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魔王、人の住まう村に降り立つー1

 人の住むエリアに足を踏み入れたのは実に150年ぶりになるだろうか。

 150年前、人が住むようになってからは初めて、地上に出たアトライアスは地上支配のためにまず二―ベルン城を立てた。その際に1つの街を滅ぼしたのだが……名は忘れた。ある国の主要都市で、それが原因でその国は滅びたらしいが、その時はあまり興味がなかった。仕方がない、その時はそれよりも優先すべきことが山ほどあったのだから。

 ――と、まあ、話しはそれたがその時以来だ。

 もっとも、今回と前回では訪れた目的は180度違う。前回は滅ぼすために、今回は視察のために。なんなら、村をよくするために来たのだ。歓迎されてもいいだろう。そう思っていたのは事実だ。だが――

「おお、あんたか、クレハを助けってくださったというのは」

「ありがとね、旅人さん。あんたのおかげであの娘の元気な顔をまた見れたよ」

 村に入るなり、シュヴェリアの姿は人目を引いた。このような田舎で見慣れぬ剣士が歩いていれば誰もが疑問を抱くのは、まあ当然だろう。その剣士が片眼を隠し、フードを深くかぶったマント姿と、やや不信感を抱く怪しい様相ならなおの事。

 もっとも、その問題はすぐに解決した。隣にクレハがいたからだ。村の有名人らしい彼女が一緒に居れば、この村の人間から不審者扱いを受けることはない。だが、そうなると、これは誰なのか、という疑問がクレハに向けられる。クレハは正直に、「魔獣に襲われて危ないところを助けてくれた旅の方です」と言ったのだが――

「旅の方、この娘は本当にいい娘でのぉ、有難うございますじゃ」

「ちょ、シゲミツのおじいちゃん、やめてよ!」

「何言ってんだい、あんたみたいないい娘、なかなかいないよ」

「お、おばさんまで……」

 その結果がこれである。

 何故か大層な英雄扱いを受け、村人が会うたび会うたび、お礼を言ってくる。

 どうやら、クレハは村人たちに愛されているようだった。まあ、会って少しだがなんとなくその気持ちは解らないでもない。ただ、

(ムッ……これは……悪い気はしないが、面倒で仕方ないな……)

 別に愛想笑いをしたりはしないが、無視するのは感じが悪い。それとなく返事は返していたのだがそれで足が取られてなかなか先に進めない。おまけにどんどん人が増えてくる。誰かが言いまわってでもいるのだろうか? 村人すべてが出てきそうな勢いだった。

「君は何だ? この村のアイドルか何かか?」

「え? そ、そんなんじゃないですよ!」

 クレハに耳打ちすると、クレハは真っ赤になって否定した。

 自覚はないらしい。なんとなく、こういう田舎の村娘にありがちなタイプと思う。まあ、嫌いではないが。

「おお、クレハ無事じゃったか!!」

 しばらくそんなやり取りを続けていると、一人の老婆が叫んだ。

「あ、おばあちゃん!」

 その声に元気よく返事を返すクレハ。どうやら彼女の家族のようだ。

「ま、魔獣に襲われたと聞いたが……」

「うん、弾が切れちゃって、もう駄目かと思ったよ」

「なんと!!」

「――でも、大丈夫だよ。シュヴェリアさんに助けてもらったから」

 驚く祖母を笑顔でなだめるクレハ。シュヴェリアに相槌を打つように視線を向ける。

「……あ、ああ」

 うなずくと、そこかしこから拍手が起きた。

 なんと気恥ずかしいことか。人間の集落と言うのはこういうものなのかと、シュヴェリアは頬を掻く。




「そうでしたか、それはそれは――本当に有難うございます」

 クレハの家に招かれようやく落ち着くことが出来たシュヴェリア。彼女の祖母には事情を話すとその祖母が深々と頭を下げる。

「いや、あくまで偶然過ぎない。そんなに気にしないでくれ」

 クレハの礼儀正しさは、この祖母譲りか、そんなことを考えながら大したことはしていないと改めて告げる。まあ、この手の会話でそんな言葉は大した意味を持たないのは知ってはいたが、予想道理「いえいえ、そう言うわけには……」などと続けばため息もつきたくなる。

(困ったな、こういう立ち位置には慣れていない、どうやって話を締めればいいのか解らん)

 対応に手をこまねいていると、何やらほほえましそうな笑顔をこちらに向けているクレハと目があう。「ん?」と違和感を持つと、それに気づいたクレハが「あ」と苦笑いを浮かべた。

(……なんだ?)

 今一つ納得できないやり取りに疑問を浮かべるシュヴェリア。クレハは焦ったように、すぐに会話に加わり、祖母に言い聞かせるように「シュヴェリアさんはそういう人だから、だから村まで案内してきたんだよ」と言っていた。――『そういう人』とはどういう人なのだろうか?

「そうかい? でも――」

 何故だか会話が急にまとまりそうになった。――そのときだ。

「お、おい、誰か、誰か来てくれ!!」

 叫び声が聞こえ、外に出る。シュヴェリアたち。

どうしたのかと声のした方に行ってみると、一人の若い村人が倒れていた。

「どうした?」

 シュヴェリアが声をかけると、

「ま、魔獣だ!!」

 倒れていた男が震えながら村の入り口を指さす。

リーゼ村は森の中の高台となった場所にある村で、一方が川もう一方が勾配の緩い坂となっている。

 男が指さしたのはその緩い坂のある方の入り口だった。村から見ると、見下ろした崖下に当たる位置に村の入り口があり、その入り口付近に無数の黒い影があった。

「黒い影? あれは――」

 ブラックウルフ、先ほどシュヴェリアたちが対峙した魔獣が大量に村の入り口に集まっている。

「ど、どうなってるんだい、村の入り口に魔獣が集まるなんて!!」

「入り口どころか、もう、村まで入って来てやがる!! こんな事今まで一度もなかったのに!!」

 先ほどの男の叫びで集まった村人たちが、崖下の魔獣を見つけ声を荒げた。思いもよらぬ事態に驚愕しているようだ。

(村の内部に魔獣だと? 妙だな。魔獣の生活圏はこの数十年ですでに大半が固定傾向にあるはずだが……)

 シュヴェリアも想定外の出来事に首をかしげた。

 地上にいる魔獣のほとんどは下級の、それも最下層に近いものだ。知能も低いものがほとんど。とはいっても、そこまで彼らもそこまで馬鹿ではない。人間の集落に手を出せば、討伐されるのは解っている。故に、それ以外で生活圏を築き、そこに入って来る人間を獲物にするのが普通だ。

 そして魔獣たちも、この150年という時間の中で自分たちの安全な生活範囲と言うものを学び、近年は魔獣による村の襲撃事態が少なくなっている。特に、群れでの人間集落への襲撃なんていうの物はここ十数年全くの皆無だった。

 偶然か、それともこれが実態なのか。シュヴェリアが考えていると。

「あっ!」

 しゃがみこみ崖下を覗き込んでいたクレハが声を上げた。

 視線を向けると、クレハと目が合い、シュヴェリアの視線をどこかに向けようと指を指す。

「ん? あれは……」

 そこにはまだ新しい傷跡を持つ子供のブラックウルフがいた。何かで切られたような顔の傷はまだ血も止まりきっておらず、傍らにいる親らしき成体のブラックウルフにその傷を舐められている。

「まさか、奴は……」

 ふと傷のブラックウルフと目が合う。すると、それは何やら親に知らせるように呻きを上げる。親のブラックウルフがこちらを見て、

「ウォォォォォォォォォォォォン」

 咆哮を上げるように雄叫びを上げた。他の全ブラックウルフも呼応するように次々と雄たけびを上げる。

「……なるほどな」

 納得が言ったと頷くシュヴェリア。

 あの子供のブラックウルフは先ほどシュヴェリアの撃退した個体とみて間違いがない。どうやら、あいつは巣に戻り、自分の親に自分たちがどんな目に遭ったのかを話した。運悪く、その親と言うのが群れのリーダーか何かだったのだろう。

 要するに仲間を連れてお礼参りにやってきたということだ。

(何ともまあ、ご丁寧な事だ)

シュヴェリアが呆れてため息を吐くと、横で、銃弾を装填する音が聞こえた。

「? クレハ?」

 振り向くと、真剣な面持ちの少女が立ち上がった。

「お、おい。上って来るぞ!!」

「終わりじゃ……この村はもう終わりじゃ!!」

 魔獣の出現ですっかり弱気になった人々は慌てふためく。魔獣と言うのは彼らにとっては相当な脅威であるのだろう。誰もかれもが絶望しきっていた。

「……大丈夫、私がやらせない!」

 ふと、シュヴェリアの耳に響く声。瞬間、何かがシュヴェリアの隣を駆けていく。

「!? クレハちゃん!!」

 真っ先に気が付いたのは中年の女性だった。

「何処に行くつもりだい!」

「決まってます、あいつらを倒しに行きます」

 騒然となる村人たち。

「む、無茶だ。何匹いると思ってるんだよ。いくら、クレハでも無理だ!」

「そうだよ、殺されちまう!!」

 まさかの返答に、口々にクレハを止めようとする村人たち。

「確かに危険かもしれません、でも、私が行けば村は守れるかもしれませんから」

「ど、どういうことだい?」

 クレハは少し間を置いて、重い口を開いた。

「おそらく、あの魔獣はさっき、私を襲った魔獣です。仲間をやられた報復に来たんだと思います。……なら、私が行けば――」

 クレハは銃を構えると走り出した。

 また無茶なことを――

「待て、クレハ!!」

 止めようとシュヴェリアも踏み出す。

「お、お待ちくだされ、シュヴェリア殿!」

 すると、クレハの祖母に掴まれた。とっさのことに足を止めるシュヴェリア。

「どうした! 何故止める!?」

 シュヴェリアが問うと、クレハの祖母は感情を押し殺すような顔でシュヴェリアに言った。

「行ってはいけません。あの数のブラックウルフ相手に戦っては、名のある剣士だとしてもただではすみますまい」

 予想もしていなかった言葉に、思わず呆けてしまうシュヴェリア。一瞬、何を言っているのか解らなかった。

「……確かに、あの数はヤバイぜ。いくら何でも死んじまう」

 すると、クレハの祖母に続き、村の若者が声を上げた。

「クレハは恐らく、責任を感じて一人で出て行ったんだ。あんたを巻き込まないように」

「……クソ、俺にもっと力があれば……」

 思い思いの言葉を語り出す村人たち。

 シュヴェリアは何を言っているのか理解できなかった。何故なら――

(まてまて、何かおかしくないか? 何故この村人たちはブラックウルフごときでこんなに悲壮感を出しているんだ???)

 ブラックウルフの扱いが妙に重かったからだ。

 確かに、魔獣は人間にとっては脅威だろう。戦えない人間からすれば、先のクレハのように逃げるしかない相手、絶望するのも解らなくはない。だが、それで村は滅びない。何故なら、クレハやシュヴェリアのように戦える人間がいるからだ。

 確かにクレハ一人では分が悪いかもしれないが……

 ふと、銃声が聞こえて目を向ける。クレハはすでに交戦状態に入っていた。

 クレハは良い動きで敵の攻撃を避けながら、距離を取り、銃弾を放つ。シュヴェリアの見立て通り、ただの村娘ではない証拠だった。――ただ。

(む、数が全く減っていない。どういうことだ? 攻撃が効いていないのか?)

 クレハの攻撃量のわりに魔獣の倒れる速度が遅い。明らかに押されていた。

 ようやく1匹倒すころには、クレハの息はかなり上がっているようだった。

「…………」

 まさか――

 シュヴェリアは壮絶な勘違いをしている可能性に気が付いた。

(……勇者アルビオたちは苦も無く魔獣を倒していた。私自身もこの姿で魔獣を倒すのになんら手惑いもしなかった。だから、それが普通なのだと思った。人間とは魔獣と戦えるものなのだと。だが、もしや……)

 もしかして、人は魔獣を倒すことのできない種族。魔法は使えても、魔力を力に変えることの出来ない種族なのではないか、と言う結論にたどり着く。もしそうだとすれば、魔獣に致命的な攻撃を与えることは出来ない。あれだけ魔獣がいれば、間違いなく殺されるだろう。

(冗談だろう……?)

 シュヴェリアは頭を抱える。魔力を己の肉体に通わせ力とする。これは悪魔にとってごく自然な戦い方だ。悪魔だけではない。エルフや天使、数多くの種族にとってもそうだ。ごく当たり前で、効果的な戦闘技法。慣れれば、無意識で自然と出来るようになるもの。

 だから、人間も出来ると思っていた。実際、シュヴェリア――いや、アトライアスの前に現れた人間は皆、これが出来ていたのだ。無論、目の前に来るのは精鋭中の精鋭であるとは思っていたが、まさか、出来る方が珍しいなどとは……

(か、考えもしなかった……まさか、人間と言うのが、地上の魔獣ごときに蹂躙される生き物だったとは……)

 先に言ったように地上の魔獣は弱い。言ってしまえば、弱すぎて魔界に生活圏を築けない連中が地上に逃げてきているに過ぎないからだ。

 勿論、そんなものに、生死を左右されるような者たちが、アトライアスに牙を向けられるはずはない。

 ――どおりで、暇なはずだ。反逆など出来るはずもなかったのだ。

「…………」

 うんざりした様子で、村の面々を見てみる。誰もがクレハの様子を心配しながら、自らに迫るかもしれない魔獣の牙に怯えていた。

 なるほど、これは助ける価値もないと思うかもしれない。

 なんとなく、同僚や師の言っていたことを理解したアトライアス。これだけの人間がいて、誰一人、あの少女を助けに行こうとしないのだ。それは呆れもする。

 だが、見方を変えてみれば、少し状況は変わって来る。彼らは全く戦う手段がないのだ。襲われれば死ぬしかない、そういう者たちの集まり。ならば、この状況で逃げ出さないだけまだましなのかもしれない。

(人の中に入らなければ解らないこと――か)

 シュヴェリアは村人たちに止められないよう、こっそりと後ろに下がり、その場を離れた。


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