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プロローグ

 ――Y.D 720年

 その後の人類史を左右することとなる、“ある一つの大きな事実”が歴史に刻まれることになる。

「もはや残る壁は、魔将カエリウスただ一人!!

 何としても奴を亡き者として、その後ろに隠れる諸悪の元凶を表に引きずり出せ!

 我らの女神がもたらす白日の光の元にその姿を暴き出し、聖なる裁きを与えるのだ!!」

 多くの兵が戦場となる暗い平原を駆け、列を成した彼らは最短ルートで不気味な平原の中でも一際の異彩を放つ巨城へ向けて突き進んで行く。

 経過は良好、兵士の士気も上々。人類の存亡を賭けた総戦力戦は、人間側有利で進んでいた。

数多くいた敵軍の将はすでに多くが敗北によって撤退、もしくは戦死、戦場からは姿を消していた。残るわずかな将たちもそのほとんどが人類の力に押され、それぞれの戦場に足止めされている。自分たちの城を攻撃されても、もはや助けに行く余力などありはしない。

 ――Y.D 666年より始まった悪魔との50年以上にわたる戦いは今まさに終わりを迎えようとしていた。

「クッ、おのれ、人間風情が調子に乗るなよ!!」

 大戦終盤、悪魔の居城は“開戦当時は最前線であった”平原以上に激戦の場所と化していた。

 次々と場内に攻め込んで来る人類に多くの戦力を平原での戦いに割いていた悪魔たちは対処できずに徐々に戦線を城の深部へと下げていく。

 結果、人類はついに、悪魔側の最後にして、最大の将『カエリウス』の元までたどり着いた。

 強大な力を持っていたカエリウスだが、人類の中に現れた勇者と人類に力を貸した女神の巫女、そして、女神の力の一端を与えられた数多くの人間たちの前には成す素手がなく、瞬く間にその戦いの場は城の最深部へと進んで行った。

「ここまでだ、魔将カエリウス。どんなに貴様が強くても、これだけの兵力が相手では勝ち目がない。――ましてや、その疲弊しきった肉体では、な」

「ふん、言ってくれるな。勇者などと言っても、所詮、脆弱な人間の中に生まれた存在だ。ただ、他の人間よりも少しまし、という程度に過ぎん。

――その程度の存在が私に偉そうに示唆するのはやめてもらいたいな」

 カエリウスはボロボロ身体に鞭打つように力を入れなおすと。手にした魔導書を構え、翼を羽ばたかせる。

「無駄な抵抗はおやめなさい。すでに貴方方に勝ち目はありません。聡明な貴方ならば解っているはず! おとなしく道をお開けなさい」

 巫女が叫ぶと同時に、その後ろにいた魔導士の一人が魔術を使用、羽ばたいたカエリウスを地面に叩き落す。

「……チッ、女神の力などなければこんなもの空気に等しいというのに!!」

 恨めしく見上げ、起き上がったカエリウスの前に立ちはだかる一人の騎士。

「これまでだ、己の罪をその身に刻み、地獄に落ちるがいい!!」

 剣を掲げた騎士。その剣には悪魔にとって最も厄介な力、神聖なる力が宿っている。

「ふっ、悪いがそんなおもちゃがなければ何もできない連中に殺されてやるつもりはない。この戦いもそうだ。

 今から私が貴様らすべてを屠り、我らが王の威厳をお前たちに思い知らせてやろう!!」

 「そんなことなど出来はしない」人間側の失笑を無視し、カエリウスは立ち上がった。

しかし、その顔色は限りなく悪い。

「なるほどな……」

 騎士はふらつく足で懸命に、自分の前に立ちはだかろうとするカエリウスの様子を見てその心情を悟った。

「敵と言えど、悪魔と言えど、貴様は一人の将と言うことか。――いいだろう、同じ将として、騎士として、私がトドメを指してやろう!!」

 騎士が剣を大きく振り上げた。カエリウスは立つのがやっとで、対処出来ない。

 誰もが、カエリウスの死を悟った。

 ――その時。

「――それまでだ……!」

 どこからともなく声が響き、落雷のように稲妻が走った。すぐさま飛びのける騎士。強力な雷撃が騎士のいた場所を走り、床を大きく抉る。

「!? 今のは……まさか……!?」

 異様なほどに強力な雷撃にその場の全てが静まり返る。

「――!?」

 突如、きしむ様な音を立てながら、カエリウスが守っていた“悪魔の巨城”その最後の扉が開いた。

「――下がれ、カエリウス。後はこの私が片を付ける」

 扉の奥にある深淵から響く声にその場の全てが震撼した。

「この声は――まさか!!」

 ギィという不気味な音を響かせ、大扉が開いた。深淵のような暗闇が扉の奥に続く。

 ――少しの間を置き、その奥くから何かがこちらに向かって歩いて来る。

 足音を響かせ、堂々とした足取りで悪魔の巨城の最深部を歩くその存在は人の1.5倍ほどはある巨体を揺らしながら、その存在感を少しずつ、その場に集まった者たちに見せつける。

「そんな、何故!?」

 扉の奥から現れた存在を目にしたカエリウスは、驚嘆の声を上げた。

 だが、驚いていたのは彼だけではないだろう。彼とは意味は違うが、その場に集った人間すべてが闇の奥から現れた存在に驚嘆していたはずだ。

 ――今まさに引きずり出そうとしていた存在が、自ら、自分たちの目の前に現れたことに。

「漆黒の8枚もの翼に、数多くの魔の力を帯びた装束や装飾……」

 一人の魔導士が震える声で呟いた。

「あの2本の角と、牙のように突き出した2本の犬歯、左右の色の違う瞳!!」

「ああ、間違いない褐色の左目に付いた傷跡――見覚えがある!! 忘れもしない! ……50年前、ここにあった俺たちの故郷を瞬く間に滅ぼした野郎だ!!」

 故郷を同じくする二人の老騎士が叫んだ。

「あの異様な魔力を放つ剣――もはや間違いありません。勇者アルビオ!!」

 女神の巫女が叫び、一人の青年の方を向いた。

「……魔王アトライアス=S=ガルムベルト……!!」

 絶大な存在を前に勇者はその名を噛み締めた。

「いかにも、勇者アルビオ。我こそがこの城の主であり、現、人間界の支配者、魔王アトライアスだ。

我の配下を避けよくぞここまで来たな、勇者と人の精鋭たちよ。その功績、素直に称えさせてもらおうか」

勇者の問いに答えるかのように答える魔王、ただ名乗っただけにも関わらず、その存在感はただならぬ緊張感を集った者たちに与える。

「こ、こいつが、魔王……」

「なんて威圧感だ。魔将、3魔将ってやつらもただモンじゃねぇと思ったが……」

「ああ、他の悪魔たちとはケタ違いだ。こんな存在がいるんなんて――!!」

 人類の精鋭たちはその存在を見るなり慄き《おののき》、戦慄した。

 今まさに自分たちが剣を向けようとした存在の強大さに意思が揺らぐ。もし、彼らが自分たちの力だけでここまで来たのならば、その意思はきっと揺らいでいたことだろう。

 対峙した、ただそれだけだが、その衝撃は数々の恨みや憎しみ、仲間の無念や雪辱の思いだけでは乗り越えられない恐怖を人間たちに植え付けた。

 己の存在をちっぽけなものと嫌でも思い知らせたのだ。――だが。

「大丈夫だ、皆、しっかりしろ!! 我々には女神の加護がある!! このような悪しき存在に負けるはずがない!!」

 部隊の士気の低下を感じ、人類部隊の指揮官たる一人の騎士が声を上げた。どこかの王国の騎士団長か何かであろう。その輝かしい鎧をまとった騎士の一言に、兵たちが戦意を取り戻した。

「クッ……陛下……!!」

 人々が団結する側で、カエリウスは人知れず、現れた主人の元へと駆け寄る。

「……カエリウス。これはまたずいぶんとやられたものだな」

 駆け寄った部下を前に、視線を落とす魔王。カエリウスはびくりと身体を震わせた。

「も、申し訳ありません陛下。たかが人間などにこのような失態……面目のしだいもございません」

 カエリウスは自らの傷と痛みを押して、深々と頭を下げる。その姿にはどこか恐怖に慄いている様子があった。

「ですが、どうか今一度、チャンスを――!! 必ず、陛下の――魔王軍の威厳を示して見せます!! ですのでどうか!!」

 恐怖に震えながら意見するカエリウス。

魔王は少しの間、沈黙する。そして――

「よい、貴様にはもう無理だカエリウス」

「!?」

 魔王の非常な一言にカエリウスはショックを隠せなかった。

 『役立たずには死あるのみ』それが魔界の暗黙のルールであることを知者であるカエリウスが知らないはずはなかった。

 己の運命を悟り、カエリウスは悔しそうに視線を落とした。

「女神の力と言うのがここまでとは思わなかった。まさか、お前までもが敗戦を強いられるとはな。完全に予想外だった」

「……」

 この重要な一戦での決定的な失態。もはや自分に救いはないだろう。しかし、それよりも、カエリウスにとっては、魔王アトライアスの名に泥を塗ったというのが許せない。しかも、その失態をぬぐうことすらできないとは……

 カエリウスは主人に会わせる顔いと視線を落とした。

 魔王はふと腰を落とすと口惜しさにふさぎ込むカエリウスに視線を合わせる。

「しかし、どうやら無事ではあるようだなうだな。安心したぞ、カエリウス。

 お前にもしものことがあったのでは流石に、私も冷静に戦うことなど出来なかっただろう。

 ……とすれば、この戦いの行く末もどうなっていたことだろうか――

 少なくとも私の望む結果にはならなかったことだろう。――よくぞ無事でいてくれた」

「!! 陛下!?」

 到底、魔王とは思えない、信じられないような一言。

カエリウスは自身の耳を疑い、目を見開き顔を上げた。

「魔王アトライアス!!」

 勇者アルビオが叫びを上げた。

アトライアスが立ち上がると。勇者の斬撃が彼を襲う。

「――ほう。なるほどな」

 遠距離での勇者の斬撃。それは自体は到底、魔王に届くものではない。だが、その技は自身の斬撃を魔力で実体化させ飛ばすことのできる遠距離攻撃だった。

 魔力を帯びた勇者の斬撃が命中し、魔王の頬から赤い血を出血させる。

「おお!!」

「!! 陛下!?」

 人間側からは歓声が沸き、カエリウスは驚嘆の叫びを上げる。

 この技はさして珍しいものではなく、ごく一般的なものだ。多少の修練を積めば、誰にでもできるもの。しかし――

「ふん、まさかこの程度の低位の技で私の結界を破り、多少なりともダメージを与えてくるとはな。

 ――女神の加護と言うのは相当なもののようだ。カエリウスが返り討ちに遭うのにも納得がいく」

 頬をぬぐい、カエリウスの前に出る魔王アトライアス。

「今のは様子見だ。無論、本気ではない」

 勇者の言葉にカエリウスの表情が激しく歪んだ。

「数多くの魔具に身を包んだその肉体ですら攻撃を防ぎきれない」

「加護を受けてるのは俺らも同じだ。当然、ここにいる全員がお前に傷を与えることが出来る!!」

 騎士たちが次々に声を上げた。

 魔王は冷静な表情を崩すことなく、その言葉に耳を傾ける。

「もはやあなたの絶対的な優位はもう存在しないということ!」

「つまり、お前の悪だくみもここまでってことだ!!」

 ますます勢いづく人間たちの勢い。カエリウスは我慢できず、魔王の前に出ようとしたが、「下がっているがいい」自らの主人に先に釘を打たれてしまった。

 カエリウスに下がるように指示すると魔王一歩、また一歩と人の軍勢の前に歩みを進める。

 そして、静かに目を閉じると。

「どうやら準備は整っているようだな? 良いだろう、お前たちの意思を示してみるがいい」

 静かに呟いた。

 静寂が巨大な広間を包み込む。そして――

「魔王アトライアス、すべての不幸の元凶よ――――――――覚悟!!」

 巫女の一言で部隊すべてが急速前進、魔王に向かい突き進む。

 アトライアスも静かに剣を引きぬくと――

「……貴様たちに魔王アトライアスと言うものがどのような存在かを教えてやろう」

 ささやくように言ったのち――

「――絶望と共にな!!」

 力強く響かせる。




 ――Y.D 720年エルピスの月

 人類の歴史に新たなる1ページが刻まれた。

 女神の加護を得た人類が圧倒的有利で始めたこの戦いは、文字通り、人類の今後の運命を決める一戦となった。

 女神の加護の偉大さを目の当たりにしたものは誰しもが、――それこそ対峙した魔王軍すらも人類の勝利を確信したほどだった。

 あるものは主人の身の安全を危惧し冷静さを失った結果命を落とし、あるものは敗北を予期して魔界に逃げ帰った。

 人々は魔王からの解放を誰一人として疑わず、一致団結して、勇者一行を送り出し、激励し、勝利への思いを募らせた。

 ――そう、最高の状態、最高のタイミングで、勇者と巫女の一団は魔王軍に戦いを挑んだ。

 そして――




「馬……鹿な……有り得……ない……」

 すべての決着が着くその直前、その声は響いた。

 魔将カエリウスは全ての結末をその目で見て、呆然としていた。

 たった一人残った『彼』は絶望にも似た表情で、目の前で自身に剣を向けるその存在を見つめる。

「信じられない……こんな……こんなことが……」

 カエリウスの言葉はどこか空虚で、夢でも見ているかのようだった。

 こんな結末など、夢にも思っていなかった。

 信じられない、ただその言葉だけが知略に長けたカエリウスの脳内を支配する。

「…………」

 大口を開けて愕然とした。

 自分がこのようになる未来を誰が予想しただろうか?

 そう感じたカエリウスだが、仮にもし、予想していたもう一つの結末を迎えてとしてたら――

自分にはどのみちこの結果しか残ってなかったののだとカエリウスは気が付いた。

この戦いの結果がどう転んでもカエリウスには呆然とするしかなかったのだ。そう――今のように、何故なら、

「なんで? なんでこんなことになる!? おかしいだろう、どう考えたって!!」

 もはや何が何だかわからなくなり、『彼』は頭を抱えた。

『彼』その姿はすでに、――“勇者”でもなんでもはない。ただの年相応の青年だった。

「よくぞここまで戦った。見事だ。仲間を失い、巫女を失い。女神に与えられた剣すら失ってもたった一人で最後まで我の前に立ちはだかった。素晴らしい。まさに勇者、“勇敢なる者”。称賛に値する精神だ。

 ――しかし、残念なことに、精神論だけでどうにかなるほど現実は甘くはない」

 『彼』に剣を向ける存在はうろたえる青年にはっきりと言い放った。

 魔王アトライアス、その存在は傷だらけではあったが、未だ健在、装備も何一つ失われてはい。

 周囲には鎧も武器も全て砕かれ横たわる数多くの骸、他にあるのは生きてはいるもののすでにボロボロの勇者とただただ呆然とするだけの魔将最強の悪魔だけ。

 魔王アトライアス――それはそのどれよりも多くの敵と過酷な戦いをしたにもかかわらず、その誰よりも整然とした容姿で今この場に立っている。

 信じられない、そう眼差しを向ける宿敵や配下の存在を尻目に。

 「――ひ!?」と青年が声を上げた。

 魔王アトライアスが自らの愛剣をうろたえる青年の喉元へと押し出したのだ。

「哀れな。先ほどまで勇者として戦っていたものの顔とは思えんな」

 力なく立ち尽くすみすぼらしい勇者、その顔は涙と恐怖でぐしゃぐしゃだ。彼より高い位置から見下ろす魔王の視界からは突き出した大剣より上しか見えず、勇者は泣きじゃくるだけの生首状態。

 それこそ見るに堪えない光景だったことだろう。

「……まあ、仕方のないことかもしれん。全人類の期待を背負うにはお前は若すぎた。他に先陣を切る者を出せなかった人類にこそ非はあるのだろう。

 ――そう考えれば、なおの事哀れだな」

 蔑む《さげすむ》というよりは、同情を禁じ得ないという様子の魔王。その様子が意外だったのか、瞬間、勇者と呼ばれた青年の顔の恐怖が和らいだように見えた。

「――が、これだけのことをしたのだ。誰かが責任を取らねばなるまい!!」

 しかし、不意に魔王が強い眼光を取り戻したことで、青年の顔に恐怖が舞い戻る。「悪く思うな」魔王のその一言で青年は叫んだ。

「う、ああああああああ!!」

 すぐさまその場から駆けだす青年。数分前に多くの仲間と共にわが物顔で進んできたその道をたった一人でみじめに逃げ戻る。

 ……その背中に魔王は斬激を飛ばした。――初めに勇者がそうしたように。

 たった数秒のことだった。魔王軍にも人類にも多くの犠牲を出した何日にもわたる戦いは、たった数分でその様相を180度変え、たった数秒で結末を迎える。

 全て見ていたはずの魔将軍カエリウスすらも、何が起こり、結末が変わったのか解らないほどだった。




 ――Y.D 720年エルピスの月、最後の日。

 この日、人類の歴史に新たな史実が記載されることとなった。

 『人類の完全敗北』

 50年以上に亘った人間と悪魔の戦いは、人類が魔王アトライアス率いる魔王軍に全面降伏する、と言う形で結末を迎えた……


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