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円卓ー2

「ではこれより円卓の『本議会』を始める」

 議長のレ―ヴェンがそう仕切り、円卓の本会議は始まった。

 議会と言っても大半は報告会みたいなものだ。問題が起きれば、それに対する考えの取りまとめもするが、基本的には定時報告会。『本議会』も『通常議会』も大して変わりはない。ただ、通常議会は、強制力が弱いのに対して本議会は魔王8人の参加が義務付けられている。実質的な違いはその程度だ。

 他のコミュニティと違い、王が8人もいるのだ。確かに意思の統一は必要だと思うが、結局、その担当仕事はその担当の魔王に任せるしかないわけで……

 正直、アトライアスにとっては退屈な時間でしょうがない。

 言ってしまえば、議会など、問題が起きたときだけの招集でいいのだ。アトライアスはこの本議会すらサボりたいのだが本音だった。それぞれが平等、それを意味する丸い巨大な円卓机の一席に座り息を吐く。

 だがそうすると……

 アトライアスは円卓机の隣に座るクレンシェルを見る。彼女は真面目に議長の話に耳を傾け、配られた資料に目を通していた。

 『ヘブンス・ファウンテン』の管理人であり、魔王でありながら大規模な軍を持たない彼女はこの円卓の中で一番軍事的には弱いという見解があり、その為、軍事行為には参加しない。

 よって、議会にも本議会にのみしか参加しないのだが……

本会議をサボるということはそのまま、彼女に会う機会を失うということになる。

 『ヘブンス・ファウンテン』は魔界内でも特殊な場所で、それゆえ、基本的には彼女はそこから出てこない。

 本会議をサボれば彼女に会うことはアトライアスには出来ないのだ。

 そう、アトライアスが円卓の通常議会をサボり、本議会のみ確実に参加するのはクレンシェルの存在があるからだった。

(はっきり言って本議会など参加したくはない! どうにかクレンシェル殿とお近づきになって、プライベートでも会うことが出来る様にならないものだろうか? そうすれば議会など適当な理由をつけていくらでもサボるというのに……)

 いつもの邪念を抱えながら、議会に参加しているふりをして、クレンシェルを盗み見る。いつものように苦痛と至福の混ざり合った時間を過ごすアトライアスだが……

(それにしても本当によく似ているな……)

 ふと、クレンシェルが邪魔になった髪を耳に掛ける様子をみてアトライアスは思った。

 誰が誰に似ているのか、それはクレンシェルを見れば一目瞭然だろう。――クレハと、クレンシェルがだ。

 大人びた様子と子供ぽさ、その違いはあるように見えるが2人は瓜二つの顔をしていた。顔だけではない。背丈や声、体つき――こう言っては何だが、胸のサイズまで――。2人は全く差異がないように見える。

 勿論人格的には全くの別人だろうし、人間であるクレハに羽など生えてもいないが、2人は同一人物でないかと疑ってしまうほどにそっくりだった。初めて見たときはアトライアスも驚いて訳が分からなくなってしまったほどだ。

 そう、思い返せば、アトライアスが何かとクレハを放って置けないでいるのは彼女が想い人であるクレンシェルに酷似しているためだった。

(世の中には似た顔の者が3人はいると聞くが、まさかここまでそっくりの者が悪魔と人間の壁を越えて存在するとは……)

 正直驚きに値すると言えるだろう。

「……ふむ、お前はどう思う、アトライアス」

 ふと問われ、アトライアスはハッとした。

「む……?」

 嫌な予感がしてクレンシェルの逆隣りに座るレ―ヴェンに視線を向ける。

 「聞いていなっただろう」と言いたげな老悪魔の視線が刺さった。

「むう……」

 申し訳なさそうに目を細めるアトライアス。

「はは、相変わらずですな。アトライアス殿」

 アトライアスのほぼ正面から笑い声が聞こえてくる。

魔王ヴィエルが笑みを浮かべていた。

「未だに会議はお嫌いで?」

ヴィエルの問いにおずおずと頷くアトライアス。竜人のような姿をしたヴィエルが苦笑をする。隣に座るべールに顔を隠した鎧姿の魔王カーシェルと共に。

「困りますな、アトライアス殿。ただでさえ、来られることが少ないのだ。本議会の時ぐらいはしっかりしていただかなければ」

 黒いマントに身を包んだ老悪魔がつぶやく様に吐き捨てた。一目見るとゾンビと見間違えてしまいそうなやつれた顔をした悪魔が睨みをきかせる様にこちらを見ている。

「タブレス公すまない。おっしゃる通りだ」

 色々と思うところがないわけではないが、この場は素直に謝罪するアトライアス。

 視界の隅でアグゼムが鼻を鳴らしていたのは問題ないが、クレンシェルが口元に手を当て、クスクスと笑っていたのには正直傷ついた。――なんとも恥ずかしい。

「全く、お前は…… アトライアス解っておるのか? 本来なら円卓の代表はお前が務めるべきなのだぞ?」

 レ―ヴェンが腹ただしそうにそんなことを言いだした。

「実力的にはお前が実権を握り、円卓を引っ張って行かなければならないのを、お前が前線に立ちたいなどと言うからワシが代わりにやっておるにすぎん。なのにお前と来たら、議会にはたまにしか顔を出さんし、補佐役もニルヴァースにまかせっきり、そのぐらい買って出てもいいくらいだろうに」

 またその話か…… いつものように始まった説教をやり過ごしながら、レ―ヴェンから見てアトライアスの逆隣りに座る魔王に視線を向ける。

 魔王ニルヴァース、鎧をまといし戦いの悪魔は今日も無言を貫いていた。

(あいつも興味のある事以外にはまるで反応はしないではないか。私と似たようなものだと思うが……)

 考え方や立場が真逆の所為もあるだろう。なんとなく敵意を持っているニルヴァースと比べられた気がしてアトライアスは不満を露わにした。すると――

「なんだ何かワシに文句があるのか?」

 レ―ヴェンにそれを見られ、アトライアスは更に彼の反感を買ってしまう。

(これだから議会は嫌いなのだ!!)

 案の定、レ―ヴェンの説教に更に熱が入り、アトライアスは円卓の場で炎上させられる羽目になった。




 結局、今回の『円卓本議会』も、いつものような報告会になった。いい知らせは、そうだな――人間界への進行は今まで通り、アトライアス当人の裁量に任せる、となったことぐらいだろう。後はレ―ヴェンに長々と説教をされ、アトライアスとしては散々な報告会となった。

 一応、議会終了後、城に戻りカエリウスに今回の議会の経緯を教えたがまあ、必要があったかは疑問なところだ。――まあ、久しぶりに部下たちの顔を見れたのでそこは良しとしよう。

 かくして議会を終えたアトライアスは何故か会議でもないのに集まっていた多くの部下に見送られ、再び休日へと戻った。


――リーゼ村近郊――

 アトライアスは転送を負えると、すぐにシュヴェリアへと変化し、森のはずれから街道へ抜け、真直ぐにリーゼ村を目指した。

「シュヴェリアさん!!」

 ふと背後から呼び止められ振り返る。

 見覚えのある少女が背後からこちらに向かって走って来た。――妙に嬉しそうに。

「クレハ――」

 立ち止り、駆けてくる少女の方に向き直ると、追いついて来た少女膝に手を突いて息を整える。

「はぁ……はぁ……やっぱり、シュヴェリアさんでした。背中に……大きな剣を背負っているから、そうじゃないかな……って思って……」

 苦しそうに息を切らしながらも、こちらを見上げた彼女は笑顔を浮かべる。先ほどまで見ていた同じ容姿の女性では考えられないほどの人懐っこさに、うれしさと戸惑いを覚える。

(いかん、落ち着け、私! 彼女はクレハであってクレンシェル殿ではない。一緒にするのはクレンシェル殿にも、クレハにも失礼だ!!)

 一瞬、これがクレンシェルならと考えた自分を恥じ、戒めのように言い聞かせる。目の前の少女とクレンシェルが別人であり、また別人として見なければいけない事ぐらいシュヴェリアにも解っている。勿論、そう心掛けてもいる。シュヴェリア――アトライアスの勝手で、都合よく彼女たちを見てはいけないのだ。

「ど、どうしたのだ……そんな風に走って……」

 落ち着くため、一旦クレハから視線を外す。森の緑を見て心を落ち着けた。

 息を整えたクレハがかがめていた身体を起こす。

「いえ、今日は私、一人で狩りに向かっていたんです。シュヴェリアさんも何か用があると言って朝早く出て行かれましたし、村もシュヴェリアさんのおかげで平和になりましたから」

 数日前、シュヴェリアが盗伐したことで解決した盗賊問題。あの問題がなくなったことで、リーゼ村は再び平穏を取り戻していた。

「でも、なんだか今日は思う様に狩りが出来なくて、それでもう少し粘ろうかとも考えたんですが――なんとなく、帰った方がいいかなと思って戻って来たんですよ。そしたら――」

「なるほど、私を見かけたので追いかけて来たという訳か」

 てっきりまた何か問題でもあったのかと思ったがそうではなかったようだ。でもだとしたら何故? 確かに村の外は魔獣もいるが、クレハも戦うことが出来るはずだ。多少の魔獣なら出てきても問題ないだろう。無理に追いついて来る理由はない。

 何故そこまでしてまで追い付いて来たのか? 素直に疑問をぶつけるシュヴェリア。すると、何故かクレハは顔を赤くした。

「あ、いや、その……別に大した意味はないんですが……そのぉ……」

 何故か口籠るクレハ。そんなに戸惑う理由なのだろうか? シュヴェリアは首をかしげる。

 やがてクレハは口を強く結び意を決したようにシュヴェリアを見た。

「えっと、その、早くシュヴェリアさんに会いたかったと言いますか、会えて嬉しかったと言いますか………………は、早く戻って来てよかったなぁ……と」

「は?」思わず疑問を返したシュヴェリア。

クレハは顔を真っ赤にして畏まってしまう。

 沈黙が場を包んだ。

(……な、なんだ、それはどういう意味だ? 早く会いたかった? 会えて嬉しかった?? 早く戻って来てよかった??? 待て待て、これではまるで……)

 シュヴェリアにも一応、恋愛感情の云々は存在する。それほど疎い方でもない。これがどういう意味なのかは解らないわけではない。クレハが今、かなり頑張ったであろうことも解る。

 だが、そうなると、つまり、今、この状況は……

 もじもじするクレハを見つめ、シュヴェリアは愕然とする。

(いやいや、待て、落ち着け、そんなはずはない。私は悪魔だ。魔王だぞ? そんなことあるはずがないではないか……)

 今の自分がただの人間、シュヴェリアにしか見えないことを忘れ、そんなことを考え出す。

 予定外の事態にただただ困惑した。

 やがて――

「な、なんて言ってみたりしてみました……び、びっくりしました……か?」

 自分が言ったことに耐えかねたらしいクレハが、自分からそんなことを言いだした。

 顔を真っ赤にして、うつむき、目線を彼方にして言った一言。説得力など全くなかったが……

「ナ、ナンダ、ビックリシタゾ、ハッハッハ…………」

 それに乗っかることにしたシュヴェリア。明らかに棒読みの台詞でその場を凌いだ。

「そ、そうですか……びっくりしましたか……」

 顔を上げ、引きつった笑顔を作るクレハ。見るからに残念そうで、とてつもなく申し訳なくなったが――彼女の考えていた想いや言葉をそのまま受け入れることは今のシュヴェリアには出来そうにない。

 きっと勘違い、ただの自意識過剰だ! と、自らを誤魔化して、なかったことにする。

 人間界では恐怖の対象。魔界では完全無欠な魔王などと謳われている魔王アトライアスであるが、案外とこういう話にはてんで弱く、ダメダメな一面がある。思えば、クレンシェルとの関係が進行しないのも、決まった女性との縁談話などもまるで出てこないのも、こんな性格が災いしての事なのだろう。

 いつものように、この手の話題をどうにか躱すと、帰還したシュヴェリアはクレハと何事もなかったかのように合流し、リーゼ村を目指したのだった。

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