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伝説の勇者の伝説の剣(レプリカ)古道具屋で200ゼニは完全な嘘



 この世には、ありとあらゆる伝説がひしめいている。


 はるか昔、魔界の王を倒した伝説の勇者。

 伝説の勇者だけが持つことのできた、伝説の剣。

 伝説の勇者が作った、伝説のパーティ。

 伝説の勇者が仲間たちと出会った、伝説の冒険者ギルド。

 伝説のパーティが魔界の王の城まで旅した、伝説の道。

 伝説のパーティが旅の途中で立ち寄った、伝説の宿屋および伝説の酒場および伝説の武器屋および伝説の……

 伝説の勇者が汗を拭いた、伝説の手拭い。

 伝説の勇者が蹴った、伝説の道端の小石。

 伝説の勇者が告白して秒でフラれた場所に立つ、伝説の樹。

 伝説の勇者が失恋して飛び込んだ、伝説の川。

 伝説の勇者が川に流され溺れながら掴んだ、伝説の流木。

 伝説の勇者が伝説の剣で伝説の流木を削って作った、伝説の女神像。

 伝説の女神像のモデルとなった、伝説の勇者を秒でフッた伝説のパーティの伝説の治癒術士。

 伝説の治癒術士と結婚した、伝説のパーティの伝説の戦士。


 数え上げればキリがない。

 とかく、この世は伝説が溢れ、ひしめいているのだ。



 そして今。新たな伝説が始まる。




 *****




「大当たり〜! おめでとうございま〜す!」


「………………ウソだろ」


 カランカランと鐘が鳴り響く。

 伝説とは関係ない、普通の下町の商店街で、俺は呆然としながら呟いた。


「おいおいおいおいおい! マジかよ! すげーなグリル!」


 俺とは逆に、興奮した声を出したのが、幼馴染のローストだ。


「いやー、伝説の温泉旅館ペアご招待券かぁー。オレ、温泉なんて初めてだよ。グリルは?」


 突然そんなことを言い出した幼馴染に、驚きで目をひん剥いてしまう。

 何言ってんだこいつ。


 俺は昨日、父さんから福引き券を貰い受けた。

 伝説の勇者マニアの父さんは、以前から欲しがっていた伝説の剣のレプリカをとうとう買ったらしい。


 レプリカ剣を大事に眺める父さんを見る母さんの眉間には、深いシワが寄っていた。

 眉間のシワ曰く「また無駄遣いして!」 

 だけど父さんは、レプリカは掘り出し物で、古道具屋で200ゼニで買ったのだと母さんに言っていた。

 それを聞くと、母さんの眉間のシワが少しだけ浅くなった。


 だから、後でこっそり父さんがくれた福引き券を見て、俺はぎょっとした。

 福引き券は、購入額10000ゼニで1枚貰えるものだからだ。


 俺は、この福引き券を内々で処理することにした。

 母さんに告げ口したところで、父さんが怒られてしばらく小遣い抜きになるだけだ。

 俺に恩恵はないし、誰にとっても不幸でしかない。

 だったら、福引き券は俺が消費してしまおう。

 どうせ大したものは当たらないだろうし。


 そんな経緯で、俺は隣町にある商店街の福引き所にやってきた。

 ローストとは、その途中で偶然会っただけなのだ。


 俺が、何言ってんだこいつ、と思うのも無理はなかろう。


 どう考えても、温泉に行くのは福引き券を持っていた父さんと、福引きを当てた俺だ。

 ……いや、それだと地獄の門番みたいな顔になった母さんが家に入れてくれない未来しか見えない。


 なら、温泉は父さんと母さんにプレゼントするか。

 しかしそれはそれで、福引き券の出処を探られるだろう。


 えっ、じゃあ、結局ローストに譲るのが1番いいの?

 それって福の引き損じゃね?


 なんてことをゴチャゴチャと考えていると、またカランカランと鐘が鳴った。


「おめでとうございま〜す! 3等、伝説の焼鳥のタレ、大当たりで〜〜す!」


 カランカラン、カランカラン。


「伝説の焼鳥のタレは『注ぎ足し注ぎ足し伝統の味を守り続けて1000年。伝説の焼鳥屋』さんからの提供で〜す!」


「えー、1等の温泉旅館じゃないのかよ。ぬか喜びさせるなよグリル」


 口の中に糠を思い切り詰め込んでやったら、この幼馴染は喜んで黙ってくれるのだろうか。

 しかし俺の手元には糠がないので、それを検証できないのが残念で仕方ない。




 *****




「でな、やっぱり旅に出るなら冒険者登録をするべきだと思うんだよ」


 唐突にそんなことを言い出したローストに、俺は遠慮なく白い目を向けた。

 マジで何言ってんだこいつ。



 2日前、福引き所の前で伝説の焼鳥のタレの入った壷を持って、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 温泉よりは誤魔化しがきくかもしれないけれど、どうすんだこれ。

 伝説の焼鳥のタレなんて、貰ったと言っても拾ったと言っても、怪しいことこの上ない。

 かといって捨てるわけにもいかないし、ロースト(このバカ)に譲るのも損した気分で納得いかない。


「よし、じゃあ早速食ってみよう!」


 能天気なローストの声で、はっと我に返った。

 そうか、こっそり食ってしまうという手があったか。

 バカのくせに、ローストはたまにいいことを言う。


「そうだな。じゃあ肉屋で鶏を買って、このタレつけてみるか」


 俺が言うと、ローストは肩をすくめて、わざとらしく溜め息をつきやがった。

 バカにバカにされたぞ、おい。


「オレたちが持ってるのは、伝説の焼鳥のタレだぞ。そんじょそこらの普通の肉屋の普通の鶏なんかじゃ、伝説の焼鳥のタレが勿体ない」


「……それもそうか。でも、それならどんな鶏ならいいんだ?」


「うーん、よくわかんねえけど……とにかくすげー鶏じゃね? ズバーンって感じの、伝説の鶏?」


「伝説の鶏か。なるほど……ちょっと調べてみるか」


 バカのくせに妙に冴えてるローストを少しばかり見直して、俺は伝説の鶏について調べるために、伝説ギルドへ向かった。



 伝説ギルドは、この世のありとあらゆる伝説が登録されている場所だ。

 逆に言えば、ギルド登録されていない伝説は、モグリの伝説ということだ。


 伝説登録には、いくつかのルールがある。

 まずは、伝説の勇者と直接関連のある物、人、場所だ。

 これは元祖と呼ばれている。


 次に、伝説登録されている物、人、場所と関連のある物、人、場所だ。

 それから、既に伝説登録されているのと同一の物、人、場所はいかなる関連があっても登録されない。


 例えば、伝説の勇者が使用していた伝説のスプーンを作った製造所は、登録して伝説の製造所になっている。

 けれど、伝説の製造所が作った別のスプーンは、伝説のスプーンに登録できない。

 仮に、伝説の勇者がそのスプーン1本で魔界の王を倒していたとしてもだ。

 ただし、伝説の製造所が作ったフォークは、伝説のフォークとして登録されている。


 有名な話だが、伝説の勇者が使った伝説のスプーンを作った伝説の製造所が作った伝説のナイフで彫られた伝説の看板を掲げた伝説の温泉旅館の常連だった伝説の領主が雇った伝説の庭師が愛用していた伝説の麦わら帽子の材料となった麦を収穫した伝説の麦畑の横に生えている樹が、伝説の勇者が秒でフラれた場所となった伝説の樹だ。


 途中から伝説の勇者とは全く関係ないのに、最後に伝説の勇者と関わってくるところが面白い。

 それだけ、この世の中に伝説登録されているものが多いということなんだろう。


 話が逸れた。

 とにかく、伝説ギルドには、これまでに登録されてきた伝説の記録も全て揃っている。

 俺たちは、ここで伝説の鶏について調べようとしているわけだ。


 そうして調べているうちに、どうにも奇妙なことに気がついたのだ。

 伝説の鶏については、すぐに調べがついた。

 確かに、ローストの言うとおり、そこらの普通の肉屋で手に入るような鶏ではない。

 まあ、それはいいのだが……


 どれだけ調べても、伝説の焼鳥に関する情報が出てこないのだ。

 というよりも、伝説の焼鳥はギルドで登録されていなかった、という方が正しいだろう。

 伝説の焼鳥屋は登録されているのに、伝説の焼鳥がないというのは奇妙な話だ。


 俺は、そのあたりの事情について、ギルド職員に聞いてみた。


「すみません、伝説の焼鳥について調べていたのですが」


「はいはい、伝説の焼鳥ですね……っと。おや、伝説の焼鳥はまだ伝説登録されてないようだね」


「あの、伝説の焼鳥屋や伝説の焼鳥のタレは登録されてるのに、伝説の焼鳥が登録されてないことなんてあるんですか?」


「まぁ、珍しいことでもないね。一度登録された伝説が、なんらかの理由で登録抹消されたか、あるいは元々登録されてないか。……ああ、これは元々登録されてない方、登録漏れのケースだね」


「登録漏れ?」


「割とあるんだよ。あまりにもありふれた物だから、既に登録されているだろうと思って、誰も登録してなかったってパターンとかね」


「そんなことあるんだ!?」


 一緒に話を聞いていたローストも、驚きの声をあげた。


「おいおい、こいつはチャンスだぞグリル! オレたちで伝説の焼鳥を登録できるぞ!」


 ローストの発言で、俺は思い切り目を見開いた。

 そうだ、確かにこれはチャンスだ。

 俺たちみたいな普通の村人が、伝説になれるチャンスだ。

 こんなことは滅多にない。


「よっしゃ! んじゃ早速、伝説の鶏を捕まえに行くぞ! いや、その前に下調べをしとかないとな。他に、焼鳥関連の伝説がないか調べるんだ!」


「オッケー、任せろグリル!」


「…………おーい。君たち、伝説の焼鳥屋の関係者じゃないのかい……?」


 俺たちは夢中で焼鳥関連伝説を調べ上げた。

 ギルド職員が何か言っていたけど、それすら耳に入らないくらい夢中で調べた。

 

 そうしてわかったことだが、なんと伝説の串と伝説の炭も、伝説登録されていなかったのだ。

 ローストと俺は、顔を見合わせてにんまりと笑う。

 どうやら、思った以上に大事になりそうだ。


「ああ、まあいいか……新たな伝説を登録してくれるなら、ウチとしても助かるし。それなら君たち、伝説の焼鳥を仮登録しておくかい?」


「仮登録?」


 聞き返すと、ギルド職員が俺たちに向かって大きく頷いた。


「仮登録しておくと、最長2年間は何があっても他の人は同じ伝説登録ができないんだよ」


「します! 仮登録!!」


 俺はギルド職員の提案に飛びついた。

 今まで誰も登録してなかったからといって、これからもないとは言い切れない。

 俺たちが準備をしている間に横から誰かに伝説をかっ攫われたら、笑い話にもならないだろう。


「仮登録料は3000ゼニだよ。期間は1ヶ月で、以降はひと月延長するごとに1000ゼニ。延長申請は、最寄りの伝説ギルドですぐできるからね。それから、仮登録が3ヶ月以上になると、本登録のときには登録料がかからなくなるよ」


 3000ゼニか。

 払えないことはないけれど、決して安い金額ではない。


「なあロースト、いくら持ってる?」


「えーとね……28ゼニ」


 使えねえ!!!!!

 つーか、なんでまだ月始めなのにそれしか持ってないんだ!

 バカか! 金勘定できないバカか!!


「福引きしたかったから、頑張って貯めてたお小遣いで伝説の剣のレプリカ買ったんだ。福引きは、残念賞の10ゼニ引き券に変わったけどな……」


「残念賞……って。ローストって伝説の勇者のファンだったのか?」


「いや別に。伝説の剣も1回振り回したら飽きたし、家で物干し竿になってる」


 バカだ! 金勘定できないバカだ!!!


 俺は、ズキズキと痛んできたこめかみを抑えつつ、特大の溜め息をついた。




全5話、本日中に完結予定です。1時間後に次話投稿します。

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