表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

   3

閑静な住宅街には似合わない、騒がしいサイレンの音が響いている。

都心から離れた場所にあるこの住宅街に警察官達が忙しなく動いている。


俺等が所属する警視庁の捜査班は管轄関係なく、関東一帯の獣類事件を全て受け持つことになっているのだった。


車を降りると俺達に気付いた警察官が近寄り、敬礼をしながら言う。


「お疲れ様です、瑞樹さん、柊さ——」

「龍也はどこ?!早く動きなさいよ、この能無しがっ!」


向こうで女性が警察官に掴みかかり、物凄い形相で問い詰めているのが見えた。


「今回の被害者の母親です」

そう教えてくれた警察官に連れられてその女性の元へ行く。

肩を掴まれていた警官は俺達を見るなり、ホッとしたような顔をした。

そして逆にその女の視線は俺等に移り、大声で捲し立てる。


「刑事さん!!この人達使えません!早く私の子供を——」

「奥さん?落ち着きましょうねぇ」

柊が穏やかな笑みを浮かべてなだめる。

柊の笑顔を見ると女は多少冷静になり、話を始めた。


「何があったんですか」

「…龍也がいつもの公園へ友達と遊びに行って…そ、そしたら、コイツが泣きながら私の家に来て…公園に見に行ったら、ち、血と、龍也の靴がぁっ…!」


女は顔面蒼白になりながら説明した。

恐怖と不安を怒りに変え、隣で泣き腫らした虚ろな目を地に伏せている男の子を指差した。


「コイツが悪いのよ…!コイツがっ…!!」

「奥さん…!」

子どもに飛びかかろうとする女を柊が優しく押さえ、俺は屈んで子供を庇う。

女は相当パニックに陥っているみたいだ。


「おいガキ、大丈夫か?ケガは?」

子供は小さく首を横に振った。

「そうか、よかった。…公園まで連れて行ってくれ」

女を再び警官に任せ、子供の案内で俺と柊は公園に向かった。



公園には規制線が張られ、内側では鑑識が動いていた。

敬礼する警官に片手を挙げ、公園内に入る。


「ここで、遊んでいたら…く、クマが…大きいクマがっ…!」

話ながら泣き出す子供の頭を撫で、目線を合わせる。

「大丈夫だ。…それで、どこに行ったか分かるか?」

「あ、あっち…」

子供が指差す方向は森へと続く暗い道だった。


「瑞樹さん!血痕が…」

鑑識によると、子供が指差す方向に血痕が奥へと続いていたらしい。

嫌な予感を払拭して子供を見る。

「いいか?お前は悪くない。お前は恐怖に負けず、大人を呼ぶことができた。それはとても偉いことなんだ。だから泣くのは止めろ」

そう言うとまた子供は泣き出した。どうも子供は分からない。

頭をもう一度ぶっきらぼうに撫で、子供を預けた後、俺達は暗い道を進む。


暫く歩くと、開けた場所に出た。

そこには灰色のコンクリートの建物があった。


「先輩、血があの中まで続いてますよ」

「あぁ。慎重に行くぞ」


俺は拳銃を構え、静かに開ける。

キィ…っと音をたてて開いた扉の中はコンテナのような物が大量に置かれていた。

暗い建物の中、柊が照らすライトを頼りに血痕を辿っていく。


「っ…!」


コンテナの奥の方に靴を片方履いていない男の子を含め、3人の子供が血塗れになって倒れていた。

俺はすぐさま駆け寄り脈を確認する。

微かにゆっくりと脈を打っているのを感じる。

血がまだ新しいからそれ程時間は経っていないはずだ。

俺は服の裾を引き千切って止血をした。


「柊!俺はもう少し奥を見てくるからお前は——」

俺は後ろからライトを照らしている柊を振り向く。しかし柊は目を見開いて青ざめた顔をして、呆然と立ち尽くしていた。

小刻みに肩が震え、ライトの光が細かく揺れる。

「…柊?」

俺は子供達の傍から離れることができない。

柊を呼ぶが俺の声が聞こえていないのか、柊の目は子供を捉えて離さない。

「おい、柊!いい加減に——」


「あー…人間?」


突如、背後から唸るような低い声が鼓膜を震わせる。

建物内に響き渡る声は、腹の底から体中に轟き、恐怖を覚える。


俺はゆっくり振り返った。


そこには体長2メートルを超えるクマが数体立っていた。

俺はそのクマが言語を発したという目の前の事実に驚愕する。


数体のクマの中でも一際存在感を放つ奴が一歩近づいて言った。

「おい、そこにいたら巻き込まれるぞ」


「…は?」


グチャァッ!


俺が目にしたのは、眼前に落ちてきたのは——


子供の遺体だった。

いや、子供と分かるのは大きさだけで、ギリ人間だと判断できるほどに損傷が酷い。

腹が裂かれ、内臓が引きずり出されている。

腕や足は異常な方向へ曲がり、痣だらけで焦点が合わない顔と思わしき部分がこちらを向いていた。

鼻腔に伝わる血の匂いに顔をしかめる。俺は見ていられなくて目線を外した。


「ああ~、また壊れちゃった」


遠くから聞こえてくる声が段々近づいてくる。

姿を現したソイツは他のクマよりも遥にデカい、3メートルを超えていた。

俺は静かに、息を呑む。


「あら、人間?大人の人間ね。なかなか良い見た目してるじゃない」

ソイツは俺を舐めるように見ると、ニヤリと口の端を持ち上げた。

その時に見えた鋭い歯がギラっと光る。


俺は反射的に拳銃を構え、狙いを1番デカいクマに定める。

「柊!俺が足止めする!コイツら抱えてさっさと逃げろ!」

「将…先輩……?」

やっと我に返ったのか柊が掠れた声を出す。


「何しようとしてるの?」


柊がこちらに駆け寄ろうと一歩踏み出す革靴の音が聞こえた時、禍々しい程高圧的な声が空気を震わせた。

その声に俺も柊も動きを止め、デカいクマを見る。


「その子達は私の子供なのよ?私の子供を奪おうとする…えぇ、そうね、それは誘拐だわ。悪い奴らは殺さないと。アンタ達、やりなさい」

そのデカいクマが命令すると後方で構えていたクマ達が一斉に襲い掛かってきた。


俺と柊は子供を抱えて出口まで全速力で走る。

「柊!3人いけるか?!」

「は、はい!」

「よろしく頼む」

俺は柊に子供を預け、ハンマーを倒しながら後ろを振り向く。


1番近い奴を狙って引き金に指を掛け——

「将先輩!!」


その声に目を向けると、出口を塞がれ、クマ達に囲まれている柊と子供の姿があった。

俺の意識がクマからそっちに移り、目を離した隙にクマが振り下ろした手が俺の身体をかすめた。

咄嗟に身体を捻らせて避けたが、シャツが破れて少し腹から血が出る。


あの子もそうだったのだろう。

俺は視界に移るほぼ原形のない遺体を見る。

あの鋭い爪で傷つけられ、あの強い力で乱暴に扱われた…。その痛みは計り知れない程苦しいものだったのだろう。


そのまま体制を持ち直し、銃を構える。今度こそ、今度こそ——。


が、背後から猛スピードで突っ込んできたクマにど衝かれ、俺の身体は宙へ放り出された。

「カハッ…!」


受け身をとれないまま落下する。

全身が、痺れるように痛い。

柊が何か言っているが、激しい耳鳴りのせいで何も聞こえない。

体中から力が抜け、手から銃を離してしまう。


その銃がデカいクマの方へ滑っていく。

ソイツは銃を手に取った。

俺は他のクマによって羽交い絞めにされ、強制的にソイツの方を向かせられる。


「人間って弱いわね。弱く、脆く、醜い」


ソイツはゆっくりと俺に向かって歩いてくる。意識が朦朧としている。

柊は?子供達は?


次に瞬きをした時にはソイツの顔が視界を埋めていた。


「こういう物でしか私達を倒せない。道具に頼らないと生きていけない。だけどその脳みそがあったから人間は自然の中で優位に立てた」


ソイツが俺の頭を爪で突く。

突く度に脳が揺れる。気持ち悪い。目には血がかかる。


「でも、今はどう?私達もアナタ達と同じくらいの知恵を得たの。これの使い方だって、さっきのアナタの動きを見て分かったわ。アナタ達にもう逃げ場はない」

「子、供…」

「え?」

「子供、だけでも…柊…」

「フッ…アハハハハッ!」


ソイツは体をのけ反らせて高らかに笑った。

何がそんなにおもしろいんだよ。クソが。舌が回らない。


「それは何?母性?人間は雄にも母性があるの?やっぱり子供を守りたいって気持ちは全ての生き物共通なのね」


ソイツは俺を真っ直ぐ見た。


「私の子供は人間に殺されたわ」


その目は、とても悲しみの色をしていた。


「あの子は人間が大好きだった。人間が創り出す物、人間の社会や生活…とても興味をもっていたわ。いつかは人間と分かり合いたい、人間とお話したいって素敵な夢をもっていたの」


暫しの沈黙。空気の音を裂くようにソイツは息を吸った。


「好奇心旺盛でね、お転婆な子だった。だからあの日もきっと抑えられなかったんだわ。…人間を、ケガさせてしまった。近くで登山していた人間にクマと接するように飛びかかっちゃったの。当然人間はケガを負い、そのことを聞きつけた猟師によって射殺されたわ」


俺はソイツの目を見て気づいた。ソイツは、泣いていた。段々と嗚咽が混じる。


「助けられなかった。あともう少し早く駆けつけていれば…私が目を離さなかったら…。あの子が大好きな人間によって殺されるなんてっ…!私はっ…最期にあの子に触れることさえ出来なかった。あの子はただ、ただぁっ…!人間と遊びたかっただけなのに」


瞬間、ソイツの目は殺意、本来の獣の目に戻る。

銃口を俺の額に突きつける。

冷んやりとした感触に死を感じとる。


「将先輩っ!!」


「私の子を返して。それができないなら、いらない」


パァンッ!

発砲音が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ