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歩きながら、ノアくんがちらりとドロシーを見た。
「カバン重そうだね。持とうか?」
「えっ!? う、ううん! 全然大丈夫だよっ」
ドロシーは驚きつつ、ぶんぶんと勢いよく顔を横に振る。
「そう? ドロシーは華奢だから、なんだかカバンが重そうに見えてね。辛かったら言ってね」
「……う、うん、そうする……」
真正面から王子様スマイルをくらったドロシーは、熱でもあるみたいにぽ~っとしている。
なーんだか二人とも、いい感じ。ノアくんもにドロシーを見てこにこしちゃって……。
なんか、気に食わない。なんでだろう。
ぐるぐる考えて、あっと思う。
「……って、ノアくんっ! それなら私のカバンを持ってよ!」
くるっとノアくんが私を見た。
「は? なんで俺が火花のカバン持たなきゃなんないんだよ」
ノアくんはこれ以上ないほどの真顔。
なんという変わり身!?
「いやいや、私も女の子なんだけど……!?」
「だとしても、お前は別に華奢じゃないからな」
「華奢です! この今にも折れそうな細腕が目に入らぬかっ!」
私は制服の袖をまくってノアくんの前に出した。
……が。
「デザートのヨーグルトまでしっかり食べ切った奴がそれを言うか」
しらーっとした顔で言われ、さらに額を小突かれた。
「うっ……」
こればかりは言い返せない。
「朝から必要以上にエネルギー摂取したんだから、そのぶん歩け」
「むぅ……」
……本当、いつも思うけど、ノアくんはなんで私にだけ意地悪なの!?
たしかにドロシーは私とは違って可愛いかもしれないけどさ……。
「もういいもん! 行こっ、ドロシー」
私はドロシーの手を取って、ノアくんを置いてさっさと歩く。
「おっ、おい……なんだよ、怒るなよ」
ノアくんが慌てて追いかけてくる。
「怒ってないもん!」
私はぷんとそっぽを向いて歩みを進めた。
森を抜けると、小さく校舎が見えてきた。けれど、まだまだ昇降口までは遠い。
あーもう、なんだか暑くなってきた。
パタパタと手をうちわ代わりにして顔を扇ぐ。
「うふふっ」
ドロシーが突然肩を震わせて笑った。
「え、なに?」
「火花ちゃんってば、もしかしてヤキモチ?」
なんて、ドロシーが訊ねてくる。
「はぁ!? そそ、そんなわけないよっ!」
すぐさま否定すると、ドロシーはまたくすくすと笑った。
「意地悪されて、いやになっただけだもんっ!」
「そうなの?」
「そうだよっ!」
それ以外のなにものでもないよ!
すると、ドロシーは私にそっと顔を近づけて……。
「……ねぇ、ふたりって付き合ってないの?」
ツキアウ?
付き合う……。
耳を押さえてぎょっとする。
「はっ!? つつつ、付き合う!? 誰と誰がっ!?」
「そりゃ、ノアくんと火花ちゃんに決まってるでしょ?」
「ないよ! なななないない! 絶対、有り得ないでしょ!」
そもそもノアくんは女の子には困っていないだろうし。
「だって、ノアくんってわざわざ先生に許可取って、毎朝男子禁制の女子寮まで迎えに来てくれるんでしょ? 確実に火花ちゃんだけ特別扱いだよ! 普通、好きじゃなかったらそんなことしないよ」
「そそそ、そんなことっ……」
ちら、と背後のノアくんを見る。
えっと……そ、そうなのかな?
少し不機嫌そうな顔をしたノアくんと、かちりと目が合う。
「なに?」
「な、なんでもないです!」
ないっ! ないない、絶対、断じてないもんっ!
ぼわっと辛いものでも食べたみたいに顔を真っ赤にした私を見て、ドロシーはさらに微笑む。
くぅ……。
ドロシーってば、普段は大人しくて気が弱いくせに、私には強気だなんて。というか、最近どことなくノアくんに似てきてるような……。
「なーんて、冗談冗談! 火花ちゃんって素直だから、たまにいじめたくなっちゃうんだよねぇ」
ドロシーは私からぱっと離れると、涼しい顔をして歩き出した。こころなしか、悪魔の角と羽、しっぽが見える気が……。
すると、それまで私たちの後ろにいたノアくんが間に入ってきた。
「……なぁ、ふたりともなんの話してたの?」
「恋バナだよっ」
ドロシーがぺろっと言う。
「はぁ?」
ノアくんは驚いた顔をして私を見た。
「恋バナ……?」
「いやっ……」
だからなんで私を見るのっ!?
「お前……もしかして」
「ち、違うからっ!」
眉を寄せるノアくんと、全力で否定する私。
「本当になんでもないから! もうドロシー、余計なこと言わないでよ! ほら早く行くよっ!」
「あっ、待ってよ火花ちゃ~ん」
ドロシーは楽しそうに追いかけてくる。
んもう。
ドロシーめ……あとでなにか仕返ししないと。
「あ、そういえば火花ちゃん」
「まだなにか!?」
くわっと身構えた私を見て、ドロシーが苦笑する。
「心配しなくても、もうからかわないよ。そうじゃなくて、昨日のハウル先生の課題のこと」
「……へっ? 課題?」
ハウル先生ってことは飛行魔法の課題だけど……課題? ……あれ、ハウル先生から課題って、そんなの出てたっけ?
思い当たるものがなく首を傾げていると、ドロシーとノアくんはふたり顔を見合わせて、盛大なため息を漏らした。
「……もしかして、やってないのか?」
ノアくんが呆れた顔を向けてくる。その視線から逃げるように、私はサッとドロシーへ視線を移した。
「う……ドロシー。課題って、なに出されたっけ?」
「えっ……えっと、飛行魔法実技用のルートプリントに、これまで星の原石が見つかったことのある地点にマークをつけて、学校からの距離を確認したりして地図を完成させる作業だよ」
なにそれ。そんな課題やった記憶、全然ないんだけど。
「火花ちゃん、もしかして……」
「…………えへ。忘れたかも」
「やっぱりかよ」
サーッと顔面から血の気が引いた。
だって、ハウル先生にはこの前も怒られたばっかりなんだ。
飛行魔法学のハウル先生は、実は怒るとすっごく怖いの。それなのに課題忘れちゃうなんて、私のバカたれ~!!
ノアくんは隣を歩きながら、ため息をつく。
「あーぁ。バカってどうやったら治るんだろうな~」
「なぬっ!?」
「なぬ、じゃねぇよ」
私の額をピンッと指で弾いた。
「いたぁっ! なにすんの!」
ノアくんを睨むと、ノアくんは少し頬を染めて、そっぽを向きながらぶつぶつとなにやら呟いている。
「ったく、仕方ないから俺の課題見せ……」
私はノアくんから離れて、ドロシーに駆け寄る。
そしてばっと顔の前に両手を合わせて、ドロシーに頼み込んだ。
「ドロシー、一生のお願い!」
「……仕方ないなぁ。今回だけだよ」
「ありがと~」
そう言いながらも、ドロシーは毎回見せてくれるんだよね。
ここに女神降臨!!
私は瞳をうるませながら、ドロシーに抱きついた。
「ありがとうドロシ~!! ……あ、ノアくん、さっきなにか言おうとしてた?」
「……っ……別に、なんでもない。ほら、いくぞ」
ノアくんは私の手を掴むと、ずんずんと歩き出す。
「おわっ!? ちょ、そんな引っ張らなくても」
歩きながら、繋がれた左手を見る。
ノアくんの手は、低体温の彼にしては少しだけ熱い気がした。
歩きながら何度か声をかけたけれど、ノアくんは総じてスルー。
教室についてからも、ノアくんは終始ムスッとしていた。
……本当、男の子って謎だよね。