残念ですが、その伝説は1時間前に既に登録されています。他の伝説を登録されますか?
黄金色の麦穂が風にそよいでいる。
その傍らで、俺とローストは伝説の切り株に腰掛けていた。
俺たち2人が座れるような大きさだ。
元の樹は、それは立派なものだったのだろう。
俺とローストは、元は立派な樹だっただろう、今は単なる木材を抱えていた。
手首から肘くらいまでの長さで、握りこぶしほどの太さの木材が2つ。
それが今の俺たちの全財産だ。
俺たちがこんなことになっている理由を説明するには、時を遡る必要がある。
1年半ほど前……俺が、護衛費用の高額さに目玉を飛び出させていた頃だ。
そもそも俺が旅立とうとしたのは、伝説の勇者が秒でフラれた伝説の樹が、落雷で倒れたと聞いたからだった。
伝説の樹は観光スポットとして、また別れたい男女の縁切りスポットとして有名で、あの辺りのウイド地区は常に人で賑わっていた。
ところが、落雷が起きたことで、危険だと人が集まらなくなったのだ。
困ったのはウイド地区の住人だ。
今まで観光地として賑わっていたのに、急に収入がなくなったのだから。
そこで住人たちは考えた。
伝説の樹を完全に切り倒し、それを売っぱらってしまおう、と。
なんとも乱暴な考え方……いや、金のない辛さは俺もよく知っている。
とにかくそのおかげで、俺たちにもチャンスが巡ってきた。
勿論、売っぱらわれた伝説の樹を買って、伝説の串と伝説の炭を作るのだ。
そう考えて旅立ちを決めたのに、俺たちは初手で躓いた。
その結果が、この木材2本。
要は、時間をかけ過ぎたのだ。
俺たちがウイド地区に到着したとき、残っていた伝説の樹はこれだけだった。
しかも最後だからと出し渋った挙げ句、足元を見て全財産巻き上げやがった。
「ヒヒヒ、いらっしゃい。あんたらウイド地区は初めてだね」
「お、親切なオバちゃん! 良かったよー、オレたち一文無しでさー。こんなとき頼れるのは、オバちゃんだけだな!」
「なんと嬉しいことを言ってくれるねえ……そうだ、あんたらにはサービスでいつもより多めに貸しちゃろう」
「やったなグリル! 多めに貸してくれるってよ!」
結局こうなるのか。
俺たちは、ウイド地区の冒険者ギルドの横にある小屋から目だけ覗かせてるバアさんから金を借りて、依頼の保証金にあてた。
多めに貸してくれたぶん利息も多めだなんてことは、取り敢えず考えないことにする。
冒険者ギルドの戦闘訓練Cクラス検定合格は伊達じゃない。
俺とローストは、順調にギルドの依頼をこなしていった。
借金なんてあっという間に返して、隙間風の吹かないちょっといい宿で、腹を壊さないちょっといい飯にありつけるくらいには。
そしてなんと!
俺たちはとうとう伝説になったのだ!
木材になった伝説の樹を削って作った焼鳥用の串を、伝説ギルドに登録したのだ。
登録料5000ゼニも余裕で支払って、俺とローストの名前が登録者として記録された。
これで俺たちも伝説に名を残したってわけだ。
ちなみに、伝説登録したからといって、俺たちが受けられる恩恵は特にない。
せいぜいが、場末の飲み屋でお姉さんたち相手にしょうもない自慢ができるくらいのもんだ。
それでも、伝説には何物にも変え難い浪漫がある。
伝説ギルドに名を残す、それこそが俺たちの原動力なのだ。
伝説登録をして有頂天になった俺たちは、ギルドから買った情報を元に、とある山小屋へとやって来た。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」
「誰だ?」
声をかけると、奥からぬっと出てきたのは、熊みたいにデカいおっさんだった。
この人は、カルボンさん。
ウイド地区から1番近いところにいる炭焼き職人さんだ。
「えっと、実は依頼したいことがありまして。この木材を、炭にしてほしいんです」
そう言って俺は、かつて伝説の樹だった木材を1本差し出した。
なぜ1本なのか。
それは、ローストのバカが木材丸々1本全て焼鳥串にしたからだ。
確かに俺は、バカだけど意外と手先の器用なローストに、焼鳥串を作るよう頼んだ。
だけどまさか「1本でいいから焼鳥串作っといて」という発言が、『木材1本使って焼鳥串を作れ』と、バカ脳によって変換されていたなんて、思いもよらなかったのだ。
木材1本分を使って作られた大量の焼鳥串の前で、俺が膝から崩れ落ちたのは言うまでもない。
尚、伝説登録できるのは、そのうちの1本だけだ。
それにしても、俺が「1本でいいから」と言わなければ、もう1本の木材がどうなっていたか……
あまり考えたくない。
「悪いが、帰ってくれ」
俺の差し出した木材を一瞥して、カルボンさんは首を横に振った。
「実を言えば、今は休業中なんだ。炭を焼くには窯いっぱいに原木を詰めなきゃいかんのだが、足を挫いちまってよ。この足じゃ、伐採は無理だからな」
言われてみれば、カルボンさんの足首には包帯が巻かれている。
だけど俺たちだって、ここまで来て諦めるわけにはいかないのだ。
「だったら、俺たちが窯いっぱいの原木を持ってきたら、これも炭にしてくれますか?」
「おお、そりゃまあ、願ってもねえが……いや、しかしなあ……」
「任せてください! これでも俺たち冒険者なんで!」
……なんて、安請け合いはするもんじゃない。
俺とローストは今、必死に山の中を駆けずり回っていた。
「おいいいいいい! この辺りの炭の原木がトレントなんて聞いてねえええええ!!」
「あっ、確かに。グリルは聞いてなかったな。オレは後からカルボンさんに言われたから、ちゃんと聞いてたぜ」
「知ってたなら先に教えとけよバカロースト!!」
「はぁ? 知りたかったら先に聞いとけよな。ったく、ツメが甘いぜグリル」
なんで?
なんで俺が悪いみたいに言われてんの?
そんなことより、今は俺たちを執拗に追いかけるトレントの群れから逃げ切ることの方が重要だ。
大昔、魔界の王が伝説の勇者に倒されてから、魔物の数は激減した。
とはいえ、小型の魔物や、人が入り込まない場所に生息する魔物は、依然として存在する。
そんな中でも、トレントなんて下手したら虎や熊よりも目撃談が多いかもしれないくらいだ。
だけど、こんなふうに群れで襲ってくるなんて話は聞いたことがない。
「そういや、ここらのトレントは数が減りすぎないように、適度に植林されてるんだと。けど、最近はカルボンさんが伐採してなかったから、数が増えすぎてるかもーって言ってたな」
「早く言えよおおおおおああああ!!!!!」
それから5日後、カルボンさんの炭焼き窯は、俺とローストの努力の結晶で満たされた。
危うく、トレントの攻撃で俺たちの方が消し炭になりかけたりもしたが。
これからカルボンさんは、炭を焼く作業に入る。
窯に原木を積み入れるのも、窯の口から空気が漏れないように粘土でぴったり塞ぐのも、大量の薪を運んで火をつけるのも、足を挫いたカルボンさんに代わって俺とローストが請け負った。
ここから1週間かけて、じっくりと原木の水分を飛ばしていく。
その間は、火が強すぎても弱すぎてもいけない。
足を挫いたカルボンさんに代わって、俺とローストが寝ずの番をした。
途中、何度も「このオッサンいらねえな……」と考えたりもしたが、無事に火入れの作業は終わった。
更に1週間、今度はゆっくり冷やしていくのだと言う。
そうして2週間かけて、ようやく窯の口が開かれた。
窯いっぱいに出来上がった炭を、全て窯から出してやる。
当然、足を挫いたカルボンさんに代わって、俺とローストが。
最後に、窯のいちばん奥から、俺たちの持ち込んだ木材を取り出した。
1本しかないから心配していたが、ちゃんと炭になっていたので安心した。
「兄ちゃんたち、ありがとな。おかげで随分と楽させてもらったわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
俺たちがここを訪れた直後くらいから包帯も取れて、キビキビと歩けるようになっていた足を挫いたカルボンさんにお礼を言って、俺たちは炭焼き小屋を後にした。
別れ際、世話になったカルボンさんへ心ばかりのお礼として、まだ伝説の炭焼き窯は登録されてないことを教えてあげておいた。
カルボンさんは、ニヤニヤしながら「とうとうおれも伝説に……」なんて嬉しそうにしていたな。
そんなに喜んでもらえて、俺も嬉しいよ。
「すみません、伝説の炭と、伝説の炭焼き窯の登録をお願いします。登録者はグリルとローストです」
山を降りてすぐ、俺たちが伝説ギルドに行ったことは言うまでもないだろう。