エルフの少女ー3
「……例のエルフを逃がしただと?」
交易都市ハーペンのとある執務室でその声は響いた。
「ああ、さっき連絡があったそうだ。輸送中に逃げられたらしい」
身なりのしっかりとした初老の人物に答えたのは、傭兵と思しき男。畏まることなく、堂々とした様子で初老の男性に向き合っている。
「……ちっ、これだから掃きだめの連中は当てないならんのだ」
初老の男は悪態をつくと執務室の椅子に深くもたれかかった。
「ならなんで連中に全て任せたんだ? そんなに大事なら、こっちで引き取りに行けばよかったんじゃないのか?」
傭兵の男は呆れる様に腕を組んで尋ねた。
初老の男はうんざりした様子で答える。
「私も出来ればそうしたかった、ただ、王女様が来るというのに、出迎えをしないわけにもいかんだろう?」
初老の男の言葉に傭兵は「ああ、なるほどね」と言いたげに視線を窓の外に向けた。
窓の外では高そうなドレスに身を包んだ女性が付き人たちと共に建物の見学をしている様子だった。
「――で、王女様は何をしに来られたんで?」
傭兵の男が尋ねると初老の男は、
「表向きは”管理する領地の視察”ということになっている」
と、少し皮肉った様子で答える。
「表向きね……」
傭兵の男は察したような視線で初老の男性を見た。
「……なんだ?」
「いいや、何でも。契約上、契約者が何をしてるか探りは入れないって約束だからな」
大方見当がついたらしい傭兵の男は少しふざけた様子で問いかけに答えた。
それを察した初老の男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「それで、どうするんだ? まさかこのまま『放置』とは言わないんだろう?」
「無論だ、せっかく見つけた逸品必ず取り戻す!」
初老の男は立ち上がると、傭兵の男に指示を出した。
「例のエルフを必ず見つけて取り戻せ! 手段は問わん!!」
――交易都市ハーペン、大通り
クレハと並び歩くシュヴェリアは、彼女の才能を目の当たりにしていた。
「あ、こんにちは」
シュヴェリアの見知らぬ女性が声をかけて来た。こんな怪しい剣士にあんなに親し気に挨拶をする人間がこの街にはいるのかと、一瞬戸惑っていると――
「こんにちは」
クレハがすかさず挨拶を返す。挨拶をしてきた女性と同じく、親し気な表情で。すぐに、彼女はクレハに対して挨拶をしたのだと気が付いた。
「ああ、なるほど……」と思い歩いていると、またすぐに同じ現象が起きる。それが終るとまた次に、次に、と。文字通り次から次に挨拶が返って来た。流石に全員がクレハの名前まで知っているわけではなさそうだが、皆、顔見知りに声をかける様に挨拶をしていた。
この街に来てまだ1週間、にもかかわらず多くの人がクレハと顔見知りになっているようだった。
「……いつの間に」
シュヴェリアが驚いている間にも多くの人がクレハに挨拶を返して来る。
ここ数日、クレハを連れての情報収集がどうにもうまくいくと思っていたが、そういうことだったのか。
どうやらクレハには人と仲良くなる、もしくは惹きつける才能が有るらしい。
にこやかに周囲に挨拶を返すクレハを見ていると彼女は「どうしたんですか?」と疑問を返してきた。
彼女にとってはこれがいつもの事らしい。もしかすると、自分も彼女のこの才能に充てられてしまったのかと感じた。
まあ、本人は気づいていないようだが、情報収集という面でこの才能は非常にありがたい。変に意識させて発揮できなくなっても勿体無い。シュヴェリアは「いや……」と何でもないように装い。再び大通りを歩く。
ステラを助けてから1週間、彼女と関わったことでこの街での予定が多少変更された。
現在の目的は2つ、情報の収集とステラの呪いの解呪だ。幸い、彼女の怪我の具合は大したことはなく、この1週間で彼女の足の傷はすっかり癒えた。自由に動けるようになった彼女は現在宿屋で絶賛退屈中だ。
情報収集はというと、先に言ったようにクレハのおかげでだいぶ進んでいる。情報屋の名前が何人か上がったので、今夜にでも会いに行き、情報を吸い出そうと考えているところだ。
残る一つ、問題のステラの呪いの解呪だが――、こちらは難航している。未だにどんな種類の呪いなのかも解らない。恐らく、食事か何かに混ぜられて盛られたというのがかけられた経緯いなのだろうが、それ以外はまるで解らない。正直手詰まりである。シュヴェリアも治療や解呪については専門外、多少知識がある程度だ。二―ベルン城に連れて行き医療担当の部下に解呪させればすぐなののだが……それは流石に駄目だろう。シュヴェリアの正体もへったくれもない。
あと手があるとすれば――
(かけた本人を捕まえることか)
ステラを売ろうとしていた人身売買組織を捕まえ、解呪させるもしくは方法を聞き出す。これしかないだろう。だが、国の中枢とつながっているかもしれない組織だ。接触には注意を払わなければ面倒な事になりかねない。
(ステラには悪いが今は情報収集を優先させてもらおう)
物騒な連中に手を出すのは村に戻る直前の方がいい。シュヴェリアが考えをまとめていると不意にクレハと視線が交わる。
「シュヴェリアさん、どうかしましたか?」
どこか不安げなクレハ。シュヴェリアがずっと考え事をしながら歩いていたので何か問題があったのかと心配させてしまったようだ。
「すまない。今後のことについて考え込んでしまっていたようだ」
クレハの不安を払拭するようににこやかに言い放つシュヴェリア。
その様子にクレハも安心したように頷いた。
「ところで、君が言っていた『賢者』の話をしてくれた老人というのは……」
「はい、この家のおじいちゃんです」
いつの間にかたどり着いていた民家を眺めシュヴェリアは尋ねる。
クレハはにこやかに頷き、入口へと向かった。
「もう一度話気を聞かせてくれるといいんですが……」
クレハはやや不安そうな表情で民家の扉を叩いた。
「おや、あんたは一昨日の」
「こんにちはおばさん」
民家のドアを叩くと恰幅の良い中年の女性が出て来た。
「今日はどうしたんだい?」
そう尋ねる女性に理由を話すクレハ。中年の女性が、変わったものを見るような目線でシュヴェリアを眺めた。
(まあ、そうなるだろうな……)
シュヴェリアは気まずそうに視線を泳がせた。
ことの始まりは一昨日、クレハが道で迷子になっていた老人を助けたことから始まる。迷子の老人、つまりは認知症の老人だ。帰り道を忘れたその老人をクレハが家まで送り届けた。まあ、そこまではクレハによくある人助けの話だ。見知らぬ老人相手にそんなことをしてやったとは流石はクレハと言えるが、あえて再び訪ねるようなことはなかっただろう。ただ、その時クレハが老人から聞いた『賢者』の話が引っかかった。
『賢者』とは人でありながら人の枠から外れた存在。数百、数千の時を生きる力を与えられた人間の事である。並外れた魔力を宿し、知識を持つ存在で、魔王が今もっとも警戒しなければいけない人間の事である。
かの老人は昔、その『賢者』に助けられたらしい。――クレハが帰って来るなり、『賢者』の存在を確認してきたので詳しく聞いてみるとそういう話だった。
当てのない話だ、認知症からきた老人の戯言の可能性もある。しかし、行方のしれない『賢者』の数少ない情報、不確かなものだとしても手に入れておきたい。故に今日改めて尋ねることにした。
怪しげな風貌の剣士一人で、認知症の始まった老人に話しを聞きたいなどと言っても門前払いに合っただろうが、その老人を助けた少女と一緒ならば断わられる可能性は少ないだろう。
案の定、中年の女性は渋々ではあったが話を聞くことを了承してくれた。
……さて、問題はここからだ。
「もう飯の時間か?」「ご飯はさっき食べたでしょ」こんなお決まりの会話をしている老人からどうやって話を聞き出すか――
クレハとシュヴェリア、机を挟んで老人とそれを介護する中年女性、この並びで座った4人の間で独特な空気が流れた。
まずはシュヴェリアが正攻法で尋ねてみる。
「老人、私はシュヴェリアというものだ。『賢者』についてご存じの情報を教えてもらいたい」
大きな声でハッキリと言い放つ。まさか『賢者』などという夢物語の存在について尋ねられるとは思ってもいなかった中年の女性が目を丸くした。女性の不信感がさらに増したのを感じる。
対して老人はというと――、しばらく時間を置いたのち「飯は食べとらん」と言い出した。
ファーストコンタクトは失敗である。
「う~ん、やっぱり難しいですよね」
クレハがシュヴェリアに耳打ちしてきた。
「私も案内中に一回だけ意識がはっきりしたみたいになってその時聞いただけなんです」
呟くクレハに頷き、2度目のアクションを起こすシュヴェリア。同じように意味をなさない会話が繰り広げられるだけだった。シュヴェリアはあきらめず、3度目のアクションを起こす――
――何度も同じような会話を繰り広げるシュヴェリアと老人、時間だけが刻々と過ぎて行った……
やがて中年女性が席を外し、クレハも眠そうに身体を左右にゆらゆらとさせ始める。それでもあきらめないシュヴェリアは――
「老人『賢者』について知っていることを教えてくれ!」
指にはめた指輪に願う様に訪ねた。
「…………」
老人はしばし沈黙し――
「あれはワシがまだ二十歳ぐらいの時じゃった――」
老人が話始めた。
「!? シュヴェリアさ――!!」
目を覚ましたように飛び起きるクレハを静止し、シュヴェリアは老人の話に耳を傾ける。
「以外にかかったな――」
老人から話を聞き終えたシュヴェリアはクレハと共に街のベンチに腰を落とし、疲れた身体をゆだねた。すでに日が落ちかけている。
「でも何とか目的の話を聞けましたね」
クレハの微笑みに微笑みを返すシュヴェリア。
「運よくおじいちゃんが意識を取り戻してくれてよかったー」
ベンチにもたれかかり伸びをするクレハを見てシュヴェリアは鼻を鳴らす。
(運よく、か。まあ、確かに運よくだな)
シュヴェリアは右手にはめた指輪を見て笑う。いつもははめていない指輪がそこにはあった。
――魔具『正答の指輪』ヴァルヴェロの作った魔具の1つでどんな相手からでも必ず質問に対し、正しい答えを得ることが出来るものである。問題があるのはそれが、得られるのは確率で、ということだろう。状況によってはそれが嘘なのか真実なのか判別が難しい場合もあるし使いどころなどないと思っていたのだが……
(今回はこの指輪に助けられたな)
魔法を使い真実を言わせようにも、ボケている相手には真実も何もない。必要な答えを吐き出させることが出来なかっただろう。この指輪がなければ必要な答えを聞くことが出来なかったかもしれない。
まさか役に立つことなどないと思っていた師の作品にシュヴェリアは驚くばかりだった。
「どうしたんですか? 何か嬉しそうですね」
不意にかけられたクレハの言葉にシュヴェリアはギョッとした。
「……そうか?」
「はい」
にこやかに笑うクレハにシュヴェリアは眉を引きつらせる。
まさか、ヴァルヴェロ(師)の作品が役にたってうれしかった? いや、そんなはずは――
シュヴェリアは難しい表情で夕日を見上げたのだった。




