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エルフの少女ー2

「………………………………………………………………………………」

 「お早う、クレハ」客室のソファーから目覚めたクレハに声をかけると彼女はにこやかに振り返り、もう一つのベッドに挨拶を返そうとする。「お早うございます、シュヴェリアさ――」そこまで言って彼女は笑顔のまま固まった。

 そこに眠っていたのは見知った剣士ではなく、見覚えのない少女だったからだ。

「――――誰????」

 クレハの頭の中にクエスチョンマークが渋滞した。

 何故見も知らない少女がシュヴェリアのベッドで眠っているのか、まさか――

 クレハの顔がだんだんと赤くなっていく。彼女の想像が飛躍を開始した。

「どうした、クレハ?」

 様子がおかしいクレハを見てソファーから立ち上がったシュヴェリアがクレハの元へと近寄る。

「わ、私が寝てる横でなんてことしてるんですかぁぁぁ!!」

 近づいて来るシュヴェリアの存在に気付いたクレハが顔を真っ赤にして、涙目で叫んだ。

「は?????」

 いわれのない叫びを受けてシュヴェリアがとぼけた声を上げる。

「ひ、酷い、こんな人だと思いませんでした!!」

「な、なんだ、どうした!? 落ち着け!!」

 目尻に涙を浮かべたクレハは、力一杯瞼を閉じると、枕を掴んで振り回し始める。慌てて制止するシュヴェリアだがクレハは止まらない。

「最低、人でなし、淫魔!!」

「い、淫魔?? 待て、何を勘違いしている!!」

 どこで覚えたかも解らない、おおよそクレハの口から出るとは思えない言葉でようやく何を勘違いしているかに気づいたシュヴェリア。慌てて再度の制止を試みる。

「うわーん、おばあちゃん、シュヴェリアさんは酷い人だったよー!!」

「ええい、何故、そんな飛躍した発想になるのだ! いいから落ち着いて話を聞け!!」

 周囲の客室からうるさいと注意を受けても仕方のないボリュームで言い争う二人。

 同じ部屋の中でそんな言い争いを聞いていては寝ていることなど不可能だ。エルフの少女は目を覚ます。

「ん? ――ここは……」

 目を覚ましたエルフの見たものは、枕を振り回す人間の少女とその枕を制止しようとする剣士だった。

「……あれ、剣士さん??」

 目覚めたエルフの少女の言葉に気づき振り返るシュヴェリア。

「起きたか――」

 ようやくクレハから枕を奪い取るとシュヴェリアはクレハを放置してエルフの少女に向かい合う。余計にクレハの機嫌が悪くなるのは明白だったが、手が付けられないので一先ずそうした。――彼女の口からクレハに事情を説明させるために。




 ベッドに正座をしたクレハは深々と頭を下げた。

「誠に申し訳ありませんでした」

 シュヴェリアに向けて深々と下げられた頭。――それはそれは綺麗な土下座だった。

「いや、解ってくれればいい」

 あまりの綺麗さに少し戸惑ったシュヴェリアは引きつった表情でそういうと、クレハに頭を上げる様に促す。

 なかなか頭を上げないクレハ。

 顔を真っ赤にした彼女はまるで合わす顔がないと言わんばかりに土下座を貫く。

 エルフの少女のおかげで何とかクレハに昨晩の出来事を説明することが出来た。勿論、情報屋に会いに行ったこと、追っ手を全員殺めたことなどはぼかして伝えた。クレハの印象が悪くなるのはシュヴェリアとしても避けたいところだったからだ。

 何はともあれおかげで誤解が解け、このような状況になっている。

 シュヴェリアは息を吐くと、部屋のソファーに戻り腰を下ろした。

「あの――」

 話がひと段落したところでエルフの少女が声を上げた。

 土下座したまま視線を少女に向けるクレハとシュヴェリア。

「昨晩は助けていただいて有難うございました。助けて頂けていなければ今頃どうなっていたか――

 本当に有難うございます」

 今度はエルフの少女がベッドの上で深々と頭を下げる。彼女は頭を下げながら小刻みに震えていた。泣いていたのだろう。その様子に顔を見合わせるクレハとシュヴェリア。

「気にすることはない」

「シュヴェリアさんが偶然通りかかってよかったですね。他の人では助けられなかったかもしれません」

 優しい言葉をかけられ、少女は顔を上げ涙をこぼしながらにっこりと笑った。

 その様子に胸をなでおろす。

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったですね。私はクレハと言います。こちらは――」

「シュヴェリアだ」

 クレハに促され自己紹介をするシュヴェリア。

「私はステラと言います。お気づきのとおりエルフです」

 ステラは名乗り、耳を見せて自己紹介をする。

「エルフ――本当に居たんだ……」

 クレハがもの珍しそうにステラを見ると、彼女は少し得意げに耳を動かして見せた。

「確か聖公国クレステンだったか、あのあたりに集落があるという話だったが、そこから連れてこられたのか?」

 「何故それを!?」シュヴェリアの言葉にステラは驚きを見せる。

「聖公国クレステンってここから海を挟んで北西にあるという自然との調和を目指したという大国ですよね。あの国の近くにエルフの集落があるんですか?」

 クレハとステラの反応を見てシュヴェリアは「しまった」と口を紡ぐ。魔王としての立場からエルフの集落の場所を知っていたが、よく考えればエルフの集落は隠れ里、つまりは存在をおおぴらにされてはいない場所、一介の旅人が知っているはずもない場所だ。

「あ――」

 なんとか誤魔化さなければ――、シュヴェリアは言い訳を考える。

「実はエルフの知り合いがいてな、昔、あの近くが出身だと聞いたんだ」

 そういうとステラの顔が曇った。

「……うーん、集落の場所はエルフ内でも最大の機密扱いです。部外者にいうなってこと、うっかりしている私でもないですよ」

(……まずい)

 シュヴェリアの額を嫌な汗が流れる。そういえば、エルフは秘密主義であまり他の種族と関わらないようにしているとカエリウスが言っていたのを今思い出した。

 ――これは悪手だった。シュヴェリアが新たな言い訳を考えていると……

「でもシュヴェリアさんなら教えてもらってもおかしくないんじゃないですか? とても頼りになるし、良い人ですし」

 クレハがそんなことを言いだした。

「昔何かあって、その時に助けられたエルフの人が信頼の証に伝えたとか……」

 おいおい、なんだその理由は――

 一体クレハの中で自分はどれほどの存在にされているんだ? とシュヴェリアはむず痒くなる。――ステラの方を向くと……

「……なるほど、確かにあるかもです」

 何故か納得していた。

(いいのかそんな理由で……)

 さらにむず痒くなり頬を掻くシュヴェリア。

 まあ、それなら仕方ないと、話を続けるステラ。

「はい、私はエルフの集落から来ました。正しくはとある事情でエルフの集落から出ていてそこに帰る途中でさらわれてしまったのですが……」

 耳を垂らしてしょんぼりとするステラ。何とも哀愁漂う姿だった。

「なるほど、そこで君をさらった人間が奴隷商人だったという訳か」

「そうです。うっかり捕まってしまって売られるところを途中で逃げだしたんです。そこをシュヴェリア様に助けてもらいました」

 ……様? 自分の敬称を疑問を思いながらもシュヴェリアは話を続ける。

「ということは君を買い受けようしていたものはこの街にいるということか?」

「はい、そう聞いています。この街の領主さんだとか……」

 そういえば、彼女を追っていた連中がそんなことを言っていた。領主への貢ぎ物とかなんとか。

 シュヴェリアは腕を組み考える。

「ふむ、君はこれからどうするつもりだ?」

 シュヴェリアの問いにステラは少し戸惑う。

「集落に帰れるのなら帰りたいですが……」

 残念ながらそれはかなり難しいだろう。それを行うにはまずこの国を出なければならない。奴隷の証ともいえる拘束具は助けてすぐに外してしまったが、それでも身元不明者であることは間違いない。さらわれて商品として入ったときとは違い出るのはかなり困難だ。おまけに買い受ける人間が領主だというのも具合が悪い。奴隷商人の顔が国の中枢に効くという何よりの証拠なのだから。最悪、国を出る際に見つかりまた奴隷に逆戻りかもしれない。勿論普通にこの国で暮らしていくのも無理だろう。逃げ出した奴隷とバレればそこで終わりだ。

 ステラもそれが解っているのだろう、彼女からは絶望感が伝わって来る。

「あのぉ……」

 暗い空気に気を遣う様にクレハが手を上げた。シュヴェリア、ステラの視線がそちらに向く。

「もし行くあてがないっていうのなら、うちの村に来てもらったらどうでしょうか?」

 クレハの提案にステラは目を丸くした。すぐに制止するシュヴェリア。

「待て、クレハ我々はこれから反乱を起こそうとしているのだぞ? それを――」

 シュヴェリアの言葉をもっともですと頷くクレハ。彼女は続けた。

「はい、だからそれをしっかり説明してそれでも良ければ――ですが」

 口元に手を当て考えるシュヴェリア。

(確かにエルフの戦力は魅力的だ。いかに非戦闘員だろうとも、並みの人間よりは遥かに役に立つ……)

 クレハはそんなことまで考えているわけではなく、単なる人助けで行き場のない人に声をかけたに過ぎないだろうが。

「いいだろ――」

 言い切る、前に「きゅるるる~」という音が聞こえた。音の方を向くと、ステラが恥ずかしそうに腹部を押さえている。

「す、すみません。ずっと最低限の食事しか与えてもらってなかったもので……」

 シュヴェリアと、クレハは苦笑した。

「まずは食事にしましょうか、食べながら私たちの状況をお話ししますよ」




 なるほど、走る姿に力がなかったのは空腹のためだったのか。

 ステラの食事の様子を見てシュヴェリアは思った。彼女の食事の様子はいたっておしとやかでまったりとしている。――口に吸い込まれていく食べ物の”量”を除けば、だが……

「……ゴクッ……すごい食欲……」

 クレハが驚きのあまり息を呑み込んだ音が聞こえた。

 一体どこに入ってくのだろう、緩やかな動作で胃袋を壊滅させかねない量の食物が華奢な身体に吸い込まれていく。

「「…………」」

 シュヴェリアとクレハは目の前の光景にただ茫然とするしかなかった。

「は!? す、すみません、私ったらつい夢中になってしまって~~」

 にこにこしながらチキンを頬張っていたステラがふと2人の視線に気づき動きを止める。真っ赤な顔でチキンを持ったまま言い訳をする彼女に「そうですか」と淡泊な反応を返す2人。

「あ、話は聞いてましたよ『村狩り』からご自身の村を護るためにサダムスト帝国と戦われるのですよね?? はい、ちゃんと聞いてます。

 私はサダムスト帝国に恨みがあるわけではありませんが、そんな話を聞いたら黙っていられません。出来る限り協力させてもらいます!」

 力説するステラは女の子らしく握った両手を胸の前で合わせて意気込む。――その手にはまだチキンが握られていた。

(話を聞いくれてたかどうかは――)

(――さして問題ではなかったのだが……)

 クレハとシュヴェリアは心の声をリンクさせ、奮起するステラを見つめた。

「そ、そうか……力を貸してもらえるのなら有難い。ならば、この街での調査が終わり次第、君を連れて村まで戻るとしよう」

 空気を変える様にシュヴェリアが仕切りなおすと、クレハもそれに頷いた。

「解りました。でも、ここに居る間は――」

「ああ、君はこの部屋を出ない方がいいだろう。追手があれだけとは限らないからな」

 シュヴェリアの言葉にステラは不安そうな表情を浮かべた。

「大丈夫ですよ。どんな人が来ようと、シュヴェリアさんが居れば返り討ちにしてくれますよ」

 そんなステラを気遣う様にクレハが言葉をかける。

 ステラは嬉しそうに頷き、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「よし、では今後の方針は決まりだな。靴は用意をするとして、さて――では後の問題は……」

 シュヴェリアはステラを一通り眺め口元に手を運ぶ。

「足の傷と、呪いだな……」

「!?」

「……呪いですか?」

 驚くステラと、疑問の声を上げるクレハ。シュヴェリアは続けた。

「ああ、ステラは何か呪いをもらっている。恐らく、反抗されないための手枷の1つなのだろうが……」

 身体能力の低下は軒並み見られない、おそらくエルフの強い魔力を封じるための呪いだろう。

「……すごい」

 シュヴェリアの言葉に、ステラは呟く。

「私自身でさえ気づくのに時間がかかったのにすぐに解ったなんて、シュヴェリア様、魔法にも精通されているのですか?」

(あ……)

 しまった。例の盗賊団の件で魔法関係の能力は隠そうとしていたことを思い出した。もういいかとも思ったが――

(ステラの反応を見るに隠した方がよさげだな……)

 剣術と魔術どちらも使える人間がいるのは珍しくない。問題なのはそのバランスだ。人間のレベルでシュヴェリア並みの剣術が使え、魔法の知識まであるとなるとこいつは何者だという話になる傾向があるのは解ってきた。ここで実は魔法が使えますと暴露すれば、シュヴェリアの評価はたちまち爆上がりし、そういう噂が広がる。ひいてはカエリウスの耳に入ることとなり――

「た、多少知識があってなそんな気がしたというところだ」

 やはり誤魔化すしかないという判断になった。

「勘……ということですか?」

「ああ……」

 少し訝しげ《いぶかしげ》なステラから視線をそらし頷くシュヴェリア。

 ステラはどこか納得がいってない様子だったが――

「じゃあ、本当に呪いにかかっているんですか?」

 クレハの問いに頷き、話を始めた。

「はい、何かの呪いにかかっているのは間違いないと思います。でも、どんな呪いか、どうやってかけられてのか解らないんです」

「その様子だと、いつかけられたのかも解っていなさそうだな」

「はい。ただ、効果はなんとなく解りますシュヴェリア様の仰ったとおり魔力を封じるものだと思います」

「……つまり、ええーっと……」

 シュヴェリアとステラの話を聞き、クレハは答えを模索する。

「ステラさんは魔力に長けたエルフでも正体の解らない呪いで力を封じられていて、その呪いを解かないといけないってことですよね?」

「ああ、その呪いの正体を突き止めた後でな」

「……すごく難しそうですが……出来そうですか?」

「善処はしよう」

 シュベリアは簡潔に言い切るとステラに視線を向ける。

「どのみち裸足で逃げたときに負った傷も癒えていない。靴があってもそれではろくに歩けないだろう。しばらくは安静に、だな」

 シュヴェリアがほほ笑むと、エルフの少女は少し照れくさそうに笑みを返した。





 

 

 


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