雨は嫌い。
プロローグ
六月は嫌い。
だって、雨ばっかり。
雨が降ると、髪がうねるの。
ブローしてもまとまらないし、イヤな事を思い出す。
ねぇ…。
あの時、私がもっとちゃんと貴方と向き合っていたら貴方は死ななかったの?
解が無い数式をずっと解いてる気分になる…。
私は数学者じゃないから、それはただの苦痛でしかない。
あぁ、これだから……。
雨は嫌い。
頭が痛いの。
Ⅰ
私が通っていた高校は、そこそこの進学校だった。小中学時代に良く話しかけて来た友達とは違う高校。最近、その子からやたらと愚痴メッセージが来る。
『マヂ最悪。うちのガッコ、マヂ頭悪い。授業にならない。』
『受験勉強もっと頑張れば良かった…。奈央と一緒のとこ行けばよかったよ~(涙)』
『面倒なグループに目をつけられちゃった。学校行きたくない。』
『も~、どいつもこいつもバカばっか!もぉヤダ!』
毎日毎日、飽きもせずに送られてくるメッセージ。最初のうちは『出来る事を頑張って!高校が駄目なら大学は良いトコめざそ!ファイト!』とかリプしてたけど、私のメッセージなんかお構いなしに毎回愚痴ばかりが送られてくるから嫌になった。受験期間中もアプリゲームにうつつを抜かして「高校なんて、どっこも一緒ジャン!」って言ってたのは貴方じゃない!努力しなかった結果に、愚痴をこぼして何になるというのかしら?
私は、そういうのは嫌い。自業自得。不平ばかりこぼす人となんか一緒にいたくない。向こうの愚痴がどんどん私に降り積もって、私の息が苦しくなる。こんな時、言霊ってあると思うの。負の言葉には負の感情。私に宛てられた言葉の重みで潰されそうになる。
だから、その子からの通知を切って、メッセージアプリも開かないようにしてた。鳴らない通知音。集中して読めるミステリー小説。犯人の動機が分かったところで、いよいよ明かされる殺害方法。ドキドキが最高潮の時に、着信音が鳴った。その子からだった。気付かなかった振りをして、続きを読もう。そう思って、少し待つ。着信音が切れて、留守番メッセージに切り替わる。ほっとした瞬間、ブチッと切れて、またけたたましく着信音が鳴った。これは出るまで、鳴りやみそうにない。用があるなら、留守番電話に入れてくれたらいいのに…。私は諦めて、通話ボタンを押す。
「もしもし…」
「あ~!奈央!良かった~!メッセ送っても全然既読がつかないし、心配してたんだよ~。でも、良かった。最近どう?」
「あぁ…。最近、課題と部活で忙しくて…。帰宅したら、やる事やって泥みたいに眠ってたから、見てる余裕がなかったの。」
「そっか~、大変だね。ところで、聞いてよ~」
そっから、また延々と繰り返される愚痴。勘弁してよ…。
「ゴメン…。私、今、忙しいから愚痴なら今度にして。」
なんとか言葉を絞り出す。普通、十日も既読がつかなかったら、自分は相手に距離を置かれているんだと悟って、そっとフェードアウトするものじゃないの?
「あぁ、ごめんごめん!今回はちょっと真面目に相談!奈央が前に言ってたでしょ。学校が駄目なら自分で勉強するしかないって。考えたんだけどさ~ぁ、どう頑張ってもうちが貧乏だから、大学には行けっこなさそうなんよ…。で、就職の事を考えたら、何か資格を取るのがいいんじゃないかと思って…。私、バカだから今のうちからやっとかないと何も受からなさそうだからさ~。何がいいと思う?」
……そういう事なら、と私は考える。両親の会話を元にしたアドバイスをする。
「会社で働くならパソコン関係は有効だって話よ。あと、お金の事を知りたいならFP。今、人手不足の介護職に行くなら、介護士とかの資格が色々あるから――」
「あ~!介護とか無理!なんかこ~カッコ良くて、楽にちゃちゃっと稼げるのがいい~!」
「…そういう仕事は…、無いと思うわ。」
ちょっとムッとした。人は努力しなくちゃ、良い環境にはつけないと思うのに、最初から努力を厭ってどうする。
「えぇ~!マジか~。あ~ぁ、ホント、嫌になっちゃうよ。でさ~ぁ…」
あ~、これは駄目だと思ったので、私は足でドアを叩く。
「あ!ゴメン!ママに呼ばれちゃったから、またね!ママ、今行く!」
そう言って、有無を言わさず、電話を切った。どっと疲れた。折角のクライマックスシーンだったのに、余計な邪魔が入った。興ざめだ…。
*****
「奈央。高校はどうだ?」
「うん。フツーで平和。皆、再来年の受験に備えて、着々と準備しつつ、日々を満喫してる感じ。変に和を乱す人もいないし、先生も優しいし、平和な学校だよ。入れて良かった。」
「そうか…。じゃ、受験までに奈央が進みたい道を見付けるといいな。」
「うん。」
サクッとあがったハムカツを齧りながら答える。ママの作るご飯は美味しい。
「なっちゃんはまだ高一なんだから、なりたい物はぼんやりでもいいのよ。でも、ママが思うに、なりたい物とか好きな物の根っこは大体小五の時に確定してると思うわ。これ、ママ理論。」
「へぇ…。」
小五の時に好きだったものか…。
そう言えば、あの子がこの町に引っ越して来たのは小五の時だった。素敵な転校生を期待していたクラス一同は、先生に連れられて教室に入って来た新顔を見てがっかりした。眼鏡をかけて小太りで、ちょっと破れたジャージの上下を着てたから。漫画とかで良く見る素敵な転校生じゃなくて、教室はしらけた。「漫画が好き」とぼそぼそ喋る。だから、女子は見ないふり。男子は「あっち行け、デブ」って軽くディスってた。まぁ、そんなもんだよね。私も見ても見ないふりをしてた。
でも、ある日。給食の時間にあの子が転んで、牛乳の瓶が割れた時、男子が「気を付けろ、ブス!くっせーなぁ、早く拭けよ!死ねっ!」って言って雑巾を投げつけたのを見た時に、私の中の正義感が立ち上がった。
「「死ね」なんて、人に言っちゃダメでしょ!」
そう言って、雑巾をそいつに投げ返した。あの子は、吃驚して私を見てた。
「古瀬さんが転んだのはわざとじゃないわ。怪我の心配をしなさいよ。そんなに元気なら、貴方が床を拭けばいいでしょ!」
そう告げて、私は割れた瓶の欠片を拾った。その時になって初めて、担任の先生が「遠野、先生が拾うからいい!お前は古瀬を保健室に連れていってくれ」って仲裁に来た。
「古瀬さん、行こ。」
しゃがんだままの古瀬さんの手を掴んで、立ち上がらせる。ぷっくりとした厚みのある手だった。
「あ、ありがと…。」
そのまま、無言で保健室に行った。保健の先生が古瀬さんを見てくれた。ちょっと擦りむいただけだった。だから、教室に戻った。皆はもう給食を食べ終えて、校庭にでて遊んでた。私と古瀬さん、二人で残って手つかずだった冷めた給食を食べた。メニューは確か、ビーフシチューだった気がする。
「遠野さん。さっき、ありがとう…。」
ボソッと古瀬さんが言った。
「別に。人に簡単に「死ね」って言う奴が許せなかっただけよ。」
「うち…貧乏だから、服とかあまり買えなくて…。」
そこから彼女のちょっとした身の上話を聞かされた。私の家は両親が揃っている。パパはサラリーマン、ママはスーパーのパート。毎日皆でご飯を食べて、テレビを見る。服がサイズアウトしそうなら新しい服を買うし、休日はちょっとした遊び場に行くのが普通だと思っていた。でも、そうじゃない家庭もあるのだと知った。授業で教わる発展途上国の貧困よりも、身近な貧困がある事を知った。
Ⅱ
月日は流れた。
私は受験を終えて、晴れて大学生になった。ここ一年程大人しかった古瀬さんから電話が来た。春から社会人になると言う。本屋で働くから、欲しい本があったら連絡してね、社割で買えるよ、って言ってた。「ありがと」って言ったけど、本を引き取るのにわざわざ愚痴を聞かされるのはごめんだったから、そのままスルーした。大学生協があったので、わざわざ古瀬さんに頼む必要はなかった。
大学生活は楽しかった。バイトを始めて使えるお金が増えた事もあって、いろんな所にサークルの友達と出掛けた。映えるスイーツのあるカフェ。人気の開運スポット。大ヒット映画を上映してる映画館とその映画に関する聖地巡り。
毎日が楽しくて、私は古瀬さんの事を忘れた。彼女は私の中で過去の人になっていた。
大学二年のある夜に電話が来た。古瀬さんのお母さんからだった。
「夜分にすみません…。うちの子がそちらにおじゃましていませんか?」と。中学を卒業してからは電話やメッセージでしかやりとりしてない事を伝えると「そうですか…」と電話口の向こうで溜め息を漏らした。
「どうかしたんですか?」
「いえ…。余計な心配だとは思うんですけど、最近あの子の身なりがどんどん派手になってて…。最近は帰って来ない事も多くて心配で…。良く遠野さんのお話をしてたから、あの子の昔の手帳を見て、お電話させてもらいました。夜分にごめんなさいね…。」
「いえ…」
それで電話は終わった。
それから一週間後に、今度は古瀬さん本人から電話があった。
「もしもし。元気?良かったら、今度お茶でもしない?」
いつもだったら面倒で断っただろうけど、先日の事があったから気掛かりで、久し振りに会う事にした。久し振り過ぎて何を話せばいいか分からなかったので、友達が「おいしい」と言ってた季節限定のスイーツを買ってそれを手土産に持って行く事にした。最悪、この話題で乗り切ろう。
約束の日は雨だった。大学の講義を終えてサークルの皆とだべった後、六時半に待ち合わせ場所に行った。帰宅する人達で溢れかえる駅の構内で、やけに派手な色合いの人がいた。古瀬さんだった。
「遠野さん!」
大きな声でそう言って、駆け寄って来た彼女は私の記憶にある彼女とは大きく違った。使い込まれたブランドのバッグ。安物だけど流行りのデザインの服。キラキラと光る石のアクセサリー。太った体型はそのままだけど、一言で「デブ」と言うより「胸が大きく肉付きがいい」位に収まっていた。
「久しぶり!元気してた?」
「うん。」
「じゃ、早速だけど、ご飯食べに行こ!ここの改札を出た地下にタンシチューの美味しい店があるんだ。今日、雨だからさ、外出るより濡れない地下がいいよね!」
そう言ってスタスタと前を歩く古瀬さんは、昔みたいにいじめられておどおどしてた古瀬さんじゃなかった。店に入ってメニューを見る。メインのシチューにサラダ、ご飯かパンの二択にコーヒーとミニデザートがついて千八百円は高いと思った。逡巡してたら、古瀬さんが言った。
「今日は私が奢るから大丈夫。大学生だとそんなにお金持ってないでしょ?」
「え…。あ、ありがと。じゃ、お言葉に甘えて…」
古瀬さんは慣れた感じでメニューを注文した。私は手土産を渡した。
「あの…。良かったら、これ…。」
「わ!これ今バズってるやつじゃん!」
「うん。知ってた?」
「勿論!」
そこから、暫くはそのスイーツの話題。メニューが運ばれてきてからは、食事の話題。会話をしながら、一体彼女は何が言いたくて私に会ったのか、その真意をつかみかねていた。
食後のデザートが運ばれてきた。コーヒーを飲みながら彼女は言った。
「あのね。母にはまだ言ってないけど、私、本屋辞めたんだ。」
「え?そうなの?」
「うん…。最初のうちは良かったんだけど、だんだん周りの風当たりが強くなってさ~。悪口ばかり言われて、重い雑誌ばっかり担当させられて腰も痛くて…。そんで、もっといい時給を求めて飲食業に行ったの。」
「へぇ…」
飲食業ってそんなに稼げたっけ?
「まぁ、裏オプションありなんだけど…。こんな私でも需要はあるんだ、って思ったよ。」
ん…?ちょっと待って、と思ったけど、敢えて聞き流した。
「そんで、そこを経営してる人と今度結婚しようって話になったんだけど、カレ…。借金があるらしくて…。私も夜の仕事増やそうと思ってるんだけど、それだけじゃ足りなくて…。で、でねっ!いい話があるの。カレには秘密って言われてるんだけど、奈央にだけは教えてあげたくて。実は…今はまだ市場に出回ってないんだけど、今度上場するって会社の株が…」
そこまで聞いて詐欺だと思った。だから、余計なお世話だと思ったけど、せめてもの優しさで言った。
「それ、詐欺じゃないの?古瀬さん、金融商品を扱う資格とかあるの?」
彼女は黙った。
「悪い事言わないから、そんな事からは足を洗って、地に足がついた生活をした方がいいよ。」
「でも、カレが…。大丈夫って…」
ちょっと震える声で言った。
「そのカレって信用できるの?古瀬さん、その人について何を知っているの?結婚しようって言うなら、もう実家に挨拶に行った?両家で顔合わせとかした?」
「し、してない…。今は…仕事が忙しいからって…」
ゴニョゴニョと口篭もる彼女に私は言った。
「そもそも、本当に好きで将来をきちんと考えている彼女にそんな仕事させるかな?私はそんな不誠実な対応をする男はいないと思うわ。悪いけど…いいカモにされてるんじゃないの?」
「う……っ!」
私は続けた。
「あのね…。自分を安売りするような仕事は良くないと思うの。時間はかかるだろうけど、いったんコンビニとかのバイトしながら何か資格をとってさ、長く続けられるような仕事に就いた方がいいと思う。苦労した分のリターンがちゃんとある仕事がいいと思うよ。」
「奈央んちは…、ちゃんとした家だから分かんないんだよっ!うちはおかんがシングルで貧乏だから苦労したんだっ!もういいっ!」
吐き捨てるように言うとそのまま鞄と私が渡した手土産の紙袋を掴んで席を立ち、古瀬さんはそのまま店から出て行ってしまった。
「…お~い…。」
テーブルの上に置かれた裏返しの伝票を見て思う。「今日は奢る」って言ったくせに食い逃げかい!…と。
「は~…」
溜め息をつきながらまだ残ってたデザートを口に入れ、コーヒーで流し込んだ。もう味は良く分からなかった。コーヒーだけがやけに苦く感じた。
二人分の食事代を払って店を出た。この店には二度と来ることないな、と思った。自宅に向かう電車に揺られながら、手土産代と古瀬さんの食事代で時給三時間分損したな、と思った。雨の中、憂鬱な足取りで帰宅した。
それから一週間、先日の事に対してのなんらかの弁明がくるかと思ったが無かった。一か月待っても音沙汰無しだったので、遂に私は彼女に見切りをつけた。今後はもう関わりたくなかったので、彼女の連絡先をブロックした。メッセアプリに残っていた彼女のメッセージも全部キレイに消去した。スッキリした。もっと早く関係を切っておけば良かったと思った。
その日は私の心みたいにスッキリとした気持ちの良い青空だった。
Ⅲ
月日は過ぎた。私は社会人になった。
テレビのニュース番組を流しながら家族で朝食を食べていたら、母が言った。
「やだ…。なっちゃんと同い年じゃない…。こんな死に方するなんてやぁねぇ…。」
その声につられて私はテレビ画面を見た。「古瀬裕子」の四文字が目に飛び込んで来た。
『…!!古瀬さんだ!』
私は目を見開いた。画面にうつる古瀬さんの写真はSNSから持って来たのか、加工バリバリの修正写真だったが、かろうじて彼女だと分かった。アナウンサーが詳細を伝える。「異臭がする」と近隣からの訴えで入った廃工場の段ボールの中から遺体が見つかったのだそうだ。「警察が調べをすすめています」で次のニュースに切り替わる。母は彼女が中学の同級生だとはまだ気づいてないようだ。私はそれ以上食べるのをやめて家を出た。
職場に向かう電車の中で今朝のニュースをチェックする。身元が判明しただけで、まだ詳しい事は分かってないようだ。心が…ざわざわした。
それから一週間後、犯人が逮捕された。詐欺等を行う半グレ集団の犯行だった。彼女は詐欺グループの一員として、またそのグループが経営する夜の飲食店(察して欲しい)で働いていた。足抜けしようとして殺されたようだ。なんて虚しい人生だ、と率直に思った。
母によると「中学の同級生」だと近所で話題に上がったそうだが、古瀬さんのうちはもう既に引っ越していたそうで、そこまでだった。それで終わりだと思っていた。
二日後に、知らない番号から着信があった。イマドキ、知らない番号からの電話にすぐ出る馬鹿はいない。私は切れるのを待ってからその番号を検索した。警察の番号だった。十分後、また同じ番号から着信があった。出た。今回の事件の事で話を聞きたいと言う。私は、三年前の話をした。それ以来、連絡は取ってないから知らない、と伝えた。何度も貴方の番号にかけた履歴が残っていたと教えられた。最後にお礼を言われて電話は切れた。これでおしまい、と今度こそ思った。
一週間後、中学校の同窓会の案内が来た。行かないつもりだったが、級友から電話がかかってきて「久しぶりに会おうよ」と言うので、重い腰をあげて出掛けた。
貸し切りの店内で、話題は古瀬さんの事で持ちきりだった。
「あんな死に方するなんてね~。」
「でもさ、昔に比べたらあか抜けてなかった?」
「分かる!痩せてたよね!」
「でも、修正バリバリじゃん!(笑)」
「写真の人はいません、だよね!」
「私、出なかったけど少し前に彼女から電話あったよ。」
「マジで?」
「うん。ほら、この番号。先日警察から電話がきてさ~。」
そのうちの一人がぺらぺらと喋り出す。私はそっと耳をそばだてた。
「どうやら、スマホの履歴を元に片っ端から電話して話を聞いてるみたいだったよ。」
「へぇ!」
「そうなんだ…」
人が一人死んでいるというのに、滅多にないイベントみたいに盛り上がっていて気分が悪くなった。
「私…、帰るね…。」
会費の四千円を置いて席を立った時、誰かが言った。
「奈央のとこにもケーサツから電話あったんじゃない?あの子、奈央に一番懐いてたジャン!」
「あったけど…。「もう何年も会ってないから」で終わったわ…。」
そう声を絞り出して会場をあとにした。
*****
それで終われば良かった。憎むべきは余計な事に足を突っ込むネットの住人だ。
『孤独の果てに…!彼女が遺体でみつかるまで』
そんな見出しで彼女の人生がまとめられた。シングルマザーの子で貧しい生活だったこと。高校卒業後、本屋に就職するも一年もしないでやめて、今回のグループの経営する飲食店に入店したこと。借金漬けにされてお店で稼いだお金もほぼまきあげられていたこと。そんな生活とは裏腹にキラキラ女子を装ったSNSをしてたこと。アカウント名もさらされていた。それは最初こそ、ブランドのバッグやキラキラアクセがあがっていたが、だんだん更新が遅くなり、最後の方は病みアカになっていたそうだ。何でも、一番信頼してた人に切られて辛い、と書いてあったそうだ。最後の呟きは『大好きなNに会いたいな…』だった、と書かれてるのを見てぞっとした。Nとは奈央、私の事だと気付いたからだ。案の定、元クラスメイトからメッセージが来た。
『これ、奈央のことじゃないの?』
『さぁ…。何年も連絡とってないから分からないわ。彼氏じゃないの?』
そう返したが、Nは私だと確信していた。彼女は私に執着していた。友人もそれを感じ取ったようだ。母の小五理論を思い出した。
やりとりは表面上何事もなく終わった。
エピローグ
世の中はいろんなニュースで溢れてる。政治家の不祥事。海の向こうの戦争。出生率の低下に交通事故に異常気象。でも、大半の人はそんなニュースに興味ない。自分には関係ない遠い世界の話だと思っているからだ。
けれど、自分の知ってる人の事件についてなら知りたいし、語りたい。だって、注目されるから。段ボール箱詰め殺人事件の被害者・Kさんについて、SNSは盛り上がった。追悼の言葉を古瀬さんのSNSに書き込むのはまだ分かる。
けど、そこから突っ込んで、Nこと私に言及してる人がいるのには参った…。一応、イニシャルのままだが読む人が読めば私だと分かる内容だった。「小学校の時、いじめから庇ってくれてからめちゃくちゃなついてた」「そういえば、こないだ同窓会で会った時、つれない態度だった」「Kさんの現状、全部知ってて見捨てたならひどくない?」「友達なのに…」「信じてた人に裏切られるのキッツいわ~」等…。
『貴方達は古瀬さんと私の関係について何も知らないくせにっ!』
叫びたかった!詐欺に巻き込まれそうになったことを教えれば満足なのか?そういうお店で働いている事を察して転職を促したことが分かれば「優しい人ね」で終わるのか?けれど…何か言ったところで、死人に口無し。より彼らの興味をそそるだけだと思って我慢した。SNS上で私だけが…冷たい人間のように書かれていく。
彼女が頼れる人がいなく孤独だったというのなら、小中で彼女を無下に扱っていたクラスメイトだって同罪じゃないか!高校で彼女に目を付けていたというグループの方が悪いじゃないか!彼女にきつく当たって退職に追い込んだ職場の元同僚の方が酷いじゃないか!結婚をチラつかせて、そんな店に引きずり込んだ男が一番のクズじゃないか!私はそんな彼女の愚痴を聞いていただけで、どちらかと言えば寄り添っていた方だ。
なのに…!どうして私だけ…?
彼女がこんな所に私のイニシャルを書き残したばっかりに…!
見なければいいのだが、見ずにはいられない。そして、そこに書きこまれる言葉で私の心は疲弊する。刃物じゃなくても人は殺せる。『ペンは剣よりも強し』とは良く言ったものだ。書き込まれる言葉が重たい雨みたいに私の心を激しく叩く。
痛い。
冷たい。
もう嫌だ…。
雨は嫌い。
イヤな事を思い出すから。
古瀬さんと最後に会ったあの日が雨だった。
あの日、私が彼女を追いかけて、もっと話を聞いてあげれば良かったのだろうか?
聞いてあげても、この結末は変わらなかったかもしれないし、変わったかもしれない。
分からない…。
解が無い数式をずっと解いてる気分になる…。
私は数学者じゃないから、それはただの苦痛でしかない。
ブローしてもまとまらない髪同様、心がいつまで経ってもさだまらない。
あぁ、これだから……!
雨は嫌い…。
頭が…痛いの…。
心が…痛くて…。
あめは…きらい。
きょうも…あめだぁ…。