村狩りー3
「予想外の展開になったな……」
シュヴェリアはボロ屋に敷いた布団に横になり、天井を見上げていた。これまたボロイ柱が視界一杯に広がっている。
深夜、すっかり辺りは暗くなり、シュヴェリアも小屋に一人きりだ。
あの後、クレハは何も言わずに部屋を出て行った。そして、それ以降、小屋を訪れたものは誰もいない。恐らく、メイアがクレハにした説明を村の者にもしたのだろう。
流石は村の者たちに頼られているだけはある。何とも賢く、気の回る老婆だ。
「気の回るついでに、食事を持って来てくれてもよかったのだが……」
何度も言うようだが、あれ以降誰も小屋に来なかったのだから、当然食事を運んでももらっていない。なんだか気まずくなり、食事を取りに行くこともしなかったため、シュヴェリアは本日晩飯抜きの状態である。特に悪いことをしたわけでもないのに割に合わない。
まあ、仕方がないのかもしれない。この村の者たちは今、それでころではないのだ。明日にも村が滅ぶかもしれないのだから。
「もっとも、まだ決まったわけでもないが、な」
近くで村狩りが起きたからと言って、この村まで同じ目に合うとは限らない。早とちりという可能性だってある。
「だが、嫌な予感がするのは事実だ。こういう時の私の勘は大体当たるからな……」
大方、明日、この国の軍が、この村に訪れる。それで間違いはないだろう。となれば、明日、この村は滅ぶことになるのか、それとも、向こうの条件を呑んでなんとかその場しのぎをするのか……
一瞬、その場しのぎに条件を呑んで、逃げてしまえばいいのでは? とも思ったが、逃げて一体どこに行くというのだろうか? そこまで考え、出来ない選択なのだと気が付いた。
彼らはシュヴェリアとは違う。ここを逃げても行く場所などないのだ。村の外には魔獣だっている。
「どのみち死ぬのなら、生まれ育ったこの場所で、か」
以前、誰かが言っていた台詞を思い出した。あれを言ったのは誰だったか、もう覚えていないが、その通りだと思った。
「何とも世知がない世界だな。人間界と言うのは……」
データで見たときはもっとましな世界だと思っていたが、案外そうでもなかった。
常に死と隣り合わせ、それも同族からの死と隣り合わせだ。魔界も似たようなものではあるが……
「まあ、こうなった原因は私にもあるのだろうが――いや、どのみち変わらなかったかもしれんな人の本質がきっとこうなのだろう」
昼間、メイアの話を聞いて行きついた人の本質の答えがシュヴェリアの思考を変えた。本質などと言うものはそう簡単に変わりはしない。今がこうなら、きっと、悪魔が地上に出てこなくても、地上はこういう世界だったのだ。
なんとなくやるせない気分になる。
ふとクレハの顔が浮かんだ。彼女はどうなるのだろうか? 彼女のことだ、戦うとなれば最前線に立ち、死んでいくのだろう。せっかくだ。どうせ死ぬのなら、彼女ぐらいさらって行ってもいいような気もしたが。
「きっと一生恨まれるな……」
彼女に恨まれ続けるのはつらい。馬鹿なことを考えるのはやめた。
「……」
自分がずいぶん独り言が多いのが気になり、自らを冷静に分析してい見る。――どうやら、自分はこの村が滅びるのが嫌らしい。
結論にたどり着いて鼻で笑ってしまった。悪魔の、それも魔王の自分が、たかだか、人間の村1つ滅びるのが嫌とは……
これではカエリウスや、アグゼムになんと言われるか解ったものではない。
だが――
「…………やめよう」
シュヴェリアはそこで思考を切った。自分は明日の早朝、村を旅立つ。この村は明日で滅びる。それでいいのだ。
もともと自分が選ぼうとしていた選択を選んだ。シュヴェリアはそう納得して、床に就いた。
翌日、クレハは目を覚ますとすぐに支度を整えた。
昨日のうちに整備しておいた自分の銃を再度確認し、背負う。
兄妹が寝ているのを確認し、乱れた布団を整えてやる。
「おばあちゃんは……」
早朝にも関わらず、祖母の布団は空だった、食事を作っている気配もない。
クレハは銃に付けてある肩掛け用のベルトを強く握った。家を出る。
村のもう一つの出入り口、大陸の内陸部へと続く平地と面した橋へと向かう。橋の掛る広大な『リューテ川』は今日も流れが速い。
「!! 皆!」
橋を渡りきると、そこはもう村の外だ。にもかかわらず、今日はその場所に村人の多くが集まっていた。
「よう、クレハちゃん、お早う」
村の中年の男に声をかけられ、挨拶を返す。それでクレハが来たことに気づいた村の者たちが次々とクレハに挨拶をした。
「おばあちゃん」
村人に挨拶を返しながら集団の一番前に、そこに村長たち村の代表的な顔触れと共に並び立つ祖母。声をかける。
「クレハ、起きたか……」
振り返るメイア、その顔はどこか決意に満ちていた。彼方を指さす祖母。
遥か彼方に砂煙のようなものが上がっているのを見つける。
「あれは……」
「おそらく行軍じゃ。この村を目指しているようじゃの」
「え、それって!!」クレハが驚いて尋ねると、メイアは静かに目を閉じ頷いた。
「どうやら悪い予感が当たった様じゃの。今何人かのものがこのことを知らせに村中を駆けまわっておる。子供たちだけでも逃がせればいいのじゃが……」
逃がしたところで行くあてなどない。この村が滅べば、その時点でこの村の者は生きる手立てを失う。
……そして、その瞬間が今刻々と近づいていた。
「戻ろう、村長。例え、滅ぶとしても、最後まで抗ってやる」
村人の一人がそう言うと、他の者たちもそれに続いて意気込みを語った。
昨日、メイアがシュヴェリアに出ていくよう促した後、村中で話し合った。嘆き悲しむのは十分すぎるほどしたし、どうするかの結論もすでに出ている。
リーゼ村は村狩りと戦う、侵略者の好きにはさせない。それが村人全員で出した答えだった。
「うむ。後1時間程度で奴らは村に到着するだろう。皆一度家に帰り、準備を整えて村入り口に集まれ」
村長の一言で村人たちは村へと駆けて行った。
皆に続き、村に戻ろうとするクレハ。そんな彼女を祖母メイアが呼び止める。
「クレハ。本当に良いのか? 今ならまだ間に合う。
……お前の腕なら村を出ても一人でどうにか生きていけるだろう。シュヴェリア殿の後を追うことだって出来る」
メイアの一言に、強く口を結ぶクレハ。祖母は家族として、孫に無事に逃げ延びてほしいと思っているようだった。その気持ちはありがたいが……
「大丈夫だよ、おばあちゃん。私も皆と一緒に戦う、そう決めたから」
この村を捨てて自分だけ生き残るという選択はクレハには出来なかった。最後までこの村と共にある。それがクレハの出した選択だ。――いや、クレハだけではない。この村に住む全員が出した答えだった。
リーゼ村の命運が決まるまであと数時間、そして、その時はやって来る――




