彼の世界は
「んっ……さ、むぃ……」
ブルり、肌寒さで目を覚ます。木々の隙間から見える空はまだ薄暗くて、朝早いことを物語っていた。
私はハッとしたように起き上がる。
そ、そうだ……私確か異世界に……
「起きたか。なら早々に立つぞ」
「!お、おはようございますエイジさん…!」
すでに出発準備ができている彼は周りを見渡す。わたわたと起き上がった私は髪の毛を抑えながら急いで出発に向けて立ち上がった。
「……近くに獣の気配を感じる。囲まれる前に発つ」
「!っは、はい……!」
寝起きがいい方で本当に良かった…!
行くぞ、というように一瞬私を見た後歩みを進めた。
前を歩くエイジさんは昨日と変わりない無表情で前を見据えている。
…正直、顔を洗ったりもしたいけどそんなわがまま言っている暇はないだろうし…っとそんなことを思いながら目を擦っていればエイジさんとバチりと目が合う。
お互いに黙ったまま少し見つめ合う。
えっ…な、なんだろ?私よだれでもついてる…?もしかして寝癖!?
よくよく考えたら私、今かなり酷い格好しているのでは…?は、恥ずかしい……
昨日は気にする余裕もなかったけど…服はボロボロで身体中擦り傷だらけ…髪の毛もボサボサで……ん?
「えっ……?」
「……どうした」
ピタリと動きの止まった私は自分の長い髪の毛を摘みながら固まった。エイジさんはそれを無表情で…しかし何処か不思議そうに見詰める。
(髪の毛の色が、、)
___気にしている余裕がなかったから気が付かなかったが私の髪色が黒色ではなく透き通るアッシュの入った栗色になっていた。
私は生粋の日本人、黒髪のはず…!
な、なんで。いつの間に……?
「っ、わ、私の髪色がかわっちゃってて…!」
驚きからか少し震える声で、自分の髪の毛を両手で掴んだ。
率直な感想は、怖い…だった。自分が自分ではなくなったような…びっくりしすぎて少しパニックになる。
鏡なんて物がないため自分の姿を確認出来ない。だからなのか、余計不安になった。自分はちゃんと自分なのか。
涙目でエイジさんに詰め寄る形になってしまう。
「……時空の歪みが原因かもしれない」
「っ……」
「……だが、色が変われどお前は確かにここに存在している」
私の不安を感じ取ったのか。エイジさんは落ち着き払った声で紡ぐ。
……その声と言葉に、少し落ち着いてきた。
「す、すみません…びっくりしてしまって…」
「…いや、大丈夫だ」
……思わず取り乱してしまった。恥ずかしい…。
チラリとエイジさんを見ればこちらを見詰める金色の瞳が真っ直ぐとこちらを見つめている。
(ここに、存在してる__)
その言葉にホッとした。ファングにはああ言ったが思っていたよりもやはり不安、だったのかもしれない。
__彼がいてくれて本当に良かった。大丈夫、落ち着け私。
「…ありがとうございます、エイジさん」
「……」
エイジさんは1度視線を外すとまたこちらを見詰めた__
「……」
「……?」
__まま、動かなくなった。
(?え、な、なんでこんなに見られてるんだろう??)
居た堪れない。一体どうしたのか。
じーっと効果音がつくくらいに見詰められる。
…正直に言おう。彼は凄く整った顔をしている、そう。エイジさんはとてもイケメンなのだ。そんなイケメンに見詰められると落ち着かない。あと綺麗な顔立ちだからか圧が凄い。無表情なのが更に拍車をかけている。
いや、でも私を心配してくれた時みたいにしっかりと見れば意外と表情で分かったりするかもしれない。
「………」
「……っ」
__っ、??だ、ダメだわからない…!
っと言うか…凄い、イケメンさんにこんな見られたら穴が開いてしまうっ…!
元の世界では生活費を稼ぐために一心不乱に働いていた私は、男性と仲良くなる機会等なく…免疫がない。
しかも相手はとても綺麗な人。凄く、恥ずかしい。
…そんなことを思いながら顔を隠そうとすれば自分の動きに合わせてバサりと羽織っていた存在に気がついた。
何故彼がこんなにもこちらを見つめるのか…
___そうか、彼が見ているのはきっとこれか…!
「私マント!すみません着たままで…」
エイジさんはこれを返してもらおうと私を見ていたんだろうと、急いで脱ごうとすれば「そのまま着てろ」と返される。
あれ?これを返して欲しかったんじゃ…
「……多少の擦り傷なら防げる」
「!」
私の体には既に無数の擦り傷。森をこの薄着で歩けばそうなるだろうしこの程度で騒ぎたくもなかった為もはや気にしていなかったがどうやらエイジさんは気にしてくれたようで…見詰めていたのはコレじゃなかった…?したらなんで見てたんだろう…?
まぁ、考えたところでわからないし、とにかく今はエイジさんの些細なそんな気遣いが凄く嬉しい。
人の優しさに触れ、今日も頑張って彼に追いつけるように歩こうと密かに意気込む。
少し寝れたし大分体力回復も出来てるは……
そこで不意に気付く
(あ、あれ……?)
そう言えばエイジさんは寝たのだろうか…?よくよく考えたらこんな凶暴な獣が多数いる森で2人仲良く寝れる訳がないのだ、そう考えて頭から血の気がサァっと引いた。
「わ、私何も考えずにぐっすり寝てしまって…っ、」
「?」
「エイジさん寝てないですよね…!?」
私ったらなんでもっと早くその思考にいたらなかったんだ…!巻き込んでしまった上に見張り番までさせてしまうなんてっ…恩知らずもいいとこだ…!
エイジさんは一瞬虚をつかれたように私を振り替えるもすぐにいつもの無表情に戻り「慣れているから問題ない」とだけ言った。
罪悪感が拭えないが、よくよく考えたら私が見張り番をしていたとこで何かあっても対処が出来ない。結局私は何も出来ないのだ。
「……すみません……」
ボソリと、罪悪感が口から漏れる
そんな私の言葉が聞こえたのかエイジさんは私を振り返ると無表情のまま立ち止まる。
「俺が神殿まで連れて行くと決めた」
「…え?」
「お前が謝ることじゃない。」
少しの間だが共にしてわかる、この人は大事なことしか言葉にしない。だけど、その言葉に嘘は感じられないのだ。裏表のないその真っ直ぐな言葉に肩に入っていた力が抜けた。きっと本当にそう思ってくれているのだろう。
…でも寝ないのはやはり身体に悪い…どうにか出来ないかな。
「……ありがとうございます、エイジさん」
「……礼を言われることはしてない」
そう言いながらも昨日よりも歩く歩幅がゆっくりになっていて、大分ついていけるスピードになっていた。
その事が嬉しくてふふっと頬が緩んでしまう。
*
あの後結構な距離を歩き、時々私へと視線をやりながらエイジさんは先に進み広い泉のような場所に出た。私の世界では見た事がないような綺麗な景色、木々の隙間から溢れる陽の光でキラキラと光る水面に私は疲れも忘れて「わぁ……」と声を漏らした。そんな私を見たエイジさんは腰に付けていたカバンから何かを出し私に投げた。
「!わっ……」
キャッチした物を見ればタオルで。
「……少し休む、顔洗ってこい」
「…え、でも…」
早く先に進まなくちゃ…
「……不安なら、自身の姿見て来い」
「!」
顔をフイっと逸らした彼にジワジワと嬉しさが込み上げる。私が不安がっていたのを見てここに寄ってくれたのか。
私はお礼を言うと借りたタオルを握りしめて泉に走った。
綺麗な泉、透き通った水には反射した世界が映る。こんなにも綺麗な水は見た事がない。
_もし、全然違う見た目になっていたら…そう思うと怖い。ゴクリ、と喉を鳴らし恐る恐る泉を覗き込んだ。
こちらの世界に来て自分の容姿を確認する
「…!良かった………」
泉に映る姿はちゃんと自分で。元の世界と変わりない。ただやはり髪色は違っていた。
何にしても良かった。ホッと肩の力が抜ける。
「ん…?」
(あれ…私の目…)
よーく覗き込めば目に違和感。
___!目の色も違う……!薄い銀色のような透き通った綺麗な瞳…思わず自分の目を触るが色以外は特になにも変わりはない。
…目と髪色だけがかわってしまっているようだ。
『__色が変われど、確かにここに存在している』
ふと、彼の言葉を思い出しペチペチと自分の頬を触る。
……変わってることには確かに驚いたし、まだ不安は拭えない。けど__
大丈夫、そう思えた。
「…そろそろ戻らなくちゃ」
少し離れた場所に腰掛けている彼をチラリと見る。
時間を使ってくれているエイジさんに迷惑はかけられないが…少しでも休んでくれたら嬉しいな。
綺麗な水面に手をいれると冷たくて気持ちがいい。
ついでにバシャバシャと軽く顔を洗えば何だか頭をリセット出来たような気がする。
顔洗いたかったから洗えて良かった。
「……よしっ」
今日もしっかり歩いてエイジさんについて行かなくちゃ。気合いもいれなおせたし、そろそろ戻ろう。
*
エイジさんの元に戻れば泉にあった岩場に腰掛け遠くを見詰める姿が目に入った。
___なんて絵になる姿だ。
座っている姿でさえ絵になる。イケメンさん、目の保養だ。
(でも…何だろう)
ただ、その横顔が少し…寂しそうに見えて…
私は思わず声をかけていた。
「……っあの!ありがとうございました」
「……」
「時間取らせてしまってすみません」
「……いや」
視線をこちらへ移し、謝る私へゆっくりと首を横に振った。しかし立ち上がる気配がない。
それ以降言葉も発しないから判断が難しい。…まだここで休憩するのかな?
(もしかしたらエイジさんも疲れているのかもしれない…)
いや、そうだよね…私のわがままに付き合ってもらって尚且つ見張り番までしてくれたんだし…
そんなことを考えていれば、じーっと私を見詰める視線。
「え、えっと……?」
ま、またこのパターンだ…!
よしっ…考えるのよ私。多分こちらを見ている時、彼は何かを伝えたい時なんだと思う。エイジさんの意図を汲み取ろうと私は必死に考えた。
……いや、ダメだわからない。
一体何を訴えているのだろう?
するとチラリ、エイジさんは自分の横に目配りした後また私を見やる。
……もしかして……
「……あ、あの、隣に……座っても…良いんでしょうか?」
「……」
エイジさんは一瞬の間の後、少し柔らかい空気を纏いながら頷いた。
「お邪魔します…」
1人分の感覚を開け私は彼の隣に座った。
な、何だか緊張しちゃうな…何で隣に座らせてくれたんだろう…?
ちょっと気まづい……と言うか何だかそわそわしてしまう。
居心地悪そうにしていればエイジさんはスっと何かを差し出す。…これ、何だろう?
その手には赤いキラキラと透き通った実ような物があった。
「……え?」
「…食え、何も食べてないだろう」
そう言えば、こちらに来てから何も口にしていなかった。食べることを忘れるくらい色々とあったし昨日も疲れていたから、忘れていたのだが……
差し出されたそれを見て急に空腹を思い出したように唾液が出てくる。
私は躊躇いがちに実を受け取ると少し驚いた。そっか…
「……私お腹空いてたんですね…」
「この世界で好まれているルビーと言う果物だ」
「……ルビー…」
受け取ったルビーを少し掲げて太陽に照らせば少し透けているそれはキラキラと光っているように見えた。ファングに貰った魔石のようで、私は目を細めた。
「とっても綺麗な赤色。キラキラしてます」
ルビーを見ていれば、何処か無機質な声で彼は静かに言った。
「……俺には色がわからない」
何処か消え入りそうな声に思わずエイジさんの顔を見ればその目は遠くを見ている。
(そう言えば………)
「そ、その……ファングともお話してた、色が見えないって言うのは……」
聞いた後に後悔する。これ聞いていい話だったのだろうか…?
ヒヤヒヤしながらエイジさんを伺えば片手で自分の目を抑えると間を置いて言葉を発した。
「……産まれてから1度も世界に色がついていない。全て白黒に見える」
「…!」
良かった、話してくれたことにホッとしたのもつかの間何だか凄い話を聞いてしまい面食らう。
…見る物全てが白黒の世界?
え…今までずっと、…今も彼は白黒の世界で生きているってこと…?
「病気……なんですか……?」
「……わからない、気づいた時には白黒だった」
色がついていない世界、それはどれだけ寂しい世界だろうか。こんなに綺麗なルビーの色もわからないなんて。
私が眉を下げ考え込んでいれば少しの間の後、エイジさんは私を見た。
「……ただ、」
「……?」
「…いや、なんでもない」
言葉を濁しまた遠くを見つめる。見ている景色はエイジさん自身にしかわからないけど、でも……こんなに綺麗な色が見えていないのは勿体ない、
___ならば__
「エイジさん」
「?」
私はエイジさんの目の前にルビーを差し出す。
「これは赤い色をしています、赤は……そうですね、温かい色と言うか…あと食欲が湧きます!後は……えっと…見ているとホカホカする気持ちになる色と言うか…心がホワッとするような」
「……、」
少し目を見張った後、エイジさんはほんの少し困惑したように眉を寄せた。珍しく顔に表情が出てる。
__うん、無表情よりも全然いい
その顔は何を言っているんだと私の意図がわからないと言うような顔で。
うーん、色を伝えるって凄く難しいかも…
「…その、色がわからないのならば私が…できる限りその色を伝えようかなって」
「!」
「エイジさんの世界が少しでも色付くように」
でも難しいですね、そう私が笑いかければエイジさんは目を見開いたまま私を凝視している。
「____色が、」
「……え?」
「……いや、そうか。温かい色……お前みたいな…」
「エイジさん?」
見開いていた目を今度は眩しいものを見る様に細め、ボソリと何かを言う。
残念ながら小さすぎて聞き取れなかったが、問いかけてもフルフルと弱く首を振るだけだった。
(……でも良かった、)
……エイジさん意外と表情でるじゃないか。
今だってそうだし、よく見ていれば微妙な顔の変化がある。初見じゃわからなかったけど、しっかりと彼には表情があるんだ。
「良ければコレ一緒に食べませんか?」
「……いや、俺はいい。」
「…でもエイジさんも、昨日から何も食べていませんよね…?」
もしかしたら私が寝ている間に何かしら口にしたかもしれないが……起きて見ている限りの間は彼は何も口にしていない。
お腹空いていないのだろうか…?
「……俺は慣れてるから大丈夫だ」
「__」
エイジさんはことある事に慣れていると言う言葉を使う。見張りの時もそう、……慣れなきゃいけない環境に身を置いていたのだろうか?でも、そうだとしても…
「エイジさん、貴方は人間です」
「____」
あ、また驚いた顔してる。別に特別な事は言っていない当たり前のことなのにどうしてだろう?
「そうせざるを得ない環境だったのかもしれません。だけど…」
意外と柔らかいルビーの実は少し指を入れれば簡単に2つに割れた。うん、美味しそう!
ルビーの片方を彼の前に差し出して私は困ったように笑う。
「今は、一緒に美味しさを分かち合いたいです」
「、」
「1人で食べるより2人の方がもっと美味しいですよ」
私がそう問えば少し躊躇いがちに伸びる手。ゆっくりとまるで宝物を扱うようにルビーを受け取った。そして1口、彼は口に運ぶ。
「____、甘い」
「ふふ、私もいただきます」
カプリ、噛めば広がる甘さ。ルビーと言う果物、まるでマンゴーのようなトロトロした舌触りでとても熟した甘い実だった。今まで食べてきた物の中で1番美味しいかもしれない。
チラリ、横を見ればしっかりと果物を口にするエイジさん。その横顔は少し優しくみえた。
(……良かった)
危険な森とは思えないくらいのつかの間の
穏やかで優しい時間を過ごした私達だった。
もし良ければ高評価、感想等頂けたら励みになります。