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海月の見る夢  作者: 大淀たわら
第一話
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(1)いつもの朝

 星野香助(ほしのきょうすけ)の一日は、何事もなく始まった。


 瞼を開き、天井を眺め、その明るさの濃淡で時間を推し測る。六時半と言ったところだろうか? 目覚ましが鳴るにはまだ十五分ある。早く起きて損をした気分になったが、それを含めていつも通りだ。二度寝するのもいつも通り。ふと意識が途切れた瞬間、スマホが無機質なアラームを鳴らして、うんざりした。

 欠伸をしながら階段を下りると、丁度弟が靴紐を締めていた。


「塾が終わったら連絡してね。お父さんが迎えに行くから」

「いつもそうしてるでしょ? お母さんこそ、メッセージはちゃんと見てよ」

「物騒な事件も起きてるからね。気を付けてね。行ってらっしゃい」


 行ってきますとドアノブを掴んだとき、弟はちらりとこちらを見たが、兄貴おはようの一言もなかった。寝癖を撫でつけてリビングの引き戸に手をかける。朝食を終えた父が椅子を引いて立ち上がるところだった。父はこちらを一瞥し「香助」と呟いた。続く言葉は何もない。父はさっさと洗面所へ消えていく。息子の名前を口にすることに何の意味があるのだろう? 「おはよう」「調子はどうだ?」「お前は本当に星野香助か?」 おはよう。調子はそこそこ。多分あんたの息子だと思うけど。


 テーブルには空になった三人分の器。四人目の皿は見当たらない。鍋やフライパンは流し台で泡に塗れ、見送りから戻ってきた母は無言のまま食卓を片付け始める。仕方がないので食パンを一枚取ってきて安物のトースターに突っ込んだ。

 ぼんやりとテレビを眺める。流れていたのは地方のニュースだ。どこか垢抜けないキャスターが、いつになく深刻な貌を作っていた。


『捜査関係者によりますと行方が分からなくなっているのは仲津町(なかつちょう)に住む二十代の女性で、今月7日に勤務先から、女性と連絡が取れなくなったと警察に相談がありました。行方不明の届出を受け、警察が捜査したところ女性の自宅から二キロほど離れた仲津町の住宅街で女性の所持品と思しきバッグが見つかったそうです。警察は女性が事件に巻き込まれた疑いがあると見て捜査を進めています。仲津町では先月にも別の女性が行方不明となる事件が起きており、警察では関連を調べています』


 母が言っていた物騒な事件がこれだ。隣町で起こっている行方不明事件。昨晩から報道されている件と合わせ同じ地域で二人の人間が消えたことになる。


 始まりは四月二十日。とある企業に勤める二十代の女性が無断欠勤をした。報道によると『女性の勤務態度は真面目で普段断りもなく仕事を休むことはなかった』という。真面目じゃなくても無断欠勤なんてしないのが当たり前じゃないかと香助は思ったが、当たり前だからこそ同僚も不審に感じたのだろう。警察を伴って訪問した自宅には前日から帰宅した形跡はなかったそうだ。遠方の家族や友人に事情を聴いても行方に関する情報はなく警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いとの見方を示した。以降『失踪する直前にコンビニに立ち寄っている姿が目撃された』とか『不審な車両が防犯カメラに映っていた』とか役に立つのだか立たないのだかよく分からない情報が小出しに発表されていたが、決定打が何も出ないまま新たに事件が発生。かくして警察の面子は丸潰れとなった。二件目の詳細はまだ報道されていないが行方不明者の生活圏はうちからさほど離れていない。母が中学生の弟を心配するのも一概に過保護とも言い切れなかった。


(とは言え、だ)


 飛び出してきたパンを摘まみ皿に運んだ。焦げた表面に適当にバターを塗って端を齧る。コップの牛乳を一口含んだ。

 誘拐か。殺人か。誘拐殺人か。一介の高校生に過ぎない香助には知る由もなかったが、被害者はいずれも若い女性。ならば狙いは見え透いている。いくら自分や弟が瘦せているからと言って犯人のお眼鏡には適うとは思えなかった。

 俺には関係のない話だ。

 チャンネルを変え、咀嚼したものを呑み込んだ。

「ふむ」

 いつもと、何も変わらない味だった。

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