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4話 鳥獣町テラ

「ぐ……ぐぐっ! ついに、ついにレイカさまに送ってしまった……」



 私、鳥獣町(ちょうじゅうまち)テラが、鶯谷(うぐいすだに)レイカにあこがれているのは周知の事実のはずだ。


 昔から人と話すことが大好きで、人が話すのも大好きだった私は、今から半年以上前の10月頭、とある企業のVtuber募集に応募した。


 単純にVtuberを見るのが好きだったから。

 加えて、通っている芸大の学費を稼ぐためである。


 そんな私が大好きだった推しは私がデビューしようと動き始めたころには引退配信の日程を出しており、失墜の中、私はある配信を見ることになる。


 鶯谷レイカのノンストップ雑談と題されたその配信は、私のVtuber人生の方針を決めるほどの衝撃だった。


 ただ単純におしゃべりをしているだけじゃない。

 鶯谷レイカは、あきらかにこういう雰囲気にしよう、こういう話をしようとあらかじめ決めているようだった。



「こんな、こんなすごいVtuberがいるのか……いつか、私がデビューしたら、絶対にコラボしてもらわなきゃ!」



 私はとある弱小芸能事務所からデビューすることになっていた。

 何人か生身の体で活動する芸能人……のような人が所属しているが、Vtuberは一人もいない。


 事務所も、私も、私についてくれたマネージャーも手探り状態。

 そんな中で、またもや鶯谷レイカが救ってくれた。



『私は大先輩のロウガさんに手伝ってもらったので、参考にはならないかもしれませんが。Vtuberを志すあなたのため、ト・ク・ベ・ツに、Vtuberのなり方を教えちゃいます』



 それは、Vtuber講座だった。

 どうやったらVtuberになれるのか。Vtuberは何をすればいいのか。準備に何が必要なのか。


 お金を求めるわけでもなく、鶯谷レイカは視聴者のために魂ともいえる大事な情報を教えてくれたのだ。


 いつしか、推しになっていた。

 個人の中では人気がある方だが、まだまだ企業所属のVtuberのほうが勢いがある。


 けれど、私の中の一番は鶯谷レイカになっていた。

 何度かコラボをお誘いし、実際にお話しすることもできた。


 しかし、まだ一度もオフコラボ――対面したことはなかった。

 それとなく避けられていたのだ。



「でも、本当に避けられているってわけじゃないし。直接誘ったわけじゃないんだから、どうなるかなんてわからないもんな。もういいや、送っちゃえ!」



 その場の勢いでメッセージを送ってみたはいいものの、返信が気になって鶯谷レイカの画面から離れることができない。


 もし、このまま未読され続けたらどうしよう……

 ブロックされてたら? 私のことが嫌いだったら?


 いろんなネガティブな考えが出てくる中、既読がついた。



「き、既読になった……よかった。良かったけど――って、もう入力中になってるしい!」



 このままだと、即既読してしまうことになる。

 一瞬で画面を離れ、私は鶯谷レイカからの返信を待つ。


 私は、果たして鶯谷レイカと会うことができるのだろうか。

 私のことを見て、失望しないだろうか。






 いったん忘れるために寝ようと思ったけれど、全く寝れない。

 寝付くことができない。


 鶯谷レイカからの返信がどんなものなのかソワソワして、布団に入っても全く眠くならなかった。


 パソコンを起動して、おっかなびっくり返信を見てみると、「いいですね。いつにしましょうか」と書かれている。



「う、うそ……鶯谷レイカさまと会えるってこと!? オフ会ってこと!?」



 興奮のあまり、キーボードが止まらない。



@鳥獣町テラ

〈ありがとうございます。私の日取りは――〉


@鶯谷レイカ

〈でしたら、明後日の午後七時にしましょう。そこからだいたい二時間を目安に、雑談かゲームをしますか? 前回のコラボでやり残した分を進めてもいいですし、お話しするのも楽しそうです〉



 誰と? 私とお話しするのが楽しそう? 本当に?


 夢を見ているんじゃないかと思いつつも、事務連絡を済ませていく。

 結局明後日の午後七時から、ウチの事務所で配信することになった。


 マネージャーに確認の電話をすると、衝撃の返しをされた。



『そんな環境、そろってないですけど?』


「え、ええええええ? そんなわけなくないですか? だって、私、Vtuberですよ? Vtuberのコラボに向けて、配信環境ぐらい整っているはずでしょう?」


『いやだって、テラさんが見せてくれた動画にはそんなこと書いてなかったじゃないですか。そもそも、テラさんのお家に十分な設備がありますよね? それだけじゃ物足りないってことですか?』



 ……な、た、確かに!


 私が見せた鶯谷レイカの配信はあくまでも、「Vtuberになりたい一般人」に向けた内容であり、「Vtuberをデビューさせる経験のない企業」に向けたものではなかった。


 どうやらマネージャーは、配信者の家に配信機材があればそれで十分だと考えていたようだ。


 私はオフコラボや3D配信に向けて、事務所でも配信環境を整える必要があることを説明してみるが、明後日までに整えられるものではない。



『現状でも予算はかつかつですからね……社長に相談してみますが、今月中に解決できる問題ではないと思います』


「今月中っていうか、二日以内に解決してほしい内容なんですけどね!」


『そ、そうですよね。こっちで色々と検討してみますが、すぐには対処できません。コラボを断るか、テラさんの家でやるか、どちらかでしょうね。また、相手方とのやり取りが面倒くさくなりそうでしたらご連絡ください。お疲れ様です』



 早々に電話を切りやがった。

 私も勢いよくスマホを椅子に投げつけ、どうしようかと迷う。


 私から誘ったのだ。

 鶯谷レイカとのコラボを断るわけにはいかない。


 しかし、私の家に憧れの鶯谷レイカを上げるというのも少し怖い。


 私はこれを相談しようと思い、メッセージの画面を開いた。

 目に入ってくるのは、さっきもらったばかっりの「楽しみ」の文字。



「はあ……レイカさまをうちに上げるなんて本当に気乗りしないけれど、仕方がない。レイカさまが許可してくれるのなら、うちでコラボするしかないかあ……」



 返信は早かった。



@鶯谷レイカ

〈日取りを変えてもよろしいですが、ご迷惑でないのなら、お邪魔したいと思います〉


@鳥獣町テラ

〈レイカさまが来るのに、邪魔なわけがありません! 今から家事代行業者を呼んで、便器までピッカピカにしますので、ぜひ、コラボさせてください!〉


@鶯谷レイカ

〈でしたら、楽しみにしています〉



 こうして、鶯谷レイカがうちに来ることが決定した。

 私は胸の高鳴りを抑えるために、同じ事務所の丑三(うしみ)魔酔(まよい)に電話をかけた。



「ねえ~、聞いてよマヨちゃん~うちの事務所、会社にスタジオもおいてないんだよ。マネージャーに言ったら、そんなの必要なんですか? だってさ。ほんと、どう思う?」


『げー。それはないね。社長もマネージャーも、ワタシたちのほうがVtuberに詳しいからって色々と仕事を投げすぎだよね』


「ほんとにそれな! まじ共感! ありえなさすぎん!」



 魔酔(まよい)は、私よりも遅れてうちの事務所に入った。

 といっても、デビューはダンゼン、彼女のほうが先で、いわゆる引き抜きというやつだった。


 私はVtuberの素人で、魔酔はそれなりに経験もある。

 良いアドバイスをくれるだろう、ということで引き抜かれたのだが、彼女の助言を活かさず、問題を先送りにしているのがうちの現状だ。


 このままじゃ埋もれていくというのに……

 やりきれない思いを抱きつつも、魔酔に色々と相談していく。


 時間はあっという間に過ぎていき、魔酔の配信時間が近づいてきたため、私は通話を切った。



「腐っていてもしょうがないもんね。レイカさまをしっかりもてなすために、まずはお掃除よ!」

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