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 火花はマーメイドの格好をしていた。

 ピンク色で、可愛らしいけれどちょっと露出の多いキャミソール姿。フリルとレースの下からは、ほっそりしたお腹とマーメイドのひれが覗いている。

 息が詰まる。

 ……なにあれ。

 思わず手で顔を覆った。

 たしかに、マーメイドなら海の中でも呼吸ができて、海洋生物とも意思疎通ができる。

 なるほど、効率のいい魔法を思いついたものだと感心する。

 変身魔法は、変身するものへの具体的な理解、憧れがあるほど魔法の効力は上がる。

 火花の魔力が高いのは、想像力が高いゆえだ。

 とはいっても、あれは反則だろ……。

 ここにクラスの連中がいなくてよかった。

 いたら絶対、囲まれてた。

 火花は自分自身には驚くほど無頓着で、自分がどれだけ男に見られているかをまったく意識していない。

 ふわふわした銀色の長い髪。まつ毛も髪と同じ銀色で、瞳は妖艶な赤。

 明るくて無邪気だから普段はみんなノリよく接しているけれど、実際はクラスメイトだけでなく、学校中の男子生徒が火花に憧れを抱いていると思う。

 幼稚園のときだって、火花をいじめてたやつらを問いただしたら、好きだからかまってたってオチだったし。

 それくらい、火花は美人だ。本人は無自覚だけど。

「とにかく、さっさと海の中の星の原石を見つけて、あの格好を止めさせないと……」

 そろそろ制限時間も迫ってきてるしな、とちらっと腰のロイヤルクロックを見る。

「さて。火花がいるなら近くにドロシーも……」

 周囲を見回し、火花とペアを組んだドロシーを探す。

「……いた! って、なんだ。ドロシーもマーメイドになってんのかよ……」

 岩陰にマーメイド姿のドロシーを見つける。――と、その隣にもうひとり、見知らぬ女の姿があった。

 ……あれは……誰だ?

 女は、火花やドロシーと同じマーメイドの姿をしている。しかしよく見ると、雰囲気が魔女のそれではない。

 黄金色の髪に、輝く鱗。泳ぎ方にぎこちなさがなく、そこにあるのが当たり前といった雰囲気。

 魔力は感じるが、見たことのない顔をしている。学校の生徒ではない。ということは……。

「もしかして、ホンモノのマーメイド……?」

 そうつぶやいたとき、こちらを向いた火花とぱちりと目が合った。

「――あ、ノアくんだ!」

 俺に気付いた火花が、おーいと手を振りながらやってくる。

 俺は赤くなった顔を誤魔化すため、わざと不機嫌な顔をした。

「おい、火花。なんだよその格好」

「あ、これ? マーメイドだよ! 魔法で変身したの! どうどう? 可愛いでしょ?」

 そう言って、火花は両手を広げてくるっと回った。

「っ……か、可愛くねぇよ」

 というかだから、肌を出し過ぎだから……!

 ステッキをサッと振り、魔法で出したパーカーを火花の頭からスポッと被せた。

「がーん。なにこれ、超ダサいんだけど」

 火花があからさまに嫌な顔をする。

「ダサくないし、見苦しいから大人しく着とけ」

 ぴしゃりと言うと、火花は口を尖らせた。

「そりゃ、私はダリアンみたいにスタイルよくないけどさ……」

「そうだな。ダリアンならその格好も似合ったかもな」

 なんて、思ってもないことを口走ると、火花はさらに口を尖らせた。

「むぅ……言われなくたって分かってるし」

 うそ。本当は超可愛いっつーの。

 相変わらず火花を前にすると思ったことと正反対の言葉を口にしてしまう自分に嫌気がさす。

 言ったあとちらりと火花を見ると、しゅんと捨てられた子犬のような顔をして俯いた。

「あ、いや……今のは言葉のあやだから」

 さすがに言い過ぎたと思って慌てていると、火花は俺を見上げ、くしゃっと笑った。

「……まっ、仕方ないね! ノアくんとは腐れ縁だから、私のことなんてちっちゃい頃から見慣れてるもんね」

「……あぁ、そうだな」

 ……腐れ縁じゃないし。わざわざお前に合わせてこの学校だって受験したんだし。その格好だってめっちゃ可愛いし。可愛過ぎて動悸が激しくなるし、どうしてくれるんだよ。

 自分自身へのいらいらを誤魔化すように火花からドロシーに目を向ける。すると、ドロシーは恥ずかしいのか俺と目が合うと、パッと顔ごと逸らし、背中を向けた。

 恥ずかしいんだな、と小さく笑う。

「ドロシーも、肌出し過ぎだよ」

「え? わっ」

 ステッキを振り、火花とお揃いで色違いのパーカーを被せた。

「あ、うん。ありがとう」

「それで、ふたりはこんなところでなにしてるの? 星の原石は見つかったのか?」

「あー残念ながら見つからなかったよ! そろそろタイムオーバーだから海面に戻ろうとしてたところ。それよりノアくんこそ、こんなところでどうしたの?」

「お前を追いかけてきたんだよ。お前がまた迷子になってないかって気になってな」

「むぅ。迷子になんてならないよっ! 私たちも今帰るとこだったんだから」

「迷子になってないのはいいけど、お前深くまで潜り過ぎ。ここ、軽く一千メートルは潜ってるぞ?」

 すると、火花はぎょっと目を見開いた。

「うそ。そんなに? 無我夢中で全然気づかなかった。海流に流されたせいかな?」

「海流の流れは早いんだから、気をつけろよ。まったく、いつも言ってるけど無茶するなよ……。おじさんとおばさんも心配する」

『おじさんとおばさん』という言葉に、火花はただ小さくうん、と頷いただけだった。

 言ってから、しまった、と思う。

「……ほら、帰るぞ」

 わざと明るい声を出し、ステッキを振る。泡の底がぽわっと光り、火花が散ったかと思えば、勢いよく海面へ上がっていく。

「ドロシーも帰ろう。じゃあね、シュナ」

 火花はドロシーを呼ぶと、『シュナ』と呼んだ相手にぶんぶんと手を振った。

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