リーゼ村ー2
「これは酷いな……」
シュヴェリアがクレハやメイアと共に村の広場に行くと、すでにそこには人だかりが出来ていた。
「朝、ゴン爺さんが狩りに行って見つけたんだ。爺さんの話では見つけたときはまだ女の方は温かかったらしい」
「殺した直後だったってことだな。危なかったな、爺さん。もう少し早かったら、アンタも……」
何やら物騒な話をしているのが聞こえた。人だかりに近づいてみると、
「あ、シュヴェリアの旦那に、ばあさん。来てくれたのか?」
「内容が内容じゃ、来ないわけにはいかんじゃろう」と答えるメイアに道を譲るヤジう馬の群れ。
「あ、クレハ、君は……」
人だかりの中心に進むメイアに続いて歩いて行くと、村人の一人がクレハの腕をつかんで止めた。クレハはその手をゆっくりと払うと、「大丈夫です」と深刻な表情で返す。
クレハの手を掴んでいた男が周囲の者と頷き合い手を放した。
「……これは」
シュヴェリアが中心に向かうとそこには一人の男が倒れ、隣には女性が倒れていた。何故か、女性の方には筵がかけてある。――どちらもすでに亡骸になっていた。
「この村の者か?」
シュヴェリアが尋ねると、村人の一人が首を振る。
「いいや、違う。恐らく、旅商人か何かだ。夫婦で旅していて襲われたんだろう。村の近くで死んでるのを見つけてここまで運んで来たんだ。放って置けねぇだろう?」
なるほど。納得がいったように頷き、死体のそばでしゃがみこむ。魔獣にでも襲われたのかと思ったが――
(この傷はどう見ても、刃物によるものだな。それに、女の方の姿、これは――)
筵の下が見え、疑問を抱く。男は心臓を一突きされて死んでいた、女の方も同じような手口だ。だが、2つの遺体には明らかに違う点があった。それは女の方の遺体は衣服を着ていない点だ。
(これは、もしや――)
シュヴェリアが視線を村人たちに向けると、呼びに来たゲンと呼ばれる男が口を開いた。
「ああ、そうだ。恐らく、女の方は暴行されてる。男を殺された後でな」
ざわつく村人たち。シュヴェリアの目つきが引き締まった。
「つまり、夫を目の前で殺され、殺した連中に暴行を受けたのちに、この女も、その連中に殺された、そういうことか?」
ゲンが目を閉じ、頷いた。確かに惨い話だ。惨い話だが、これは魔獣や悪魔のやることではない。魔獣や低位の悪魔も繁殖のために同じようなことをするかもしれないが、それなら衣服を脱がしたりはしない。ましてや苗床を殺すなど、もっての他だろう。
「所持品は根こそぎ持ってかれてる。間違いなく、奴らの手口だ!!」
一人の青年が声高に言い放った。怒りをあらわにするようなその一言に、集まった村人全員の表情が暗くなった。
「犯人に心当たりがあるのか?」
シュヴェリアが問うと、メイアが答える。
「おそらく、最近この辺りを縄張りにしだした例の盗賊どもだ」
「盗賊?」
「そうじゃ、つい最近まで旧都バネポセ近郊で幅を利かせて負った連中じゃよ。
バネポセの首都警備隊や憲兵団でも壊滅できないほどの勢力を持った巨大盗賊団じゃ」
(旧都バネポセ。確か数年前まで存在していた、リーゼロット公国とかいう国の主要都市だな。現在はリーゼロットを潰した、サダムスト帝国とかいう国の管轄下にあったか……
ふむ。そこの憲兵団でも倒せないとなると、それなりに、強大な組織だな)
シュヴェリアは、魔王として手に入れた情報から話を整理した。
「なるほど、しかし、何故、そんな連中が、この村の付近にいるのだ?」
リーゼ村はバネポセと同じ、旧リーゼロット領ではあるが、位置的にはかなり距離がある。バネポセ付近を縄張りにしていた連中がここまで手を伸ばすとは考えにくい。
シュヴェリアの問いに村人の一人が答える。
「なんでも、旧都付近で新しい、盗賊団が出来たらしくて、そことの抗争に負けたらしい。奴らは逃げる様にバネポセからこっちまで南下してきて、最近、この辺りを根城にしちまったんだ」
その話を聞いて、シュヴェリアは先ほど、クレハが家で言おうとしていたことが解った。
村人の下心。要するに、この村の用心棒として、シュヴェリアに村を護って欲しいということだろう。国の主要都市の憲兵団でも歯が立たないような連中が村のすぐ近くにいるのだ。何かしら、戦える人間がいなければこんな村はあっという間に蹂躙されてしまう。
(……そういうのはこの国の王の役目だろう? リーゼロット――いや、今はサダムストか。そこの連中は何をしている?)
そんな不満を村人に漏らしても仕方がない。シュヴェリアはため息を吐きたいのを我慢して、2つの遺体に目を向ける。
(――む?)
「クソ、連中、いい気になってやりたい放題だ!!」
「仕方ない。こんな辺境の村じゃ、連中に対抗する手段なんてありゃせん」
「だからってだな……」
口々に盗賊団に対する不満を露わにする村人たち。その行いがよほど許せなかったのだろう。
しかし、今のシュヴェリアにはそれよりも気になることがあった。
男の遺体の各所を触り確認するシュヴェリア。
「……シュヴェリアさん?」
その不審な行動にそれまで黙っていたクレハが口を開いた。
やがて、シュヴェリアは何かを考え込み……
「!? シュヴェリアさん!!」
女性の遺体に掛けてあった筵をめくり、その下の女性の骸を調べ始める。
「お、おい、旦那、何を!!」
周囲の村人もその奇行に驚きだす。
そして、しばらくして、筵を戻すと――
「……子供はどうなる?」
おもむろに立ち上がり、村人たちに尋ねた。
きょとんとする村人たち。シュヴェリアは声を大にして、集まった村人たちに尋ねた。
「誰か、これをやった盗賊どもが、子供をどうするか知らないか?」
シュヴェリアの問いに顔を見合わせた村人たちだが、やがて――
「子供はさらって身売りに出すんじゃないか? そんな話をどっかで聞いたぜ?」
一人がそう声を上げた。
「つまりは奴隷か……」
イコール奴隷ビジネスが存在するということだ。また一つ、シュヴェリアの調査は進んだと言える。
「何故、そんなことを?」
クレハが尋ねると、シュヴェリアは少し悩んだのち……
「この男、おそらくただの商人ではない。今はそうかもしれないが、元は傭兵か兵士か――それに準ずる何かだ。筋肉の付き方が違う。多少衰えてはいるが間違いはないだろう」
シュヴェリアの言葉にざわつく村人たち、シュヴェリアは続ける。
「どこの人間かは知らないが、商人ならば無知は命取りだ、どこにどんな危険があるかは理解しているはず。自分たちを襲った連中がどんな奴らか知らないまま死んだとは考えづらい。つまりは向こうの手口を知っていた可能性がある。戦う力があるのならこうもおとなしく殺されるとは思えん」
男の骸は心臓を一突きされた形跡しかない。どのみち殺されると解っているのなら、抵抗ぐらいはしそうなものだ。人質を取られていたというなら解らなくはないが……妻が人質にされたのでは話がつながらない。自分が死ねば、妻は更にひどい目に遭って殺されるのだ。
無論、それでも手が出せない場合もあるが……
「この女には妊娠線があった。出産経験があるのは間違いない」
「!? まさか、ガキを人質に取られて――!?」
「……可能性の話だがな」
ざわつく村人たち。「酷い」「ゲス共目」というセリフがそこかしこから聞こえてくる。
「2人の年齢的に子供はいるとしても幼い。いくら商人に危険が伴うとはいえ、幼い子供だけを残して行商に出るとは考えにくい」
「連中に連れ去られたわけか『売り物』として――!」
「おそらく、な」
あくまで予想だが、今、シュヴェリアが把握している情報の限りではかなりの確率でそういう結論が導き出される。そういう輩は目先の利益にのみ執着するため、予想がしやすいのだ。
「…………」
村人たちがざわつく中、クレハの思いつめた顔が目に入る。
「――どうするよ」
しかし、ゲンに問われ注意がクレハからそれた。
「……どうするとは?」
「その子供だよ。このまま行けば奴隷商に渡されて、まともな人生を歩めねぇぞ?」
ゲンは力のこもった視線でシュヴェリアに訴えてくる。
まさか、助けに行け、とでも言うつもりか? 縁も所縁もないこの商人たちの子供を?
「待ちなよ、ゲンさん」
対応に困っていると、村人の一人がゲンを止めるように声を上げた。
「相手はバネポセの憲兵団でも対応しきれないような連中なんだよ? 私たちじゃどうしようも出来ないよ!」
「んだよ! それじゃあ、見捨てるっていうのか?」
「そうは言ってないけど――」
声を荒げるゲン、他の村人がなだめようと加勢に入る。
「落ち着きなって、ゲンさん」
「ワシらも気持ちは解るが――」
正義感から湧き上がるゲンの怒りを村人たちは総出で抑えに入った。
どうやら、あのゲンという老人は正義感あふれる人物のようだった。
やがて、ゲンの怒りは他の村人たちにも伝染し、村人の者たち皆が非道な盗賊たちのやり口に怒る者たちと、それをなだめる者たちに2分した。
「……皆、落ち着いてくれ、ここで言い争ってもどうにもならん」
見かねたメイアが声を張る。場が落ち着きを取り戻した。
「とりあえず、この2人に関しては村で丁重にともらってやるとしよう。そして、奴らへの対応に関しては、皆でちゃんと話し合おう。
――村の者全員に関わる話じゃ、その場の感情でうかつに動いてはいかん!」
メイアの言葉にゲンたち、怒りに衝き動かされていた者たちも言葉呑む。
「村長、そういうことでどうじゃろう? とりあえず、早急に話し合いの場を求めては?」
村長が頷き、その場の騒動は一応の収まりをみせた。
シュヴェリアはボロ屋に戻ると、大きく息を吐いた。
土間に腰かけ、マントを脱ぎ、背中の大剣を下ろす。
現在村人たちは盗賊団に対する対応を検討中。シュヴェリアはよそ者であることを理由に、参加を拒み、家に帰って来たところだ。
――面倒な事に巻き込まれたものだ。
辺境の村だ。何かしら問題を抱えているものだとは思っていたが、これは予想以上の事態だった。
まあ、シュヴェリアが少し本気を出せば、この程度、然したる問題ではないのだが……
(あまり深く村に関わるのも、な……私は部外者、何より魔王なのだから)
自分の立場を考えると、到底乗り気にはなれない。村人たちに関わりたくないという合図を出した。多少、冷ややかな視線を受けたが、まあ仕方がないだろう。それはそれとして受け止める。
(ふむ、しかし、奴隷売買か、カエリウスから上がって来た情報にはなかった話だな)
もっとも、どのような商売で経済を成り立たせているかなどは大まかにしか調べてはいない。そういう裏事情は上がってこなくて当然なのだが。
(……若い女を納品させようとしたら、『人さらい』だの『外道』だのと散々言った割には自分たちも同じようなことをしているのではないか……よくも、人の事ばかりああだこうだと言えるものだな……)
人の低能さに虫唾が走った。他人(悪魔側)に文句を言いたいのなら、自分たち(人間側)の襟を正してからにしてほしい。アトライアスの行った交渉は一般のものでも個人のものでもない。悪魔の王と、人間の王の取引なのだから。
――と、まあ愚痴もあるのは事実だが、今はそれよりも。
「ふう、この流れはよくないな。これはどう考えても、野党どもをどうにかしてくれと泣きつかれるパターンだ……」
シュヴェリアは土間からそのままつながっている寝床に向けて倒れこむ。天井を見上げ、息を吐いた。
「憲兵団でも対応できない盗賊共を一人でのしたらどうなるだろうか? それなりには目立つな。……同じような依頼がまた舞い込んで来る可能性があるか。――まあ、それについては問題ない。それにより、より深い情報も得られるだろう。ただ――」
あまり派手に動き過ぎると、悪魔側まで情報が伝わる恐れがある。シュヴェリアが恐れているのはそれだ。魔王軍は常々、新たな勇者の出現に目を光らせている。100年前に手痛い反撃を受けたのだ当然ではある。よって、あまりに腕が立つものが現れると、彼らはすぐにマークを始める。
(まさか向こうも、それが私だとは思わんだろう。部下相手に剣を振るう訳にはいかん……)
間違っても、自分の存在が悪魔側に知られることはあってはならない。それがシュヴェリアが優先しなければ、最優先事項だ。
「今回の件だけで、マークされるとは思わんが、欲が深いのが人間だ。今回助ければ、また次もとなるかもしれん。そうこうするうちに気が付けば――と言う事態は避けねばな……」
となると、どうやって向こうの要求を断るかが重要になって来るわけだが……
「……いかんせん、ここの住人は善良な者たちだからな、その願いを無下にするのは私には難しい……」
あのような行いをするゲス共に生きる価値はないというのがシュヴェリアの本音だ。この村の者たちに懇願されればなし崩しになりかねない。
一番いいのは今、この時点で逃げ出すことだが、そうなると……
(いずれはクレハがあの女のようになるかもしれん……か)
先ほど調べた、筵を駆けられた哀れな女性の死体がシュヴェリアの脳裏をよぎった。あの無垢な少女があのような姿になるのは流石に耐えがたい。
結果。シュヴェリアはどうすべきか結論が出せないでいた。
「どうするのが一番いいか……」
悩んでいると、次第にポツポツという音が家の中に響いて来た。どうやら雨が降り始めたようだ。
妙にリズミカルな音が睡魔を誘う――
「――殿、――ア殿」
ふと、誰かの声が聞こえて、瞼を開ける。
誰かが、しきりに自分のことを読んでいた。
「――リア殿、シュヴェリア殿!!」
(シュヴェリア? 私はアトライアスだが――)
思わずそう答えようとしてハッとした。今の自分はシュヴェリアと言う旅の剣士だと。
「……私は……眠ってしまったのか……」
目を覚まし、起き上がる。すると、傍らには見覚えのある老婆がいた。
「メイア殿、来ていたのか?」
どうやら眠っている間に話し合いとやらは終わったようだった。
話し合いが終わってさっそく、助けを求めに来たのか。そう思ったシュヴェリアは頭をさすり、思考を働かせようとした。しかし――
「シュヴェリア殿! クレハを――、クレハを見ませんでしたか!!」
すがりつく様に訪ねてくるメイアの言葉に、シュヴェリアは疑問を返すことしか出来なかった。