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村狩りー8

 ――深夜。

「失敗しただと!? 何を言っているんだお前は!!」

 言っていることが解っているのか!? そう怒鳴る上司に、ギメルは頭を下げることしか出来ない。

 相手はこの領地の領主だ。単純な力比べならギメルの方がはるかに上だが、権力が絡んでくると、ギメルはこの男の前では紙屑同然、それこそ罪人として処刑されてしまうことだってある。腹が立っても、反論することなど許されない。

「この無駄飯喰らいが!! 村1つ落とせなくてそれでよく帝国兵が務まるな!! 恥を知れ!!」

 そう叫ぶ中年の男に、ギメルは奥歯を食いしばった。

 それがつい先ほどまで自分たちがとらえて来た村娘を凌辱し、己の欲望を満足させていた男の言うことかと。

 ましてやその所為で、帰還してからの数時間を無駄に待ちぼうけたとなればなおのことだ。

(クソ、本当ならあんな村とっとと滅ぼして、今頃俺もコイツのお楽しみに混ざってったはずなのに……)

 いつもなら報告もそこそこに、ギメルたち部隊幹部も帰還したその足で、この領主の遊びに混ざるのが通例なのだが、流石に失敗して帰って来てそのままこの領主の楽しんでいるところに混ざるわけにはいかない。仕方なく、領主のお楽しみが一段落するのを待ち、失敗の報告を上げることとなった。

「しかも、兵の多くを失ったばかりか、アレンを戦死させただとふざけるのも大概にしろ――!」

 兵長アレンはこの領主の持ち駒ではかなり強く、貴重な戦力であった。それを損害したとなってはかなりの痛手。領主はギメルたちに怒りをぶつけずにはいられない。

 領主の執務室に罵声が響き渡った。

「……まあまあ、その辺りにしておきましょう」

 やがて怒鳴られるギメルを見かねて、一人の男が声を上げた。

 領主の執務室にある客人用の長椅子に腰かける男だった。首に領主やギメルがしているのと同じデザインの首輪をした男は、その銀色の首輪を見せつける様に頭を傾けると、領主をなだめる様に続ける。

「彼らも敗北したくて敗北したわけではないでしょう。失敗など望んでする者はいないのですから、ねぇ」

「――は、はい!!」

 銀の首輪の男の言葉に、背筋を伸ばすギメル。領主はその様子を見て怒りを飲み込むように表情をゆがめた。

「それよりも、私はその村の方が気になりますね。君たちの狩りを阻止できるほどの兵力を持つとは」

「は、全くです。まさかあのような男がいるとは思いもせず――」

「男?」

 ギメルの言葉に再び領主が声を上げた。

 ギメルはリーゼ村で出会った謎の剣士について説明をする。

「……まさか、貴様ら、たかだか一人の剣士に手も足も出ずに逃げ帰って来たというのか!?」

 再び領主の怒りに火をつけてしまったギメル。しまったと口を閉じるが後の祭りだ。

 領主の罵声が再度木霊し、銀の首輪の男がそれをまたなだめた。

「君たちの強さは常々領主殿から聞かされていたが、まさか、そんな君たちを一人で追い返せる奴がいるとはね……」

 しっかりとした身なりの銀の首輪の男に深々と頭を下げるギメル。

「まこと、恥ずかしい限りです。申し訳ありません」

「いや、いいさ。それよりも、なかなかの上玉の娘がいたと言う話だが?」

 銀の首輪の男がギメルに問いかけた。

「はい、それは間違いありません。あの剣士が邪魔さえしなければ、ここに連れてこれたのですが……」

「ほほう。それはなかなか興味深い。舌(下)の肥えた君たちが言うのだから、その娘は相当なものなのだろうな」

 銀の首輪の男がいやらしい笑みを浮かべた。

「いいだろう。その“何とか”という村の制圧に私も協力しよう。今度は私のところの兵も連れて行くがいい」

 「おお」とギメルが歓声のような声を上げると同時に、領主が「良いのですか?」と銀の首輪の男に尋ねた。

「構わない。ただし、その娘を犯るときは私が最初と言うことで」

 銀の首輪の男、領主、ギメルそれぞれがいやらしい笑みと笑い声を上げた。

「流石にあの剣士がいくら強くても、貴方様の持つ兵力があれば――!!」

 ギメルの言葉に頷く銀の首輪の男。

「数百の軍勢の前にたった一人で戦える人間などいない。その男がいくら強くても、次で終わりだそうなれば――」

「あの村の材も資源も娘たちも全てが我らの物だ。おい、ギメル。くれぐれもご所望の品を殺さぬようにな」

 「は!」力強く敬礼し、頷くギメル。銀の首輪の男は満足そうに頷いた。

「では、我々はお楽しみの続きと行きましょうか」

 領主の言葉に銀の首輪の男は頷いた。

「そうしましょう。楽しみは明日にとって置くとしても、今日を楽しまぬ理由はないですからな」

 嫌らしい笑みを浮かべた中年の男2人が目を合わせて笑いあう。

「ギメル君、君も一緒にどうかね? 明日のために多少は疲れを取っておかないとな」

 銀の首輪の男の言葉に、ギメルは喜んで、とばかりに返事を返した。

 3人の男がいやらしい笑みを浮かべ声をあげて笑った。――その時。

 ――ギィ

「ん?」

 ひとりでに開いた部屋のドアの音に、領主が視線を向ける。

「なんだ、ノックもなしに入りおって、どこの馬鹿者だ!!」

 領主が、ドアの向こうにいる人影に叫んだ。

人影は無言を返し、半開きのドアをくぐる。

「? 何者だ、貴様!?」

 領主がその姿を見て叫ぶ。

「お、お前は――!!」

 ドアをくぐったその影に、驚きの声を上げたのはギメルだった。

 影は無言で部屋に侵入すると、くだらないと言いたげに3人を眺め鼻を鳴らした。

 何故、ここにこの男がいるのか? 戦慄するギメル。

 ――そこに居たのは昼間、煮え湯を飲まされた相手。リーゼ村を守護した剣士、シュヴェリアだった。

「ギメル、どうした、こいつを知っているのか?」

 領主がギメルの様子を見て尋ねた。ギメルは震える唇で答える。

「こいつです!! こいつが、昼間、私たちの邪魔をした剣士です!!」

 何!? 銀の首輪の男と領主が驚きの声を上げる。

「何故そのような奴がこんなところに――」

 銀の首輪の男の驚きに、ようやく侵入者は声を上げる。

「何故? 決まっているだろう? 害虫を駆除しに来たのだ。――依頼を受けたのでな」

 害虫? 首をかしげる男たちにシュヴェリアは告げる。

「ああ、命を命と――人を人とも思わない、生きる価値のないクズ共のことだよ」

 右手に持つ剣で三人を指し示し、クズが誰かを教えるシュヴェリア。

 「貴様!!」クズと呼ばれ激高する男たちを見て、シュヴェリアは愉快そうな笑みを浮かべた。

「フン、一人で敵陣に乗り込んでくるとはな。おかげで手間が省けたというものだ!!」

領主は机の上のベルを鳴らすと満足げに言い放った。

「このベルは兵を呼ぶための物だ。今この屋敷には子爵の護衛兵と私の兵がいる。たちまち、数百の兵がお前を取り囲むことだろう」

 「お前はここで終わりだ」勝ち誇ったように言う領主。シュヴェリアはそれを聞いても微動だにする気配はなかった。

 やがて、数分が経過し――

「なんだ!? 何故誰も来ない!!」

 領主が驚きの叫びを上げた。何度もベルを鳴らしているが、兵は誰一人として現れはしない。

 雲行きが怪しくなり始め、子爵と呼ばれた銀の首輪の男がそうなっているのかと領主を責め始める。

 状況を理解できず、いがみ合いの始めた領主と銀の首輪の男。ギメルは嫌な予感がしてどんどん部屋の隅に後退していく。

 そして――

「愚かな、この状況で誰も来ない理由など決まっているだろう」

 シュヴェリアが口を開いて事態は一変する。

 先ほどくぐって来た大きな開き扉の両方を剣で切り倒し、破壊したシュヴェリア。

「何!?」と驚く領主たちに扉の向こうを見せてやった。

「!? エイン!!」

 そこにはエインをはじめとした無数の兵の死体が転がっていた。

「残念ながらお前たちの兵はすでに全員このありさまだ。そもそも私がこの部屋に踏み入った時点でこの屋敷にはもう生きているものがほとんどいない。

――そうだな。私を含め、1・2・3…………4人だな」

 剣でギメル、領主、銀の首輪の男を順に指し、数を数えた。

 ようやく自分の置かれた状況を把握したらしい3人のクズが顔面を蒼白させる。

「ば、馬鹿な……ここには数百人の兵がいたんだぞ……そ、それを……!!」

 シュヴェリアは知ったことではないと言いたげに笑うと、続けて告げる。

「ああ、そうだ、お前たちがさらって来た村娘たちは一人も殺していないから安心するがいい。

お前たちのお気に入りの娘は皆生きているということだ。……まあ、もっとも、お前たちはもう二度とあの娘たちには会えんだろうがな」

 そう言うと踏み出すシュヴェリア。3人の男たちは身動きできずその場で震えていた。

 シュヴェリアは一歩、また一歩と恐怖を増幅させるように近づいて行く。

「どうだ? 狩られる側の気持ちが少しでも解ったか? いや、聞くまでもないか。来世では精々、狩られることのないものになる事だな」

 シュヴェリアはそう告げると剣を構えた。

「う、おおおおおおおおおおおおお!!」

 やけくそになって切りかかって来たギメル。シュヴェリアはその剣をやすやすと破壊すると、その身体を領主の側へ蹴り飛ばす。

 「ご、あ……」腹部を蹴り飛ばされギメルは悶絶する。

 「やれやれ、無駄な抵抗を……」シュヴェリアは呆れた様に呟くと――

「このような非道な行いを己の利益、欲望のためだけに行った。この地上すべての王として、お前たちの行いは到底見過ごせるものではない。人のまま死ねると思わぬことだ――!!」

 迫るシュヴェリアに3人の男の顔が恐怖に染まっていた。




 一夜明け、リーゼ村の広場には多くの村人が集まっていた。

 皆、思い思いの武器や農具を持ち、敵の到着を待っている。

「クレハ、シュヴェリア殿は?」

「……小屋にはいなかったよ」

「そうか。無事旅立ってくれたか」

 安心するメイアとは正反対に、クレハの心は落ち込んでいた。

 正直、がっかりしたというのが本音だ。シュヴェリアならば、きっと村を救ってくれるそう信じていたから。

(仕方ないよね、国1つを敵に回すことになるかもしれないんだもん)

 そう自分を納得させようとした。が、納得しきれない自分がいた。一度は助けてくれたのだ、最後まで助けてくれても、と思えずにはいられなかった。

「おい、来たぞ!!」

 村の高台から彼方を見ていたものから合図を受けてゲンが駆けて来た。こちらに向かう砂煙を確認したようだ。

 時刻は早朝、おそらく帝国の部隊だろう。

 再び、村に危機が迫っていた。

 果たしてシュヴェリアなしで何が出来るのか……

 皆が徹底抗戦を掲げながらもそう不安を抱いていた。

 やがて、近づいて来るものの姿が目視できるようになった。

「馬車、一台?」

 村人全員がその事実に首を傾げた。てっきり大人数で攻めてくるものと持っていたのだが……

 誰もが臨戦態勢で馬車を迎える中、ある一人の村人が声を上げた。

「おい、あれって!!」

 その声に多くの村人が馬車に乗っている人間に視線を向ける。

「だ、旦那!?」

 馬車に乗り近づいて来るのが帝国兵ではなく、シュヴェリアであると知り、ゲンが声を上げた。

 たちまち臨戦態勢を解く村人たち。

 馬車が到着し、村人たちは馬車に乗ったシュヴェリアを迎え入れる。

「旦那、どうして――!?」

 ゲンの問いにシュヴェリアは答えず、静かにその荷台に移動した。そして上から村人たちを見渡し、クレハの姿を見つけると、その姿を視界にとらえながらシュヴェリアは口を開いた。

「――帝国兵は今日、この村には来ない!」

 シュヴェリアの叫びに、村人全員が驚いた。

「は? 帝国兵が来ないってどういう……?」

 村人から上がった声にシュヴェリアは答えた。

「帝国兵は来ない。何故なら、奴らの近場の根城、その一つは昨晩のうちに滅んだ。奴らはしばらくはこの村に手出しはしてこないだろう」

 シュヴェリアの言葉にざわめく村人たち、何故そんなことになったのか、シュヴェリアの乗って来た馬車に積まれた多くの武器や防具がその理由を物語っていた。

「まさか、シュヴェリア殿!! 馬鹿な、何故そのようなことを!!」

 シュヴェリアが何をしたのか理解したメイアが叫んだ。シュヴェリアは少し間を置き、その質問に答える。

「――依頼を受けたからだ」

 その言葉にクレハの身体が激しく反応を見せる。

「私は依頼された。この村を護って欲しいとな。私はその依頼を受けた。だからこの村を護るために、帝国の拠点を叩いた。それが答えだ」

 大声でシュヴェリアが語った答えに村人たちはざわついた。誰がそんなことを――、そんな問いも出ていたが、シュヴェリアは構わず続けた。

「私がその依頼を受けたことで、お前たちと私は同じ目的を持つものとなった。そこで、お前たちに提案がある。同じ目的を持つ者同士、協力をしないか?

 この村を護るためには私だけでも、お前たちだけでも駄目なはずだ。しかし、同じ目的を持つ者たちが力を合わせることが出来れば、この村は生き残ることが出来るかもしれない。

帝国は手ごわい相手だろう。正直、この村を護りきれるかは疑問だ。だが、それでも、護らなければならない。そうだろう?」

 シュヴェリアの言葉にざわつく村人たち、シュヴェリアは畳みかける様に続けた。

「多くの犠牲を出すことになるかもしれない。しかし、お前たちが協力してくれるのならばこのシュヴェリアが必ず勝利をつかみ取ろう。よく考えてもらいたい。よく考えた上で、勇気ある決断をしてもらいたい。この私と共にこの村を護る意思のあるものは手を掲げ、その意思を示して欲しい!!」

 シュヴェリアは剣を天に掲げた。

 何故突然こんなことになっているのか、村人たちは混乱していた。突然迫られた選択にどうすればいいのか多くの者が迷っているようだった。

 シュヴェリアが何を目的としてこんなことをしたのか誰にも解らなかったのも迷いの原因となったことだろう。だが――

「なんか知らんが、旦那が戦ってくれるなら百人力だ。迷うこたぁねぇ。俺は戦うぞ、旦那と一緒に、この村を護るぜ!!」

 ゲンが一声と共に拳を振り上げたことで流れが一気に傾く。

「俺も」「私も」次々にその手が上がった。そして、一人の少女以外全員の手が上がると。

「クレハ、君は?」

 シュヴェリアが問いかけた。

 まさか、自分の依頼を受けてくれるとは思っていなかったクレハは、気持ちの整理が出来ずどうしていいのか解らなかった。嬉しさが込み上げ、感激で瞳が涙で潤んでいた。言葉が出ない。

そうこうする間に事態が進み、クレハは手を上げるのが遅れていたのだ。

 クレハは目尻に涙をためながら手を上げる。何が何だかわからないままだが、否定することは何もない。

「いいだろう」シュヴェリアは全員の手が上がったのを見ると、呟いた。

「今、この瞬間から、我々は反帝国を掲げた同士だ。共に勝利と自由を掴み取ろう!!」

 「おおおお」それまでにないほどの歓声が村に響き渡った。

 シュヴェリアの行いで、村人たちの意思が反帝国に固まった瞬間となったのだ。

 「やるぞ、やってやるぞ!!」馬車をおり、そう叫ぶ村人たちの隣を通り過ぎて行くシュヴェリアはクレハの隣まで行きつくと。

「戦う意思程揺らぎやすいものはない。このぐらいやっておかないと、いつまでたっても戦う決意は固まらんものだ。戦場で意思が揺らぐようでは戦いにならんからな」

 と、この騒動の意味を説明した。

「シュヴェリアさん――」

 なんと返していいのか解らず、クレハは涙ながらにシュヴェリアの名を呼んだ。シュヴェリアにほほ笑まれ、その涙は量を増す。

「シュヴェリア殿」

 メイアが近づいて来た。

「孫が迷惑をおかけしたようで――」

 どうやらシュヴェリアに依頼した犯人に気づいたらしいメイアが深々と頭を下げた。シュヴェリアはそれを一瞥すると。

「勘違いしてもらっては困るな、メイア殿。私は情けで手を貸すことを決めたわけではない。報酬に目がくらんでのことだ。貴方が気にするようなことは何もない」

 そう言い放った。

 再び深々と頭を下げるメイアは頭を上げると、決起した村人たちの元に集まり、共に意思を固め合う。

「さて――」

 シュヴェリアはそれを見送ると、クレハの耳元に口を寄せた。

「?」

 突然近づいて来たシュヴェリアに疑問を抱くクレハ。シュヴェリアは小声で告げる。

「私はこれでも満足するのに何分、時間がかかる体質でな」

「はい? 満足?」

 何を言っているのか解らず疑問を返すと、シュヴェリアは笑みを浮かべた。

「村を護りぬいた暁には覚悟しておくのだな。毎晩眠れぬ夜を過ごさせてやる」

「なっ――!?!?」

 シュヴェリアの言ってることを理解したクレハは耳を真っ赤にした。

 確かにそういう約束だったわけだが――、まさか本気でその約束を持ち出されるとは思ってもいなかった。

「はっはっ、今のうちに一夜二夜は眠らなくても大丈夫なよう体力をつけておくのだな」

「え、ええぇ~~~~~~~~~~~~~!!」

 村人たちが決起する横で思わぬ宣言をされたクレハは、去っていくシュヴェリアの背中に絶叫を浴びせることしか出来なかった。


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