魔王、人の住まう村に降り立つー2
(やっぱりシュヴェリアさんみたいにはいかない……よね)
魔獣との距離を保ちながら、銃を撃つ。急所を狙ってはいるが、なかなか倒れてはくれない。
幸い、1匹ずつかかって来てくれているので何とかなってはいるが……
正直、怖くて、今にも足が止まってしまいそうだった。
「私がここから離れれば、魔獣たちだって――しっかりしなきゃ!!」
とにかく撃ち続ける。魔獣を何体も倒したことなどないがやるしかない。この村で、一番腕が立つのが自分だと、彼女も解っていた。
2匹目を倒し3匹目へ。そろそろ、弾数も心もとなくなってくるころだ。
どこまでいけるか、そう考えたとき――
「え!?」
同時に駆けだす魔獣たち。どうやら、目の前の敵が恐れるに足らないと理解したようだ。一斉にクレハめがけて突進してくる。
「くっ――」
何とか突撃を回避したが、1匹はクレハの隣を抜け、村へと上がっていく。慌てて銃弾を走らせるが、闇雲に打った弾が当たることはない。
「皆!! この――」
うろたえる村人の群れを目指す魔獣。あんなものが仲間の元まで行ったらどんなことになるか――しかし、クレハも他人の心配をしている場合ではなかった。
「く、くそ――」
3匹の大人のブラックウルフに囲まれ逃げ場を奪われる。こうなってはもうどうしようもない。銃を撃ち、隙を作れば、そのまま腹の中へ直行だろう。いつ襲われるとも知れない恐怖に怯えながら、銃を撃つことも出来ず睨み合う。
「お、おい、来たぞ――!!」
「に、逃げろー!」
そうこうするうちに上って行った1匹が村人の目前まで迫る。村人たちの悲鳴が響き渡った。
ボスらしき、ブラックウルフに目線を送ると、楽しんでいるかのように鳴き声をあげている。
「くそ、ここま――!!」
クレハが全てをあきらめたときだった。
「やれやれだな」
村に向かって駆けあがっていた1匹が爆ぜる様にその肉体を四散させた。
「――え?」
呟くが早いか、クレハの周囲の魔獣が切り刻まれる。周囲に血の雨が降った。
「ガル!?」
勝ち誇っていたボスの魔獣が声を上げ、その傍らにいた子供らしき魔獣が震える。
「――下らん茶番は、この辺りで終わりにしようか?」
突然クレハの前に現れた剣士は、剣を振り、血を払うと、冷たくそう言い放った。
「シュ、シュヴェリアさん!!」
その声は何故来たのか、と言う問いだったはずだ。だが、それは歓喜の叫びのようにも聞こえただろう。
クレハの声を背に、シュヴェリアは魔獣の群れに剣を向けた。
「よく戦ったな、クレハ。後は私が引き受けよう。祖母の元まで下がるがいい」
シュヴェリアは振り向くことなく告げる。
「そんな……無茶です!! これだけの魔獣を一人で相手をするなんて――」
これからシュヴェリアがやろうとしていることを理解したクレハは声を荒げた。
「その無茶を今までやっていたのはどこの誰だ?」
「そ、それは……」口籠るクレハ。
シュヴェリアは畳みかける様に続けた。
「どうせ、もう弾もそれほど残っていないのだろう? 心配するな。私には弾切れなど存在しない」
少しからかうような口調でそういうと、シュヴェリアは歩みを進めた。
「あ――」クレハは止めようと手を伸ばした。しかし、それを遮るように――
「おい、そこの群れの親玉。お前の大切な子供を殺したのはこの私だ。文句があるならかかって来るがいい」
群れのボスを煽るシュヴェリア。その言葉を理解したのか、ボスのブラックウルフが遠吠えを上げた。残るブラックウルフすべてが、シュヴェリアを標的としてロックする。
「フン、やる気だけは十二分というところだな。来るがいい――」
群れのボスの合図で、数匹のブラックウルフが一斉に飛びかかる。
「……5匹か――見積もりが甘いな」
シュヴェリアは剣を構え大地を踏み切る。瞬く間にブラックウルフとの距離を詰めると、
「はぁぁぁ――!!」
両手の剣を振り回し、回転。2匹をあっけなく仕留めると、
「――!?」
短刀を投げ、1匹の頭に突き立てる。スイッチが切れた様に動きを止め、大地を滑るブラックウルフ。
そしてすぐに残りの2匹に斬撃。瞬く間に5匹を片付けた。
「ガル――!!」
ブラックウルフのボスが驚愕したように声を上げた。
「――さて、次はどうする?」
シュヴェリアは大地を滑ったブラックウルフの死骸から短剣を抜くと、余裕の表情で最奥のボスウルフに尋ねた。
予想外の強さに一瞬怯むブラックウルフのボス。
「来ないか? ならば、こちらから行こうか!!」
シュヴェリアは敵が二の足を踏んだ一瞬を突いて飛び出した。
「ス、スゲー。なんだ、あの人!?」
「ブラックウルフたちが一瞬で……」
崖の上に集まった村人たちは口々にシュヴェリアを称賛した。
何十匹もいた黒い魔獣の群れが次々と、その数を減らしていく。
減らしているのはたった2本の剣を頼りに戦う剣士一人だ。その一人に、魔獣が文字通り蹴散らされて行く。この国でこんな芸当が出来る人間がどれほどいるか?
少なくとも、この村の人間は誰一人、こんな光景を見たことがない。見たことがあるのは彼ら相手に手に負えず、撤退していった数々の傭兵、兵士、その部隊だけだ。
「クレハ!!」
崖の上の村人たちと同じようにあっけに取られていた少女はその呼び声で正気に戻る。
「おばあちゃん!!」
孫の身心配し、坂を駆け下りて来た祖母。その姿に、クレハは自分がまだ生きていることを実感した。――これは死に際の自分の妄想や夢ではないのだと。
「大丈夫かい、クレハ!」
おぼつかない足取りで全力で駆けてくる祖母は駆け寄るなり、クレハに抱き着き、その抱いていた不安の大きさを伝える。
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめん」
目尻に涙を浮かべ、自分よりも小さな祖母に返事を返す。
急に恐怖が形になって自分に、襲い掛かって来るのを感じた。
「――でやぁぁぁぁぁぁ!!」
背後で響く剣激と鈍い金属音、シュヴェリアの掛け声と共に吹き飛ばされたブラックウルフが降って来る。
「キャッ!!」
「おおう!!」
轟音と共に今まさにクレハの祖母が走って来た崖に、体長7メートルクラスの大きな魔獣がぶつかり、息絶える。
「な、なんということじゃ……あのブラックウルフが……」
クレハの祖母はそこらの犬や猫を払い除けるかの如く魔獣を吹き飛ばす剣士に驚愕するしかなかった。
今までこの近隣の村々で多くの人間を殺して来た魔獣。国の派遣した盗伐隊ですら全滅させることが出来ず、撤退させたその群れが、今、たった一人の剣士相手に根絶やしにされそうになっている。
「一体何者なんじゃ、あの御仁は……!?」
シュヴェリアの剣技に、他の村人と同じように驚愕するしかないクレハの祖母。
ふと、クレハがつぶやいた。
「――人々に魔の手が迫り、困窮に苦しみしとき。100の周期を経て、その者は現れる……」
孫の呟いた言葉に祖母は目を丸くした。
「…………さて、残るは前たちだけだな」
シュヴェリアは数十の魔獣を全て撃破し、残った2匹に迫った。
「グ、グルル…………」
シュヴェリアの力を流石に理解したらしいブラックウルフの親子は、シュヴェリアが近づくと1歩引き下がり、また近づくと1歩引き下がった。
「どうした? そちらが売って来た喧嘩だぞ? なぜ逃げる?」
魔獣の血でまみれたその剣に怯える親子を見て、シュヴェリアはあざ笑う。
「……折角私が見逃してやったというのに、己の分をわきまえず、こういうことをするからそうなるのだ。おとなしくしていれば今まで通り暮らせていたものを――」
シュヴェリアが剣に付いた血を払うために剣を振ると、魔獣の親子はビクリと身体を震わせた。
「せめてもの情けだ。どちらが先に死ぬか、それくらいは選ばせてやろう。どうする?」
シュヴェリアが問うと、同時に臨戦態勢を取った親子は――
「……何?」
勢いよく大地を踏み切ると、180度方向を変えて駆けだした。――逃げ出したのだ。
村の外に向かい駆けだす親子。
シュヴェリアは奥歯を噛み締めた。
「最悪だな。この戦いの原因は貴様の子供の復讐――つまりは貴様の身勝手だ。貴様はつまらん理由で導くべき部下を死戦へ誘い、私を恐れる部下に死を強要した。にもかかわらず、自分たちは死から逃れるつもりか?
――同じ指導者として反吐が出るな!!」
シュヴェリアは剣を構えると、力一杯に大地を踏みしめた。
「安心するがいい、無残に散った配下たちよ。あの愚か者たちだけは私が責任もって――」
――殺す!!
瞬間、大地を蹴って踏み出すシュヴェリア、踏み切った地が砕け散る。
超高速でブラックウルフを追い、瞬く間に追いつくと。
「ギャウン!!」
子供のブラックウルフを真っ二つに、そのままその親の前に回り込み――
「――ガル!?」
「終わりだ!」
剣を一振り。ブラックウルフはシュヴェリアを飛び越え、止まり。
「…………ガ――」
同時に各所から血しぶきを上げる。
いつの間にか切り刻まれていたその肉体は崩れる様にその場に落ちた。
シュヴェリアが静かに構えをとき、剣を持つ腕を下ろす。
クレハはその様子を見どどけ祖母に問いかけた。
「昔お父さんに教えてもらった、女神さまの予言。おばちゃんも知ってるよね?」
クレハの問いに頷く祖母。
「多くの人に知られているわけではないから、みんなの前では言うなって言われたけど、でも、それは確かに存在するんだよ、“女神の導きし勇者の伝承”は」
村人たちは崖の上からシュヴェリアに歓声を送っていた。村を救った英雄に対する歓声を。
「まさか――クレハ、お前はあの御仁が?」
「うん。きっと、そうなんだと思う。あの人こそ――」
――勇者。
クレハはその戦いを見て、シュヴェリアという剣士にある幻想を重ねていた。
……まさか、その剣士が――「いくら人化して劣化しているとはいえ、下級魔獣風情が、魔王の私にかなうわけがなかろう」と考えているとも知らずに。