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 私たちは歌声のするほうへ向かって泳いだ。

 声はどんどん大きくなっている。

 きっと、この先にいる。この歌声の主が……。

 ウツボたちの集合住宅とワカメとクラゲの森を抜けて、さらに珊瑚(さんご)の岩場を越える。

 泳ぎながらも、歌声に耳をすませる。

『ラララ……』

 でも、方角はあっているはずなのに、いつまで経っても姿が見えない。

「ちょっと火花ちゃん、どこまで行くの~」

 後ろでドロシーが声を上げている。

「ねぇドロシー。歌声ってこの辺りから聴こえるよね?」

 泳ぎながら訊ねると、ドロシーは信じられないことを言った。

「さっきから、歌声ってなんのこと? 私にはなんにも聴こえないよ」

 え?

 私は泳ぐのをやめて、ドロシーを振り返る。

「こんなはっきり聴こえるのに?」

 今だって、ほら……。

『ララ……ラ……ララ』

 澄んだ歌声がはっきりと聴こえる。

 私はドロシーを見つめた。

「……この歌声、聴こえないの?」

「……うん」

 ドロシーは困ったように私を見つめながら頷いた。

「なんにも聴こえない」

「そんな……」

 ごくり、と息を呑む。

 どうして? この声が聴こえるのは、私だけ……?

 辺りを見回す。

 珊瑚の岩場の向こうは暗い。目を凝らすと、影の中にうっすらと沈没船のようなものが見えた。

「あっ、ドロシー見て! あそこ、あの沈没船っ! なにかいそう!」

 私が指さした方向を見たドロシーの顔から、サァッと血の気が引いていく。

「ひゃあっ! なっ、なにあれ! ユーレイとか出そうだし絶対やだっ! 行かない!」

「あー……」

 ……そうだった。

 ドロシーって怖がりなんだった。仕方ない。ここは私ひとりで行くかぁ。

「じゃあ、ドロシーはここで待ってていいよ。私、ちょっと見に行ってくるから!」

 そう言って、私はひとり沈没船へ向かった。

「えぇっ!? 待って、やだやだ。置いていかないでよ、火花ちゃんのバカァ~」



 ***



 沈没船はかなり豪華な造りをしていたが、なかなか古そうだ。

 大きな船体の大部分は既にぼろぼろ。真ん中で真っ二つに割れてしまっている。

 断面からこっそりと中を覗くと、カラフルな魚たちやイソギンチャクやヒトデがいた。今では魚たちの住処になっているようだ。

「うわぁ……きれーい」

 なんだか、おとぎ話の中に入り込んだみたい!

 沈没船ってなんだかわくわくするよね。もしかして、沈んだまま失われてしまったお宝とかあったりして……。

 破れた帆が、潮の流れにひらひらと舞うように揺れている。

 陸と違って音がなくて、なんだか少し異様にも思える空間。

 周囲をぐるぐる回って観察してみる。

 うーん、ドロシーの言うとおり、ユーレイ船ぽいといえばユーレイ船ぽいかも?

「もしかして、私が聴いた声もユーレイの声だったりして。ドロシーは全然聴こえてないみたいだったし……」

「きゃぁぁあ!」

「うわぁっ!?」

 突然の叫び声に、私は飛び上がって驚く。振り向くと、ドロシーがいた。

「って、なんだ、ドロシーか。もう、脅かさないでよ」

「なによ、火花ちゃんのバカ!」

 追いついてきたドロシーにぽかすか叩かれる。

「おわっ!」

「置いていかないでよ! 火花ちゃんのバカバカッ!!」

 イタタタッ。

「だってドロシー、怖いって言ってたから……」

「置いていかれたほうが怖いよ、バカっ!」

「んもう。バカバカひどいなぁ……分かったよ、ごめんね。ここからは一緒に回ろう」

 私はドロシーの手を取って、船の様子を覗きに、泳ぎを再開した。

 客室らしき部屋には、ベッドやテーブルがそのままきれいに残されていた。

 クローゼットの中を覗いてみると、少し古そうなデザインの女性物のドレスや指輪、調度品などが当時のかたちのままころりと出てきた。

「わっ! 可愛い!」

「ていうか、この船……沈没してどれくらい経つのかわからないけど、沈没船ってこんなに綺麗に残ってるものなのかな……?」

「あ、言われてみればたしかにそうだね」

 と、そのとき。

『ララ……ラララ』

 また、歌声が聴こえた。

「声だ! ドロシー! 今のはさすがに聴こえたでしょ?」

「だから、声なんて聴こえないって」

「えぇ~?」

 いったいどういうことなの~?

 かしゃかしゃと頭を搔きながら唸ると、ぶくぶくと泡が水面へ向かって上がっていく。

「本当に聴こえるんだけどな……」

 私たちは客室を出て、ユーレイ船の傾いた廊下を進んだ。

『ラララ……ラララ~』

 泳ぎながら、いるかどうかも分からないユーレイさんに呼びかけてみる。

「あの~、ユーレイさ~ん? もしいるなら返事して~」

 客船の中に私の声が響く。

『ラ…………』

 ……すると、それまで響いていた歌声がぴたりと止んだ。

「あれっ? 声がしなくなっちゃった!」

 どうして?

 船の中をぐるぐると探し回る。

「こっちのほうから聴こえた気がしたんだよなぁ……失礼しまーす! 誰かいますか~?」

 さっきとは別の客室を覗く。

 ベッドやソファはふかふか。テーブルにはちょこんと可愛らしいお花も飾られていて、古いけれど汚れてはいない。

 ……ん? 汚れてない?

 さっきから感じていた違和感にようやく気付く。

「いやいや、おかしいよね? こんなに古いのに、どうしてお花なんか……」

 首を傾げた瞬間。視界の中を、ちらっとなにかが横切った。

 黒い影。すばしっこくて、えっと思った瞬間にそれは消えてしまった。

「ひゃっ!?」

「な、なに今の……」

 もしかして、本当にユーレイ……?

 ドロシーと顔を見合わせる。

 影が消えた方向は、船のさらに奥だ。

「うぅ、怖いよ。もう帰ろうよぉ……」

「……ドロシー!! ユーレイさん本当にいたね!」

 これは行くっきゃない!

「行くよっ! ドロシー!」

「言うと思ったよ……」

 そうして、私とドロシーとユーレイの追いかけっこが始まった。


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