助けたい
森の最奥に進むにつれ、エイジさんと共にしてわかったことがある。
(す、凄い……)
目の前で魔術を唱え一撃で魔獣を倒していくエイジさん。
彼はかなり強いらしい。(神の使いが認めるだけある……)
道中遭遇した像よりでかい虎や蛇。私なんてプチりと潰されてしまうだろう凶暴で巨大な獣や魔獣が沢山出てきたのだ。
半泣きで逃げ出しそうになる私を他所にエイジさんは表情をかえることなく片手をかざし魔術で倒していく。
(なんか相手の方が可哀想になってきた……)
エイジさんはなんてことないように倒していくが私は覚えている。あの神聖獣であるファングが凶暴な魔獣が沢山いるって言っていたのを……それを平然と倒しちゃうなんて……
あれ?でもそう言えば…黒魔法は使わないのかな。さっきからずっと魔術…を使ってるみたいだけど……それに腰にさしている黒い剣も…
ファングと対峙した時は使ってたのに。
「あの……」
「……静かに」
「!」
私の声を遮ると手で静止をかける。
エイジさんはじっとある1点を見詰めたまま
動かない。
え、な、何……?
エイジさんが見つめる先を見ても何も見えない、どうしたのだろう。嫌な緊張感があたりを包むと私の頬に冷や汗が流れた。
次の瞬間
〈ギャォォオ!!〉
「わっ!?」
「……ちっ」
地鳴りがする程の鳴き声。よろつきながらも何とか耐えていれば、エイジさんが見つめていた先から巨大な翼を持った龍のような生物が飛んで来た。
「っ、!?」
「……翼竜か」
明らかにわかる、今までの魔獣とは違う。これは殺気か。とんでもない圧力に息が詰まる
足が震えて声も出せない。
翼竜、エイジさんがボソリと漏らした名前。よく物語に出てくる伝説系の生物だよね?…ドラゴンだよね…?
赤黒い身体は硬そうな鱗に覆われ、ギョロりとした漆黒の目が私達を捉えた。
殺気を放つ翼竜の目と合えば身体が金縛りにあったように動かない。
な、んで…息が吸えない…!
「っは、ぁ……」
ハッ、ハッと息だけが漏れて苦しい、息が、できないっ……
「落ち着け」
「っ!……」
「俺の目を見ろ。ゆっくり息を吸え」
「っ…え、い…じさ……」
チラリ、エイジさんは目線だけを私に向ける。ハッとして私は彼を見た。
目が合えば彼の金色が静かに揺らめいた。
だんだんと息がおちつきゆっくり空気を吸えるようになる。
エイジさんは私が呼吸をしたのを確認すると視線を翼竜へと戻し腰にある刀に手をかけた。どうやら今回は魔術ではなく刀…黒魔法を使うらしい。
「……翼竜は魔獣の中でも最上位の強さだ、守りながらはキツい。俺が刀を抜いたら全速力で離れろ」
「っは、はい!」
エイジさんでもキツい相手って……っ大丈夫だろうか、
いや心配したとこで私は何も出来ない…何かあれば回復は出来るけど、きっと戦力にはならない…
なるべく彼の負担にならぬように隠れるしかないのだ。
翼竜が翼をはためかせると同時にエイジさんは腰の刀を抜いた。
「走れ!」
「っ」
とんでもない爆音と共に後ろから衝撃波を浴びてよろめく。倒れないように足に力を入れてひたすら走った。運動は得意じゃないけど、この時ばかりは早く走れたと思う。
「はっ…はっ、!」
離れた場所につき木々の後ろに隠れると急いでエイジさんの安否を確認する。
視線の先では砂煙があがっていて視界がわるい、目視では何が起きているのかわからないけど何かがぶつかる凄まじい音だけはわかる。
怖いっ、どうしよう…!
泣きそうになりながらも事を見守るしかない。
すると突然、バチィィっと紫がかった光があたりを包んだ。その眩しい光に何事かと目を凝らせば砂煙が晴れた中に刀を構えたエイジさんを見つけた。
「良かった……!」
生きてるっ……!
しかし、その真上には口からブレスを吐こうとしている翼竜がいた。
「っあ、危ないっ……!」
「……黒炎」
勢いよく放たれたブレス。
エイジさんは一言発すると刀に黒い炎を纏い1振りでブレスを薙ぎ払った。
「焼残炎」
黒紫色の炎を纏い、地を蹴りあげたエイジさんは刀で翼竜を両断した。
黒い炎を浴びた翼竜は強いダメージを受けたようで悲鳴に近い鳴き声をあげているが致命傷とまではいかなかった。よろめきなが地に足を付けるも倒れなかった。
炎は翼竜を包むようにメラメラと燃え上がり動きを封じている。
「す、凄い……、」
(エイジさんさすが!強い…!これなら……!)
畳み掛けるように翼竜に更に技を使おうとしたのか、刀を構えた瞬間だった、
エイジさんは急に顔の刺青を抑えガクンっと片膝をつく
「!?えっ…?」
「っく……、こんな、時にっ……」
一体どうしたのだろう、ある程度距離があるため状況がわからないが彼はうずくまったまま動かない。
(け、怪我……!?)
ここからじゃわからないっ、でも何かあったのは間違いない…動かないエイジさん。
どうしよう、このままじゃっ……でも私が行った所で邪魔になってしまうだけだし……っ
私は震える手をギュッと握った。
必死で考えるが無情にも翼竜に放たれ燃えていた黒炎の炎が消えてしまう。身動き出来るようになった翼竜はここぞとばかりにブレスを放つ構えをしだした。
「ま、まずい…!」
どうしよう…!エイジさんは未だに膝をついて苦しそうにしている、
もとはと言えば私のせいなのだ。もしエイジさんがこのまま死んでしまったら……っ
__誰かがいなくなるのは、もう嫌だ。
「っ……」
助けてくれる優しい彼を、見殺しに等出来るはずがない!
私は急いで駆け出した。
「エイジさんっ……!」
「!」
駆け寄る私の声にハッとしたエイジさんは「っ来るな!」と冷たく突き放すように言葉を発したがすぐに刺青の箇所を押さえ苦しそうに呻くまる。
「っに、げろっ……!」
翼竜がブレスを吐いた瞬間私は膝をついている彼を守るように包み、抱き締めた。
「貴方を1人にはしませんっ……!」
エイジさんは驚いたように目を見開く。
驚くエイジさんを気にも止めず私はさらに彼を守るように強く抱き締めた。翼竜のブレスが目前に迫っている。
っ…もうダメ!!と思った次の瞬間、
___カッ!!
眩い光と共に私のポケットが赤く光る。
「……えっ」
その赤い光はブレスを弾き返し私達を守るようにバリアを張った。
翼竜はその光を見るや否や低い唸り声をあげるとそのまま踵を返して飛んで行った。
唖然とその光景を見ていれば尚も光っている自分のポケット。
何だろう?と光源を取り出してみる。これは……
「……これって……ファングから貰った魔石?」
「っ……、……っうっ」
驚いていれば腕の中で呻き声をあげるエイジさん。身体を支えようとすればそのまま私に倒れ込んだ。
「!っエイジさん!?しっかりしてください……!」
一体どうしたと言うのか。
よくよく顔を見れば、顔の刺青からどす黒い煙が出ている。
(な、何これっ……)
凄く嫌な感じだ。一体この刺青って…
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
私は首をブンブン振ると辛うじて意識を保って苦しんでいるエイジさんを見る。
(私が何とかしなくちゃ……)
とりあえず先の戦いでなぎ払われた木々の真ん中、丸見えになるここにいるのは危険だ。またあの翼竜が戻ってきてしまうかもしれないし、あの戦いで大きな音も出している…いつ他の魔獣が来るかわからない。
私はキョロキョロと周りを見回した。
(どこかエイジさんだけでも休めれる場所……)
焦っているとポワッとポケットがまた光だす。今度は淡い光。ファングの魔石からは線を描くようにある1点に伸びて光っていた。
「!これって…こっちに行け…と言うことなのかな…?」
さっきも助けてくれたし、もしかしたら……
光の指す方を見据えてグッと拳を握る。
「エイジさん、私に体重をかけて大丈夫なので歩けますか?」
「っ…、はっ……ひ、とりで…あるけっ…くっ、」
「っむ、無理しないでください…!」
フラフラなのに無理に立ち上がったエイジさんの片腕を自分の肩に回し身体を支えた。
「エイジさん、休める場所まで歩きますから少し我慢してください…!」
「はっ……、な、んで……」
なんでって…そんなの決まってる。
「今度は私が貴方を助けます」
「……っ……」
ゆっくりと光の指す方へと歩き出した。
*
「……はっ……は、」
(とりあえず、エイジさんを休められる場所までは来たけど……)
あの後、光の指す方へ行けば、奥が浅い洞窟のような場所へと辿りつく。途中で完全に意識を手放したエイジさんを何とかそこまで運びこんだ。
意識のなくなった人ってかなり重いんだな…
ヘロヘロになりながらも安全な場所に彼を寝かせた。貸してもらっていたマントを枕にして彼の頭の下に差し込む。
…これで少しは良くなればいいけど…飲み物か何かあれば…
キョロキョロと辺りを見回せば微かに水の流れる音。
「!良かった、この洞窟水が流れてる」
音のする方へ行けば岩壁に流れている水を手で掬うと少し舐めてみる。
(……うん、大丈夫そう。これなら飲める)
そしてエイジさんの口へと運ぶとコクリ、とゆっくり水を飲んでくれた。
(良かった……でも、)
まだ苦しそうにしてる。それに何よりも……
顔の刺青から出ているどす黒い煙が濃くなっている気がする…。これ凄く、嫌だ。
これは何なのだろう、まさかこれが原因……??
「……そうだ、」
私の回復で治らないだろうか?でも怪我をしている訳じゃないし……
私は半信半疑でスっと刺青に回復魔法をかけてみた。
「!」
すると淡く優しい光がエイジさんの身体を包む。
苦しんでいた顔がフッと力が抜けたように穏やかになった。
「よ、良かった……でも刺青は消えてない…」
どす黒い煙はなくなってはいる。でも刺青はクッキリと残っていた。
呻き声をあげなくなったエイジさんを見てほっと息を吐く。とりあえず良かった…顔色もだいぶいい。
「…夕暮れだ…」
私は洞窟から空を見上げる。もう日が沈んできたようで、当たりが薄暗くなって来た。
こうなると今日はもうここで野宿しかない。どのみちエイジさんが目覚めるまでは動けないだろう。
それまでは私が見張り番をしなければ…
(……凄く不安だ、でも……)
この優しい人を守らなければ、
でも、私には戦えるすべがない。魔獣が来たりしたら…
「そ、そうだ!」
私はハッとしてポケットから魔石を取り出す。両手で祈るようにギュッと握った。
(お願いファング、どうか私達を守って……!)
すると魔石がまたも淡く光出す。その光は洞窟の入口を閉じるように光の壁を張った。
「これって……翼竜から守ってくれたのと同じ……」
その光の壁を触れば温かく、どこかホッとする。
どうやら私達を守ってくれるようだ。
(ありがとう、ファング……)
「……っぅ……」
「!エイジさん…!」
突然また呻き声を上げたエイジさんを振り返れば薄くだがあのどす黒い煙が刺青から出ている。
「!……煙がまた……」
やっぱり、エイジさんはこの刺青に苦しんでいるんだ。
奴隷魔術って言ってたけど…何なんだろう。
考えてもこの刺青が何なのか、全然わからないけど
私はふぅっと息を吐くと刺青に手をかざす。
「大丈夫です、何度でも苦しみを取りますから」
「っ……はっ、」
薄く目を開けるエイジさんと目が合った。
「だから、安心して眠ってください」
出来るだけ安心出来るように私が微笑めば、エイジさんがフッと力を抜いた気がした。そして再び目を閉じた。
____
チュン…っと鳴く音にハッとする。
「……っ、夜、あけ……」
あの後、何度も呻きを上げて起きるエイジさんの刺青に回復魔法をかけることを繰り返していればいつの間にか夜が明けていた。全然気が付かなかった……
エイジさんもだいぶ落ち着いたようで、どす黒い煙もいつの間にか出なくなっている。
(良かった……何とか1日過ごせた…)
ホッと力を抜くと少しクラクラする頭。
「……?なんだろ、凄く、」
身体が変な感じだ、フワフワしている。
私は自分の身体に異変を感じながらも感じたことの無い感覚に首を傾げる。
(…とりあえず、エイジさんも何か食べた方がいいだろうし…明るくなったしルビーの実がないか探そう)
私はゆっくりと立ち上がった。
「あ、れ……」
グニャリと歪む目の前。まるでスローモーションのように倒れる自分の身体。
あれ…力が……はいらな……
次に来るであろう痛みを覚悟して目をギュッと瞑るが、身体を打ち付ける衝撃ではなく温かい感触。私の身体は力強くも優しく引っ張られた。
「……魔力切れか」
「……!エイジさん……?」
ギュッと瞑っていた目を開ければ、無表情のエイジさんの顔。どうやら抱き留められているようで綺麗な顔が近くにあって驚いてしまった。
「っ、わ、え、エイジさん……!もう起きて大丈夫なんですかっ………!」
「……、もう大丈夫だ」
エイジさんは一瞬動きを止めると何故だか短いため息をついて眉を寄せた。
「……俺よりも自分の心配をしろ。
…魔力切れをおこしている」
「……ま、力切れ……?」
キョトンとする私。
魔力切れ、、そうか…この初めて感じるフワフワした感覚は魔力切れしているのか。
私のいた世界に魔力はない、だから初めての感覚でわからなかった……なるほど…
納得してウンウン頷くのを見るや否やエイジさんは1度目を瞑るとそのまま私を優しく姫抱きにした。
「っ!?」
ひゃっ!?ま、待ってっ私絶対重たいのに……!えっ、な、なんでっ、と言うか恥ずかしいっ……
「エイジさん私自分で歩けます……!」
「…………」
「え、エイジさ……」
「……」
「……あの……、」
しおしおともはや彼の名前を呼ぶしか出来なくなった私の問いに答えないエイジさんは無表情……しかしその中に少し怒っているような……そんな空気を纏っている気がした。
そして今までエイジさんが横になっていた場所に私をゆっくりと寝かせた。
「……夢うつつに、お前が俺に白魔法を使って介抱していたのを覚えている」
「あ、あの……」
「ここの世界では魔力が枯渇すると死ぬ」
「!」
ま、魔力がなくなると死ぬ……!?えっ、じ、じゃあ私があのフワフワしていた時って結構ヤバい状態だったの……?
今更気が付いてサァァと血の気が引いた。
「……俺なんかの為に自分を犠牲にするな」
"俺なんか"……その言葉には少し怒気が含まれていた。
彼はそのまま私の額に手を翳す。しだいにエイジさんの手に黒い光が集まるとそれが私の身体を伝い全身に流れるような感覚がした。すごく温かい。
「?……これは……」
「…俺の魔力をお前に分けている」
凄い、何だかこれ気持ちいい。
「……気持ち悪く、ないか」
「__え?」
「俺の魔力に、……いや、嫌な気分になるかもしれないが我慢しろ」
「?……全然、むしろとても心地良いです」
そんな私の言葉にピクッと指を動かした彼に首を傾げつつも、自分の身体に流れる温かいものを感じながら私はゆっくり目を閉じた。
起きなきゃと思うのに瞼が開かない。
ああ、ダメだ……寝てしまいそう。
「……本当に、不思議なやつだな」
「…、な…んだか眠く、て……わ、たし、」
眠すぎて呂律があまり回っていない私は瞼が完全に開かなくなってしまった。
今寝てしまったら、先に進めなくなってしまう…また、迷惑をかけてしまうのに。
必死に起きようとあがく私を見ていたエイジさんは少し目を細めると、今まで聞いた中で1番優しい声色で言葉を紡いだ。
「いい、少し休め」
その時、彼がどんな顔をしていたのかを知らず優しい声色を子守唄に気が付けば私は深い眠りについていた。
誤字脱字があれば御報告頂けますと助かります。