キレてるね!バリバリ!仕上がってるよ!血管キテるね!ナイスバルク!
とうとう、ここまでやって来た。
長い長い旅だった。
俺たちの旅の最終目的地、グレイズ平原。
どこまでも続くなだらかな草原の向こう、ぼんやりと霞む地平線と青い空のコントラストが、美しい景色を彩っている。
この広い草原のどこかに、伝説の鶏がいる。
もう1度言おう。
360度、ぐるりと見回してみても地平線と空しか見えないこの場所の、どこかに目指す伝説の鶏がいる。
さて、ここで伝説の継承についておさらいしておこう。
伝説の登録ルールは知っての通り、伝説の勇者に端を発し、伝説登録されている何某かと関連があれば登録できる。
ただし、既に登録されているものと同一のものは登録できない。
ここで問題になるのが、伝説になった生き物の扱いだ。
例えば、伝説の勇者が魔界の王を倒しに行くまで乗っていた伝説の馬。
当然ながら、この馬はとっくにこの世にいない。
しかし今なお、この世界には伝説の馬というものが存在する。
それは、伝説の馬が産んだ伝説の仔馬が、伝説の馬が死んだときに新たな伝説の馬として再登録されたからだ。
これを伝説の継承という。
つまり、伝説の鶏は現代でも存在する。
この広い広い草原の、どこかに。
余談だが、この継承ルールは人物には適用されない。
伝説の勇者の子は、伝説の勇者が亡くなっても伝説の勇者の子だし、伝説の勇者の孫も、伝説の勇者の曾孫も、伝説の勇者の玄孫も、伝説の勇者を名乗ることはできないのだ。
もっとも、伝説の樹の下で伝説の治癒術士に秒でフラれた挙げ句、そのフラれっぷりが伝説の魔道士に光の速さで世界中に拡散されたことがトラウマになった伝説の勇者は、生涯独身を貫いた。
そのため伝説の勇者の子孫はいない。
それどころか、伝説の勇者は生涯どうt……いや、この話はやめておこう。
俺は、死人に鞭打つような趣味はないのだ。
それはともかく。
俺たちは、このだだっ広いグレイズ平原のどこかにいる伝説の鶏を探さなければいけない。
だが問題は、広さだけではないのだ。
『さあ、今年もやってまいりました! 人と鶏、食うか食われるかの熱き戦い! グレイズ地鶏ぃぃ、つかみ取り大会いいぃぃ!!』
毎年グレイズ平原で開催されるグレイズ地鶏つかみ取り大会は、今大会で83回目。
グレイズ地鶏約1000羽に対し、今年の参加者43名が果敢に挑む。
ルールは単純。
制限時間内に、どれだけ多くのグレイズ地鶏を素手で捕まえられるか、それだけ。
参加者同士で協力するもよし、妨害も危険のない範囲なら可と、基本的には何でもあり。
ただし、鶏は生け捕りに限る。
すぐに血抜きしないと不味くなるので。
制限時間内にいちばん多くグレイズ地鶏を捕まえた参加者がその年の優勝者となり、賞金が与えられる。
そして大会終了後、参加者は捕まえた地鶏を参加賞として持ち帰ることができる。
以上。
要するに、俺とローストは、グレイズ平原にいる約1000羽の鶏の中から1羽の伝説の鶏を見つけ出し、他の参加者41人に渡すことなく、制限時間までに捕まえなければならないのだ。
ざっと見渡したところ、他の参加者たちはガタイのいい男たちばかりだ。
そりゃもう、いかにも普段鶏しか食べません、といった雰囲気の。
中には、いかにもフライドチキンしか食べません、といった雰囲気の、異様に腹周りのガタイがいい男たちもいたが、彼らはもれなく顔が怖い。
なかなか大迫力の41人だ。
大会前に聞いたところによると、やはり毎年多少の小競り合いは起こるらしい。
それを目当てに見物に来ている人たちもいるのだとか。
なんとも平和そうな外見に反して、血の気の多い大会だ。
果たして俺たちは、この人たちを出し抜いて伝説の鶏を手にすることができるのだろうか……
「なあなあグリル、オレすげーいいこと思いついた」
また唐突に、ロースト野郎が何か言い出した。
「伝説の鶏を他の参加者が捕まえたら、それを買い取ろうぜ! 金ならいくらでも、親切なオバちゃんが貸してくれるからな!」
「………………………………それは最終手段だ」
ロースト野郎にしては珍しくまともな意見だが、手放しで賛成できる意見じゃない。
だって、貧乏はもういやだ!
『それではスタートです!』
合図と共に、俺たちは駆け出した。
逃げ惑う鶏たちに突っ込んで、手当たり次第につかみ取る。
大会前、伝説の鶏には腹の部分に印がついていると司会者が説明していたので、つかんだ端から鶏をひっくり返して、腹に印がないかを確認していく。
既に他の参加者が捕まえた鶏でも、容赦なくひっくり返す。
ときに、捕まえた鶏を奪われると勘違いした参加者たちと揉めることもあった。
しかし申し訳ないが、こちとら冒険者として戦闘訓練も受けている暴力のプロだ。
コワモテのおっちゃんや、ガタイのいい兄ちゃんに少々凄まれたところで屁でもない。
俺とローストを止めたければ、熊でも連れてくるんだなァ!!
『失格! そこの2人! 失格ですっ!!』
ピピーッという鋭い笛の音と共に、十数人の男たちがものすごい形相で駆け寄ってきた。
そして、俺とローストはつかみ取り大会の会場からあっさりつまみ出されたのだ。
俺とロースト対他の参加者対グレイズ地鶏の大乱闘は、俺たちの圧勝だった。
しかしながら、この大会は別に乱闘して最後に立っていた者が優勝という大会じゃない。
乱闘の中心にいた俺とローストは、大会運営委員から危険行為があったとみなされ、あっさり失格となった。
俺たちが失格になったグレイズ地鶏つかみ取り大会は、例年通り多少の小競り合いはあったものの、恙無く終了した。
今大会の優勝者は、グレートバルク・チキンマンさん。
記録は12羽。
その中に、伝説の鶏は含まれていない。
他の参加者が捕まえた鶏の中にも、伝説の鶏はいなかった。
ということは、伝説の鶏は未だこのだだっ広いグレイズ平原のどこかにいるのだろう。
大会終了後、俺とローストは、グレイズ地鶏のオーナーから普通に伝説の鶏を買い取った。
他にも、俺たちが暴れたせいで売り物にならなくなった鶏も買い取った。
買い取らざるをえなかった。
買い取るための金は……察してほしい。
*****
長かった。
本当に長かった。
伝説の焼鳥のタレを手にしたことから始まって、伝説の串と伝説の炭、伝説の鶏も手に入れた。
これでやっと伝説の焼鳥ができる。
俺とローストが村を出てから、実に2年近い月日が経っていた。
「あのさあグリル、オレふと思うときが何度かあったんだけどさあ」
「待て待て待て! 今は言うな! 何も言うんじゃねえぞ!」
こんなところで、ふと思うんじゃねえ。
多分それは、俺だって何度も何度もふと思ってたことと同じだろうから。
「とにかく今は、伝説の焼鳥を食おう。そのために俺たちは、こんなに長い旅をしてきたんだろ」
「それもそうだな。まずは食うか」
既に、伝説の鶏は伝説の串に刺して準備万端。
あとは伝説の炭で火をおこして、焼き上がりに伝説の焼鳥のタレをつけるだけだ。
伝説の炭だけでは明らかに足りないので、伝説ではない普通の炭も足しているけど、そこは目を瞑ろう。
赤々と燃える伝説の炭に、炙られた伝説の鶏の脂が落ちる。
もうもうと立つ煙と共に、美味そうな脂の匂いが漂った。
パリパリに焼けた身と皮はそれだけでも十分に食欲をそそるが、それを伝説の焼鳥のタレが入った壷に漬ける。
そして、また焼く。
タレが焦げた香ばしい匂いのせいで、俺の口と胃がもう限界だと悲鳴をあげていた。
「よし、食うぞ!」
「食おう食おう!」
俺とローストは、無我夢中で口の中に焼鳥を放り込んだ。
それは伝説の鶏なのか、伝説ではない普通の鶏なのか、むしろ伝説の焼鳥なのか、もうわからない。
わからないけど、どうでもいい。
美味い焼鳥が目の前にある。
それだけが事実なのだ。