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第一章:勇者降臨

 ――景色が歪む

 

 ある世界。

 男は勇者と呼ばれ、自ら勇者と名乗った。金色の髪は、月明かりを受けて輝き、腰に指した剣は彼が一歩歩くごとに僅かに揺れる。

 白を基調とした、戦闘に特化した動きやすく軽い服。隙間から覗く素肌は、白く透き通っている。

 彼は今、自身に起きた変化について考えをめぐらせていた。

 景色が歪み、徐々に体も安定をなくしていく。ここで感覚をなくせば、おそらく二度と、この世界を体感する事はなくなってしまうのではないだろうか。そんな不安が掻き立てられる。

 さらに一歩歩を進める。

 ついに視界は、完全につぶれ、ただの気持ち悪いマーブル色の世界となった。音は少し前の時点でただの雑音以下の聞くに堪えないものとなっており、においはさらに前から感じない。

 あとは、己の感覚のみが頼りだった。


 ――沈む……いや、浮いているのか。それとも及びもつかぬ何か……

 

 終わった。

 全てをなくし、意識だけとなったのか、もしくは無を漂っているのか。どちらにせよ、彼は世界との接点を無くした。

 しかし、この無すらも世界であり、この世界は言わば通過点。彼には流れ着く先が用意されていた。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 「どこだ、ここは」


 勇者の意識は冷たい石の上で覚醒した。

 現状、再び世界との接点を取り戻したことを祝福すべきか、それとも全く意味不明の世界に飛ばされたことを嘆くべきか。

 彼はまず、腰の剣を掴んだ。


 「武器はある。どうやら、敵の襲撃ではなかったようだな」


 状況を確認し、頭の中で整理しながら彼はその場に立った。靴も履いたまま、衣服が特に乱れているわけでもない。傷も負ってはいない。

 では、なんのために。というよりかは、なぜ? というところに彼の思考は行き着いた。どういう理由で、そもそもどうやって、俺はこんな場所にいるのか。

 どうやら建物の中だ。


 「おら! 入れ!」


 突然、ゴゥン、と謎の音が建物の中に響き、太陽の光が差し込む。そして人の声。

 敵か、とも考えられたが、すでにどこかに入っている彼に対して、「入れ!」という怒声はどう考えてもおかしい。

 だがその声は明らかな怒気、敵意を含んでいたのを彼は感じ取っていた。

 つまり、自分以外の誰かが、ここに入らされるというわけだ。状況が同じである限り、それは自分にとっての仲間であるかもしれない。


 「いってぇー! めちゃくちゃすんなよ」

 「なんで俺らがお前を丁寧に扱うんだよ! 今からお前ボコボコにすんだぜ?」

 

 次々と人が入ってきた。

 人数は合計で7人。だがどう見ても、6人対1人。そして1人はすでに後ろ手に腕を掴まれており、絶体絶命の状況だった。

 見る限り、武器も持っていないようだ。


 「あ! 誰かいる!」

 「なにぃ? そんなバカな……ほ、ほんとだ!?」

 「何か知らんがチャンスだ!」


 6人に一斉に隙ができる。

 追い詰められていた男は、後ろ手に掴まれていた腕を抜き、そのまま1人の顎に拳を打ち込んだ。

 鈍い音が響き、殴られた男はそのまま地面に倒れる。

 直後に5人の意識が殴った男に向く。応戦するのかと思いきや、殴った男は一目散に逃げ出そうとした。

 しかし走った先は建物の奥。どのみち袋のねずみではある。

 だが彼の目的はここから逃げ出すことではない。


 「おーい! あんた何者?」

 「俺か。俺はルーク。ルーク・アルフォードだ」

 「え? 異人さん?」

 「まだ偉業など成してないが……一応勇者だ」

 「は? 何言ってんデスカー? まぁいいや。助けてくれぇー!」

 

 男はそのままルークの後ろまで走り、丁度ルークを壁にするようにして立ち止まった。

 直後に5人の男が追いついてくる。


 「てめぇ逃げんじゃねぇよ!」

 「ふざけんなよ……てめぇ、まじふざけんなよ!」


 次々と罵倒が飛び交う中、ルークは後ろを振り向き、自らを立てとしようとする男を確認する。

 黒い髪は、ツンツンと立てられていて、長さはそれほど長いわけじゃないが、短髪でもない。少し目が尖っていて目つきは悪いが、顔立ちは整っている。

 

 「名は?」

 「西崎鈴斗さいざきれいと

 「西崎か」


 ルークは再び前を向き、腰の剣に手を置いた。 

 彼は6対1という最初の状況から、西崎鈴斗は悪人ではなく、多勢に無勢。虐げられていた側だと決定した。

 鈴斗はゆっくりと視線を落とし、ルークの手が何に掛かっているかを確認し、目を見開いた。

 そして、これはなにか、凄くまずいことになりそうだと直感し、背中を冷や汗で濡らしていた。彼は真剣など触れたことも見たことも無い。


 「お前達」

 「あぁ?」

 「退くなら今のうちだ」

 「バカか!? 状況見やがれ!」


 ルークは剣を抜いた。といっても、鞘はついたまま。

 彼は剣を、刃物としてではなく鈍器として使うことにした。だが重量でいえば、抜き身よりも増すので、当たれば当然凄く痛い。

 剣を構え、5人の男達に向かってルークは直進する。

 その目に、何の迷いも無い。躊躇無く、その剣は男達の脳天をぶん殴る。

 だが人数の利があり、彼等は退くという選択をしなかった。故に、すごく痛い目にあうこととなった。


 「はぁ!」


 剣が振るわれ、男の1人のわき腹に直撃する。

 そしてそのまま垂直に10数メートル吹っ飛び、建物の壁に激突して止まった。


 「……!」

 「……!」

 「……!」

 「……え?」


 状況判断の遅れた1人の横腹に、剣が打ち込まれた。

 先ほどの男と同じように、建物の中を垂直に飛んでいく。そしてゴォン、と凄い音を立てて静止した。

 この時、残された3人は瞬時に状況を判断し、とるべき行動をとっていた。

 その場で軽く体を浮かせ、膝を抱え込む。

 そしてそのまま重力に任せて落下する。膝が硬い地面に当たって痛いとかは言ってられない。そこから流れるように両手を膝の前に突き、頭を勢いよく下げた。

 完璧な流れ、タイミングも揃っている。


 「「「すいませんでしたぁ!」」」


 ようするに、3人は土下座した。

 ルークが剣を腰に戻し、背を向けると男達は慌てて立ち上がり建物から去っていった。


 「いやぁ、すげえな。助かったよ」

 「気にするな。これも勇者の務めだ」

 「はぁ、よく分からないけどありがとうな」


 鈴斗は礼を述べると、ルークの全身を見た。

 城を基調とした、まるでRPGに出てくるキャラクターの着ているような現実味の無い服に、腰には剣。鞘から抜かれる事は無かったが、真剣じゃないとは言い切れないもの。

 そして金色の髪。あまりに現実味が無かった。

 

 「とりあえず……えっと、ルークさん?」

 「あぁ、いや。ルークでいい。見たところ年も変わらないようだ」

 「そうか?」


 年上に見えていたのだが、向こうがそう言うのだからそうなのだろう。とりあえず、呼び方はルークと呼び捨てにすることとした。

 

 「恩人に変なこと聞くけど……あんた、何者?」

 「まぁ、珍しいものだろうな。無理も無い。俺は勇者だ」

 「……えーっと。勇者、さんですか?」

 「ああ、そうだ」


 ――ようするに、アイタタタな方なのか? だったら関わりたくないんだけど、恩人だし。それに万が一、というか有り得ないけど、マジで勇者かもしれないし……

 普通こんな思考はしない。

 だが、ルークの強さ。そして容姿、口調。全てに現実味があまりに無く、勇者といわれたら信じてしまいそうになるのも無理は無い。

 そしてルークは、本当に勇者なのだ。


 「えっと、じゃあ魔王とかと闘うのか?」

 「一応、剣を交えた事はあるな。大陸を統治するほどの巨大な力を持った魔王だ」

 「……いつ倒すんだ?」

 「うむ、実は少しややこしい事になっていてな。結論だけ言うと、俺は今、魔王アベルを倒すつもりは無い。まぁ目の前に現れれば迷わず斬り伏せるがな」


 ――大陸

 絶対に日本には使わない呼び名。

 西崎鈴斗が今いるこの日本は島国だ。だからルークの言葉を信じるならば、ルークは大陸からやってきて、今現在魔王とは戦う意思の無い、勇者で。

 なぜか島国日本の都内のある、倉庫の中にたった1人でいたということになる。

 

 「ルークってどこから来たんだ?」

 「オルフェウスという国の小さな村に家がある、が。俺はどこかに留まる事はあまり無かったからな……どこからというとスタート地点であるそこになる、が……」

 「どうしたんだ?」

 「今、ここがどこで、どうしてここにいるのか。俺は分からない」


 妄想癖が激しく、さらに夢遊病の気があり、金髪で、剣を持って勇者を名乗る勇者に見える男。一番妥当な線だが、一番おかしく思えてしまう。

 ここまでの情報を整理すると行き着く先はしかしこれだ。

 がしかし、明らかに自分がおかしな推理をしていると理解した上で考える。

 本当にオルフェウスという国は存在し、そしてそれはこの世界じゃない。

 だから、ルークは、どこか別の世界で、意味不明の何かに巻き込まれ、意味が分からないままにこの世界に行き着いた、正真正銘本物の勇者である。

 なぜかこちらが真実に見える。

 

 「ここはな。日本という国だ」

 「そうか、やはり別の……だが聞いた事は無いな。ニホンとはどの辺りにある国だ?」

 「ユーラシア大陸の東、と言っても分からないよな」

 「すまん……そもそもそんな大陸は」

 「だと思った」


 頭が痛い。

 というか分けが分からない。

 

 「行く当てもないんだろ?」

 「というよりも、状況も分からない。正直困っている」


 ルークは鈴斗を見た。

 ルークにとって馴染みの無い珍しい服。

 といってもそれは、この日本という国ではごくごく一般的な学生服というものだ。

 ルークはその服の意味、役割など何も知らないが、その服が戦闘に向いたものではないことはすぐに理解した。

 それに武装している様子も無い。それは、彼のいた世界ではおおよそ有り得ないことだ。

 彼は感じていた。ここは、別の国だなんてレベルではない。おそらく全く別の世界なんだろうと。


 「仕方ないな、助けてもらったし。とりあえず俺の家に案内するよ」

 「すまない」

 「いいぜ別に。俺1人暮らしだから」


 西崎鈴斗は高校生であり、都内の学校に通うために1人暮らしをしている。

 家賃や生活費についても、両親が送ってくれている。彼は今、のんびりと、自由な高校生活をエンジョイしていた。

 しかし、変化は突然訪れた。

 そしてそれは劇的に彼の生活を変え、のんびりとした1人暮らしの高校生活などを許してはくれなかった。

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