのは先刻まで俺の額に銃を突き付けていたデカいクマだった。

銃弾の通った穴からは散りばめられた脳と鮮烈な血が流れ出ていた。


何が起こった…?俺の頭は混乱状態に陥る。


さらに続けざまに銃声が鳴る。

俺を捕らえていたクマを含め、周りにいたクマ達が血しぶきをあげながら次々と倒れていく。

俺はそのまま地面に投げ出された。


銃声の余韻がまだ残る中、ヒールの音が俺に近づいてくる。


朱華(しゅうか)…」


長い黒髪を束ねた綺麗な顔の女の姿が、段々はっきりしてくる。

彼女はデカいクマに奪われていた俺の銃を拾って投げ渡した。

鋭い目つきで俺を見下ろす。

「…何してんの?さっさと立てよ」


俺は額に筋が浮かんだのが分かった。

苛立ちを抑え、痛みに耐えながら立ち上がった。


目にかかる血を拭い、銃を持ち直す。

柊の方を見ると、まだ残っているクマ達が柊と子供達を囲み、俺達を睨んでいた。低く唸る声が臓器を震わせる。


呼吸を整え、俺は走り出した。


向かってくるクマ達は後方から彼女が打ち倒していく。


襲い掛かるクマの攻撃を避け、倒れるクマの間を抜けながら、スピードを落とさずに走る。


そして遂に柊達の元に辿り着いた。

俺は出口に立ち塞がるクマの頭部を狙って引き金を引いた。





外はもう夕方になっていた。開かれた扉から橙色の光と共に、対獣類特別捜査班・戦闘防衛部隊がぞろぞろと入ってくる。

他にもたくさんの警官や刑事、パトカーや救急車が建物の周りを取り囲んでいた。

赤色灯が目まぐるしく光っており、思わず目を細める。


俺は建物の外に出ていた柊に駆け寄り、救護班を呼んだ。

救急隊によると、子供達は重傷だが、命に別状はないと判断できるらしい。

張りつめていた糸が少しだけ緩んだ気がした。


俺は子供達を乗せた救急車をぼーっと見つめている柊に声をかける。

「柊、大丈夫か?」

「お、俺が…」

柊の声はか細く、震えていた。


「俺が…先輩を、危険な目に…あ、あぁぁ!!」

「柊!」

頭を抱えて、今にも崩れ落ちそうな柊の肩を正面から支え、柊と目を合わせる。

怯んだように見開かれた瞳が揺れる。


「将先輩…ごめんなさ——」

「謝るな」

柊の自責の念が感じられる涙ぐんだ声を遮った。


「お前が呼んでくれたんだろ?」

俺は周りを見渡し、再び柊に視線を戻す。

柊は小さく頷いた。

「お前がいなかったら俺はあの時殺されていた」

「で、でも…」

「俺は動物の力を舐めていたかもしれない。俺にも非がある」

初めて動物の強靭な力を目の当たりにした。

人間には敵わない強さをもつうえに、知能まで備わっている。

とても厄介で、恐ろしい。


「動物の力を舐めていたとは、聞き捨てならないな」


おれは声の主の方へ体を向けた。

()(づき)朱華。対獣類特別捜査班の戦闘防衛部隊指揮官を務める優秀な刑事だ。


朱華は俺に近づくと胸ぐらを掴み、顔を引き寄せた。

「私達が命懸けで戦っていることを知ってて言ってるのか?」


そして俺の身体を突き放す。

その美しさからは想像できない力を受けてよろけた。

眉がピクッと無意識に動く。コイツといるとどうも怒りが収まらない。


「この日本で未だ大きな被害が出ていないのは、私達のおかげだぞ?暴走化した動物が人を襲う前に殺してるんだ。さすがは本部の捜査員。呑気だな。良いご身分だ」


そう嫌味を吐いて朱華は手慣れた手つきでタバコを取り出し、火を点ける。

俺は顔をしかめ、朱華を睨みつける。

気づいた時にはいつもの癖で人差し指を曲げて鼻の下につけていた。

それを分かっていながら、わざとらしく朱華はタバコの煙を吐き出した。


「瑞樹。お前は私に何か言うべきことがあるんじゃないか?」

俺は肺の中の空気を空にする程の大きな溜息をついた後、言葉を放った。

「助かった。感謝する。これで十分か?」

朱華は何も言わずに俺を一瞥して背を向けた。


「…でもアイツ、泣いてたんだよ」


「は?」


俺の呟きに歩き出そうとしていた朱華は動きを止めた。相変わらずの鋭い目つきと眉根を寄せた顔でもう一度俺を見た。


「アイツは子供を人間に殺されて悲しんでた。大切な子供を失ってずっと後悔してたんだ。…今日、アイツに会って分かった。人間も動物も一緒だ。言葉が通じる今、話し合えばきっと——」

「お前、正気か?」

朱華は大股で俺に近づき、拳を振り上げた。

俺は振り下ろされた腕を反射的に避け、朱華の手首を掴む。

しかし、もう片方の手でまた胸ぐらを掴まれてしまう。


「アイツらのせいでいったい幾らの人間が死んだと思ってる!?」


朱華の目は冷酷だった。まるで人間でないものを見ているように。

しかし表情とは裏腹に、声には熱が籠っていた。


「私の部隊も既に2つの分隊が壊滅したんだぞ!?それでもお前は動物の味方するのかよ…!!それにここらで子供の行方不明事件が多発してたことも知ってるだろ!?あの腐った子供の遺体の山を見ただろっ!?」

「…!」

朱華の荒い息遣いがかかる。言葉に詰まった俺も吸って吐くまでの時間が短い。


そう…だ。そうだ。あの悲惨な光景をこの目で見た。脳裏にこびりついて剝がせない。


あの建物の奥には子供の遺体が山のように積み重なっていた。

どれもあの時目の前に落ちてきた遺体のように損傷が酷く、周りには誰のものかも分からない臓器や手足が散らばっていた。

2ヶ月程前から行方不明者届は相次いで出されていた。

しかし、なかなか証拠が見つからず、捜査は難航していた。そんな時に今回の通報を受け、こうして事件は幕を閉じようとしているが——。


21名だ。


21名の幼い命が奪われた。


「嫌いなんだよ、お前の同情。…不幸に付け込む同情が」


朱華は乱暴に俺を突き放し、腕を振り解いて去っていった。

シワになったシャツを見る。

苦い記憶が胃から込み上がってきた。奥歯で嚙み潰すが後味が悪い。

後悔と怒りと涙の味。他にもあるが、あとは知らん。


「将先輩…?」

柊が心配そうに俺を見つめていた。

「羽月先輩、ひどいこと言いますね」

「いいんだ。…それくらい、俺は、アイツを傷つけた」


空を見上げると、藍が茜を浸食していた。

沈みゆく太陽に目を向ける。夕方の色は紫…アイツの声がよぎる前に頭を振って現実に意識を戻す。


現場は休む間もなく動き続けている。

俺は手袋をはめて、建物内へ足を踏み入れた。

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