賢者を求めてー3
意識の隅で声が聞こえた。
「あの悪魔については解らないことが多い、とりあえず倒したことは村人達には伝えないでおこうと思う」
「あそこで石化しているひとたちは……」
「あきらめるしかないだろう。何分時間が経ちすぎている、解除は無理だ」
(……誰?)
また覚めることのない夢の続きかと思った。しかし――
「……ん? ここは……あれ?」
目が覚めたことに自分自身でも驚いた。周囲を見回し、現実であることを実感する。
「あ、目が覚めたんですね~」
近づいて来るエルフの少女に思わず身構える。
「あ、怯えなくてもいいですよ、もう大丈夫ですから」
そう言いながら優しく頭を撫でるエルフの少女に少し安堵した。
「きっと、怖い目に遭ったんだね、もう大丈夫だよ」
人間の少女にそういわれて近からずも遠からずだと思った。恐らく勘違いをしているだろう少女を見て呟く。
「ここは何処?」
「ここはガイナス村だよ。解るかな? ヒルベルト山脈の麓にある村なんだけど……」
聞いたことのない土地、周りの状況を見て確信する。
「私はクレハ、こっちのお姉さんはステラさん、そして――」
「シュヴェリアだ」
答えた黒い剣士の姿を見て身震いした。この剣士に見覚えがあったからだ。
「どうしたの?」
クレハと名乗った人間の少女が尋ねて来た。
「何でもない」
首を振り平静を装う。バレれば終わりだ。
「ねぇ名前、教えてもらっていいかな?」
クレハの問いに、少し考え答える。
「メル」
「メルちゃんか、よろしくね」
にこやかな笑顔を向けられ作り笑顔を返す。
視界の隅で黒い剣士が睨みを利かしているのが目に入った。
「そっか、メルちゃん自分のこと覚えてないんだね」
「はい、どうしてそんなところに居たのかも全く解りません」
部屋で食事をとりながらメルと名乗る少女の素性を尋ねた。
年の割にはしっかりしているように見える。こちらの問いに簡潔に答えていた。
「う~ん、どこかで頭でもぶつけたんですかね~」
「……どうでしょう? どう思いますシュヴェリアさん?」
少し引きつった様子でクレハが尋ねて来た。シュヴェリアは少し鼻を鳴らすと、
「そうかもしれんな」
と呟く。笑顔を浮かべるメル。――若干引きつって見えるのは見間違いではないだろう。
「でも困りましたね~ そうなると、メルちゃんの事どうしますか?」
「そうですよね、ステラさんの時のように村に連れて行くわけにも……」
これから国と生死をかけた戦いをするような場所に子供を連れてはいけない。クレハの意見はもっともだ。
「かといって置いていくわけにもいかぬのではないか?」
うーん、と悩むステラとクレハ。メルはスープを一口頬張り飲み込むと――
「あの、私の事で悩んでくれるのは嬉しいのですが、記憶がないだけで自分のことは自分で決められますので――」
と、ぼそりと呟いた。
「「そ、そう、あはは~」」
クレハとステラが引きつった笑顔を見せた。
「……」
シュヴェリアは黙って食事を続けているだけだった。
――深夜。皆が寝静まったことを確認し、彼女は動いた。
宿の机の上に置手紙を置き、外に出る。
「……今のうちに」
辺りを確認し村の出口に向かい走る。
「こんな深夜にどこに行くつもりだメル」
突然背後から声をかけられ驚くメル。恐る恐る振り返ると、そこには黒い剣士がいた。
「シュヴェリア……さん……」
彼女の背中を嫌な汗が流れていく。
「こんな夜中に、逃げる様に出ていくとはな、驚いた、記憶を失くしている奴の判断とは思えん」
「……」
沈黙を返すメル。シュヴェリアは続ける。
「本当は記憶など失っていないのだろう? お前は自分の正体を知っているからこそ、ここから逃げようとしている、違うか?」
「何を……」
話を誤魔化そうとするメルに無駄だと言い放つようにシュヴェリアは告げる。
「お前は悪魔、そうだろう?」
「!?」
メルの全身が硬直した。
「お前は誤魔化そうとしていたのだろうが、無駄だ。悪いが私は初めからお前が悪魔と解って連れてきている。ゴーゴンを倒したのは私だからな」
「ゴーゴン……」
「そう、あのゴーゴンはお前だろう? 奴を倒して中から出て来たのがお前だったのだから」
メルは息を呑むとシュヴェリアに問い返す。
「そこまで解っていて何故連れて来たんですか? 助けたなどと、仲間に嘘までついて」
「単純にお前と話がしたかったからだ」
「話? 人間のあなたが私と?」
やはり人間にしか見えんらしいな。シュヴェリアは自分を探っているであろうメルを見て口元を緩める。
「あれはなんだ? ただのゴーゴンではなかったあれは一体どういう状態だ?」
「人間のあなたに普通のゴーゴンかそうでないか区別がつくのですか?」
「質問しているのはこちらだ!」
メルは不服気に俯くと、答え始めた。
「信じてもらえることを前提で話しますが、私にもわからないのです。気付いたらあの状態であそこに居ました」
「意識はあったのか?」
「ぼんやりとは、終わらない夢を見ているような感じでした。だからあなたのことは覚えています。貴方の強さはとても強烈な印象が残りましたから」
「ふむ」シュヴェリアは口元に手を運ぶと思案を巡らせた。
「私からも1つ伺ってよろしいですか?」
メルの質問を承諾するシュヴェリア。
「話をしたいということでしたが、話を聞いた後、私をどうするつもりですか?」
「どう、か? さてどうしたものか、取り合えずお前は自分の意思で地上に出てきたわけでもなく、自分の意思で人を襲ったわけでもない。これで相違ないか?」
「はい、それは間違いないです。必要もなく他者に危害を加えるような無法ものではないつもりです」
沈黙、しばし、静寂が響いたのち。
「ならばどうするつもりもない好きするがいい」
「!? 悪魔を見逃すと?」
驚くメル、シュベリアは対照的に落ち着いた口調で答える。
「そんなに驚くことか?」
「驚きますよ! 私は悪魔ですよ、それを――」
シュヴェリアは人間に見えても中身は魔王――悪魔である。それを考えれば当然の判断なのだが――。流石に今それを説明するわけにもいかない。
「私は悪魔にも人間を害さないものがいると思っている。悪魔だからといって問答無用で殺すのは間違いだろう」
「――!!」
シュヴェリアの答えに心底驚いた様子のメルは言葉を失っていた。
メルはしばし黙り込むと、ぼそりと呟く様に告げた。
「あなたほどの実力のある方がそんな甘い考え方をしているとは、驚きを通り越して感心してしまいます」
「実力があるからこその余裕という奴だ、殺すのは敵対してからでも遅くはない」
皮肉った言い回しをするメルに皮肉で返す。メルの顔色が一層悪くなった。
「いつか後悔すると言いたげな顔だな。で、お前はどうする、その甘さにすがって生きのこるのか? それとも自らの意見の正しさを証明するために首を差し出すか?」
メルは奥歯を噛み締めると、
「私はまだ死ぬわけにはいきません、例え、情けにすがってでも生き延びなければ――」
絞るような声でそういった。
「まだやるべきことがあるようだな。ならば、ここは素直に私の懐の深さに甘んじておくがよかろう。解ったら、部屋に戻って休むがいい。悪いようにはせんさ」
シュヴェリアが宿に向かって進みだすと、メルもそれに続いた。彼女が警戒していたのはシュヴェリアのみだろう。そのシュヴェリアが無害と解ればわざわざ夜に出ていく理由はない。彼女も疲労困憊の身なのだから。
こうしてこの日の夜は過ぎて行った。




