村狩りー7
「うむ、無事に返せたようだな。よかったよかった」
シュヴェリアは自己の視覚をフルに使い、アレンを仕留めたのを確認する。
今の肉体でのこの距離の投擲は流石に正確性を欠くかと思ったのだが、案外どうにかなるものだ。シュヴェリアは深く頷き、自分の肉体能力を再確認する。
「やった、勝った、……勝ったぞ! 俺たちの勝ちだー!!」
直後、村の青年が叫び、その叫びに多くの村人が続いて歓声を上げる。
彼らからすれば信じられない展開だったのだろう。思いもしなかった勝利に、我を忘れたような様子で皆が叫んでいた。
「フッ……」
その姿を見て思わず微笑むシュヴェリア。
「……シュヴェリアさん」
不意に近づいて来た少女が声を上げた。――クレハだ。
傷だらけの彼女はおぼつかない足取りで近寄り、熱を帯びた瞳でこちらを見上げていた。
黙ったまま視線を返すと、彼女は目尻に涙の浮かんだ笑顔を返してきた。つられて口元を緩めるシュヴェリア。
「…………お礼を……言わねばなりませんな」
そんな少女に続き、近づいてきた老婆が重々しく口を開いた。何やら色々思うところがあるような口ぶりで、告げる彼女に。
「……メイア殿……」
シュヴェリアは申し訳なさそうな笑顔を返した。
彼女が言いたいことは大体解っている。せっかく、こちらのことを考えて、関わらぬように計らってくれたというのに、それを無駄にしてしまった。多少の申し訳なさはシュヴェリアにもある。
「よもや生き残ることが出来るとは思ってはいなかった……しかし、死を間際にして後悔したのも事実――助けていただき、有難うございました」
深々と頭を下げるメイアに驚くシュヴェリア。てっきり、何かしら小言を言われるものと思っていたのだが……
予想外の対応に慌てたシュヴェリアは、頭を上げる様メイアに促していた。すると――
「旦那ぁ!! ……旦那、助けに来てくれて、ありがとうよ……くぅ――有難うございます」
ゲンが近づいてきて声を上げた。
叫ぶように言うなり、感極まって涙を流し始めるゲン。彼らしくない丁寧な口調は、それだけ、彼がこの戦いに覚悟を持って挑んでいたことを告げた。
そして、それはゲンだけではなかった。瞬く間に村人に囲まれたシュヴェリアは泣き出す村人たちに次から次へとお礼と感謝の言葉をかけられた。
この行いが、どれだけ、シュヴェリアにとってリスクの高い行為かは皆解っている。解った上で、そのリスクを押してまで大した所縁もない村を助けた剣士の存在と、その剣士に死にゆくはずだった命を救われたことに感激していた。
「お、おい、落ち着け! 泣くな馬鹿者!!」
シュヴェリアは自分を取り囲み、泣きだす村人たちに戸惑い焦る。
要らぬ世話を焼いたとも思っていたが、これでよかったのかもしれない。感謝の渦の中心で、シュヴェリアはそんなことを考えていた。
見事に『村狩り』を乗り越えたリーゼ村、しかし、事態はこれで終わりではない。一度村狩りを避けても、反逆者となってしまった以上、また帝国に襲われることになる。
具体的にはあのギメルとかいうものが増援を呼び、すぐに次の戦いが起るだろう。
村人たちはそれを解っていたようだ。彼らは少しの時間勝利の余韻に浸ると、すぐに村に取り残された兵士たちを拘束し、物置に閉じ込め、戦いの後始末をする。そしてそれが終わるなり、今後の方針についての話し合いを始めた。
思ったよりもしっかりと自分たちの置かれた状況を解っている、と感心したシュヴェリア。
だが、一番驚いたのはそこではない。
「…………」
シュヴェリアは月を背に、村の前を流れる大河を見ていた。一人静かに、水の音に耳を傾ける。
(…………驚いたな。まさか、私の力に頼ろうとしないとは……)
川の流れを見つめながら、シュヴェリアは心の中で呟いた。
リーゼ村を救ったシュヴェリアは、村人たちから多大な感謝を受けた。皆が戻って来てくれたシュヴェリアに感謝し、シュヴェリアの行いに涙を流して感激した。
だが、今後の村の方針の話となると――
この村の者たちは、今後の村の方針の話し合にシュヴェリアが参加するのを拒否したのだ。
勿論、自分たちだけで村を守れるなどとは思ってはいないだろう。次に同じ目に遭い、シュヴェリアがいなければ村は滅ぶ。そんなことは解っているはずだ。
ならばどうして、シュヴェリアに協力を申し出ないのか、考えられる可能性は一つだけ。
自分の不利益もかまわず、村を助けてくれるような剣士を巻き添えには出来ない。そう考えているからに他ならない。
シュヴェリアのような剣士を、村の巻き添えにして死なせてはいけない。どうせ、滅びるのならば自分たちだけで滅びようと――そう思っているのだろう。
確かに、シュヴェリアの存在はまだ帝国にそこまではっきりとは知られていない。今なら引き返すことも不可能ではないはずだ。だがだからと言って、
(自分たちが滅ぶ選択を、自ら選ぶか? 信じられんほどのお人よしの集まりだな……)
流石にシュヴェリア一人で帝国を倒せるとは村の人間たちは思っていないだろう。まさか、シュヴェリアの正体がこの地上で最強の存在だとは知りもしないのだから。故にそういう選択肢が出ても決しておかしなことではないと思う。
(確かにこのまま帝国を一人で潰すのはまずい。それは間違いない。ここで引いていいというのなら引いてしまった方がいいだろう。しかし、そうなると、まれにみる良識的な民を生きる価値もないクソ共が殺すのを了承するということになる。王としてこれはどうなのだろうか?)
おそらく先の帝国兵たちは一兵団の一部隊に過ぎない。近くに本拠地か何かが存在し、明日には部隊を編成しなおし襲い掛かってくるだろう。シュヴェリアがいなければ、今日の勝利は一日延命できたに過ぎない、ということになるだろう。
果たしてこれでいいのだろうか? シュヴェリアはそれを考えて、この河原でずっと座り込んでいた。
――ふと、誰かが近づいてくる音が聞こえた。この足音は……
「……クレハか?」
立ち上がり、振り返ると、そこには見覚えのある少女の姿があった。
「どうしたこんなところに?」
尋ねると、クレハはにこやかに笑みを浮かべた。
「シュヴェリアさんこそどうしたんですか、こんなところで?」
問われて、答えに困る。クレハはそんなシュヴェリアを見て再びほほ笑んだ。
「考え事でもしてたんですよね? この辺りは普段は誰も来ないですから」
考えを見透かされたようでなんだか気恥ずかしくて視線を背けた。
「私は、シュヴェリアさんを探していました。まだ村にいるようなら伝言を伝える様におばあちゃんに言われて――」
シュヴェリアの隣に並び立ち、川の方を眺めるクレハ。シュヴェリアもそれに習い、川の方に視線を戻した。
「伝言とは?」シュヴェリアが問うと、クレハは静かに口を開いた。
「今日は早く休んで、明日の早朝にはちゃんと出ていくようにお願いします。くれぐれも、明日は寝坊しないように! とのことです」
まいったな。釘を刺され、頭を掻くシュヴェリア。クレハが再びほほ笑んだ。
「フフッ、寝坊したなんて嘘を吐くからですよ? 皆何も言いませんでしたけど、シュヴェリアさんが寝坊したから戦いに来たなんて、誰一人信じてませんからね」
後ろで手を組み、にこやかな視線だけをこちらに向けたクレハが言い放つ。返す言葉がなかった。言っている仕草はかわいらしいのだがいるがなかなかに刺のある一言だ。
しばしの間、川の音だけがその場に響いていた。
やがて、十分な間を置き、クレハが口を開く。
「……でも、有難う御座います。シュヴェリアさんが来てくれたから、皆無事に済みました。本当に有難う御座います」
目を閉じ呟く様に言うクレハ。その様子を見てシュヴェリアは思った。彼女はこのままでいいのだろうかと。
それを問おうとして――
「――だから、お願いします」
クレハの一言に口を紡ぐ。
川からこちらに向き直るクレハ。彼女は姿勢を正し、シュヴェリアを正面に告げた。
「この村を助けてください。どうか、どうかお願いします!!」
腰を90度に曲げ、瞳を閉じた彼女は深々と、こちらに頭を下げていた。
「……!!」
言葉を失うシュヴェリア。クレハの姿からはある種の決意のようなものがにじみ出ていた。
「今、この村を守るにはシュヴェリアさんの力が必要なんです。シュヴェリアさんがいなければこの村は滅びるしかありません。私は、この村を守りたいんです。どうか、力を貸してください!」
驚いた。正直、そういう考えを持っているのではないかとは思っていたが、まさか、こんなふうに正面切って言ってくとは思いもしなかった。彼女も優しい人間だ。シュヴェリアがこのまま戦いに加われば、いずれその立場が危うくなり、最終的にはその所為で死んでしまうかもしれない、そう考え、助けてとは言ってこない――言えないだろうと思っていた。それが、まさか。
その瞬間、シュヴェリアは、彼女の姿が放つ決意の意味を理解した。
(まさか、彼女は……)
シュヴェリアの中である推測が生まれ、それが驚きを産む。
「…………助けろとは? 私に帝国を相手に戦えと言うことか?」
「はい」
シュヴェリアが問うとクレハは頭を下げたまま返事を返した。
「この縁も所縁もない村のために?」
「はい」
「自らの立場を追い込むことになる戦いを始めろ、と?」
「……はい」
クレハはゆっくりと顔を上げた。その表情は今までのようなにこやかなものではなく、真摯なものだ。
その顔を見てシュヴェリアは自身の予想に確信を持った。
(やはりな、彼女はすでに腹を括っている。この村を救うために、すべてを犠牲にする覚悟でいるらしい)
追い込まれ、本当の意味で何かを守るために戦う意思を固めた者は時折こういう表情を見せる。自分にとって守りたいもの、それを守るために何が一番大事かを考え、行動する。それがときに何かを犠牲にすることになるとしても、それを厭わない。――本物の戦士の表情だ。
(まさか、このような年端も行かぬ少女に見せられるとはな)
これだけの決意を固めるにはそれ相当の苦悩があったはずだ。優しいものならなおの事、他者や自分すらも地獄に引きずり込んででも事を成そうとはそう簡単には思えないだろう。
彼女はそれを固めたのだ。――この村を守るために。
(フン、面白い)
シュヴェリアは口元を怪しく緩ませると、クレハの方に向き直し、
「なるほどな。お前の決意は理解した。その意気はよしだ!
……しかし、頼まれたからと言って簡単に頷くことは出来んな」
シュヴェリアはもったいぶるような口調で続ける。
「解っているとは思うが、帝国に喧嘩を売るとなれば、私は相当なリスクを背負うことになるわけだ。何せ相手は一国家だからな。
誰でもそうだろう、人は通常、リスクしかないことを行いはしない。当然、それを補い、有り余るメリットが必要だ。金であったり、栄誉であったり、何かしらのメリットがなければ人は動かない。
ただのお人よしであれば、“助けを求めた人を救う”これだけで十分なメリットにもなるだろう。助けたという栄誉で十分な人間もいるのは事実だ。
だが、あいにくと私はただのお人よしではない。それ相応の見返りを求めるぞ?」
「……」
沈黙するクレハ。よもや、この期に及んでそんなつまらないことは言わないだろうが……
念のため、釘を打つ。
「言っておくが今まで無償で助けていたのははただの気まぐれだ。いざ依頼となれば、それこそ法外なものを要求することだってある。『相応の見返り』と言うのはそれほど安いものではない。その覚悟はあるのだろうな?」
頷くクレハ。「面白い」シュヴェリアは魔王たる自分に、この少女が何を提示するのかと期待する。
(金か土地、作物……この村で出せる物などこの程度だろうが……)
問題は量だ。帝国に背く見返りにどれだけの物を払う決意があるのか。
シュヴェリアはそれを楽しみに、クレハに最後の質問をする。
「では、聞こう。クレハ、お前は私に何を支払う? 帝国に背くことによる私のメリットは何だ?」
シュヴェリアの問いに、伏せるクレハ。胸元に両手を寄せた彼女は一度大きく息を吐くと――決意したように唇を強く結ぶ。
「…………――を」
「何?」
小声でつぶやいたクレハに問い返す、シュヴェリア。
クレハは両手で握りこぶしを作り、しっかり踏ん張るように構えると、シュヴェリアを見つめて言い直した。はっきりと大きな声で――
「私を差し上げます!!」
――と。
「…………」
クレハの一言に呆けるシュヴェリア。しばらくして、「何?」と小さく呟いた。
(……今、この娘はなんと言った? 『私を』? ……『私を差し上げる』と言ったのか?)
しばし思考する。どういう意味かを考える。え、いや、まさか……
行きついた答えに明らかに動揺した。何かの間違いかとも思ったが――
「私をシュヴェリアさんに差し上げます。村を救っていただけるなら、救っていただいた暁には、私を自由にしていただいて構いません!!
魔物の餌でも、おとりでも、生贄でも、なんにでもなります。身売りに出していただいてもかまいませんし、奴隷にしていただいてもかまいません。えっと、あの……そ、そういうことがしたいなら、それでもかまいません!!
と、とにかく私を差し上げます。だから村を、村を救ってください!!」
後半、特に最後の1つに対し、顔を真っ赤にしながら叫ぶクレハ。
あっけに取られ、声も出ないシュヴェリアはただただ静かにその叫びを聞いていた。……まさか、自分の身を指し出して来るとは思いもしていなかった。
予想もしていなかった展開にシュヴェリアの思考はついていけていなかった。
「シュヴェリアさんがおっしゃった通り、帝国に背く必要はシュヴェリアさんにはありません。それを戦いに巻き込むなら、何かしら差し上げなくてはない、そう思いました。でも、村にはとてもそんな余裕は無い。今から戦いをするのならなおのことです。だから必死で考えたんです。何か私が持っているので、シュヴェリアさんに満足いただける物はないかって。
……ありませんでした。私の持っているようなものでは、きっと満足いただけないと思いました。だから、私にとって、一番価値の高いものを差し出すことにしました」
そうして考えた結果と言う訳か。しかし、それでも、自分を差し出すというのは……
この考えに至ったいきさつを聞いて、シュヴェリアの中にはさらなる驚きが込み上げた。
「お願いします、シュヴェリアさん。皆はシュヴェリアさんを巻き込んじゃいけないって、そう言ってるけど、私もそう思ったけど、でも、このままじゃ……
足りてないかもしれません。私なんかもらっても、うれしくないかもしれません。でも、これ以上は用意することが出来ないんです。ですから、どうか、どうか、お願いします!!」
「村を助けてください!」少女の祈るような叫びはしっかりとシュヴェリアの耳に木霊した。
シュヴェリアは頭を深々と下げて懇願する少女の頭を軽く撫でた。
「!? シュヴェリアさん!?」
了承してもらえたのか? 驚き顔を上げた少女にシュヴェリアは静かに告げる。
「もう遅い、帰った方がいい」と。
「…………」
沈黙を返すクレハ。「馬鹿なことを言うものではない」シュヴェリアにそう言われた気がして肩を落とした。
「やっぱり駄目ですよね、こんなのじゃ……」
クレハはシュヴェリアに一礼を返すと、そのまま背を向けて走り去っていった。
――その目尻に涙が浮かんでいたのをシュヴェリアは見逃さなかった。
「…………やれやれだな」
シュヴェリアはクレハを見送ると、川に向かい一人呟いた。




