世界の行方は彼女に託される(エイジside)
「……レナ」
「………」
目の前のベッドには深い眠りについた彼女。いつもの優しく陽だまりのような笑顔も、透き通るような綺麗な声もかえってこない。一瞬死んでいるのではと思ってしまい、耳を澄ませば聞こえる小さな寝息にドッと肩の力が抜ける。
_______
マグリット・スカーレットが目覚める中、倒れたレナを抱えれば慌て出す目の前の人間達。
「レ、レナお姉さん!?どうしたの!?」
まさかここまでの力を使うことに対してデメリットがないと思っていたのか。子供だろうと、知らなかったとしても…少し考えれば分かることだ。いやレナが悟らせなかったためか。…いや、どうでもいいか。今は彼女を…レナを休ませるのが先だ。
「……力を使えばそれ相応の見返りがある」
「!」
アリス・スカーレットは目を見開き顔を青くして俯く。それを横目に侍女に視線をやれば慌てたように別室へと案内された。
長く続く廊下を歩けば侍女が遠慮がちに聞いてくる。
「…エイジ様…その、レナ様は一体どうなってしまったのですか…?」
「……生命エネルギーを使った、暫く目は覚さない」
「…レナ様は目覚めますよね…?」
…彼女は例え、自身の身が削られようとも死の淵を彷徨ったとしても今回解呪する事を望んだだろう。ただ契約によってレナが死ねば俺も死ぬ。そんな兆候は今の所見られていない…と言うことは彼女が死ぬ事はまずないだろう。
まぁどうなったとしても彼女が居ないのならば俺がやる事は1つだ。
「……目覚めなければお前はこの世にいないだろうな」
「!」
ビクリと怖がる目の前の人間。軍に居た時に幾度となく見たこの表情…ああ、俺は今どんな顔をしているのだろうか。
※※
「…エイジ様、何かありましたらすぐにおっしゃってください」
綺麗なベッドに寝かされた彼女を心配そうに見る侍女は本当にレナを心配しているように見えた。動きにも無駄がなく退室も速やか、腹の中では恐怖と困惑…色んな感情が渦巻いているようだが顔には出さない。さすがはスカーレット家に支える侍女か。
…だからこそ、レナが感情を露わにしたのかもしれない。心底気に食わないが。
ここに来て既に2日目、夜も更けて部屋の明かりは窓から照らされた明かりだけになっている。彼女の白い肌が余計に白く見える、頬に触れれば温かい体温に彼女は生きている…大丈夫だと自分自身を落ち着かせた。
「………」
…彼女の白く綺麗な肌を見て思い出す。
レナは知らない、自身にアステナの祝福がある事を。
……祝福なんてものは神が気に入った人間に唾を付けるようなもの。俺からしたら腹立たしいことこの上ない。…確かにアステナに助けられた事は間違いないが俺からレナを奪う存在になりうるものだ、出来るならば彼女には関わりを持ってほしくない。それに祝福なんてもらった事を知れば彼女の性格上お礼をしなければ、と言いそうだ。会いに行きたいと言われるのが目に見える…だからこそ祝福の事は黙っておくことにした。
「……傷口は完全に塞がったか」
目の前で眠る彼女の肩を服の上から確認すれば凹凸のないさらりとした肌で、傷口なんて物があったのかさえ疑う。
……触った時に微量に感じたアステナの力に、治したのはあいつなのかとすぐにわかってそして苛立った。痛々しい傷が治って良かったとは思う、しかしあの傷は俺のためにレナが自分から作った傷なのだと思うとアイツに治された事に苛立った。
彼女は人にも神にも愛される人間だ。…それが許せない。それが彼女なのだとわかっていてもレナの中に俺以外の誰かがいるのが気に食わない、腹の底から湧き上がるこの苛立ち。いっそのことレナ以外の全てを壊してるしまおうかと思ってしまう。そうすればこんな気持ちになることはない…誰の邪魔もなく彼女とずっと2人でいれる。
そうなれば、それ以上望むものはないだろう。
……本当に、ないのか…?
これ以上、彼女に俺は何を望んでいる?
彼女がそばにいるだけでいいと思っていただろう、彼女の笑顔が見れればいいと……
「……、」
いや、そんなんじゃ足りない。どう足掻いても彼女の全てが欲しい。全てが何なのか具体的にわからないからこそどうしようもないこのモヤモヤとした感情、焦燥、…
自身の手を見れば行き場のない感情を押さえ込みすぎた手の平に爪の跡と滲んだ血が残っていた。そんなことお構いなしにその片手で顔を覆う。
…俺は今日初めて本能を理性で抑える、と言う事がいかに難しいかを知った。
…傷口を確かめようと彼女の身体に触れた時のこと、はだけた服から覗く滑らかな肌に触れた瞬間湧き上がったのは初めての衝動。…自分自身でも驚き''何か''を抑え込むように拳を握った。表には出さないようにしていたためレナは気がついていなかっただろうが…内心今にも彼女の白い肌に噛みつきそうなになった、など口が裂けても言えない。
「……はっ、これでは本当に化け物だな」
この''何か''はきっと本能で感じた物だと漠然と思った。本能を理性で抑え込むと言う事はこんなにも大変なことなのか。今の俺にとって得体の知れない自身の感情を理解し律するのは難しいことだと改めて思う。
…人になった今、人間とは厄介な生き物だと改めて理解した。
どうすればこの感情を消化出来るのだろうか、今の俺には全て考えた所でわかるわけがない。
考えることに疲れ、ため息を吐けば彼女から微力ではあるが神聖な力を感じとる。
「……?」
…なんだ?…アステナでもない神聖な力の気配。…いや、気のせいか…?レナと似ているその気配に首を傾げる。…これは…似ているようでレナとは少し違う気がする。
そういえば…先程解呪を使っていた時にも感じたアステナとは違う神聖な気を一瞬だけ。あれは人ではない何かだった……もしかして俺が離れてる間に別の神に祝福を貰ったなんてことある訳ないよな?(※正解である)
……レナは神聖なものに気に入られる節がある…それはきっと彼女自身が、魂が…清らかだから、神が好みそうな存在であるからに違いない。
……後で何があったか問いただすか。
「……俺だけでいい」
………そう、彼女を知るのは世界でただ1人、自分だけでいい。
…ああ、何故こうも全員俺をイラつかせる。……また彼女の笑顔を見ればこの苛立ちもおさまるだろうか。
__________
_____深夜、静まりかえる部屋の外から感じた気配に反応し刀に手を添えた。
「……何のようだ」
ゆっくりと開く重厚感のある扉。そこには気配通り見知った人物がいた。
「マグリット・スカーレット」
「……さすが、と言うべきか。……軍での演習以来かな、久しぶりだねエイジ君」
「……」
「やっぱり彼がそうなのね…」と呟くシェリル・スカーレットが押す車椅子に乗る男は軍にいた時よりも柔らかい笑みを浮かべた。
「親子共々世話になってしまったようだね」
「…マグリットから貴方の事を聞いていたから知っていたの。…でも、あの礼拝堂で…レナさんがいたからあの魔術師の男を殺さなかったと言っていて、聞いていた話と違っていたから驚いたのよ…」
___そうか、あの時の驚いた反応はやはり俺が何者なのか知っていての事だったか。
「…レナさんの事、とても大切なのね」
「…………」
……この女とはなるべく話をしたくない。
「…シェリル、少し彼と2人で話がしたい。席を外してくれるかな?」
「え?…ええ…わかったわ」
俺の苛立ちを感じ取ったか、男は俺にすまないなと一言漏らした。
「………」
……シェリル・スカーレット
''…神は本当にいたんだわ…''
そうポツリと言葉を漏らしたこの女の瞳にはレナに対しての崇拝者特有の強い尊敬が見て取れて危うく刀を抜く所だった。
そんな事を思い出していれば女が部屋を出て行く直前にこちらを振り向く。
「あの、レナさんが起きたら…お礼を、沢山したいからゆっくりと休んで行って欲しいと伝えてくれるかしら」
__この女、本当に気に食わない。
気付いたら刀の鞘に手をかけていた。この女があと一言でもレナについて喋っていれば即斬っていた。…斬っておくべきだったか。…いやそれだと彼女が悲しむ…ここはレナのために目を瞑るしかない。レナに感謝するんだな、と今は見えなくなった女の背に吐き捨てた。
「……うちの妻がすまない、少し思い込みが激しい所があってね」
「ずっとレナさんはパナケア様の遣いだと言っていてな…」と言われ余程俺の顔に嫌悪感が出ていたか、目の前の男は驚いたように目を見開く。
「……何を驚く」
「……いや、…君のそんな顔は初めてみたよ。…軍では、いつも恐ろしい程に無表情だった。」
俯く男の顔はいつか見た、あの悲しげな表情をしている。
……何を思っているかは知らないが今では軍の出来事はすでに過去の事になっている。何も思わない訳ではないが……今の俺にはレナがいるから関係ない。レナさえいればそれでいい…
レナがいれば全てが手に入ったように感じるのだから。
「…レナがいれば俺は人になれる」
その言葉に男は目を見開き、そして力の抜けたような笑みを浮かべた。
「……そうか…君は…、」
男はゆっくりと車椅子から立ち上がる。まだ身体が鈍っているのかよろけてはいるがしっかりとこちらを見据え…そしてゆっくりと深く頭をさげた。
「……何のつもりだ」
「…君に辛い思いをさせた、謝って許される事ではないと重々承知している。それでも謝らせてほしい……本当にすまなかった。」
震える声。……軍にいた時とはまるで別人のように見える目の前の人間。宰相と呼ばれ国の中核であろう男はこんなにも弱々しかっただろうか?
「……謝罪した所で何かが変わる訳ではない」
「……そうだな、これは私のエゴだ。君に許されたいと…楽になりたいと…そう、思っているのも事実だ。ただ、昔のことは変えられないがこれから未来のことは変えられる、だからこそ私は君に直接謝罪したかった」
「………」
「…私に周りを総る力がなかったために君にばかり負担を強いてしまった…。すまなかった、エイジくん」
「………」
正直謝罪を受けた所で昔の出来事が消える訳でもなくその言葉に意味はないと俺は思う。何かが変わる訳ではないのだから。
「それこそ…君を縛るものが無い今、この国に復讐だって出来るだろう。君の力なら。…もしその考えが少しでもあるのなら……っ私が、全ての責任を負う」
「……お前1人の命で許せと?」
「っ…ああ、勝手だと言う事はわかっている。だが……私には、守らねばならない者達がいるんだ」
この眼差しは知っている、覚悟を決めた人間の顔だ。マグリット・スカーレットは本気なのだ。
…復讐。その言葉を聞いて、思い浮かぶのは今までであれば俺を使ってきた奴らを思い出していただろう。でも今は違う。
「………」
隣から聞こえる場にそぐわないレナの安らかな小さな寝息。
復讐と言う言葉で連想されるのは他の誰でもない、レナの不安そうな顔。俺にはそんな事をして欲しくないと書いてある顔を思い出せばフッと笑いが出てしまう。
……彼女ならこう言う時どうするのだろうか。どんな反応をするだろうか、どう…思うのだろうか。今までの俺ならそんな考えすら至らずにただ、目の前の人間を切り伏せていただろう。
…レナと出会い色んな感情を知った、彼女がいれば世界はこんなにも綺麗なんだと知りやっと人としてのスタートラインに立てた。しかしそれはレナがいてこその事。彼女がいなければ俺はまた兵器へと戻るだろう。俺はレナさえいればいい、だからこそ他の事に対しては残酷になれる。彼女のためなら人をやめて残虐な行いもできるだろう。それこそここにいる人間全て殺す事も厭わない。
今目の前で垂れている首を斬る事なんて俺には簡単な事だ。
……ただ、そうすることで少しでも…レナが悲しむ事になるのなら。
「レナが、俺を名前で呼ぶんだ」
俺の言葉に驚いたように男が顔を上げる。
「……俺を人として見てくれる」
「………、」
兵器だと、化け物だと言われ続けた。実際に軍にいた時の俺は到底人間とは思えないような生き物であっただろうし自分自身そうだとも思う。
それでも、レナが言ってくれたように俺は化け物でも兵器でもないと言う言葉は嬉しく思った。彼女が教えてくれたんだ。名前を呼ばれる事、それは当たり前の事に思えて特別な事なんだと。
「……レナは誰かが死ぬ事を望まない。俺の復讐を望まない……彼女が望まない限り俺は斬る事はないだろう」
「____……それ程までに…」
「…だが」
俺は刀に手をかける。
「レナに何かあれば別だ。…3日、目覚めなければここにいる全員殺す」
「!」
「例え…アリス・スカーレットが泣き喚こうともな」
少しの間の後、静寂をきったのはマグリット・スカーレットだった。
「……1つ、聞いて良いかい?」
「…………なんだ」
「……彼女が君にとって大切だと言う事は分かった。しかし、どうしてそこまで……君が軍を抜けてからさほど時間も経っていない事を考えると彼女と一緒にいた時間は短いだろう?」
「……時間なんて関係ない。」
そんなもの何の物差しにもなりはしない。だって俺は生きながらに死んでいたのだから。もはや彼女に出会うまで時間は止まっていたに等しい。
彼女があの時に俺の隣にいたことが全て、あの色付いた世界になった時に彼女しかいないと…俺は生きて行けるとそう思ったのだから。
彼女がレナと言う存在であるから俺はそばに置きたいと思うしそれ以外では意味のないものになる。他の誰かで補う事は不可能だ。それだけは確信している。
この男は俺にとってどれだけレナが大切なのか分かった、と言っていたが……
…はっ…笑わせる。まるで分かっていない。いや分かってたまるか。俺にとってのレナがどんな存在か…そんなこと俺だけがわかっていればいい。
「…レナがいない世界なんて滅べばいい。俺は…彼女のためなら神でさえ殺す」
誰が何を思い何を企んで世界がどう動こうとも、俺には関係のないこと。今の俺は彼女がいなければ死んでるのと同義なのだから。
まだバタバタしているので更新まちまちですみません。
悩みましたが一旦エイジくんはここまで、次はマグリットsideでお送りいたします。
誤字脱字、そしてご意見ご感想お待ちしております…!(初めて感想頂けて本当に嬉しかった…!更新頑張れます!)どのくらいの長編になるかまだ迷ってますがどうぞ最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします!




