5話 丑三魔酔
「丑三はあんまりガチ恋とか好きじゃないんだけど、それぐらい丑三のことを好きってことだから嬉しいはうれしいんだよ。センキュースーパーチャット!」
丑三魔酔という名前のせいで、真夜中の12時から2時まで定期配信をしている私の配信スタイルはいたってシンプル。
最初の30分は視聴者と軽めの雑談をする。
残りの時間はゲーム実況だったり、スーパーチャットを読み上げたりさまざまだ。
最初の雑談時間を侮ってはいけない。私が鳥獣町テラちゃんも所属する「Dot.live」に所属できるようになったのは、雑談を切り抜かれたからである。
今は厄介な痛ファンとも呼ばれる、ガチ恋に関する雑談中である。
「『魔酔ちゃんはガチ恋した人とかいないの?』か~。丑三はそもそも、そんなに恋愛したいタイプじゃないからな~」
〈元カレはいなそう〉
〈解釈一致〉
「お~? 黙れ黙れ~。丑三は恋愛よりも、今を楽しみたいって感じだから、恋愛に向いていないんだよね。だって、あれって愛する二人の契約なわけじゃん? 付き合ったとたんしちゃいけないことばっかり増えてメンドーって感じかな」
私の雑談で何よりも視聴者から評価を集めているのは、ありのままを話す姿だと思う。
普通、生身の体で誰かと話すとき、ここまで本音を語ることはできない。
バーチャルな体を通すことでできる魅力のひとつだ。
死生観や恋愛観、本当にいろんなことを本音で話すことができる。
それがいい、悪いはおいても、ストレスなくしゃべることができるのはかなり楽しい。
「それじゃあ、時間もいい感じだし、今日も『ドルファン』の実況始めるよ」
「――ふう。今日の実況はこのぐらいにして、あとはまったりしちゃおうかな」
BGMをゆったりモードのものにして、色味もちょっと落とす。
深夜二時だ。
普通の人ならば寝てなければいけない時間なのに、視聴者数は1700もある。
いつもと同じぐらいの数字なので、安堵するが、平日のこの時間に起きているファンしかいないと思うと少しびっくりもする。
「何か聞きたいことある人いるー?」
〈魔酔ちゃんはテラちゃんとコラボしないの?〉
〈それ気になってた〉
〈まだ二回しかしてないよね?〉
「あー、それね。さっきもテラちゃんと通話してたんだけどさ、丑三たちの事務所、作られたばっかりだから会社にスタジオがないんだよね」
騒然とするチャット欄を見て、まあ、そうだろうなと思う。
普通、Vtuberをデビューさせている企業の事務所が配信環境を整えていないなんて、そんな馬鹿な話はない。
オフコラボのスタジオがないというのは分かるが、案件を受けた時どうするのだろうと思う。
クライアント、広告代理店がスタジオを訪れるのだ。
私たちそれぞれの家でやる――というわけにはいかないだろう。
(……まじであいつらが考えなしなのは分かっていたことだけどさ、ここまでくると失望とかじゃないよねえ)
心の中でため息をついても、声音は変えない。
「だから、どっちかの家でコラボってことになるんだけど、丑三とテラちゃんの家、全然近くにないんだよね。丑三はみんなも知っての通り、東京都新潟市に住んでいるからさ」
〈田舎勢だもんねw〉
〈出た〉
〈東京都w新潟市www〉
「テラちゃんは結構都会のほうに住んでるっぽいけど、まあ、そんなに二人でコラボする必要あるかなー? って感じもあるよね。テラちゃんの人気、今、すごいからさ。そこにお邪魔するわけにはいかないよね」
ある程度、裏でも交流があるので、それを匂わせる程度で十分だと思う。
鳥獣町テラと交流することで、新規客層の獲得を目指せる! とかファンは言うけれど、同じ箱内でファンを取り合ってしまえば成長は見込めない。
「んー、他には? あ、あー、ツクモチモモのライブねー。すごかったよねツクモチ」
ツクモチモモは過去にコラボしたことがある他企業所属の子で、私の妹分のように扱われている。
「ツクモチの活躍ぶりは丑三も耳にしてたよ。最近、上げた歌ってみたも二日ぐらいで100万再生されてたでしょ? Vtuberどんどん盛り上がってきてるなーって感じがしてうれしいよね」
〈メッセージ見ました〉
〈ツクモチモモ泣いてたよ〉
〈あれは感動〉
「あー、ライブ中に丑三からの手紙を読んでくれたんだっけ? 本当にうれしいよね。ちゃんと号泣してたから、DMで『泣きすぎだろ』って送っといたよ」
ツクモチモモの話をして、今週の配信予定を軽く説明して終了した。
はあ。
一息ついたかと思えば、今度はテラから鬼のようにメッセージが届いていた。
「全部、私に関係ないことだな。よし、無視しよう」
テラからのメッセージに書いてあるのは、総じていえば「鶯谷レイカとのコラボをどうすればいいか」だけである。
あれしよう、これしよう、どんな風に感じるかな、魔酔ちゃんはどう思う?
こんなことが数十件に渡って送られているのだ。
既読をつけて、あっさりと無視してから、配信終了の記事を上げる。
視聴者からの反応も特に気にしない方なので、あっさりと携帯の電源を落として、私はパソコンで映画を再生する。
「クラーシュ・アンドリューの最新作、見たかったんだよなー!」
私は大のゾンビ映画ファンなのである。
これも、一本1万4000円のDVDをわざわざ購入したのだ。
筋金入りのゾンビ映画ファンである私は、収益の半分をゾンビ映画に費やしている。
映画に見入っているうちに、「黒墨」から電話がかかってきていたが、それにも気づかなかった。