所持金24ゼニ(借金10500ゼニ)装備品は10ゼニ引き券3枚からのスタート
というのが、一昨日の話だ。
結局、仮登録料の3000ゼニは俺が支払った。
まだ月始めだというのに、俺の所持金は16ゼニだ。
ローストより貧乏だというのは、納得がいかない。
「でな、やっぱり旅に出るなら冒険者登録をするべきだと思うんだよ」
ローストが、また何かわけのわからないことを言っている。
何言ってんだこいつ。
「そんなことより、手に持ってるそれはなんだ?」
「あ、これ? グリルも飲む?」
ローストが持っているのは、隣町の冒険者ギルドで売られているココ・ジュースだ。
ショートサイズ1杯20ゼニ。
所持金16ゼニの俺には買えないシロモノだ。
「…………いや、いい」
買えないからじゃない。
純粋に、飲みたくないからだ。
負け惜しみではない。
しかしそれにしても、ローストはどういう神経をしてるんだ。
これでコイツの所持金は僅か8ゼニだぞ。
俺なら恐ろしくて、そんな無計画な散財はできない。
……だが待てよ。
つまり今、俺の所持金はこのバカの倍ってことか。
そう思うと、謎の溜飲が下がった。
「で、冒険者登録がなんだって?」
「そうそう。伝説の焼鳥を作るのに、伝説の鶏を捕まえなきゃいけなきゃだろ。伝説の鶏がいるところまでは遠いし、長い旅になりそうだから、冒険者登録した方がいいと思ってさ」
ローストの言ってることはわかる。
伝説の鶏を捕まえに行くだけでも、片道1ヶ月はかかる旅だ。
ちょっと遠出するだけなら不要だが、長期の旅なら路銀を稼がなきゃいけないし、宿の手配をするにも旅先の情報収集をするにも、冒険者登録をした方がいいというのはわかってる。
問題は、登録料だ。
冒険者登録するには5000ゼニ必要だし、依頼を受けるにも保証金500ゼニ、情報を買ったり宿を紹介してもらうにもいくらかは必要だ。
現状、8ゼニのバカと16ゼニの俺が、どうにかできるわけがない。
「だから、登録してきたんだ」
誇らしげに、胸元から紐を通した冒険者証を出したローストに、目が点になる。
どっから出たんだその5000ゼニ!
まさか、ド貧乏は俺だけなのか!?
「……おま…………登録料は、どうしたんだよ……」
「あー、なんかさ、冒険者ギルドの横にあるちっさい小屋から、目だけ覗かせてるオバちゃんがお金貸してくれたんだ!」
それは伝説の金貸しだこのバカ野郎!!
非公認ながら、世界中どこの冒険者ギルドにも必ず支店が併設されてる極悪非道の金貸しだ。
利息と取り立ての厳しさたるや、並の金融屋じゃ足元にも及ばない。
普通は、食詰めた冒険者崩れを食い物にしてるってのに、冒険者になる前からカモられてんじゃねえよ大バカ野郎!!!
あまりの衝撃に、俺は口をパクパクさせるだけで、言いたいことのいの字すら出てこない。
そんな俺を尻目に、ローストは史上最高のドヤ顔で、胸元から2枚目の冒険者証を出して見せた。
「ほら、グリルの分も登録してきてやったぜ。親切なオバちゃんが、本人がいなくても大丈夫って言うから、グリルの分の金もオレが代わりに借りといたからな!」
こうして、俺たちの伝説は借金からスタートしたのだった。
*****
多少は揉めるかと思ったが、俺の旅立ちは快く家族に受け入れられた。
白目を剥いて意識を飛ばしていた俺に代わり、冒険者登録をした経緯をローストが説明してくれたおかげだろう。
伝説の金貸しに借金したくだりで、地獄の門番みたいな顔した母さんに家から締め出されたとも言えるかもしれないが。
父さんは、餞別だと言って、旅立つ俺に福引き券を2枚渡してくれた。
おいこら親父、何が「母さんには内緒だぞ」だ!
保管用と鑑賞用のレプリカ剣を追加で買ってんじゃねえぞくそが!!!!!
結局、俺とローストは、10ゼニ引き券を2枚握りしめて、福引き所から旅立った。
それは長く険しい旅路の始まりだった。
最初の1ヶ月、俺とローストは死にものぐるいで金を稼いだ。
伝説の仮契約延長料金1000ゼニと、冒険者登録料2人分10000ゼニの借金返済のためだ。
「せっかく冒険者になったんだから、依頼受けようぜ!」
そう言って、気軽に伝説の金貸しから依頼保証金500ゼニを追加で借りようとしていたローストを、俺は死にものぐるいで止めた。
死にものぐるいで止めたが、他に稼ぐ手立てはないので、結局500ゼニは借りた。
死にものぐるい損だ。
ま、まあ、保証金は依頼を達成すれば返ってくる。
そうすれば借金はチャラだ。
俺は必死に自分にそう言い聞かせる。
借金はチャラでも、借りた以上は利息が残るだなんて、気づかなかったことにして。
そうして始めた冒険者生活、自分たちでも驚いたが、俺とローストは意外にも冒険者の適性が高かった。
冒険者といえば、剣や魔法で魔物を倒すようなイメージが強い。
それに付随して、要人警護とか護送任務とか。
だが実際には、そういった危険で重要な任務は、首都にいるような一部の上級ランク冒険者の仕事らしい。
俺たちみたいな駆け出しや、この辺の田舎町にいるようなランクの低い冒険者たちの多くは、街の外で畑を荒らす野生動物や虫を狩ったり、森に自生する天然の野草を採取したり、洞窟に埋まってる鉱石を採掘したりするのが主な仕事らしい。
それに飽きると、新たな獲物を求めて次の街へと旅立つのだ。
俺たちの村では、そういうのはガキの仕事だった。
大人たちは畑を耕したり、糸を紡いで布を織ったり、鉄や木で道具を作ったり、とにかく忙しい。
だから村の子供たちは、村の外に出て肉や野草を手に入れたり、金の粒や光る石を拾って、小遣い稼ぎをするのが当たり前だったのだ。
それが、村の外ではどうだ。
野ウサギ1匹捕まえて母さんから50ゼニ貰っていたのが、冒険者ギルドに持っていくと200ゼニで買い取ってくれる。
その日の夕飯にタダで出ていた野ウサギシチューが、食堂で120ゼニ払わないと食べられないことを考えても、まだ手元に残る金の方が多い。
野ウサギシチューを我慢すれば、殆どの金が手元に残る計算だ。
「はいよ、グリルの分の野ウサギシチュー。やっぱ野ウサギ捕まえた日は、野ウサギシチュー食わないとな!」
だからなんでお前は金勘定できないんだバカ野郎。
なんだかんだとトラブルもありつつ、それでも俺たちは順調に冒険者として稼いでいった。
他の冒険者たちが小馬鹿にして受けないような、お遣いみたいな依頼も進んで受けたし、昼も夜も駆けずり回って、とにかく数をこなしていった。
その甲斐あって、俺たちは1ヶ月で仮契約延長料金どころか、借金までキレイに返済できたのだ。
「ヒヒヒ、借金完済ご苦労さん。どうだい兄さんたち、今夜は記念にぱーっと高級ホテルに泊まってレストランで豪華な食事でもしてみんか? あんたらになら、喜んで融資するよ」
「えっ、マジで!? グリル、今夜の飯は豪勢にいこうぜ!!」
「いかねえよ大バカ野郎!!!!!」
伝説の金貸しに借金を返しに行ったときのことは、もう思い出したくない。
1ヶ月間いちばん苦労したのが、ローストの浪費と軽率に増やそうとする借金を止めることだったからなあ。
*****
多少の蓄えができたので、俺たちはそろそろ旅に出ることにした。
最終的な目標は伝説の鶏を捕まえて伝説の焼鳥を食うことだが、その前にやることがある。
伝説の串と伝説の炭を作ることだ。
こっちはオマケみたいなもんだったが、ちょっとしたアテができたので本格的に手をつけてみようということになったのだ。
「目的地はウイド地区か。あそこはちょっと前まで観光地だったが、今は客入りも悪くなったってんで護衛付き直通便が廃止されたし、足がねえなあ」
そう言いながら、腕を組んでうーんと考えているのは、冒険者ギルドの受付をしてるロビーさん。
駆け出しの俺たちに色々とアドバイスをしてくれて、借金が早く返せるようにと依頼を回してくれた恩人だ。
他の冒険者が小馬鹿にして受けないようなショボい依頼を、俺たちに回してきた張本人でもある。
利用された感はどうしても否めないが、それでもあの依頼のおかげで、駆け出しの俺たちでも借金が返せるくらいには稼げたんだから、まあ一応恩人と思っておこう。
「お前ら、戦闘訓練は受けてないだろ。ギルドの検定でCクラスに合格すれば、道中の危険はほぼないんだが」
「そんな悠長にしてる時間はねえの。だいたいそれ、有料だろ?」
「なはっ。戦闘訓練1回1000ゼニ、検定料は3000ゼニだ」
町の外でも、近場ならそこまで危険はない。
だが本格的に旅に出るとなると、大型野生動物や盗賊なんかに出くわすこともある。
それは俺だってわかっているが、だからといってそいつらを打ち倒せるようになるまで訓練する気はない。
俺たちは別に、冒険者として身を立てていくつもりはないのだ。
だから、旅立つにあたって諸々の相談をロビーさんにしているわけだが。
「だったら、自力で護衛を雇うしかないぞ」
「わかってる。だいたいの相場を教えてくれよ」
「うーん、そうだなあ。2人旅なら、護衛は最低でも3人、できれば5人ほしいな。護衛の費用とは別に、食費と宿代、武器維持費その他諸々が日数分かかる。日数を減らしたいなら馬車もレンタルできるが?」
「な、な、グリル、旅っぽくていいじゃん。楽ちんだし馬車借りようぜ! 日数が減れば、護衛の食費が減るぞ!」
「いらねえよ。馬の食費のが高えだろが。それに日数が減ったところで、せいぜい3、4日程度だろ」
危うく食いつきそうになったローストを、慌てて止めた。
ロビーさんは残念とでも言いたげな顔で、俺たちのやり取りをニヤニヤ見ている。
「ま、馬車を使わずウイド地区への2人旅なら、こんなもんが妥当かな」
ロビーさんが提示した金額を見て、ギョッとした。
俺たちが今の10倍以上稼いだとしても、まだ足りないくらいの金額だったからだ。
「なんでこんな高いんだ!? 護衛の費用が高すぎだろ!」
「生憎と、この町には護衛ができるようなランクの冒険者なんていねえんだよ。だからもっと大きな街のギルドに応援要請するんだが、大きな街はそれなりに依頼料も高いんだ。更に、この町までの旅費も依頼者持ちだからなあ」
「うわあ……これもう、親切なオバちゃんに金貸してもらわないとダメじゃね?」
「却下!」
俺はギリギリと奥歯を噛み締めながら、頭が沸きそうになるほど考えた。
考えて考えて、それでも名案は全く浮かんでこなかった。
結局俺たちは、ロビーさんの最初の提案通り戦闘訓練を受けることにした。
ロビーさんの紹介するショボい依頼をこなしつつ、訓練を受ける毎日。
借金がなくなったぶん心に余裕ができたが、その日の稼ぎがほとんど訓練費用で消えていくのは、なかなかキツいものがあった。
半年は食うにもギリギリの生活で、ギルドに出入りするたび誘惑してくる金貸しババアに、何度も負けそうになった。
ローストは、何回か負けていた。
それでも、日々強くなっている実感はあった。
Eクラス検定に合格してからは、自信もついた。
ロビーさんも、以前より難易度の高い依頼を回してくれるようになり、稼ぎも少しずつ増えていった。
Dクラス検定に合格すると、腕試しに町から離れた場所で狩りをするようになった。
以前は、遭遇したら死を覚悟しなきゃいけなかった猪や鹿も、それなりに上手く狩れるようになっていた。
盗賊に狙われたこともあったが、返り討ちとまではいかずとも、逃げ切ることは難しくなかった。
そしてついに、Cクラス検定に合格した俺たちは、この町を発つことにしたのだ。
俺たちが故郷の村を出てから、1年半が経とうとしていた。
今なら路銀も十二分にある。
「いやー、まさか本当に合格するとはな! これでもうショボ……町の人たちの些細な依頼をこなしてくれる奴らがいなくなるのは残念だが、いつでも戻ってこいよ! ……あだだだだだだっ!!」
最後にお別れを伝えたロビーさんとは、今までの感謝を込めて、力いっぱい握手した。
くらえ! Cクラス合格した冒険者の握力を!!