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少女の想い

 ――数時間後。

(…………む?)

 街で話を聞いて歩き回っていたシュヴェリアはふと隣を歩くクレハの足取りに違和感を持った。

 明らかに足取りが重い。どうしたというのか?

「? シュヴェリアさんどうかしましたか?」

 シュヴェリアの視線に気が付いたクレハは何気ない様子で振り返る。

「…………いや」

 その様子に思い違いかと思ったのだが――

(――気のせい……ではないな。間違いなく足取りが重い)

 街に入り、情報収集を始めてから数時間。クレハの体調を気遣い何度か休憩を取ろうと促したが、そのたびにクレハはまだ大丈夫といい。結果、休憩は一度も取っていなかった。

 疲れたら言う様に促したのだが……

(彼女の性格を考えれば、疲れたからと言って、泣き言を言ったりはしないか……)

 表情は平常を保ってはいるが、どう見ても体の方が限界を迎えている。

 よくよく考えれば、早朝に村を出てから、ずっと歩きっぱなしだ。食事も歩きながらだったし……

 申し訳ないことに、シュヴェリアには人間の体力の限界と言うのが解らない。正直、この程度の事なら今の状態――人間の姿――でも3、4日は休みなしで行けるからだ。

だが、普通の人間の、それも少女の体力でそれが出来るはずはない。――それぐらいは解る。

 故に、疲れたら疲れたと言って欲しかったのだが……

(歩いてはいるが、動くたびに脚が小刻みに震えている。どう見ても限界だな)

 むしろ、この状態で、どういう心境であの表情を作っているのかが解らない。大した精神力だ。

シュヴェリアはクレハを先導するように速足で噴水のある広場に向かう。この広場に面したオープンカフェを先ほど見つけていた。

「クレハ、少し休憩にしよう」

「え?」

 クレハに休憩を促すシュヴェリア。すると、クレハは胸の前でファイティングポーズのように手を構え、やや引きつった表情で「まだ行けます」オーラを出した。

 いや、どう見ても無理だからなぁ……

 座るように促し、シュヴェリアは店の中に入っていった。


「…………」

 取り残されたクレハは、静かに店の席の1つを動かすと。

「……うう……疲れたよぉぉぉぅ……」

 椅子に腰かけるなり、悲鳴を上げた。

 軽い痙攣をおこしていた脚が座った瞬間に癒され始めたのを感じる。

「うう、もう脚が棒になっちゃったよぉ、本当にぃ……」

 涙を流しながら机にうつぶせる。

 そんなになるなら我慢せず、もっと早く言えばよかったわけだが、それが出来るクレハではない。ましてや村人を代表して付いてきているのだ、シュヴェリアの足を引っ張ってはいけないと必死だった。

「シュヴェリアさん体力すごすぎだよぉ。わ、私の身体が持たないよぉ……」

 はたから聞いたら誤解を受けそうな文言まで並べ、クレハは嘆いた、が。

 これではいけない。と気が付き。すぐに意識を取り直す。

「って、駄目だ、駄目だ!! 頑張らないと、皆だって頑張ってるんだから、私だけ弱音を吐くわけにはいかない!!」

 決意新たに起き上がるクレハ。

「いや、そんなに頑張られても私は困るのだが……」

 すると、その背に声をかけられた。

「………………へ?」

 嫌な汗が、クレハの背を流れる。振り返ると――

「シュ、シュヴェリアさん!!」

 そこには飲み物を2つもって立つ剣士がいた。


 シュヴェリアは丁寧に自分とクレハの身体能力差を説明し、その上で、疲労が溜まったらすぐに申告するように再度促した。それで倒れても迷惑だからと。

 勿論、そんなにはっきり伝えたわけではない。繊細な少女の心を傷つけることの無いよう、彼女の頑張りを最大限評価した上で彼女の気持ちに寄り添いかつ、かなりオブラートに包んで説明した――のだが……

「……しくしく…………」

 何故こうなる!!

 オープンカフェの一角で、クレハはうな垂れたまま涙を流していた。シュヴェリアの持ってきた飲み物をすすりながら。

 どこかふてくされながら涙を流す――飲み物をすする――彼女の姿にどこか愛らしさを感じながらもシュヴェリアは頭を抱える。

 何か傷つけるようなことを言ってしまっただろうか? 十分注意して発言したつもりなのだが――

年頃の少女の扱いは難しいと息を吐く。

「――すまないクレハ。君を傷つけるつもりではなかった。許してほしい」

先ほど少女に促した時と同じ様子――表面上は落ち着いた姿――を維持したままクレハの機嫌を伺うシュヴェリア。

クレハはその声に頬を赤くして気まずそう視線をそらした。

無言を返すクレハに、再び表面下で表情を曇らせるシュヴェリア。

しばらく苦悩していると――クレハが口を開いた。

「……違うんです。シュヴェリアさんは悪くないんです……」

 どこかバツが悪そうに身体を起こしたクレハは視線を下げたままもじもじとした様子で話始める。

「その……私がショックだったのは、シュヴェリアさんの役に立ててないことが――悔しくて……」

「む?」

 クレハの言葉に疑問符を浮かべたシュヴェリア。クレハの目が泳ぐ。

「私が無理なお願いをした所為でシュヴェリアさんは帝国と戦うことになりました。私が本来はしなくていい無謀な戦いを始めさせてしまったんです。

あっ、勿論、それを後悔するつもりはありません。決めた以上は、やり抜くつもりです」

 一瞬、先日の決意が揺らいだのかと不安になった。

だが、どうやらではないらしい。慌てて訂正したクレハの言葉に耳を傾けるシュヴェリア。

「シュヴェリアさんは領主を倒すことでその意思を皆に示して、村を一つにしました。それどころか、他の村とも協力関係を結んで、村の防衛計画を進めてくださっています。

 まだ数日しかたっていないのにすごいです。きっと他の人じゃこんなことは出来なかったと思います。シュヴェリアさんにお願いしてよかったと心から思っています。でも――」

話はじめてからにこやかになっていたクレハの顔が再び曇った。

「私は――何もできていません。

シュヴェリアさんに頼んでから私はただ見ていただけ、全部シュヴェリアにまかせっきりで何一つ役にたっていません。……頼んだのは私なのに――

 ――だから、今日は頑張ろうって決めたんです!! ただの案内ですけど、それでも帝国との戦いを始めてから初めての仕事です。完璧にこなしてシュヴェリアさんのお役にたとうって決めて来たんです!」

なのに……、と声のトーンを落とすクレハ。

 役に立つどころか、空回りして逆にシュヴェリアの手を煩わせてしまった、それが相当にショックだった。彼女の先ほどの様子はそういうことだったようだ。

 やれやれ……

シュヴェリアは息を吐くと再びうな垂れ、涙目で飲み物をすする少女に目を向ける。

(普段はこのように拗ねるタイプではないのに――まさか私の役に立てないのが歯がゆくて、とは)

 あまりの慕われように口元が緩んだのを感じた。これで愛着を持つな、と言う方が無理がある。

 シュヴェリアは首元に手を伸ばすと、首につけていた装飾品の1つを外した。

(正直、どうするかかなり迷っていたのだが――)

 決心がついたとばかりにそれを見つめ、目を閉じる。シュヴェリアは手に持ったそれを目の前のうな垂れた少女の前に置いた。

「え?」

 チェーンを机に置いた時のジャラジャラと言う音に驚き、少女が顔を上げた。

 少女は目の前に置かれたそれを確認した後に、それを置いた騎士に視線を動かす。

「これはただの装飾品ではない。魔具と呼ばれる特殊なアイテムの一種だ」

 クレハは置かれた蒼い石が付いた装飾品を手に取ると、それをまじまじと見つめた。

 それはペンダントのような形状をしていた。ひし形の宝石が美しく加工された金属にはめこまれている。

「――きれい」

 アクセサリーなどそれほど持ったことのないクレハはその魔具に目を輝かせる。

「これを君に譲ろう、肌身離さず持っておくといい」

「へぇ!?」

 シュヴェリアの突然の申し出にクレハは声を裏返して返事を返す。

「な、何をいきなり、いただけません、こんな高価なもの」

 シュヴェリアから渡されたそれは素人目に見ても明らかな高級品だった。自分のようなものが受け取ることはできないとクレハは慌てて突き返す。

 その手を遮るシュヴェリア。

「いや、そういう訳にはいかない。これは私と君が契約を交わした証だ。受け取ってもらわねば困る」

「け、契約って……」

 おそらく、村を護って欲しいと依頼したことに対してなのだろう、それ以外に心当たりはない。しかし――

「確かに、村を護って欲しいとお願いしましたが、それとこれとなんの関係が……」

 困った顔をするクレハにシュヴェリアは続けた。

「君の依頼を私が受けた時点で、君は私の依頼主となった。依頼を受けたものとして、依頼人を護るのは当然の義務だ。君には無事でいてもらわなければならない」

 シュヴェリアはクレハが差し出す魔具を手に取ると、宝石部分をクレハの方に向け説明を始める。

「この魔具は持ち主や周囲の魔力を吸収、貯蓄し、非常時に装備者を守護する力がある。連続使用回数に制限はあるが、持って入れば、緊急時に助けになるだろう」

 再び魔具をクレハに差し出すシュヴェリアにクレハは難色を示す。

「……そ、そうなのかもしれませんが、そんなすごいものを私がもらう訳には……」

「何故だ?」

「だ、だって……」

「先も言ったが、私は君を護らなければならない。そのために事前に出来る対策を取っておくのはおかしなことではあるまい?」

 シュヴェリアの言い分にクレハは「うっ」と言葉を呑んだ。

 しばし沈黙が続いた。ふいにシュヴェリアが笑うと魔具を指し出した手を引き戻した。

「――君の考えを当てようか?

 おそらく君はこう考えているのだろう、『何も役に立っていない自分が何かをもらうなんて出来ない。ましてや、今も迷惑をかけてしまったばかりなのだから』と」

 胸元に両手を引き寄せたクレハは目を泳がせると顔を赤くし、「うう……」とうなり声を上げた。――図星だった。

 シュヴェリアはその様子を見て再びほほ笑む。

「君が私の役に立とうとしてくれていることはうれしい、しかし、同時に不安でもある。君は無茶をしがちだ、今後もどんな無茶をするか解らない。私が居ないに時に、君を護るものがあった方がいい。これはそのために必要なものだ、私はそう考えている。

 ――勿論、君の今の心情を考えれば受け取りづらいだろうことも解っている。だから、これは私から、君への期待だと思ってくれないか?」

「……期待……ですか?」

「そうだ」

 シュヴェリアは再び魔具をクレハに差し出す。

「私は今後も君に様々なことを頼む、そしてそれは私にとっても村にとっても役立つこととなるだろう。将来、君は確実に私の力に、村を護るための力になる。私が保証しよう。

 だから今無理をする必要はない。焦らず、出来ることをしてくれればいい。

――今、君自身を大事にすることが将来の私の助けになるのだから」

 沈黙を返すクレハ。

その反応にガラにもないことを言ってしまっただろうかとシュヴェリアは後悔したのだが、

「なんか……ズルくないですか、その言い方」

 少しして顔を赤くしたクレハからそんな返答が帰ってきて胸をなでおろす。

「解りました。大切に使わせてもらいます」

 シュヴェリアの手から魔具を受け取るクレハは、早速、それを首にかける。

(しっかりしていてもやはり、年頃の少女だな……)

 どこかうれし気に魔具を付ける彼女の様子に、シュヴェリアは表情をやわらげた。


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