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食べてすぐ横になるのは健康にいいのか悪いのか結局どっちだ行儀が悪いのは確かだけれど(終)



 腹が膨れたら、そのまま怠惰に寝転がりたくなる。

 だがその衝動を抑え、俺とローストは立ち上がった。

 俺たちの旅の終点へと向かって。


 しばらく行くと、長い長い旅の、本当の終わりが見えた。

 グレイズ平原からいちばん近い伝説ギルド。

 福引きから始まった、奇妙な旅の終点だ。


「仮登録期間ギリギリでしたね。お疲れ様でした」


 無事に伝説の焼鳥の登録が終わり、ギルド職員にそう言われた時、不覚にも俺は泣きそうになった。

 だけど、この感情がどういったものなのか、自分自身でもうまく説明できる気がしない。


 伝説ギルドを出た俺とローストは、しばらく無言で歩いていた。

 目的地なんてない。

 俺たちには、もう目的地なんてない。


「……あのさ」


 唐突に、ぽつりとローストが口を開く。


「呆気なかったな、登録」


「そうだな」


「申請用紙に記入して、職員がサインして終わりだもんなぁ」


 実を言えば、串の伝説登録をしたとき俺はふと思ったのだ。

 もっと色々と、審査とかしないのか? と。

 登録料を払って用紙に記入するだけならば、これは……


「なんか、言ったもん勝ちって感じだよな」


 そう、そうなのだ。

 現物を見るわけでもなく、ギルド職員が過去に同一の対象が登録済みになっていないかを確認して、それで終わり。


 だったら、適当にそのへんの焼鳥を伝説の焼鳥だと言って登録することも可能なのだ。


「しかも、すぐに登録抹消だとさ」


 これは、考えてみれば当然のことだった。

 俺たちは苦労の末、伝説の焼鳥を手に入れた。

 むしろ、腹に入れた。

 腹に入れたら、伝説の焼鳥はこの世から消える。

 登録と同時に登録抹消、当然だ。

 

 登録料を払ってまで、一瞬で消える伝説のためにわざわざ伝説登録する(バカ)なんていない。

 多分、俺たち(大バカ)以外に。

 だから伝説の焼鳥も登録されてなかったんだろう。

 登録漏れなわけねえだろうがあのギルド職員よくも騙しやがって。


 あとついでに、伝説の炭も同時に登録抹消になっている。


 そもそもの話をするならば、伝説の焼鳥を登録するだけなら、ここまで苦労することはなかった。

 俺は既に伝説の焼鳥のタレを手に入れていたのだから、そのへんの肉屋の鶏をそのへんの串に刺してそのへんの炭で焼いても、伝説の焼鳥のタレを使えば伝説の焼鳥になったし、なんならその場で伝説の串と伝説の炭も同時にできたのだ。


 だけど、伝説の鶏に拘ったのは俺自身だ。

 ローストが言い出したことでも、そうと決めたのは俺なのだ。


「それに、ここまで2年もかかったけどさぁ、本来なら半年もかからなかったワケだろ?」


 実はその通りなのだ。

 旅立とうと決めたとき、俺は冒険者ギルドのロビーさんに相談した。

 そのときロビーさんは『()()便()が廃止された』と言った。


 つまり、直通便でなければ……例えば、公営の巡回馬車を乗り継げば、遠回りだがウイド地区に行くことはできた。

 片道1ヶ月近くかかるが、公営だから乗車賃は驚くほど安い。

 それに整備された安全な公道を通るから、熊や猪に遭遇することもないし、間違っても盗賊に襲われることもない。


 でなければ、戦闘訓練を受けた冒険者以外の普通の市民は、一生町から出られないということになる。


 俺がそれに気づいたのは、戦闘訓練を初めてから半年ほど経った頃だった。

 最初の半年は、訓練と依頼と借金と空腹で、ろくに頭が働いていなかった。

 気づいたときには、訓練に注ぎ込んだ額が大きすぎて、やめるにやめられなくなっていた。


 意地だけで訓練を続けた1年、途中で何度もふと我に返りそうになった瞬間があった。

 その度に、気のせいだ気のせいだと自分を騙し続け、とうとうCクラス検定に合格したのだ。

 もう、自分がどこを目指しているのか、見失いつつあった。


 今更だが、俺は最初から騙されていたのだろう。

 再開したら、ロビーさんには全力で抱擁してやろうと決めた。

 思い知れ、冒険者ギルド戦闘訓練Cクラス検定合格者の、怒りと哀しみと恨みのこもった腕力を。



 結局、俺に残ったのは借金だけだ。

 これから俺は、この借金を返すために生きていくんだろう。


「はぁ………………ほんと、何やってたんだろうな俺。2年間も無駄にしちまったな」


「うーん。ま、色々あったし、しんどいことばっかだったけど、オレは楽しかったぜ」


 信じられないような言葉を聞いて、俺は隣にいる幼馴染に目を向けた。

 ローストは、いつも通りバカみたいな、だけどキラキラした顔で笑っていた。


 ……そうか。

 そうだったな。

 俺に残ったのは、借金だけじゃなかった。

 そこに、確かに友情も残っていた。


 ローストは底抜けのバカで、金勘定もできないバカで、すぐ借金するバカで、とんでもないバカだ。

 だけど、最後まで俺に付き合ってくれたバカだ。


「なんかグリルって放っておけないっつーか、危なっかしくて目が話せないっつーか。オレが側にいてやらないと、ダメだもんな!」


 ………………ん?

 なんだか今、ロースト(バカ)に下に見られたような気が……


 まあいいか。

 俺たちは同じ村で育って、一緒に旅をして、新たな伝説を作った、親友だ。


「なあ、これからどうする? 村に戻るか?」


「戻っても何もできないだろ」


「焼鳥を作るのは得意だぞ」


「作るのに2年かかるけどな」


 軽口を叩き合って、2人で笑う。


 いつかは村に戻ることもあるもしれないが、それは今じゃない。

 今はまだ、旅の途中だから。

 目的地なんてないけれど、俺とローストならどこへでも行けるし何でもできる。


「差し当たっては、借金返済のために稼がねえとな」


「親切なオバちゃん、いくらでも貸してくれるけど、取り立ては厳しいもんな……」


「あー……いや、今だけは借金のこと忘れるぞ! こんなときくらい、ぱーっと遣っちまおう! 美味いもんでも腹いっぱい食ってさ! なんなら、追加で金借りてくるかぁ?」


 信じられないものを見るような目で俺を見たローストだったが、すぐにバカみたいに明るく笑う。


「高級ホテルにも泊まっちゃう?」


「いいねいいね! どうせなら1番高い部屋にしようぜ!」


「あ、オレあれがいいな! 部屋に温泉ついてる旅館!」






 旅館の入口で、有り得ないほどの大歓迎を受けた俺とローストは、ぽかんと突っ立っていた。


「おめでとうございます! 当『伝説の温泉旅館』へご宿泊された1億人目のお客様! ささやかですがこちら、伝説の焼肉のタレをプレゼントさせていただきます!」


「……やきにくの」


「タレ……………………」


 ぽかんとしていた俺たちは、ぽそりと呟いてから、2人同時にニヤリとした。


「なあロースト、伝説の焼肉が食いたくねえか?」


「いいねえ。今度は何年で食えるかな?」



 



 伝説の焼鳥のタレを手に入れた!  END

        ↓

 伝説の焼肉のタレを手に入れた!  CONTINUE?




おれたちのぼうけんはこれからだ!

お読みいただきありがとうございました。


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