守りたい人
「レナ起きろ」
「……ん、」
私を呼ぶ声に寝ぼけながら目を開けた。すると思っていたよりも近くにいたエイジさんにハッと驚いて飛び起きる。
次の瞬間には私の口に手を当てて静かにするようにとジェスチャーをした。
「声を出すな」
えっ、何?何かあるの…?エイジさんのその声は少し焦っているような、周りの様子を伺うように潜めていて明らかにヤバそうな雰囲気が漂っている。
「……近くにアイツがいる」
「……っ!」
アイツってあのヤバそうな軍人だよね…!?えっ、近くにいるの!?
私は声を出さないように息を呑みながらキョロキョロと辺りを見回した。
どうしよう、もう魔石もなくなっちゃったのに…。もし何かあっても私は何もできない。
私があまりにも不安そうな顔をしていたのか、彼は私の少し震える手をギュッと握った。
「…大丈夫だ」
「……え?」
「____絶対に俺が守る」
潜めた声で話をしていたからか無意識に近くにあったエイジさんの綺麗な顔、真剣な眼差しで見つめられてドキンっと胸が高鳴る。
昨日から様子がおかしいと思ってたけど本当にどうしちゃったの…!?
「こんな所にいたんですねぇ、お2人とも…探しましたよ」
「!」
「……チッ」
ガサリ、目の前の草が揺れ動いたと思ったらヨロリとあの軍人が片腕を押さえながら立っていた。
あの怪我でここまで追い掛けてきたの…!?
よく見れば片足も引きずっていて血の跡から見ても立っているのが不思議なくらいだった。
「…絶対に逃しませんよ…クフフ…」
怖い、この人のそのエイジさんに対する執着も…これだけの怪我をしながら顔が笑っているのも、何もかもが怖い。
「レナ、立てるか?」
「は、はいっ…」
震える私とは正反対に舌打ちをしたエイジさんは私を優しく立たせると、前を見据えて刀を構えた。
…っエイジさんまさか黒魔法を…!?まだ体調も万全じゃないのにまた倒れちゃう…!
あの辛そうなエイジさんを思い出して無意識に彼の腕をギュッと掴んでしまった。
「…、大丈夫だ。だから泣きそうな顔をするな」
「…っ」
何処までも優しく、落ち着かせるような声で紡がれたその言葉に胸がいっぱいになってしまった。こんな時まで、彼は私の心配をしてくれる…ああ、やっぱり彼に感情がないなんてことないのだ。彼は誰よりも優しい人
「…フフフ、許せない…許せないですねぇ」
ゆらりと揺れて、狂気じみた笑いを浮かべる。
ゾクっと背中を駆け巡る嫌悪感に冷や汗が流れた。
「…兵器が人間のように感情を持つのが許せない…せっかくの最高傑作が…ああ、全部、全部…貴女のせいですよ白魔法のご令嬢。」
「……っ」
もはや軍人の目は人間のそれではなく、別の何かのようにギョロリと動いた。向けられた憎悪とそれ以上の何かに気持ち悪くて吐きそうだ、怖い、身体が竦む。
エイジさんはこんな人達とずっと、1人で戦ってきたのだろうか。
考えただけでも泣きたくなる。
「国は、魔法を使う者を求めています。ですから貴方も連れ帰る、そう言う選択も出来ますが…白魔法のご令嬢…貴方を殺せばきっとその化け物は完全なる最強の兵器になる…!」
うっそりと何かに崇拝するような笑みを浮かべると私を見てから舌舐めずりをした。
無意識に身体が後ずさる。
「…!エイジさん、」
「__大丈夫だ、…俺が合図したら走れるか?」
「っ…はい…!」
頼もしい背中で視界を遮ってくれたお陰でホッと息が出来た。
…回復しか出来ない今足手纏いにならないように全力で逃げなくちゃ。震える足に喝を入れて私はキッと前を見据えた。
エイジさんが刀を構えて黒魔法を使うと同時に彼の声を聞きながら私は反対側に走り出す。
「……走れ!」
「っ…はい!」
「逃しませんよ…!!」
後ろで金属がぶつかり合う音がする。
エイジさんはきっと約束を果たそうと私を全力で守ってくれるだろう。
____でもそうしたら彼はどうなる?
いや、私がいた所で魔石もない今は邪魔になるだけだ。なら彼の言う通り私はここから離れるのが一番いい選択、わかっている。自分ではそうわかっているのに…
__だって、それなら彼は誰に守ってもらうの?
エイジさんはずっと1人であんなに恐ろしい人達と戦ってきた。今だってそう…1人でさえキツいはずなのに私を絶対に守ると、そう言ってくれた。
そんな人を置いて行くの?
「…っ」
後ろから微かに金属音が弾かれた音と、それと同時にエイジさんの呻く声が聞こえた。
この呻き声、何度も聞いた苦しむ彼の声…!きっと呪いが発動したんだ。
ピタリ、と走っていた足が止まる。
手負いだったけどそれでも間違いなく相手は強い。人を人と思わない人は簡単に惨いことが出来るだろう。今までのように…
せっかく、エイジさんの世界に色が戻ったのに…
彼は言ってた、産まれて初めて生きていると、そう言ってくれた。
そんな彼を死なせてしまったら?私を守るために、死んでしまったら?
本当にこのままでいいの?
「……っそんなのダメ…!!」
私は震える足に喝を入れると来た道をダッシュして戻る。息が苦しい、でもきっと彼の方が苦しいはずだ…!
「何も出来なくてもっ…それでも私は…っ!」
わかっている、きっと邪魔になるかもしれないそれでも優しい彼が1人死んで行くのなんて私には耐えられないから…!
元の場所に戻れば丁度苦しみながらうずくまるエイジさんに軍人が鋭い爪を突き立てようと手を振り翳している所だった。まるでスローモーションのように見えたそれに私は無我夢中で彼の元へ走る。
「…っエイジさんっ…!!!」
驚いた彼の顔ごと私の腕で包んだ。強く、彼を守るように。
それと同時に右肩に走る激痛と酷く焼けるような熱さに私は思わず呻いた。
「…っ、っぃ…」
「…っレナ…!?」
ボタボタと肩から流れる真っ赤な血。軍人の鋭い爪はエイジさんではなく私の肩を貫いていた。
熱い、焼けるような感じたことのない痛み。
痛くて気を失いそう。
でもこれだけじゃあ私が来た意味がない、何か、何か彼の手助けを…っ
___そうだ、戦うことが出来ないのなら…隙を作る…!
痛みに耐えながら私は肩に貫かれていた爪を抜かせないように思いきり掴んだ。鋭いそれは手に食い込み血が流れる、痛みで顔が歪むがお構い無しに離さないと強く掴む。
軍人は驚いたように目を見開いた。
「っ…エイジさんっ…!今です…!」
「!…っ」
エイジさんは私の声にハッとしたように刀を構えなおした。呪いの侵食に顔を歪ませながら黒魔法を刀に纏わせる。
「っ…離しなさいっ…!」
「っっ…絶対離しませんっ…!私は私のやり方でエイジさんを守ります…!!」
私がそう言った瞬間、エイジさんは私を引き寄
せ強く抱きしめるとその勢いで前に倒れた軍人の心臓を刀で貫いた。黒魔法が軍人の身体を覆い黒く燃える。
「あああああぁ''…!」
苦しそうな断末魔と共に焼け焦げていく。
その声はまるで、今まで周りに与えてきたであろう苦しみを一身に受けているような…肩の痛みに耐えながら私はそんなこたを考えていた。
「…わ、たしを倒しても…呪いは続く、…お前はも、すぐに私と同じ運命を…辿る…ぐっ…」
黒炎がおさまると刀を引き抜き抜く。そのままエイジさんは私の肩に刺さっていた爪をゆっくりと引き抜いた。血が出ないように強く抑えられれば痛みでクラクラと視界が歪む。
…っ倒したの…?
後ろを見れば息絶えた軍人はそのまま仰向けに倒れていた。
「っ…ぅ…」
「…っ止血する、痛むが我慢しろ」
強い口調からは怒っているのがすぐにわかった。口調は強いのに、自分のマントを割いて肩を手当てしてくれるエイジさんのその手からは労りと優しさを感じられて場違いなのに笑ってしまう。エイジさんだって呪いのせいで起きているのがやっとだろうに…
最後にキュッと布を結ばれ、その痛みで顔を歪めた。それをみたエイジさんは、詰まった息を思いきり吐き出してから眉を寄せた。
「っ…何故、戻ってきたんだっ…!」
「……す、すみません…でも、私…っ」
「こんな怪我までして…!自分の傷を治すことは出来ないんだろう…!」
こんなに声を荒げる彼は初めてだ。驚いてビクリっと身体を揺らしてしまう。
「っ…すまない…」
驚く私を見たからか、エイジさんはハッとした後申し訳なさそうに俯く。
…心配を、かけてしまった。でも助けられた、こうして生きている彼と話を出来ている…だから私は後悔していない。
「…私が、回復魔法を自分に出来ないと知っていたんですね」
「……お前が自分の傷を治している所を見た事がない。」
そう言いながら彼は私の擦り傷だらけの腕を取った。
「……出会ってからずっとそうだ、お前は人のことばかり」
「…そんなこと、ないです…」
だって私は、知らない世界で1人になる事が嫌でこうして彼を付き合わせてしまっている。
彼を助けたのだって…私が後悔したくないと言う、自己満足の自分勝手な考えなのだ。
「…どうしてそこまでする」
「……優しい貴方に、生きてほしいんです」
次の瞬間腕を強く引かれ、抱き締められた。
「…っ、頼むから…」
「っ!」
突然のことに驚いたけど、そのエイジさんの声が切羽詰まったような彼らしくない初めて聞く声で…そっちの方が驚いた。
あ…肩の傷、痛まないようにしてくれてる…
そんな些細な優しさが嬉しい。
…抱きしめる腕にさらに力が籠った。
「…これ以上俺をっ____」
「……?エ、イジさん…?」
掠れた声、しかし何を言ったのか聞こえなかった。少し震えるその背中にソッと手を当てれば痛いくらいに抱きしめる腕に力が入る。
「……っ、」
「エイジさん?」
「……っっぅ、」
「…っエイジさん!?」
突然呻き出した彼はそのまま私に寄りかかるようにして倒れた。
慌てて彼を見れば刺青からまたあの黒い煙が出ている。さっきの戦いで黒魔法を使ってしまったからまた呪いが…!
「っ大丈夫ですか!?」
「っ……っぅ」
急いで回復をかけるも、煙が治る気配がない。
むしろ今までで1番濃い煙が出ている気がする。
(なんでっ…!?どうして治らないの…!?)
「はっ……ぅ…く、」
「っエイジさん…!」
あの軍人が言っていた、「いずれ同じ運命を辿る」と…
考えたくはないけど…まさか_____
「っ…っぅ、魔獣の…け、はい…が…っく」
「!魔獣…!?」
キョロキョロと辺りを見渡すも気配すら感じない。さっきの戦いで寄ってきてしまったのだろうか…まずい、せっかく助かったのにこのままじゃ…とにかく移動しなくちゃ…!
「エイジさん立てますか?何処か隠れられる場所に移動します」
「……っ、は、」
息も絶え絶えに立ち上がるも私の支えが無ければ立てないようで、このままじゃ歩けないと判断した私は彼の腕を自分の肩に回す。怪我した場所が痛むも我慢する。
今はそんなのに構っている暇はない…!とにかくエイジさんを守らなくては。
「っ…エイジさん、辛いですがもう少し頑張ってくださいね…!」
「……っ、」
彼は何かを言いたそうに口を開くも呪いの痛みから呻き声をあげる。
…今までで1番辛そうだ、煙も濃いし…早く何処か休める場所までいかなくては。