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妖精社会  作者: 創作
三章_第二次巨人大戦編

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《追憶編》断片一.無彩の少年

「久遠、今日もいっぱい取ってきた」

「すごいねー、縁。よく出来ました」

捉えたのは兎二羽とリス一匹。僕が狩りを上手くやると久遠はいつも褒めてくれる。

久遠は僕のお母さんではないらしい。いつか聞いたことがあるが「雨の日に橋の下で拾った」とそう言っていた。姓の「栗野」は久遠のものだ。

「ほら、これから学校でしょ。着替えて、朝ご飯食べて行ってね。私もすぐに出るから」

久遠は忙しい。毎日、日が上る前には隣町に働きに行ってしまう。帰ってくるのはその日の夕方だ。寂しいが、仕方がない。僕が久遠に頼ると彼女が困ってしまう。

パンと目玉焼き、野草の炒め物を作って食べると、今度は飼っている狼に餌を与えにいく。それは今朝、狩ったウサギとリスを絞めて血抜きしたものだ。皮は売れるので取ってある。

「蒼葉、ご飯」

『ん、あんがと』

皿に盛った肉は骨ごとあっという間に食べられてしまう。村の図書館にある図鑑に書いていたのだが、狼とは元来骨まで砕いて食べて、脊髄せきずいに含まれる栄養も摂取するらしかった。

「は〜。学校かぁ〜」

蒼葉がガツガツと肉に齧り付くのを横目に見ながら、憂鬱な気分になった。最近は学校に行きたくない。前はそうでもなかったのだが、みんなが魔術を使えるようになる中、僕だけは一向に何一つできないでいた。魔弾の生成一つさえ、ままならないのだ。今朝も「今日はできるかも」と期待して、魔術の発動を試みたが妖精との交信すらままならなかった。できる子は魔弾の形を変えられる。小学四年からの「魔術実習」という授業も始めこそ出ていたが、最近は見学ばかり。今日もその実習がある日だった。

昔はそうでもなかったのだ。運動は人よりできる方だったし、勉強も不得手ではなかった。しかし、魔術の授業が始まるとやはり神秘的なそれに人の目は映った。それまで話していた人達が僕が話しかけると無視するようになった。「魔術が使えない」その事実が在るせいで僕は仲間外れにされていた。

「でもなぁ、ちゃんと行かないと先生が久遠に言いつけるし。そしたら、心配性の久遠が仕事できなくなっちゃう」

前に高熱を出した時、熱は三日で下がったのに久遠は七日の休みを取った。ちゃんと治るか心配だからと言っていた。ふとそのことを思い出す。

「行くかぁ、学校」

僕は蒼葉が空にした餌皿を持って流しに向かう。そこで石鹸を手で泡立てて、水をつけながら皿を磨いた。水はもうそんなに冷たくない。夏が近いからだろう。

「蒼葉、ちゃんとしてろよ。家帰ったら遊んでやるから」

すると蒼葉は尻尾をブンブンと振ってそれに答えた。…伝わっているのかは分からない。

「ほんと、ちゃんとしてろよ」

僕は大声でさらに念を押す。

『わぁってるよ!大人しくしときゃいんだろ』

彼の声が頭に響く。僕はいつものように小銭と鍵を持って家を出た。


*  *  *


学校にはいつも通り、時鐘三分前についた。全校生徒二十人。全学年同じ教室に集う村の小さな学校だ。今日の科目を掲示板で確認し、書庫から該当する教科書を拝借する。そのまま廊下を歩き、教室へ。後ろの扉を開けてまっすぐ次席へと移動する。

ゴーン。ゴーン。

「はいはい、鐘が鳴りましたよ。みなさん、座ってください」

いつものよう朝礼が始まる。終わると、書庫へ急いで教科書を取りに行く生徒が散見された。


今日の「魔術実習」は魔術で的当てをするらしい。

魔術の得意な男の子はここぞとばかりに実力を見せつけようと意気込んでいた。

…どーせ、弓弦ゆづるちゃん狙いだ

神城弓弦は村の村長の一人娘だ。同学年の子で、その容姿は可憐そのもの。所作一つ一つが人の目を惹きつける。勿論、滅茶苦茶モテる。

噂によれば、隣町の中学生が告白して振られたらしい。

…僕だって、魔術が使えれば努力するさ。でも、何もできないんだもんなぁ

仕方がない。僕は諦めていた。僕だって、弓弦ちゃんが好きだ。この学校唯一の同級生で話し相手だ。楽しそうに話を聞いてくれて、その上可愛いとなれば気にならない方がおかしい。

同年代の話し相手はもう一人いるが、頭が非常に良く、今は飛び級して隣町の中学に通っていた。

僕は的当てが始まる中、後方に位置取り校舎との間にある坂に腰を下ろす。そのまま、みんなが声を上げて楽しんでいるのを眺めていた。

「縁はやらないの」

芝に寝そべっていた僕は、声の方へ視線だけを送る。すると眼前に弓弦ちゃんの顔があった。

「弓弦ちゃんも知ってるでしょ。僕は魔術が使えない、だから、やらないんだよ」

「もうそうゆって授業に出なくなって、何ヶ月も経つじゃない。今日はできるかもしれないよ」

彼女はそんな肯定的な言葉を返してくる。でも、無理なのだ。毎日魔術を発動させようとはする。今日こそ自分の中にいるはずの妖精が覚醒していないか、そんな淡い期待を抱いて。

「できないよ。今日の朝だってダメだったんだ」

「そっか」

すると彼女は僕が寝そべる斜め上で上体を屈めた。瞬間、スカートの中が見えそうになった僕は急いで体を起こす。

「どうしたの?」

「いや、えっと。その…。パンツ見えそうだったから…」

「ふ〜ん。縁のエッチ」

彼女は少し楽しそうに目を細めた。

「見てない、見てないよ⁉︎」

僕は手と頭を必死に振って否定する。実際、すごい勢いで起きたので見えてはいなかった。

「それで、なんで弓弦ちゃんは授業サボってるの」

「あっち、面倒臭いから。魔術が的に当たっただけで大騒ぎする男の子。それにキャッキャと声を上げる女の子。私、五月蝿いの苦手なの」

彼女は言葉を連ねるとはぁと大きなため息をつく。

「それにすごい魔術は、あの子に山ほど見せてもらったし。これくらいじゃ楽しくないのよ」

あの子というのは幼馴染の悠里のことだろう。確かに彼女魔術は凄かった。森で体躯の大きい大熊グリズリーを一撃で仕留める風魔術は圧巻だった。

「…まあ、あと。縁と話すの楽しいし

「え?」

小さくて聞こえなかった僕は彼女に聞き返す。すると「わ、私。戻るね」と言って行ってしまった。なぜか、顔全体を赤らめているように見えた。また手持ち無沙汰になってしまった僕は空を見上げて、雲に夢想を働かせた。


*  *  *


「いてっ!」

僕は放課後、校舎裏でリンチを受けていた。相手は遠野晴弘(はるひろ)くん。二個上の上級生で魔術に関しては学校内で群を抜いていた。(とはいえ、悠里には遠く及ばないが)。身長も高く、堅いもよく更にかっこいい。それにリーダー気質という超人だった。当然、女の子にもモテる。

「テメェ、俺の弓弦と何話してたんだ、ンァ?」

…いつ弓弦ちゃんは君のものになったんだ

彼女は誰もものでもないだろうに。

「ムカつくんだよ」

痛みに耐えながら、やっと立ち上がったその時、僕は彼から腹部に蹴りを見舞われた。

ンッ!

思い切り校舎の壁に打ち付けられた僕は声にならない擬音をあげる。激痛に悶絶する。

「魔術も使えない癖に、生意気な目ぇすんじゃねえよ。今日はこれくらいで勘弁してやる」

滲んだ視界で見えたのは彼と取り巻きが心地良さそうに笑っているそんな最悪の情景だった。

「ん…てて」

彼らが完全に校舎の曲がり角に姿を消した後、僕は壁を背にして上体を起こす。体を見ると擦り傷や打撲が散見された。

…やり返さなかったのは偉いぞ、僕

誰も褒めてくれないので自分自身にそう言って聞かす。僕は昔から何故か異常なほど傷の治りが早い。今回も結構な怪我だが、三日もすれば元通りになるだろう。

晴弘君は過去、三回。弓弦ちゃんに告白している。しかし、全敗だった。話しかけようとすれば、あからさまに無視される始末だ。彼女曰く、慢心している男は大嫌いらしかった。

だから、だろう。普段から僕が彼女と話しているのを見て嫉妬したのだ。別に僕らの間に恋が実ることなんてないだろうに。良いとこ、僕が片想いしているくらいだ。

それで鬱憤が溜まってこの始末。弓弦ちゃんは何も悪くない。モテる子は大変だなと思った。

「はあ、どうしよう。久遠にどう言い訳しようか」

この傷見たら、絶対心配される。リンチのことなんて言ってしまったら、学校にブチギレること間違いなし。下手したら、遠野くんの家まで行って不平を零すかもしれない。

「本当にどうしよう」

そんなことを考えながら教室に戻り、書庫に借りた教科書を返して帰路についた。


*  *  *


「ふう、やっと着いた」

打撲した位置が悪かったのか。歩くごとに痛みが襲い、帰るのに思ったより時間がかかった。

「ただいま」

「おかえり、縁」

庭で帰りを待つ蒼葉に行ったつもりが、思いもよらぬ方向から返事が返ってきた。

「…弓弦ちゃん」

「ほら服脱いで、傷見せて」

ひどく怒った様子の彼女は僕にそう催促した。機嫌の悪い彼女が頑固なのはよく知っている。言われた通りにシャツを脱いだ。

「あいつら…。本当にどうしようもない奴らね」

そう言いながら、彼女は僕の傷を見ていく。

『縁、お前。リンチにあったんだってな』

「なんで蒼葉が知っているんだよ」

「私が教えたのよ。アイツら、『縁を絞めてやった』って廊下で大声で言っていたわ。自慢になるとでも思ったのかしら。だから、急いできたのよ。縁はお節介だから、ほっといたらそのままにしそうだから…大丈夫、直せそうね」

彼女はそういうと僕から離れ、水の魔弾を形成した。するとそれを操作し、細かくして僕の患部に適当な量で覆っていく。

 「水」中級魔術〈無系統派生(治癒)〉

彼女が魔術を発動させると、体に付着した水が光を帯び瞬く間に痛みが消える。

「ありがと、弓弦ちゃん」

「怪我したら、私に言って。ちゃんと治すから。じゃ、私帰るから」

僕の目の前で人差し指を立てて、念押しするとそのまま帰っていった。

彼女が小学生ながら、中級魔術の一端である「治癒」を扱えるのは血筋によるところが大きい。しかし、魔術の精密操作は彼女の才能で、かの悠里も「真似できない」と評していた。

『よかったな、縁。好きな女に世話焼いてもらえて』

「五月蝿いよ、蒼葉。午後の狩りと木の実拾い行くよ」

『あいあい』

その日は難なく終えた。

しかし、問題だったのはこれがきっかけとなり、ことある事に僕がリンチを受けるようになった事だった。初めは弓弦ちゃん絡みだったのが、次第に晴弘くんの機嫌が悪いと呼び出されるようになった。弓弦の治療のおかげで久遠に事がバレることはなかった。

けれど、半年後。それは突如として終わりを告げた。正直、僕がほとんど反応しなかったからつまらなかったのだと思う。半ば予想通りに事が運んだことに安堵し、僕は普段通りの生活を取り戻し始めていた。


 ——そのはずだった


「蒼葉、おい。蒼葉!」

その日、僕の手の中には血まみれになった彼の姿があった。


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