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銃を携えた少女

 アトライアスは茂みをかき分け進み、息を吐く。

「……この辺りはほとんど未開発の地域だと聞いていたが、本当だな」

 背の高い茂みの迷路は、人の身では歩くだけでも苦労する。

 魔法で焼きながら進んだらどんなに楽な事かと何度か思ったが、そんなことをしたらこのあたり一帯焼け野原だ。流石にこの辺りを管轄している魔将が何事かと様子を見に来るだろう。そんな事態は避けたい。

「この辺りは――シュロウガの管轄だな。フム、奴は我が軍でもかなりの真面目さだ。奴に知られれば、即座にカエリウスまで情報が上がるだろう。いくら人に成り代わっているとはいえ、カエリウスに直接会ったのでは即バレてしまいかねん」

 休日を取ったはずのアトライアスが実はこんなことをしているなどと知れたら、一体どんな小言を言われることか……、考えただけでも恐ろしい。

 地道に進むしかないか……

 そう思い、剣で茂みを刈りながら進んだ。そしてようやく人の使っていそうな道に出ることに成功する。

「ふう……転移する場所を間違えたな。地上を舐めすぎた。今度からはもう少し、街道の近くに出る様にしようか」

 うんざりした様子でマントに着いた草木を払う。

「キャァ――」

 ふと、どこかから微かに悲鳴が聞こえた。

「…………なんだ?」

 人がいるようだ。神経を研ぎ澄ましてみた。

アトライアスの肉体は確かに人のものなっていて悪魔のものと比べるとかなり劣化している。が、それでもその能力値は限りなく高い。普通の人間に出来ないことが平気で出来る。

 例えば、人で言うところの共感覚。これを使い、音で見ることだって出来るようだった。

「…………悪魔……いや、魔獣か。それが2匹。人間の少女を追っている……と言うところか、方角は――あちらか」

 アトライアスは人間の少女と魔獣がいる方を向き、確認する。村とは反対方向だ。

「…………なるほどな、こういうことも起こっているわけか」

 確かに、魔獣は人を襲う。目的は食べたり、苗床にしたりするためだ。ただ単に狩りの練習や暇つぶしと言うこともあるかもしれない。

「…………」

 アトライアスは現実を噛み締める。そして。

「フム、勉強になった。では行くとするか」

 村の方に向かって歩みだす。

 所詮人間の一人がどうなろうが、アトライアスには関係がないことだ。いくら人道的とはいえ、そこまで人の命を高く評価してはいない。

 魔獣を2匹も殺してまで助ける価値はない。それがアトライアスの出した結論だった。

(命は等価だ。悪魔の命ならいざ知らず、魔獣と人間では、な)

 アトライアスは村を目指した…………




「はぁ……はぁ……」

 少女は茂みの中を全力で駆けた。セミロングの茶髪を振り乱し、細い手足が木々で擦り切れるのもかまわずに。

 死にたくない、死ぬわけにはいかない。とにかく走った。

「!?」

 ストールが木の枝に引っ掛かり足が止まる。こんなときに……、すぐに振りほどき逃げ出す少女。ライフル銃のようなものを持っているが、弾は入っていない。玉切れだった。他に武器はなく、か細い少女に魔獣と戦う手段などなかった。

「おばあちゃん、皆……! 大丈夫、逃げ切れる、逃げ切れるよ! こんなとこで死んだりしない!!」

 役に立たない銃を背に、森の中をジグザグに、全力で駆けた。

「ガルルル――」

 背後には自身に迫るブラックウルフの姿がある。まだ子供のようだが、大きさはすでに成人男性ほどの背丈がある。もし襲われればそこですべてが終わりだ。

 どうしよう、どうすれば――! 

運よく巻かれてくれないだろうか? そんな願いもむなしく、森の中を駆ける少女のすぐ後ろをぴったりと付いて走る魔獣。その走りにはむしろ余裕があり、遊んでいるかのようにも見えた。

必死で逃げる獲物を追いかけて楽しんでいるのだ。

(――!?)

 少女もそれに気づいた。目尻に涙が浮かぶ。もう終わりだ。最悪な展開が脳裏をよぎった。

「!? キャッ!!」

 ふとつま先元に違和感をもった。足を取られ転ぶ。

 いけない、すぐに立とうとして――

「!? い、いやぁ!!」

 自分が蹴躓いたものを見て絶句した。

 それは何かの骨だった。だが、大きさや形的に動物のものではない。恐らくは自分と同じ――

「う、うそ、まさかここは――!!」

 周囲を見渡すと、同じような骨がいくつも落ちていることに気が付いた。どうやらここが追いかけっこの終着点のようだ。逃げているつもりが、いつの間にか追い込まれていたらしい。

「ガルルル」

 走ってきた方角から追いかけて来ていた魔獣が姿を現し、少女は言葉を失った。

 続いて自分を挟むように、後ろからももう1匹が現れる。

「い、いや……!!」

 結末を悟り、少女は首を左右に振り、地面に腰を落としたままで後ろにずり下がる。大木にぶつかり、行く手をふさがれた。

「グルルルー」「ガウ!」

 獣たちはそんな少女の姿を見て笑うかのように声を上げた。

 やがて、一匹が前に出て――

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 飛びかかるブラックウルフ、少女の絶叫が森に木霊した。

「――ふん!!」

 瞬間、少女とブラックウルフの間に割り込む黒い影。

「キャウン!!」

 ブラックウルフが悲鳴を上げた。

「――え?」

 少女が目を開けると、目の前には大きな剣を背負った一人の剣士がいた。



(やれやれ、私もずいぶんなお人よしだな)

 右手に通常サイズの剣を、左手に短刀を持ち構えたアトライアスは、少女を背にブラックウルフの前に立ちはだかる。

 言葉とは厄介なものだ、無視すると決めたはずなのに、あれだけ「嫌だ」と叫ばれたのでは無視しきれない。

 いや、助けを求めたこの少女の声がもっと別のものならば、無視も出来たはずだ。

(まあ、今回の場合は特別かもしれんがな。『彼女』そっくりの声でこれだけ叫ばれたのだ。私に無視を決め込めという方が無茶な話かもしれん)

 切っ先を魔獣に向け、アトライアスは言い放つ。

「お前たちの狩りの邪魔をして悪いが、別にこちらは命を奪ってやるつもりではない。この人間は諦めどこへなりとも消えるがいい。そうすれば見逃してやろう」

 魔王らしく尊大なセリフを振りかざす。しかし、アトライアスは忘れていた。今の自分が、魔王ではなく、人間だということに。

「ガルゥ……」「オオォォォォォォン」

 切り飛ばされた一匹が起き上がるともう一匹が遠吠えを上げた。

 明らかな威嚇行為。人間風情に馬鹿にされたと、魔獣の反感をしっかり買っていた。

「……なるほど、引く気はないか。愚かな――」

 アトライアスは剣を構えなおすと、両足に力を込めた。

「いいだろう、死にたい方から相手をしてやる!!」

 その言葉を合図に、遠吠えをしたウルフが飛び出した。それを見てアトライアスも踏み出す。高速で迫るブラックウルフは大口を開けて、アトライアスに迫るが――

「はっ――」

 アトライアスはそれをギリギリのところで回避、そして首筋まで進むと。

「――ふん!!」

 すかさず剣で一刀両断。魔獣の首を叩き落す。

「!?」

 何が起きたか解らぬまま両断された魔獣の身体は崩れ落ちる、切り離された胴体と頭は大地を滑った。

「なっ――」

「!!」

 鮮やかすぎる一閃に少女ともう一匹の魔獣が驚きを見せる。

「ふん、他愛もない」

 アトライアスは切り捨てた魔獣を見つめ一言吐き捨てる。そして――

「お前はどうする?」

 生き残った魔獣に問いかけた。後ずさる魔獣、しばし、アトライアスと見つめ合った後。

「キャウン!!」

 睨まれた魔獣はその言葉通り、しっぽを巻いて逃げ出す。

「――賢明な判断だ」

 アトライアスは2つの剣を鞘へと戻した。




 ――キン

 アトライアスが鞘に剣を収めた音が響く。

「怪我はないか?」

 アトライアスの一言に、その背中を見ていた少女はハッとしたように口を開けた。

「は、はい。大丈夫です」

「そうか」アトライアスは背を向けたまま頷く。少女が立ち上がった。

「た、助けていただいて、有難うございました」

 背中越しに、深々と頭を下げられたアトライアスはどんな顔をすべきか考えながら振り返った。

「いや、怪我がないならいい。危ないところだったな」

 頭を下げたままの少女を見てとりあえず笑顔を作った。

 少女はしばらくして頭を上げ、

「はい――」

 笑顔でこちらを見上げて来た。

「!!――!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 途端にパニックに陥るアトライアス、少女の笑顔を見た瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになった。笑顔など作ることが出来ずに、その表情を驚きに変える。

「――もうだめかと思いました。本当になんとお礼を言っていいか……」

 少女は涙ながらに再び頭を下げる。

 何とも礼儀正しい少女だ。その可憐な容姿と合わせ好印象を受けたのは間違いない。だが――

「…………」

 アトライアスは何が何だかわからなくなり、そのまま硬直する。

 まるで夢でも見ているのではないか、そんな気分だった。

(これは何だ? どういうことだ……??? どうなっている?)

 自分の感情が理解できず、目の前の現実も理解できず、ただただ、混乱することしか出来ない。

顔を上げ少女の顔を見つめ固まった。

「……え? あの……?」

 やがて、「うん」とも「すん」も言わないアトライアスに戸惑いの声を上げる少女。

 ようやく、アトライアスの思考が動き始めた。

「! あ、いやすまない。なんでもないんだ、気にしないでくれ」

 少し焦った様子で少女にそういうと、仕切り直しとばかりに咳払いをした。

少女は少し疑問を持ったようだったが、命の危機に際した直後だったためか、あまり気にはしていないようだった。

「本当にありがとうございました。あ、自己紹介がまだでしたね。私、クレハと言います。この近くの『リーゼ村』に住んでます。

 ……あの、お名前をお聞きしても?」

 少女に尋ねられ、頷く、アトライアス。どうやら、誤魔化せたようだと一安心して――

「私は、アト――」

つい、本名を名乗りそうになる。

ハッとして、口をふさいだ。

(待て待て、一体なんと名乗るつもりだ? 『アトライアス』なんて名乗ったら、即座に、バレてしまうではないか!?)

 これでは何のために変装してここまで来たのか解らない。アトライアスは、少女――クレハの様子を伺う。

「アト――?」

 幸い、これだけで気付かれはいないようだ。

 まだいける!!

 アトライアスは無理やり会話をつなぐ。

「アト――で名乗るつもりだったのだがな……は、ははっ……」

 苦しいセリフ、流石にこれにはクレハも奇妙な顔をした。

(かなり苦しいが、まあ、良しとしよう。それよりも!! なんと名乗るか――)

 名を隠した経験もない。名前など突然には浮かばない。人間の名前ならなおさらに。しかし、考える時間もない。

 苦悩したうえでアトライアスは賭けに出た。

「シュヴェリアだ。私はシュヴェリアと言う」

 アトライアス=S=ガルムベルト、彼のミドルネームのSはシュヴェリアルの略だ。一般的に知られておらず、それこそカエリウスすらも知らない母方の性。それを略した言い方。

 少なくとも、悪魔方でこの名前を聞いて、アトライアスを想像する者はいないだろう、人間側でも同様だ。後は――

(これで人の名前として通用するのかどうか――!)

 アトライアスはクレハの動向を見守る。

「シュヴェリアさん……ですか。――ではシュヴェリアさん。改めて、有難うございます」

 よし、行った!! アトライアスは今度こそ胸を撫で下ろした。

 何度も頭を下げるクレハに「もういい」と言いながら、アトライアスは心の中でガッツポーズをしていた。




「そうですか、旅をされているんですね」

 クレハと共に街道を歩きながら、シュヴェリアとなったアトライアスは、ここに来た経緯を話した。

 シュヴェリアは異国からの旅人であり、この近くの村である『リーゼ村』を目指していていたところ、彼女の悲鳴を聞きつけ助けに入った。

 ――と、そういうことにした。

 まさかこんなにも早く人に遭遇するとは思ってはおらず、こんなベタな設定しか思いつかなかったのは失態だが、案外そういうものの方が向こうも飲み込みやすいようだ。クレハはシュヴェリアの話を微塵も疑う様子はなかった。

 どうやら、クレハはかなり真面目なタイプと言うか、いい人間のようだ。何度も何度もお礼を言われ、何かお礼を――とまで言い始めた。

 そんな大層なことをしたつもりはない。当然断ったのだが、納得してもらえない。向こうの言い分も解らないではない。無下にするのもどうかと思い、村まで案内を頼んだ。

「それにしても運がよかったなぁ。シュヴェリアさんのような人が近くにいてくれたなんて……

もし、シュヴェリアさんが来てくれなかったかと思うと――本当にありがとうございます」

 再びお礼を言われてしまう。やれやれ、本当に真面目なようだ。

 シュヴェリアは小さく鼻を鳴らすと。

「それはもういい。お礼を言って欲しくて助けたわけでもない。

それより、君は猟師か何かか? 銃を持っているが……」

「あ、はい、猟師と言うほどではないですけど、時々、森に出て動物や山菜なんかを採ってます。こう見えても、結構腕がいいんですよ?」

 笑いながら話すクレハ。「ほう――」と頷く、シュヴェリア。ふと、彼女の手足に視線を向けた。ホットパンツとニーソックスの間から見える太ももや、むき出しになっている肩、わずかに見える二の腕の肉の付き方を見るためだ。――確かに筋肉の付き方はただの村娘とは違う。

(よくよく考えれば、ただの村娘なら、あんな速度で逃げられはしないか。すぐに息が上がってしまうだろう。しかしだとすると――)

 では何故、魔獣にあそこまで追いつめられていたのか? まあ、おおよそ答えの検討はついたが、尋ねてみる。

「なら、どうして、ああも成すすべなく――」

「あはは……実は弾を切らしてしまいまして……

 私、銃の腕は結構自信あるんですけど、剣とかはどうも駄目で……」

 恥ずかしそうに頬を掻くクレハ、何とも愛らしい仕草だが、言っている内容は結構重要な問題だ。

「なるほどな――」

 会ったばかりの相手のスタイルにとやかく言うのもおかしい。シュヴェリアは苦笑いで返すにとどめる。

「それにしてもシュヴェリアさんはお強いですね。あんなに鮮やかに魔獣を倒せる人なんて初めて見ました!」

 再び笑みを取り戻したクレハはそういうと、少し頬を赤くしてやや興奮気味でそう言ってきた。

「そうか? それはどうも有難う」何気なく言いながらも少し照れてしまうシュヴェリア。彼女の仕草がそうさせたのだろう。照れくささを悟られないように言った。すると――

「もしかして、故郷のお国では名のある騎士さんだったんですか?」

「いや、そういうわけではないが……」

「そうなんですか? でも、すごい技でしたよ」

 何かきっかけになったのか、やや食い気味でクレハは尋ねて来た。

 その勢いに少し押されるシュヴェリア。

「剣を扱われるようになって長いんですか? 名のある剣士さんのお弟子さんとか? その背中の多きいのも剣ですよね? それもお使いになるんですか?」

 そのまま質問攻めに遭う。自分が剣を使えないからなのだろうか、シュヴェリアの見せた剣技に魅了されているような様子だ。

 質問のたびにどんどん距離が近くなっていく。

(ち、近い……)

 最終的には道の端に追われ、それでもなお、クレハの顔が目の前にあった。

 何がそんなに彼女の興味を引いたのか疑問だが、とにかく、正気に戻した方がよさそうだ。

「クレハ……その、近いんだが……」

 彼女は容姿もスタイルもいい。近づかれても悪い気はしない。なので、少し勿体無いような気もしながらつぶやいてみた。

「は!? す、すみません、私ったら……!!」

 顔を赤くして、下がっていくクレハ。

 その温かみが感じられなくなると。やはり少しもったいなかったかもしれないとシュヴェリアは後悔した。

「え、えと……」

 少し、気まずそうになりながら、周囲を伺うクレハ。

「あっ! あれです。あれが『リーゼ村』です」

 何かを見つけたクレハは助かったとばかりにそれを指さした。その指の先には確かに村の入り口らしきものがある。

「…………ふむ、ここがそうか」

 シュヴェリアはクレハに続き、リーゼ村へと足を踏み入れた。


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