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魔王アトライアスー3

「本当に大丈夫か?」

 アトライアスが尋ねると、背後に並ぶ3人はそろって頷いた。

「大将がいなくても人間どもの相手は俺らで十分だぜ!!」

「はい、お留守はこの翁姫にお任せくだささいまし♪ ……正直に申せば、陛下がご不在なのはとても寂しいですが……未来の妻としてこの翁姫、見事に勤めを果たして――」

「陛下は少し働き過ぎです、どうか、しばし休暇を楽しまれますよう」

 言葉を遮られた翁姫の怒りなど構うことなく、澄ました様子でアトライアスを送り出そうとするカエリウス。その後ろでは駄々をこねる様に怒る翁姫を見て鼻で笑うガウルの姿があった。

 いつもの様子で見送りに出た部下の様子に、頼りがいを感じながらも、不安をぬぐえないアトライアス。

 暇を持て余したアトライアスはカエリウスの勧め通り、しばしの間休暇を取ることを決めた。

 期間は未定、もとい、アトライアスの気のすむまで、その間の不在期間は二―ベルン城内は勿論、地上に対する支配行為も直属の部下であるこの3名が行うことになる。

 事実上、いるだけでほぼ何もしていなかったのだ。別に不在になっても問題などないだろう。カエリウスたちが自分の目が届かないからと言って、サボったり、謀反を企てるなどとも微塵も疑ってはいない。彼らなら、自分がいなくても最良の仕事をこなすと信頼している。しかし――

「……カエリウス、やはり……」

「心配無用です陛下、陛下が勇者アルビオを倒してから100年、そのお力を振るうようなことはなかったはず」

「それはそうだが――」

「杞憂は陛下の悪い癖です」

「う…………」

「先にも申し上げた通り、緊急時にはすぐに陛下にお知らせを上げます。グランツェル老も我らを支えてくださるとおっしゃってくれております。なんの問題もありません」

「むう……」

 アトライアスが怯むと、カエリウスは畳みかける様に続けた。

「グランツェル老も、我らも、各魔将や幹部、末端の部下まで皆、陛下の勤勉さを心配し、陛下を働かせてしまっている不甲斐無さに心を痛めております。陛下に信頼いただける仕事を出来ていない不甲斐無さに――」

「何を言う、そんなことはない。お前たちの仕事ぶりは私が一番評価している!」

 語尾を強めるアトライアスを見て、カエリウスは「ならば――」と続けた。

 ぐうの音も出ないアトライアスは観念したように頷く。

「――解った。お前たちを信じているという言葉に嘘偽りはない。

 お前たちの気持ちを酌んで、しばらくの間休養を取らせてもらうとしよう」

 アトライアスは、休暇に出るため、二―ベルン城にある転移ゲートをくぐる。




「やれやれ、ようやく行ったか。全く、大将の心配性にも困ったもんだぜ」

 ガウルが大きく息を吐くと、カエリウスが不謹慎と注意をする。

「陛下は真面目なお方なのだ。お前も解っていよう? そういう方なのだ」

「……ちっ、おめぇに言われるまでもねぇよ!」

 バツが悪そうに舌打ちするガウル。カエリウスはにこやかに鼻を鳴らす。

「カエリウス、相手にするだけ無駄ぞよ? この脳筋は悪ぶるのを美徳と勘違いしておるからの」

「この女狐、ケンカ売ってんのか!!」

 メモ出す2人の仲裁をするカエリウスだったが――

「ふむ、どうやら御行きになられたようだ」

 一人の老人がやってきたことで、仲裁をやめた。いや、正確には仲裁の必要がなくなったのだ。

「いっ――グランツェルのじいさん!!」

「グ、グランツェル様!?」

 一人の紳士風の老人に背筋を正す、ガウルと翁姫。心なしか、焦っているように見える。

「老、はい。ただいま発たれました」

 唯一、先ほどまでと変わらない様子で対応するカエリウスは、的確に事実を伝える。

「今回はご協力ありがとうございました。おかげで陛下に休日を取っていただくことが出来ました」

 一礼するカエリウス。翁姫とガウルがぎこちない礼でそれに続く。

「何、気にすることはない。陛下に休んでいただきたいのは私も同じだ。あの方は昔から、休むということを知らぬ方だからな。我々がどこかで強制的に休日を与えなければならない。

 隠居した身であの方のお役に立てるのならば、喜んで協力もしよう」

「有難うございます。しかし、また隠居した身などと……

 まだまだ、我々3人よりも、老御一人の方が何倍も陛下のお役に立ちますよ」

 へりくだるわけではなく、事実を告げる様に話すカエリウス。

 グランツェルは笑い。

「世辞は要らんよ。世辞でないのならもっと要らんがな。

 ――3魔将が隠居一人に頭があらないのでは冗談にもならない」

 ごもっともで、カエリウスが苦笑する後ろでガウルと翁姫がビクリと身体を震わせる。

「カレンツィア、ギュレッド、早くしなさい、陛下が行ってしまわれます!!」

 ふと、かけてくる足音が聞こえ、4人の意識がそちらに向いた。

「この声は――」

「フェルマか」

 城の奥から駆けてくる白いローブを被った少女の姿に声を上げるカエリウス。

 後ろから現れたその姿に、グランツェルは振り返り、手を背で組みなおす。

「どうした。何をそんなに慌てている」

「!? グランツェル老!!」

 慌てて姿勢を正した白いローブの少女、背にはカエリウスと同じく黒い羽が生えていた。

「あら、老もお見送りですか?」

「グランツェルサマニ、ケイレイ」

 続いて現れた黒い司祭服を纏った悪魔の女性と、ゴーレムもグランツェルに姿勢を正し、挨拶をする。

「うむ。私も、と言うことは休暇に入られる陛下をお見送りに来たのか?」

「は、はい」

「しばし、陛下にお会いできなくなる故、御挨拶をと思いまして」

「カエリウスサマ、ガウルサマ、オウキサマニケイレイ」

 突然押し寄せた7将のうちの3名はそう答える。

「そうか、だとしたら残念だった。陛下は先ほど、お出かけになられた」

「え!? カエリウス様、本当ですか!?」

「ここで私がお前に嘘をつくメリットは何だ、フェルマ」

「えっ……えっと……」

「ありませんね。――そうですか、少し遅かったようですね、ギュレッド」

「ヘイカ、ミオクレナカッタ、ザンネン」

「もう、2人がゆっくりしてるからですよ!!」

 3名は落胆した様子でそう話す。

 少し城を離れるというだけで、重要な役割を持っている幹部が仕事を投げ出しやって来る。

アトライアスの人望の高さをカエリウスは噛み締めた。

「そうか。まあ、今回は残念だったが、陛下はすぐに帰ってこられる。そこまで残念がらなくても大丈夫だろう」

 なんだかうれしくなり、気付くと、そんなことを言っていた。

「? しかし、カエリウス様、陛下は長期の休暇を取られるはずでは?」

「ああ、その予定だ。しかし――」

「『円卓』の本会議には一旦帰ってくんだろ。大将は、通常会議はホッぽり出してるみてぇだが、本会議は休んだことがねぇからな」

「そうじゃのう。その時にまた会えるじゃろうて。じゃから、カエリウスの言う通りそんなにがっかりすることもなかろう」

「そうですか、ではその時に」

「オレ、ヨテイアワセル」

「わ、私も――」

 いくら魔界が広いと言っても、これほどまでに人望のある魔王は他に居ないだろうとカエリウスは思った。恐らく、都合が付かなかっただけで、多くの配下が、この場に居合わせたいと望んでいたはずだ。

 ――だからこそ、この体制を壊してはいけない。そのために自身が頑張らねばならない。

「…………」

 そう思いふと、ある場所を見つめるカエリウス。

 グランツェルはそんなカエリウスを見つめ、その心を見透かしたようだった。




 さて、勤勉なアトライアスが何故今回休暇を取ったのか?

 それはカエリウスたちに勧められたというのもあるが――勿論、他にも理由がある。

 思い起こせば数日前、ヴァルヴェロがやってきたときのことがその大きな要因だ。

 ヴァルヴェロの要求を断ろうと思ったアトライアス、しかし、彼の持っている技術の厄介さから、言葉を選ぼうと考えていた。どうすれば、穏便に断れるであろうかと……

 そこで耳打ちされた。「この技術を使えば、人の生活を直接見ることが出来る」と。

 現在アトライアスは地上の支配者だ。しかし、実際にアトライアスは人間の政治に関わったりはしていない。

 魔界から必要とされる物資を必要なだけ人間に供給させること、これがアトライアスが魔界から要求されていることだ。これを成しえている限り、アトライアスは魔界からなんの文句もつけられない。よって、アトライアスは魔界で必要な資材を税のようなものとして人間たちに納めさせている。

 地上の支配者と言われているが、やっているのは要約してしまえばこれだけだ。他は人間たちの自由にさせ、文句があると言って反乱を起こせば、力で鎮圧する。後は、その行いが円滑に行われ、問題なく供給が出来る様に監視する、程度がこの100年アトライアスがやっていることだ。

 何故支配した相手にこんな生易しい条件なのかと言うと、それはアトライアスが人道的な悪魔だからである、としか言えない。

 人は悪魔と比べれば下級種族で、取るに足らない愚かな存在としながらも、意思も自我もある彼らを奴隷のように扱うのは抵抗がある。これが、アトライアスの考え方だった。

 王としての価値観もあっただろう。アトライアスにとって王は民のために存在し、民を守り、導くもの。広い意味で言えば、支配された人間も、民なのだ。

 こんな考え方をしているから、ヴァルヴェロからは魔王には向かないと言われ、魔王の友人からも「何故魔王になったのか?」と聞かれる始末なのだが……、そんなことを言われてもそれがアトライアスなのだから仕方がない。

 アトライアスは王として、民(人間)に一番被害の少ない方法で必要物資を調達しているのだ。

 ――もっとも、回収している物の中には生きた人間(中には下級悪魔の繁殖用に若い娘等)も含まれている。血も涙もない魔王として、民(人間)からは忌み嫌われてしまっているが、それはそれだ。

 そんなアトライアスは以前から、自分の行いでどの程度人間側に影響が出てしまっているのか知りたいと考えていた。数字上の情報はカエリウスたちが調べ解っている。人口は現在も平行線で、別に衰退するほどの被害は出てはいない。

 アトライアスが知りたいのはもっと詳細な、悪魔では知りえない人の生活実態と言うものだった。

(やれやれ、私としたことが欲に駆られ、ヴァルヴェロの提案を呑んでしまった。何ということか……まあ、ヴァルヴェロも老紳士に化けて、両者合意の上で――と言っていたしいいか。

 ――たまには師を立てることも必要な事だ)

 自信を正当化して、地上に降り立つ。

 カエリウスたちには魔界に戻り骨休めを、などと言っておいたがそれは真っ赤な嘘だ。

 誰の気配もなことを確認し指輪をはめる。アトライアスは人へと変化した。

「ふむ、問題はなさそうだな」

 姿を確認する。以前変化した人間の姿へと変わっていた。

「確かヴァルヴェロの話では、人化にあたり、装備品にも変化が起きるとか……

私の装備品は悪魔のみが使用可能である魔界特有のものが多いからな。物によっては変質して、姿が変わったり弱体化しているらしい、おかげで見た目も大分様変わりしていて、変装の必要もなくそこは良いのだが――」

 アトライアスは背中に装備された大剣に目を向ける。いびつな形をした刀身が身の丈ほどある大剣だ。悪魔の姿の時は普通の大きさの剣だと思っていたが、こうして人の姿になってみると、その大きさがよく解る。

「この剣だけはそうはいかんか。まあ、そうだろうな……この剣は特別製だ。いくらヴァルヴェロの技術が優れていても変質など起きるはずはないか。しかし、これでは――」

 この剣、『魔装アクティム』は魔王アトライアスの代名詞と言えるものだ。こんなものを持ち歩いていては、「私はアトライアスです」と言っているに等しい。

 どうすべきか……、アトライアスは考え、ひらめいた。

 そういえば、いいものがあった。空間魔術を使用し、自室と空間をつなぐ。アトライアスの常用している空間魔術の1つには倉庫として指定されている自室と今いる自分の場所を極小のワームホールのようなものでつなぎ、そこから必要とするものを引っ張り出したり、格納したりすることの出来るものがある。アトライアスの魔力を読み取り、それを鍵として倉庫と自分とをつなぐ空間魔法、これによりアトライアスはアイテムを所持していなくても、またどこに居ても一定数のアイテムや物資を所持しているのと同等の効果を得ることが出来ていた。

「繋がったか。魔力の総量が減っても、性質が変化していないのは助かるな」

 アトライアスはワームホールに手を突っ込むと、そこから大きな布のようなものを取り出した。

「これだこれだ。以前レキウスの奴から巻き上げ――もとい、譲り受けた魔具。これなら……」

 アトライアスは出てきた大きな布を剣にかぶせた。すると、布はひとりでに、大剣を包み込み、人と化したアトライアスの背中に装備される。

「よし、これなら問題ないだろう。これだけの剣だ、多少目立つかもしれんが、見えなければ問題はない。流石に、アクティムをどこかに置いておくわけにもいかんしな」

 念入りに確認し、自身でOKを出す。そしてワームホールを閉じようとして……

「おっと、いかん。アクティムを隠したため武器がない。アクティムで戦ったのでは隠した意味もないな。……ついでにそれなりに装備も整えておくか。人間の前でこれを開いては不信感を持たれかねん」

 森の中で一人装備確認するアトライアス、「一応、左目も隠しておくか、フードは……この変化したストールで何とかなるか……」などとのんびりと身支度を整え。

「――よし、こんなところだろう」

 完成したときにはそれなりの旅人のような仕上がりになっていた。――ただ、悪魔のセンスまでは隠せず、やや怪しい感じになってはいたが……

「さて、ではどこに向かうかだが……」

 先ほど引っ張り出したばかりの地図で、現在地を確認、付近に村があることを知る。

「まずはこの村に行ってみるのがよさそうだな」

 二―ベルン城とは別の大陸にある、山村の集落ともいえる小さな村。そこを第一の目的地として、アトライアスは進み始めた。


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